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妊娠後期の「胃の痛み」に潜む危機―HELLP症候群で下がるのはどれか

第118回医師国家試験 B問題 第40問

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第118回 B問題 第40問

38歳の初産婦(1妊0産)。妊娠32週に上腹部痛のため来院した。来院前日から頭痛,眼のちかちかする感じ(眼華閃発),心窩部不快感,手指のこわばり,全身の浮腫および尿量減少を自覚し,本日は上腹部から右季肋部にかけての疼痛,倦怠感および悪心を訴えている。脈拍84/分,整。血圧156/102mmHg。胎児心拍数陣痛図では異常を認めない。  この患者で低下していることが予測されるものはどれか。

  1. a.LD
  2. b.AST
  3. c.血小板数
  4. d.ヘマトクリット値
  5. e.尿蛋白/クレアチニン比

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠後期の妊婦が訴える頭痛・視覚症状・上腹部痛から病態を見抜き、検査値がどちらに動くかを予測する問題だ。ポイントは、高血圧に上腹部から右季肋部の痛みが加わったとき、何を思い浮かべるかだよ。
医学生医学生
妊娠20週以降に高血圧が出ているので、妊娠高血圧症候群ですね。頭痛や浮腫もあるので妊娠高血圧腎症でしょうか。
ドクタードクター
いいスタートだ。妊娠20週以降に初めて高血圧が出て、蛋白尿や臓器障害を伴えば妊娠高血圧腎症と呼ぶ。今回は蛋白尿の値は示されていないけれど、頭痛や眼華閃発といった中枢神経症状、浮腫や尿量減少があって、強く疑われる状況だね。
医学生医学生
眼華閃発は、産婦人科の講義で子癇の前触れだと習いました。
ドクタードクター
その通り。脳血管の攣縮や脳浮腫を反映していて、子癇発作の前駆症状として非常に大事だ。そして今回いちばん注目してほしいのが、心窩部不快感から始まって右季肋部痛、悪心、倦怠感へと進んできた経過だよ。
医学生医学生
一見すると胃腸炎みたいですが、右季肋部ということは肝臓の症状ですか。
ドクタードクター
鋭いね。肝臓の細い血管である類洞にフィブリンが沈着して肝細胞が障害され、肝臓が腫れて被膜が引き伸ばされると、この痛みが出る。妊娠後期の上腹部痛・悪心・倦怠感をみたら、HELLP症候群と急性妊娠脂肪肝をまず考える。高血圧と妊娠高血圧腎症の症状を伴う今回は、HELLP症候群の典型像だ。
医学生医学生
HELLPは、Hemolysis、Elevated Liver enzymes、Low Plateletsの頭文字でしたね。
ドクタードクター
そう、名前自体が検査所見を表している。溶血、肝酵素の上昇、血小板の減少。背景には胎盤形成不全に由来する全身の血管内皮障害があって、傷んだ微小血管で赤血球が壊され、血小板が消費されるんだ。では、低下が予測されるのはどれかな。
医学生医学生
Low Plateletsなので、血小板数です。
ドクタードクター
正解。血管内皮が障害された部位で血小板の活性化と凝集が進み、どんどん消費されて減っていく。診断の目安は10万/μL未満で、推移は病勢の評価にも使う。急速に下がるならDICへの進展に注意が必要だ。
医学生医学生
LDは溶血で上がるので、低下はしないですね。CBTのときは、LDが肝臓の酵素なのか赤血球の酵素なのか混乱していました。
ドクタードクター
実はどちらにも含まれているんだ。赤血球に多く、肝細胞にもある。HELLP症候群では溶血と肝障害の両方でLDが上昇し、目安は600IU/L以上。ASTも肝細胞障害を反映して上がり、目安は70IU/L以上だ。溶血の所見としては、破砕赤血球、間接ビリルビン上昇、ハプトグロビン低下も参考になる。
医学生医学生
ヘマトクリットは迷いました。溶血するなら貧血になって下がりそうに思えます。
ドクタードクター
そこは引っかかりやすいところだね。妊娠高血圧腎症では血管透過性が亢進して血漿成分が血管の外に漏れ出す。全身の浮腫や尿量減少はその表れで、循環血漿量が減って血液が濃縮するから、ヘマトクリットはむしろ上がる傾向にある。溶血が高度なら下がることもあり得るけれど、この症例で低下を予測する項目としては適切ではない。
医学生医学生
尿蛋白/クレアチニン比も、腎症なら上がる方向ですね。
ドクタードクター
その通り。糸球体の内皮細胞が腫大するglomerular endotheliosisなどで蛋白尿が出て、随時尿で0.3g/gCr以上なら有意な蛋白尿と判断する。つまり血小板以外の選択肢はすべて上昇方向の変化なんだ。
医学生医学生
HELLP症候群では、血小板だけが下がって他は上がる、と整理すれば覚えやすいです。治療はどうするのでしょうか。
ドクタードクター
原則は、母体を安定させながら妊娠を終わらせることだ。降圧を行い、硫酸マグネシウムで子癇を予防し、そのうえで急速遂娩を図る。胎児が未熟な場合は、母体の状態が許せば胎児肺成熟のための副腎皮質ステロイド投与を考慮する。DIC、常位胎盤早期剥離、子癇、肺水腫、肝被膜下血腫や肝破裂など、母児ともに命に関わる合併症があるからね。
医学生医学生
急性妊娠脂肪肝とはどう見分けるのですか。
ドクタードクター
症状はよく似ているけれど、急性妊娠脂肪肝では低血糖、著しい凝固因子の低下、高アンモニア血症、高ビリルビン血症が目立ち、急速に肝不全へ進むことがある。臨床では、妊娠後期の上腹部痛を胃腸炎と思い込まず、必ず血圧と血液検査で評価することが何より大切だよ。

