StudyMed医師国家試験

痛みが引いたのは安心のサインではない―拍動性腫瘤と立ちくらみが告げる腹部大動脈瘤破裂

第106回医師国家試験 I問題 第69問

国試問題にチャレンジ

第106回 I問題 第69問

78歳の男性。右腰痛と立ちくらみとを主訴に来院した。今朝,居間でテレビを見ていたときに突然,右腰部に激痛を感じた。しばらくして痛みは軽快したものの,立ちくらみが出現したために受診した。65歳時に高血圧を指摘されたが受診はしていない。意識は清明。身長168 cm,体重89 kg。体温36.2℃。脈拍96/分,整。血圧102/68 mmHg。呼吸数14/分。腹部に拍動性の腫瘤を触知する。尿所見:潜血(−),白血球反応(−)。  次に行うべき検査として適切なのはどれか。

  1. a.尿沈渣
  2. b.腹部CT
  3. c.腰椎MRI
  4. d.静脈性腎盂造影
  5. e.腹部エックス線撮影

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、突然の腰痛で来院した高齢男性に、次に何の検査をするかを選ぶ問題だ。注目してほしいのは3つ。痛みの出方、その後に出てきた立ちくらみと血圧の意味、そしてお腹で触れる拍動性の腫瘤。これらを一本の線でつなげられるかがカギになる。
医学生医学生
突然の片側の腰痛というと、まず尿管結石を思い浮かべてしまいます。
ドクタードクター
救急ではとても多い鑑別だから、その発想自体は自然だよ。でも尿所見はどうだったかな。
医学生医学生
潜血が陰性ですね。結石なら血尿が出ることが多いので、ちょっと合わないです。
ドクタードクター
そう。そして決定的なのが腹部の拍動性腫瘤。これは腹部大動脈瘤を強く示唆する所見だ。高齢の男性で、高血圧を放置していて肥満もある。動脈硬化の危険因子がそろっているね。
医学生医学生
でも血圧は102/68で、ショックというほど低くはないですよね。
ドクタードクター
そこが落とし穴なんだ。この人はもともと未治療の高血圧だから、普段の血圧はもっと高かったはず。それが100台まで下がり、脈拍も96と速くなって、立ちくらみが出ている。これは出血で循環血液量が減っているプレショックの状態と読むべきだよ。
医学生医学生
痛みが軽くなったのは、良くなったわけではないということですか。
ドクタードクター
その通り。腹部大動脈瘤が後腹膜側に破れると、周りの組織が血腫を囲い込んで、出血がいったん収まることがある。これをcontained ruptureと呼ぶ。見かけ上は落ち着いて見えても、再び破れれば短時間で命に関わる。痛みがお腹より腰や背中に出やすいのも後腹膜への出血の特徴で、だから腰痛症や尿管結石と誤診されやすいんだ。
医学生医学生
救急科の実習で、指導医の先生が「高齢者の腰痛でバイタルが崩れていたら、まず大動脈を疑え」と言っていたのを思い出しました。
ドクタードクター
まさにその教えどおりの症例だね。では、次に行うべき検査は何だろう。
医学生医学生
破裂しているかどうかと、瘤の大きさを確かめたいので、腹部CTでしょうか。
ドクタードクター
正解。CTなら瘤の有無と径、後腹膜血腫の広がりを短時間で描出できて、破裂の確定診断になる。造影できれば造影剤の血管外漏出で出血部位が分かることもあるし、腎動脈と瘤の距離など、開腹の人工血管置換術とステントグラフト内挿術のどちらを選ぶかの判断材料もそろう。撮影時間が短く、モニターや輸液を続けたまま行えるのも、不安定な患者には大きな利点だ。
医学生医学生
腰椎MRIはどうですか。腰痛の精査ではよく使われますよね。
ドクタードクター
椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症ならMRIが有用だけど、それでは血圧低下や拍動性腫瘤は説明できない。しかもMRIは撮影に時間がかかり、強い磁場のため一般的なモニターや輸液ポンプを持ち込みにくい。急変しうる患者を長時間検査室に置くのは危険だよ。
医学生医学生
静脈性腎盂造影や尿沈渣は、尿路の病気を見るための検査ですよね。
ドクタードクター
そう。尿潜血も白血球反応も陰性で、尿路結石や腎盂腎炎を疑う根拠に乏しい。尿沈渣を追加しても方針は変わらないし、静脈性腎盂造影は時間もかかるうえ、今では結石の評価自体もCTや超音波が主体になっている。
医学生医学生
腹部エックス線なら手軽にすぐ撮れそうですが。
ドクタードクター
瘤壁の石灰化や腸腰筋陰影の消失が見えることはあるけれど、瘤の大きさや破裂の有無は確定できない。この人は肥満もあって読影しにくいし、結局CTが必要になる。遠回りになるだけなんだ。
医学生医学生
時間をかけずに、診断と治療方針の両方を決められる検査を選ぶ、ということですね。
ドクタードクター
その考え方が大切だ。なお、ベッドサイドで素早く瘤の有無を見るには腹部超音波も役立つ。ただし破裂の確定と治療方針の決定にはCTが優れている。破裂や切迫破裂なら、検査と並行して血管外科に連絡し、緊急手術の準備を進めることになる。
医学生医学生
破裂していない瘤は、どのくらいの大きさで手術を考えるんでしたっけ。
ドクタードクター
わが国のガイドラインでは、男性55 mm以上、女性50 mm以上、あるいは半年で5 mm以上の拡大や、症状のある瘤が手術適応の目安とされている。腹部大動脈瘤は腎動脈より下に多く、主な原因は動脈硬化だから、冠動脈疾患や末梢動脈疾患の合併にも目を向けておきたいね。破裂前はほとんど無症状なので、健診や他の検査で偶然見つかる瘤をきちんとフォローすることが、破裂を防ぐ一番の近道なんだ。

