耳の痛みと顔のゆがみ、口の中の水疱―Ramsay Hunt症候群に何を併用するか
第106回医師国家試験 I問題 第72問
国試問題にチャレンジ
78歳の女性。左耳の痛みと左顔面の動かしにくさとを主訴に来院した。今朝から左難聴,耳鳴および回転性めまいを自覚している。顔面の写真(A)と口腔内の写真(B)とを別に示す。 副腎皮質ステロイドと併用する治療薬として適切なのはどれか。

- a.ジドブジン〈AZT〉
- b.ミコナゾール
- c.アシクロビル
- d.ガンシクロビル
- e.バンコマイシン塩酸塩
対話形式の解説
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ドクターまとめ
片側の耳痛に末梢性顔面神経麻痺と難聴・耳鳴・めまいなどの第Ⅷ脳神経症状が加わり、耳介や口腔内(軟口蓋など)に水疱を認める場合は、膝神経節に潜伏したVZVの再活性化によるRamsay Hunt症候群を考えます。治療は神経の炎症・浮腫を抑える副腎皮質ステロイドと、アシクロビルやバラシクロビルなどの抗ヘルペスウイルス薬の早期併用が基本です。ガンシクロビルはCMV、ジドブジンはHIV、ミコナゾールは真菌、バンコマイシンはMRSAなどの細菌に用いる薬であり、病原体ごとに薬を整理しておくことが重要です。Bell麻痺より予後が悪く後遺症を残しやすいため、耳痛を伴う顔面神経麻痺では口腔内まで観察して早期に診断・治療を開始することが、機能予後を守る鍵となります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・78歳の女性。左耳痛と左顔面の動かしにくさで受診し、当日朝から左の難聴・耳鳴・回転性めまいが急に出現している。 ・顔面写真(A):左側で額のしわが消え、眉毛が下がり、鼻唇溝(小鼻の脇から口角へ向かうしわ)が浅く、口角が下がっている。額も含めて片側の顔面全体が動かない所見であり、末梢性の左顔面神経麻痺と判断できる(中枢性麻痺では額のしわ寄せは両側の大脳から支配されるため保たれやすい)。 ・口腔内写真(B):左の軟口蓋に限って、小水疱と発赤(紅斑)がみられる。
診断へのプロセス
片側の耳痛に続いて、同じ側の顔面神経麻痺(第Ⅶ脳神経)と、難聴・耳鳴・めまいという内耳症状(第Ⅷ脳神経)が急性にそろって出現している。さらに患側に限局した水疱を伴うことから、水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zoster virus:VZV)の再活性化による Ramsay Hunt 症候群(ハント症候群)と診断できる。VZV は顔面神経の膝神経節などに潜伏しており、再活性化すると顔面神経とその近くを走る内耳神経が障害される。膝神経節からの線維は大錐体神経を介して軟口蓋にも分布するため、水疱は耳介や外耳道だけでなく、本例のように軟口蓋や舌に出ることがある。 鑑別としては以下が挙がるが、いずれも本例とは合わない。 ・Bell 麻痺(特発性顔面神経麻痺):原因の多くは単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の再活性化と考えられているが、水疱や第Ⅷ脳神経症状は通常伴わない。 ・Garcin 症候群(頭蓋底腫瘍による片側の多発脳神経麻痺):経過は緩やかで、水疱は生じない。 ・Guillain-Barré 症候群、サルコイドーシス、癌の髄膜播種:顔面神経麻痺を起こすことはあるが、半日で耳症状とそろう急な経過や、片側の水疱は説明できない。
設問の考え方
Ramsay Hunt 症候群の治療は、神経の炎症と浮腫を抑える副腎皮質ステロイドと、ウイルスの増殖を抑える抗ヘルペスウイルス薬の併用が基本である。VZV に有効な薬を選べばよく、選択肢の中ではアシクロビルが該当する。
選択肢考察
- ×a. ジドブジン〈AZT〉
