StudyMed医師国家試験

治せなくても、目指せるものがある―終末期の病状説明で希望を支える「短期目標」

第106回医師国家試験 H問題 第8問

国試問題にチャレンジ

第106回 H問題 第8問

終末期の癌患者に対して病状説明をする際の配慮で適切なのはどれか。

  1. a.医師以外の医療職は加わらない。
  2. b.患者の感情にはできるだけ触れない。
  3. c.緩和医療の対象外であることを説明する。
  4. d.到達可能な短期目標を患者とともに検討する。
  5. e.患者本人の意向よりも家族の意向を優先する。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、終末期の癌患者さんに病状を伝えるとき、医療者がどんな姿勢で臨むべきかを問う問題だ。いわゆる「悪い知らせ」を伝える場面だね。患者さんが誰を中心に、誰と一緒に、どんな気持ちで話を聞くのか、という視点で選択肢を見ていこう。
医学生医学生
OSCEの医療面接の練習で、悪い知らせの伝え方としてSPIKESを習いました。でも実際の終末期の説明となると、正直どう振る舞えばいいのか想像がつきません。
ドクタードクター
学生のうちはそれが自然だよ。まず原則を4つに整理しよう。患者本人が中心であること、感情に向き合うこと、チームで支えること、そして希望を支えること。この4つに照らすと、正解は「到達可能な短期目標を患者とともに検討する」だ。
医学生医学生
終末期だと、もう目標を立てるのは難しいのではと思ってしまいます。
ドクタードクター
そこが大事なところ。治癒が目標にならなくなると、患者さんは「できなくなったこと」ばかりに目が向き、生きる意味を見失うスピリチュアルな苦痛に陥りやすい。でも、症状を和らげることや生活の質を保つことなど「できること」は残っている。「痛みを抑えて自宅で過ごす」「家族の行事に参加する」「好きなものを食べる」といった現実的な目標を一緒に考えることで、日々に目的と希望が生まれるんだ。
医学生医学生
医師が決めるのではなく「ともに」検討するのがポイントなんですね。
ドクタードクター
その通り。目標は患者さんの価値観に沿って共同で決めるもの。では、ほかの選択肢を見ていこう。医師以外の医療職は加わらない、というのはどうかな。
医学生医学生
緩和ケアの講義で「全人的苦痛」を習いました。身体的、精神的、社会的、スピリチュアルの4つでしたよね。医師だけで全部に対応するのは難しそうです。
ドクタードクター
よく覚えているね。シシリー・ソンダースが提唱したトータルペインの考え方だ。説明後の気持ちの揺れを看護師が受け止めたり、療養場所や経済面の相談を医療ソーシャルワーカーが担ったりと、多職種が関わることで支援の幅が広がる。説明の場に看護師が同席して、患者さんの反応を共有しておくことも勧められているよ。
医学生医学生
患者の感情にはできるだけ触れない、というのは、相手を動揺させないための配慮のようにも見えました。
ドクタードクター
一見そう思えるよね。でも悪い知らせを受ければ、否認や怒り、抑うつといった強い感情が生じるのは当然のこと。それを避けると患者さんは孤立感を深めて、その後の説明も頭に入らなくなる。「不安なお気持ちなのですね」と感情を言葉にして返し、表出を促して傾聴・共感する。SPIKESでも、感情への共感的対応は独立した段階になっているんだ。
医学生医学生
Eの段階ですね。緩和医療の対象外、というのは明らかにおかしい気がします。
ドクタードクター
そう、終末期の癌患者さんはむしろ緩和ケアの中心的な対象だ。WHOの定義でも、緩和ケアは生命を脅かす疾患に直面する患者と家族のQOLを改善するアプローチで、今は診断時から治療と並行して提供することが推奨されている。「終末期だけのもの」でも「対象外」でもないんだ。
医学生医学生
最後の、家族の意向を優先する、という選択肢は少し迷いました。臨床実習で、家族から「本人には言わないでほしい」と頼まれている場面を見たことがあって。
ドクタードクター
実際の現場ではよくある悩みだね。ただ、意思決定の主体はあくまで患者本人で、判断能力がある限り本人の意向が最優先される。家族は大切な支援者として話し合いに加わってもらうけれど、家族の希望だけで本人への説明を控えたり、本人の意思に反する方針を選んだりすることは原則として認められない。本人の意思が確認できないときに初めて、家族らが本人の推定意思を考えることになる。
医学生医学生
家族の不安にも寄り添いつつ、本人が何をどこまで知りたいかを確認する、ということですね。
ドクタードクター
そう、それがSPIKESのInvitationにも通じる。発展知識として、キューブラー=ロスの否認・怒り・取引・抑うつ・受容の5段階も押さえておこう。必ずこの順に進むわけではなく、行きつ戻りつするから、どの段階でも反応を否定せず受け止めることが大切だ。そしてもう一つ、アドバンス・ケア・プランニング、いわゆる「人生会議」。将来の医療やケアについて、本人が家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、意思決定を支えていくプロセスだ。
医学生医学生
一度の説明で終わりではなく、気持ちの変化に合わせて何度も話し合っていくんですね。
ドクタードクター
その通り。病状説明は事実を伝える場であると同時に、患者さんの心を支え、これからの生き方を一緒に考える場なんだ。