まとめ

高齢男性で動脈硬化の危険因子があり、突然の腰背部痛に続いて腹部の拍動性腫瘤と血圧低下・頻脈がみられる場合は、腹部大動脈瘤の破裂(切迫破裂)を考えます。後腹膜への破裂では血腫が出血をいったん封じ込め、痛みが軽くなったり循環が見かけ上保たれたりすることがあるため、もともとの血圧と比べた相対的な低下を見逃さないことが重要です。次に行うべきは、瘤の径や後腹膜血腫の広がりを短時間で評価でき、人工血管置換術かステントグラフト内挿術かの判断材料も得られる腹部CT(可能なら造影)です。腰椎MRIや静脈性腎盂造影のように時間のかかる検査、尿沈渣や腹部単純エックス線のように診断的価値の低い検査を優先してはいけません。腰痛を尿管結石や腰痛症と決めつけずにバイタルと腹部所見から致死的疾患を拾い上げる姿勢は、救急外来での診療の基本となります。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・78歳男性。65歳で高血圧を指摘されながら放置しており、身長168 cm・体重89 kg(BMI約31.5)と肥満もある。高齢・男性・高血圧・肥満はいずれも動脈硬化の危険因子である。 ・安静時(テレビを見ている最中)に突然、右腰部の激痛が出現した。突然発症の強い痛みは、血管の破綻(破裂・解離)や臓器の閉塞・穿孔を考える手がかりになる。 ・痛みはいったん軽快したが、その後に立ちくらみが出現した。脈拍96/分とやや頻脈、血圧102/68 mmHgは未治療の高血圧患者としては明らかに低い。循環血液量の減少(出血)を示唆するプレショックの状態と考えられる。 ・腹部に拍動性の腫瘤を触知する。これは腹部大動脈瘤を強く示唆する所見である。 ・尿潜血(−)、白血球反応(−)で、尿路結石や腎盂腎炎を示す所見はない。

診断へのプロセス

腹部拍動性腫瘤の存在から腹部大動脈瘤がほぼ確実であり、突然の腰痛に続く血圧低下・頻脈・立ちくらみは、瘤が破綻して出血したことを示す。腹部大動脈瘤が後腹膜腔へ破れると、周囲の後腹膜組織で血腫がいったん囲い込まれ(contained rupture)、出血が一時的に止まって循環が見かけ上保たれることがある。本例はこの状態、すなわち破裂または切迫破裂の段階と判断される。痛みが腹部より腰背部に出やすいのも、後腹膜への出血の特徴である。 鑑別として、尿管結石(尿潜血陰性で否定的)、腎盂腎炎(発熱なし・白血球反応陰性で否定的)、腰椎椎間板ヘルニア(血圧低下や拍動性腫瘤を説明できない)、肝細胞癌破裂や急性大動脈解離などが挙がるが、いずれも拍動性腫瘤とショック傾向の組み合わせを最もよく説明するのは腹部大動脈瘤の破綻である。

設問の考え方

腹部大動脈瘤破裂は、再出血すれば短時間で致命的となる超緊急疾患であり、直ちに外科的人工血管置換術またはステントグラフト内挿術を行う必要がある。その判断には、瘤の存在・大きさ・形状、破裂の有無と血腫の広がり、腎動脈との位置関係などを短時間で把握できる腹部CT(可能なら造影CT)が最も適している。確定診断と治療方針の決定を兼ねる検査として、次に行うべきは腹部CTである。

選択肢考察

  1. ×a.  尿沈渣

    尿沈渣は尿を遠心分離して赤血球・白血球・円柱・結晶などを顕微鏡で観察する検査で、尿路結石や腎炎・尿路感染の評価に役立つ。腹部大動脈瘤破裂でも尿管への圧迫などで血尿がみられることはあるが、本例はすでに尿潜血・白血球反応とも陰性であり、尿沈渣を追加しても診断や治療方針に寄与しない。出血性ショックに移行しつつある患者で優先すべき検査ではない。

