裂けた大動脈はどこを虚血にするか―「太い枝」で考える大動脈解離の症状
第106回医師国家試験 I問題 第23問
国試問題にチャレンジ
急性大動脈解離で認められないのはどれか。
- a.対麻痺
- b.意識消失
- c.尿量減少
- d.Raynaud現象
- e.上肢血圧の左右差
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
急性大動脈解離の症状は、大動脈壁の破綻による胸背部痛・破裂・心タンポナーデ・大動脈弁閉鎖不全と、分枝の血流障害(malperfusion)による各臓器の虚血に分けて整理すると理解しやすくなります。Adamkiewicz動脈の途絶による対麻痺、脳虚血やショックによる意識消失、腎虚血やショックによる尿量減少、鎖骨下動脈・腕頭動脈の障害による上肢血圧の左右差は、いずれも解離でみられる所見です。一方、Raynaud現象は手指の細動脈の発作的な攣縮による可逆的な色調変化で、強皮症などの膠原病や振動障害でみられ、太い分枝レベルで虚血が起こる大動脈解離の症状ではありません。Stanford A型は原則緊急手術、合併症のないB型は降圧中心の内科治療が基本であり、心筋梗塞や脳卒中に見える解離を見逃さないためにも、解剖に基づいて症状を予測する力が重要です。
解答・解説
正解はdです
急性大動脈解離は、大動脈の内膜に亀裂(エントリー)が生じ、血液が中膜に流れ込んで壁を内外2層に裂きながら進展する疾患である。本来の血管腔(真腔)とは別に、裂けた壁の間に新たな腔(偽腔)が形成される。 症状・所見は、次の2つの機序に分けて整理すると想起しやすい。 1. 大動脈壁そのものの問題:突然の激烈な胸背部痛(痛みが移動することもある)、脆弱化した壁の破裂による出血性ショック、上行大動脈の解離が心膜腔へ破裂すれば心タンポナーデ、大動脈基部に及べば大動脈弁閉鎖不全症。 2. 分枝血管の血流障害(malperfusion:臓器灌流障害):偽腔が分枝の入口部を圧排・閉塞したり、解離が分枝内へ進展したりすることで、その分枝が栄養する臓器が虚血に陥る。冠動脈(心筋梗塞)、頸動脈・椎骨動脈(脳虚血・意識障害・片麻痺)、鎖骨下動脈(上肢の脈拍・血圧の左右差)、肋間動脈・腰動脈(脊髄虚血による対麻痺)、腹腔動脈・上腸間膜動脈(腸管虚血)、腎動脈(乏尿・腎不全)、腸骨動脈(下肢虚血)などである。 本問では、各選択肢がこれらのどの機序で説明できるかを考える。大動脈解離による虚血は大動脈から直接分岐する太い動脈のレベルで起こるため、手指の細動脈が発作的に攣縮して色調が変化するRaynaud現象は、大動脈解離の症状としては通常みられない。
選択肢考察
- ×a. 対麻痺
大動脈解離で認められる。脊髄の前方2/3は前脊髄動脈によって栄養され、その胸腰髄部分への主要な血液供給路がAdamkiewicz動脈(大前根動脈)である。この動脈は多くの場合、下位胸椎から上位腰椎レベルの肋間動脈や腰動脈から分岐する。解離が下行大動脈に及んでこれらの分枝の血流が途絶すると、前脊髄動脈領域の梗塞(前脊髄動脈症候群)が起こり、両下肢の運動麻痺(対麻痺)や温痛覚障害、膀胱直腸障害が出現する。なお、深部感覚(後索)は後脊髄動脈の支配であるため保たれやすい。
- ×b. 意識消失
大動脈解離で認められる。機序は大きく2つある。一つは、解離が腕頭動脈や総頸動脈に及んで脳への血流が障害されることによる脳虚血である(片麻痺などの脳梗塞症状を伴うこともある)。もう一つは、心タンポナーデや大動脈破裂による出血性ショックで全身の血圧が低下し、脳灌流が保てなくなることである。失神や意識障害で発症する大動脈解離もあり、胸痛を訴えられない患者では見逃しやすいので注意が必要である。
- ×c. 尿量減少