まとめ

妊娠20週以降の高血圧に頭痛・眼華閃発・浮腫を伴えば妊娠高血圧腎症を考え、さらに上腹部から右季肋部の痛みや悪心・倦怠感が加わればHELLP症候群を疑います。HELLP症候群は溶血・肝酵素上昇・血小板減少を特徴とし、LDとASTは上昇、血小板数は血管内皮障害部位での消費により低下します。背景の妊娠高血圧腎症では血液濃縮によりヘマトクリット値が、蛋白尿により尿蛋白/クレアチニン比が上昇するため、低下が予測されるのは血小板数のみです。治療は降圧と硫酸マグネシウムによる子癇予防で母体を安定させつつ妊娠を終結させることが原則で、急性妊娠脂肪肝との鑑別も重要です。妊娠後期の上腹部症状を軽視せず血液検査で評価する姿勢は、母児の命を守る産科救急の基本となります。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・38歳、初産婦(高年初産)、妊娠32週(妊娠20週以降)。 ・血圧156/102mmHg:収縮期140mmHg以上・拡張期90mmHg以上であり、高血圧である。 ・前日からの頭痛、眼華閃発(目の前がちかちかする光視症状):脳血管の攣縮や脳浮腫を反映する中枢神経症状で、子癇(妊娠20週以降に初めて起こるけいれん発作)の前駆症状として重要である。 ・手指のこわばり、全身の浮腫、尿量減少:血管内皮障害による血管透過性亢進と腎機能低下を示し、妊娠高血圧腎症(preeclampsia)を強く疑わせる。 ・心窩部不快感から始まり、本日は上腹部〜右季肋部痛、倦怠感、悪心:肝類洞内のフィブリン沈着や肝細胞障害で肝臓が腫大し、肝被膜(Glisson鞘)が伸展されて生じる症状であり、HELLP症候群を疑う典型的な訴えである。 ・胎児心拍数陣痛図に異常はなく、現時点で胎児機能不全は示唆されない。

診断へのプロセス

妊娠20週以降に新規に発症した高血圧に、中枢神経症状・浮腫・尿量減少・上腹部痛を伴っており、妊娠高血圧症候群(HDP)のうち妊娠高血圧腎症と考えられる。血圧は重症域(160/110mmHg以上)に達していないが、頭痛・視覚症状・上腹部痛はいずれも重症化・臓器障害を示す危険な徴候である。 妊娠後期の妊婦が上腹部痛・心窩部痛、悪心・嘔吐、強い倦怠感を訴えた場合は、HELLP症候群と急性妊娠脂肪肝をまず考える。両者は症状も検査所見も重なるが、本例は高血圧と妊娠高血圧腎症の症状を伴っており、HELLP症候群の典型像である(HELLP症候群の多くはHDPを合併する)。なお急性妊娠脂肪肝では低血糖、凝固能の著しい低下、高アンモニア血症などが目立つ点が手がかりとなる。

設問の考え方

HELLP症候群は、Hemolysis(溶血)、Elevated Liver enzymes(肝酵素上昇)、Low Platelets(血小板減少)の頭文字をとった病態である。診断は血液検査で行い、溶血を反映してLDが上昇し、肝細胞障害を反映してASTが上昇し、血小板数は低下する。したがって選択肢のうち「低下」が予測されるのは血小板数である。妊娠高血圧腎症を背景とする血液濃縮や蛋白尿の所見は、いずれも「上昇」方向の変化となる。

選択肢考察

  1. ×a.  LD

    LD(乳酸脱水素酵素)は赤血球内に多く含まれ、肝細胞にも存在する。HELLP症候群では障害された細い血管内で赤血球が破壊される微小血管症性溶血と肝細胞障害が起こるため、血清LDは上昇する(診断基準の目安は600IU/L以上)。低下はしない。

