症状が消えても「治った」ではない―一過性脳虚血発作は脳梗塞の警報だ
第106回医師国家試験 I問題 第63問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。右手の脱力としびれとを主訴に来院した。1週前と昨日とに,これらの症状が現れ,約20分間持続したという。身体診察所見に異常を認めない。頭部MRIで明らかな異常を認めない。 この患者に対する説明として最も適切なのはどれか。
- a.「特に心配はありません」
- b.「自宅で安静にしていてください」
- c.「すぐに原因の精査をしましょう」
- d.「検査のため来週入院しましょう」
- e.「1か月後にもう一度,頭部MRIを撮りましょう」
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
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ドクター
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ドクターまとめ
突然出現した片側の局所神経症状が短時間で完全に消失し、画像で急性梗塞を認めない場合は一過性脳虚血発作(TIA)を考えます。TIAは脳梗塞の前触れであり、その後の脳梗塞は発症後48時間以内に集中するため、症状が消えていても医学的緊急事態として扱い、直ちに原因精査を始める必要があります。ABCD2スコアで早期脳梗塞リスクを評価し、MRI拡散強調画像、MRAや頸動脈超音波、心電図・ホルター心電図・心エコー、血液検査で血管病変や塞栓源を検索します。原因に応じて抗血小板薬、抗凝固薬、頸動脈内膜剥離術・ステント留置術を選択し、危険因子を管理します。「消えた症状こそ急いで調べる」という姿勢は、脳梗塞を未然に防ぐ臨床判断の基本です。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・65歳の男性。 ・右手の脱力としびれが、1週前と昨日の2回出現し、いずれも約20分で消失した。 ・来院時の身体所見に異常はなく、頭部MRIでも明らかな異常(新しい梗塞巣など)を認めない。
診断
片側上肢の運動障害と感覚障害という局所神経症状が突然出現し、短時間(24時間以内、本例では20分)で完全に消え、画像上梗塞が確認されないことから、一過性脳虚血発作(TIA:transient ischemic attack)と考えられる。右手の症状であることから、左大脳半球(左内頸動脈・中大脳動脈領域)の虚血が推定される。
TIAの危険性
TIAは脳梗塞の「前触れ」であり、発症後早期に脳梗塞を起こすリスクが高い。TIA後90日以内に脳梗塞を発症する患者の約半数は、TIA後48時間以内に発症するとされる。したがって、症状が消えていても「治った」と考えてはならず、医学的緊急事態として扱う。 脳梗塞発症リスクの評価にはABCD2スコアが用いられる。 ・A(Age):60歳以上→1点 ・B(Blood pressure):初診時の収縮期血圧140 mmHg以上または拡張期血圧90 mmHg以上→1点 ・C(Clinical features):片側の脱力→2点、脱力を伴わない言語障害→1点 ・D(Duration):60分以上→2点、10~59分→1点 ・D(Diabetes):糖尿病あり→1点 本例は年齢1点、片側の脱力2点、持続時間約20分で1点の計4点以上(血圧・糖尿病の情報はない)となる。2日以内の脳梗塞発症リスクはおおむね0~3点で約1%、4~5点で約4%、6~7点で約8%と報告されており、本例は高リスク群に入る。さらに1週間に2回と発作を繰り返している点もリスクを高める要素である。
設問の考え方
TIAを疑ったら、できるだけ速やかに(原則として当日中に)原因の精査と再発予防の治療を開始する必要がある。経過観察や、日を置いてからの検査予定はいずれも不適切である。
選択肢考察
- ×a. 「特に心配はありません」