  2. ○b.  腹部CT

    腹部CTは、大動脈瘤の有無と最大短径、瘤の範囲、壁在血栓、後腹膜への血腫の広がりを短時間で描出でき、破裂の確定診断が得られる。単純CTでも瘤と後腹膜血腫は確認できるが、造影CTでは造影剤の血管外漏出から出血部位を示せることがあり、さらに腎動脈との距離や腸骨動脈の性状など、開腹人工血管置換術とステントグラフト内挿術(EVAR)のどちらを選ぶかの判断材料も得られる。撮影時間が短く、モニター装着・輸液を続けながら施行できる点も、循環が不安定な患者に適している。

  3. ×c.  腰椎MRI

    腰椎MRIは腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症、脊椎の感染・腫瘍などの評価に有用である。しかし本例の腰痛は、突然発症の激痛に血圧低下・頻脈・拍動性腫瘤を伴っており、脊椎疾患では説明できない。さらにMRIは撮影に時間がかかり、強い磁場のため輸液ポンプや一般的なモニター機器を持ち込めないなどの制約があり、急変のおそれがある患者に行うべき検査ではない。

  4. ×d.  静脈性腎盂造影

    静脈性腎盂造影(IVP:intravenous pyelography)は、静注した造影剤が尿中に排泄される過程を撮影し、尿路の形態・閉塞・結石などを評価する検査である。本例は尿潜血陰性で尿路結石を疑う根拠に乏しく、時間を要する検査でもあるため適切でない。現在は尿路結石の評価自体も単純CTや超音波が主体となっている。

  5. ×e.  腹部エックス線撮影

    腹部単純エックス線撮影では、瘤壁の石灰化による弧状の陰影や、後腹膜血腫による腸腰筋陰影の消失などがみられることがあるが、瘤の大きさや破裂の有無を確定することはできない。本例は体重89 kgと肥満があり、軟部組織の陰影も読み取りにくい。所見が得られても結局CTが必要になるため、次に行う検査として意義は低い。

腹部大動脈瘤(AAA:abdominal aortic aneurysm)

・定義:腹部大動脈が正常径の1.5倍以上に拡張した状態。一般に最大短径30 mm以上を目安とする。 ・部位:大部分は腎動脈分岐部より末梢(腎動脈下)に生じ、しばしば総腸骨動脈まで及ぶ。 ・原因:大部分は動脈硬化性(変性性)。危険因子は高齢、男性、喫煙、高血圧、家族歴など。冠動脈疾患や末梢動脈疾患(閉塞性動脈硬化症)の合併が多く、これらの検索も必要である。 ・症状:破裂前はほとんど無症状で、腹部の拍動性腫瘤として偶然発見されることが多い。破裂して初めて診断される例もある。 ・破裂のリスク:瘤径が大きいほど、また拡大速度が速いほど高い。径が50〜55 mmを超えると破裂リスクが急増する。わが国のガイドラインでは、男性55 mm以上、女性50 mm以上、あるいは半年で5 mm以上の拡大や、症状のある瘤(切迫破裂)が手術適応の目安とされる。 ・破裂の症状:突然の腹痛・腰背部痛、拍動性腫瘤、出血性ショック。後腹膜腔への破裂では、血腫が周囲組織に包み込まれて出血がいったん収まり、一時的に循環が保たれることがある(腹腔内への破裂はより急激に致命的となる)。尿管結石や腰痛症と誤診されやすい。 ・検査:瘤の診断は超音波・CT・MRIのいずれでも可能。ベッドサイドでの迅速評価には腹部超音波、破裂の確定と治療方針決定には造影CTが優れる。 ・治療:破裂・切迫破裂は緊急手術の適応。開腹による人工血管置換術と、カテーテルを用いたステントグラフト内挿術(EVAR:endovascular aneurysm repair)がある。EVARは低侵襲で高齢者や併存疾患の多い患者でも行いやすく、近年増加しているが、腎動脈と瘤の距離(中枢側ネック)などの解剖学的条件を満たす必要がある。

突然の腰背部痛の鑑別

・腹部大動脈瘤破裂:拍動性腫瘤、ショック。 ・急性大動脈解離:引き裂かれるような胸背部痛、移動する痛み、血圧の左右差。 ・尿管結石:疝痛発作、血尿、肋骨脊柱角叩打痛。 ・腎梗塞:腰痛、血尿、LDH上昇。 ・腰椎疾患:体動で増悪、神経症状。循環動態は保たれる。

POINT

・高齢男性、高血圧・動脈硬化の危険因子+突然の腰背部痛+腹部拍動性腫瘤+血圧低下・頻脈 → 腹部大動脈瘤の破裂(切迫破裂)を考える。 ・後腹膜への破裂では血腫で一時的に出血が止まり、循環が見かけ上安定することがあるので油断しない。 ・破裂の確定診断と治療方針(人工血管置換術かステントグラフト内挿術か)の決定には腹部CT(造影)が最適。 ・時間のかかる検査(MRI、IVP)や診断的価値の低い検査(尿沈渣、腹部単純エックス線)を優先してはならない。 ・腹部大動脈瘤は腎動脈下に多く、動脈硬化が主因で、冠動脈疾患・末梢動脈疾患の合併に注意。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。