大動脈解離で認められる。解離が腹部大動脈に及び腎動脈の起始部が偽腔によって圧排・閉塞されると、腎血流が低下し糸球体濾過量が減少して乏尿となる(腎性の要素も加わる)。また、心タンポナーデや出血によるショックで心拍出量が低下した場合にも、腎灌流圧が下がって尿量は速やかに減少する(腎前性)。尿量は臓器灌流障害やショックの程度を反映する指標として、治療中のモニタリングにも用いられる。
- ○d. Raynaud現象
大動脈解離では認められないため、これが正解である。Raynaud現象は、寒冷刺激や精神的緊張を契機に手指の細動脈が発作的に攣縮し、指の色調が蒼白→紫藍(チアノーゼ)→紅潮と変化する現象である。原因のない一次性(Raynaud病)と、全身性強皮症・混合性結合組織病・全身性エリテマトーデスなどの膠原病、閉塞性血栓血管炎、振動工具の使用(振動障害)などに伴う二次性とがある。いずれも末梢の細い動脈レベルの現象である。一方、大動脈解離による虚血は鎖骨下動脈や腸骨動脈など大動脈の太い分枝レベルで起こるため、上肢や下肢全体の脈拍消失・冷感・疼痛(急性動脈閉塞に類似した症状)として現れ、手指に限局した発作的・可逆的な色調変化であるRaynaud現象の形はとらない。
- ×e. 上肢血圧の左右差
大動脈解離で認められる。解離が弓部大動脈に及び、腕頭動脈(右上肢へ)または左鎖骨下動脈(左上肢へ)の一方の血流が障害されると、患側上肢の血圧が低下し、脈拍の減弱・消失がみられる。左右の上肢で収縮期血圧に明らかな差(目安としておおむね20 mmHg以上)があれば大動脈解離を強く疑う所見となるため、胸痛患者では両上肢の血圧を測定することが重要である。
分類
Stanford分類:解離が上行大動脈に及ぶものをA型、及ばないものをB型とする。A型は心タンポナーデ、大動脈弁閉鎖不全症、冠動脈閉塞、大動脈破裂など致死的合併症の危険が高く、原則として緊急手術の適応である。B型は合併症がなければ降圧・安静・鎮痛を中心とした内科的治療が基本だが、破裂や臓器灌流障害を伴う場合(complicated B型)はステントグラフト内挿術(TEVAR)などの侵襲的治療が検討される。 DeBakey分類:エントリーの位置と解離の範囲で分ける。Ⅰ型は上行大動脈にエントリーがあり弓部より末梢まで解離が及ぶもの、Ⅱ型は上行大動脈に限局するもの、Ⅲ型は下行大動脈にエントリーがあるもの(Ⅲaは腹部大動脈に及ばない、Ⅲbは腹部大動脈に及ぶ)である。
危険因子
高血圧が最大の危険因子である。そのほか、Marfan症候群・Loeys-Dietz症候群・血管型Ehlers-Danlos症候群などの遺伝性結合組織疾患、二尖大動脈弁、大動脈縮窄症、妊娠、外傷、コカイン使用などがある。
分枝血流障害と症状の対応
冠動脈(主に右冠動脈)→急性心筋梗塞(下壁梗塞が多い) 腕頭動脈・総頸動脈→脳虚血、意識障害、片麻痺 鎖骨下動脈→上肢の脈拍減弱、血圧左右差 肋間動脈・腰動脈(Adamkiewicz動脈)→対麻痺 腹腔動脈・上腸間膜動脈→腸管虚血(腹痛、代謝性アシドーシス) 腎動脈→乏尿、腎機能障害 腸骨動脈→下肢虚血
診断
造影CTが第一選択で、真腔と偽腔を隔てる剥離内膜(フラップ)の描出により診断する。経胸壁心エコーは心タンポナーデや大動脈弁逆流の評価に有用である。胸部X線写真での上縦隔拡大、血液検査でのDダイマー上昇も参考になる。
POINT
・大動脈解離の症状は「大動脈壁の破綻(疼痛、破裂、心タンポナーデ、大動脈弁閉鎖不全)」と「分枝の血流障害(malperfusion)」に分けて整理する。 ・脊髄虚血による対麻痺、脳虚血やショックによる意識消失、腎虚血やショックによる尿量減少、鎖骨下動脈の血流障害による上肢血圧の左右差は、いずれも大動脈解離でみられる。 ・Raynaud現象は手指の細動脈の攣縮による現象で、膠原病(特に全身性強皮症)などでみられ、大動脈解離の症状ではない。