症状が消えており診察・MRIで異常がなくても、TIAは近い将来の脳梗塞の強い警告サインである。本例はABCD2スコアが4点以上で、短期間に発作を繰り返しており、早期の脳梗塞発症リスクが高い。「心配ない」と説明して帰宅させることは、脳梗塞発症の機会を放置することにつながり、誤りである。
- ×b. 「自宅で安静にしていてください」
安静にしていてもTIAの原因(頸動脈の狭窄、心房細動による心原性塞栓など)は解消されず、脳梗塞の予防にはならない。原因を調べずに自宅で様子を見させることは、特に発症後48時間以内という最も危険な時期に何も手を打たないことになり、不適切である。
- ○c. 「すぐに原因の精査をしましょう」
TIA後の脳梗塞は発症直後の数日間に集中しているため、直ちに原因を調べて治療を開始することが脳梗塞予防に直結する。具体的には、MRI拡散強調画像による新しい虚血巣の確認、MRAや頸動脈超音波による頭蓋内外の動脈狭窄の評価、心電図・ホルター心電図・心エコーによる心房細動などの塞栓源の検索、血液検査(血糖・脂質・凝固系など)を速やかに行う。本例のように高リスク(ABCD2スコア4点以上、短期間の反復発作)の場合は入院のうえで精査・治療を進めるのが望ましい。
- ×d. 「検査のため来週入院しましょう」
精査の必要性を認識している点はよいが、時期が遅すぎる。TIA後の脳梗塞は48時間以内に最も多く発症するため、1週間後の入院では、その間に脳梗塞を起こしてしまう危険が大きい。精査と治療は当日から開始すべきである。
- ×e. 「1か月後にもう一度,頭部MRIを撮りましょう」
1か月も待つ理由はなく、その間に脳梗塞を発症するおそれが高い。また頭部MRIを繰り返すだけでは、TIAの原因となる血管病変(頸動脈狭窄など)や心房細動などの塞栓源は評価できず、再発予防の治療にもつながらない。
TIAの定義
脳・脊髄・網膜の局所的な虚血によって一過性の神経症状を生じるが、画像上急性梗塞を伴わないものをいう。かつては「症状が24時間以内に消失するもの」という時間による定義が用いられたが、症状が短時間で消えてもMRI拡散強調画像で新しい梗塞巣がみられることが多いとわかり、現在は画像上の組織障害の有無を重視した定義(症状は24時間以内に消失し、かつ急性梗塞巣を認めないもの)が用いられる。
TIAの主な原因
・アテローム血栓性:頸動脈や頭蓋内動脈の動脈硬化性狭窄。狭窄部の血栓による塞栓(動脈原性塞栓)や血流低下によって起こる。 ・心原性塞栓:心房細動などで心臓内にできた血栓が流れて起こる。 ・ラクナ梗塞の前兆となる穿通枝の虚血。
代表的な症状
片麻痺、半身の感覚障害、失語、構音障害、片眼の一過性視力消失(一過性黒内障:同側内頸動脈の病変を示唆)など。めまい・失神・意識消失のみの症状は通常TIAとは考えない。
精査と治療
・精査:MRI(拡散強調画像)、MRA/CTA、頸動脈超音波、心電図・ホルター心電図・心エコー、血液検査。 ・治療:非心原性であれば抗血小板薬(高リスク例では発症早期にアスピリンとクロピドグレルの2剤併用を短期間行うことがある)、心房細動などの心原性であれば抗凝固薬(DOACやワルファリン)。症候性の高度頸動脈狭窄には頸動脈内膜剥離術(CEA)や頸動脈ステント留置術(CAS)を考慮する。高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などの危険因子の管理も行う。
ABCD2スコア
年齢(60歳以上1点)、血圧(140/90 mmHg以上1点)、臨床症状(片側脱力2点、脱力のない言語障害1点)、持続時間(60分以上2点、10~59分1点)、糖尿病(1点)の合計0~7点で、点数が高いほど早期の脳梗塞リスクが高い。ただしスコアが低くても脳梗塞リスクがないわけではなく、TIAが疑われる患者は速やかに評価することが基本である。
POINT
・一過性の局所神経症状+画像で梗塞なし=TIA。 ・TIAは脳梗塞の前兆であり、発症後48時間以内が特に危険。 ・ABCD2スコア(年齢・血圧・症状・持続時間・糖尿病)で早期脳梗塞リスクを評価する。 ・TIAを疑ったら経過観察や後日の検査は不可。直ちに原因精査と再発予防治療を始める。 ・原因(頸動脈狭窄、心房細動など)に応じて抗血小板薬・抗凝固薬・CEA/CASを選択する。