  2. ×b.  AST

    AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)は肝細胞障害の指標である。HELLP症候群では肝類洞へのフィブリン沈着による虚血・肝細胞壊死が生じ、ASTは上昇する(診断基準の目安は70IU/L以上)。右季肋部痛はこの肝障害と肝被膜の伸展による症状である。低下はしない。

  3. ○c.  血小板数

    HELLP症候群では血管内皮障害部位で血小板の活性化・凝集が進み、血小板が消費されるため血小板数が低下する(診断基準の目安は10万/μL未満)。血小板数の推移は重症度や病勢の評価にも用いられ、急速に低下する場合はDIC(播種性血管内凝固)への進展に注意する。本例で低下が予測される項目である。

  4. ×d.  ヘマトクリット値

    妊娠高血圧腎症では血管内皮障害により血管透過性が亢進し、血漿成分が血管外へ漏出する。全身浮腫・尿量減少はその表れであり、循環血漿量が減少して血液濃縮が起こるため、ヘマトクリット値は上昇する傾向にある。溶血の程度によっては低下することもあるが、本例で低下が予測される項目としては適切でない。

  5. ×e.  尿蛋白/クレアチニン比

    妊娠高血圧腎症では糸球体内皮細胞の腫大(glomerular endotheliosis)などの腎障害により蛋白尿が出現し、尿蛋白/クレアチニン比は上昇する。随時尿で0.3g/gCr以上であれば有意な蛋白尿と判断する(1日尿蛋白0.3g以上に相当)。低下はしない。

妊娠高血圧症候群(HDP)の病型(日本妊娠高血圧学会)

・妊娠高血圧腎症:妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、蛋白尿を伴うもの。蛋白尿がなくても、肝機能障害、腎機能障害、脳卒中や神経障害(頭痛・視覚障害・子癇など)、血液凝固障害、子宮胎盤機能不全(胎児発育不全など)のいずれかを伴えば妊娠高血圧腎症とする。 ・妊娠高血圧:妊娠20週以降に初めて高血圧を発症し、上記を伴わないもの。 ・加重型妊娠高血圧腎症:妊娠前または妊娠20週までに高血圧・腎疾患があり、20週以降に悪化・臓器障害を伴うもの。 ・高血圧合併妊娠。 高血圧は収縮期140mmHg以上または拡張期90mmHg以上、重症域は収縮期160mmHg以上または拡張期110mmHg以上。

HELLP症候群

・妊娠中期以降から産褥期に発症し、溶血・肝酵素上昇・血小板減少を呈する。分娩後に発症する例もある。 ・病態の基盤は胎盤形成不全に由来する全身の血管内皮障害で、微小血管内に血小板とフィブリンが沈着する。 ・診断の目安(Sibaiの基準):LD 600IU/L以上、AST 70IU/L以上、血小板数10万/μL未満。溶血の所見として破砕赤血球、間接ビリルビン上昇、ハプトグロビン低下も参考になる。 ・初発症状は上腹部痛・心窩部痛、悪心・嘔吐、倦怠感が多い。胃腸炎などと誤認されやすいため、妊娠後期の上腹部症状では必ず血液検査で評価する。 ・合併症:DIC、常位胎盤早期剥離、子癇、急性腎障害、肺水腫、肝被膜下血腫・肝破裂など。母児ともに生命を脅かす産科救急疾患である。 ・治療:母体の全身状態の安定化(降圧、硫酸マグネシウムによる子癇予防)を図りながら、原則として妊娠の終結(急速遂娩)を行う。胎児が未熟な場合は、母体の状態が許せば胎児肺成熟のための副腎皮質ステロイド投与を考慮する。

急性妊娠脂肪肝との鑑別

妊娠後期に悪心・嘔吐・上腹部痛・倦怠感で発症し、肝障害を呈する点はHELLP症候群と共通する。急性妊娠脂肪肝では低血糖、著明な凝固因子低下(アンチトロンビン活性低下、PT延長)、高アンモニア血症、高ビリルビン血症が目立ち、急速に肝不全・DICへ進行しうる。

POINT

・HELLP症候群=溶血(LD↑、間接ビリルビン↑、ハプトグロビン↓)+肝酵素上昇(AST↑)+血小板減少(10万/μL未満)。 ・妊娠後期の上腹部痛・心窩部痛、悪心、倦怠感をみたらHELLP症候群と急性妊娠脂肪肝を疑い、血液検査を行う。 ・頭痛・眼華閃発は子癇の前駆症状として重要である。 ・妊娠高血圧腎症では血液濃縮によりヘマトクリット値は上昇し、蛋白尿により尿蛋白/クレアチニン比は上昇する。 ・治療の原則は母体の安定化(降圧、硫酸マグネシウム)と妊娠の終結である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。