ジドブジン(azidothymidine:AZT)は、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の逆転写酵素を阻害する核酸系逆転写酵素阻害薬であり、HIV 感染症の多剤併用療法に使う。VZV には効果がなく、本例に用いる理由はない。
- ×b. ミコナゾール
ミコナゾールはアゾール系の抗真菌薬で、口腔カンジダ症の外用(口腔用ゲル・付着錠)や皮膚真菌症などに用いる。軟口蓋に病変がみられるものの、本例は白苔ではなく片側に限局した水疱と紅斑であり、真菌感染ではなくウイルス感染である。
- ○c. アシクロビル
アシクロビルはウイルスのチミジンキナーゼでリン酸化されて活性型となり、ウイルスの DNA ポリメラーゼを阻害する。そのため感染細胞で選択的に働き、単純ヘルペスウイルスと VZV に有効である。Ramsay Hunt 症候群ではステロイドと併用する抗ウイルス薬の代表であり、重症例や入院例では点滴静注で用いる。外来ではアシクロビルのプロドラッグで吸収のよいバラシクロビルや、ファムシクロビル、作用機序の異なるアメナメビル(ヘリカーゼ・プライマーゼ阻害薬)の内服も選ばれる。できるだけ発症早期に開始することが、神経障害を残さないために重要である。
- ×d. ガンシクロビル
ガンシクロビルは主にサイトメガロウイルス(CMV)感染症(移植後や AIDS 患者の CMV 網膜炎・肺炎など)に用いる抗ウイルス薬である。ヘルペスウイルス属にも活性はあるが、骨髄抑制などの副作用が強いため、免疫能の保たれた患者の帯状疱疹に第一選択として使うことはない。
- ×e. バンコマイシン塩酸塩
バンコマイシンはグリコペプチド系の抗菌薬で、細菌の細胞壁合成を阻害する。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症、ペニシリン耐性肺炎球菌感染症、経口投与での Clostridioides difficile 感染症などに用いる。ウイルスには無効であり、本例には適さない。
Ramsay Hunt 症候群の概要
・病因:膝神経節などに潜伏していた VZV の再活性化による、帯状疱疹の一型である。加齢、ストレス、免疫低下が誘因となる。 ・三主徴:①耳介・外耳道の帯状疱疹(水疱)、②末梢性顔面神経麻痺、③第Ⅷ脳神経症状(感音難聴・耳鳴・めまい)。三つがそろわない不全型もあり、水疱が麻痺より遅れて出たり、口腔内(軟口蓋・舌)にだけ出たりすることもある。 ・その他の症状:強い耳痛、味覚障害(鼓索神経の障害)、聴覚過敏(アブミ骨筋神経の障害)、涙の減少(大錐体神経の障害)など。 ・予後:Bell 麻痺よりも顔面神経麻痺の回復が悪く、後遺症(病的共同運動、ワニの涙など)を残しやすい。難聴も回復しないことがある。
治療
・副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンなど)で神経の浮腫と炎症を抑える。 ・抗ヘルペスウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル、アメナメビル)を併用する。 ・重症例では顔面神経減荷術(神経を包む骨管を開放する手術)が検討されることがある。 ・閉眼できない場合は、角膜を守るため点眼や眼帯で保護する。
抗ウイルス薬の整理
・HSV・VZV:アシクロビル、バラシクロビル、ファムシクロビル、アメナメビル ・CMV:ガンシクロビル、バルガンシクロビル、ホスカルネット、レテルモビル(予防) ・HIV:ジドブジンなどの逆転写酵素阻害薬、インテグラーゼ阻害薬、プロテアーゼ阻害薬 ・インフルエンザ:オセルタミビル、ザナミビル、バロキサビル マルボキシルなど
POINT
・片側の耳痛+末梢性顔面神経麻痺+難聴・めまい+耳介や口腔内の水疱 → Ramsay Hunt 症候群(VZV の再活性化)。 ・治療は副腎皮質ステロイドと抗ヘルペスウイルス薬(アシクロビル、バラシクロビルなど)の併用で、早期に開始する。 ・Bell 麻痺より予後が悪い。 ・ガンシクロビルは CMV、ジドブジンは HIV、バンコマイシンは MRSA、ミコナゾールは真菌に用いる。