まとめ

終末期の癌患者への病状説明では、患者本人を中心に、感情に向き合い、多職種チームで支え、希望を支えるという原則が重要であり、到達可能な短期目標を患者とともに検討することが適切な配慮です。治癒が望めなくても、症状緩和やQOLの維持など「できること」に目を向けた目標設定は、スピリチュアルな苦痛を和らげ、日々に目的をもたらします。全人的苦痛には多職種で対応し、感情表出を促して傾聴・共感すること(SPIKESのE)、緩和ケアは診断時から提供されるものであること、家族の意向より本人の自己決定を優先することも押さえておきましょう。キューブラー=ロスの心理過程やアドバンス・ケア・プランニングの考え方と合わせて理解することで、悪い知らせを伝える場面に臨むための基本姿勢が身につきます。

解答・解説

正解はdです

本問は、治癒が望めない段階にある癌患者へ病状を伝えるとき、医療者がどのような姿勢で臨むべきかを問う一般問題である。

悪い知らせを伝える場面の基本姿勢

終末期の病状説明は、医学的事実を正確に伝えるだけでなく、それを受け止める患者の心理を支える行為でもある。押さえるべき原則は次の4点に整理できる。 1. 患者本人が中心である: 何をどこまで知りたいか、どのような治療・療養を望むかは本人の意思(自己決定権)に基づく。家族は重要な支援者だが、決定の主体ではない。 2. 感情に向き合う: 不安・怒り・悲しみなどの感情表出を促し、傾聴と共感で応じる。感情を避けると信頼関係が築けず、情報も適切に伝わらない。 3. チームで支える: 身体的苦痛だけでなく、精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛(生きる意味の喪失など)を含む「全人的苦痛(トータルペイン)」に対応するため、多職種で関わる。 4. 希望を支える: 治癒が目標にならなくても、症状緩和や生活の質(QOL)の維持など「できること」は残っている。実現可能な目標を患者と一緒に設定することが、希望と生きる意味を支える。

正解を導く考え方

選択肢のうち、上記の原則に沿っているのは「到達可能な短期目標を患者とともに検討する」のみである。他の4肢は、多職種連携の否定、感情の回避、緩和ケアの対象を狭める誤解、自己決定権の軽視といった、いずれも基本原則に反する内容である。

選択肢考察

  1. ×a.  医師以外の医療職は加わらない。

    不適切である。終末期の患者が抱える苦痛は身体面にとどまらず、心理的・社会的・スピリチュアルな側面に及ぶ。看護師、薬剤師、医療ソーシャルワーカー(MSW)、臨床心理士(公認心理師)などが加わる多職種チームで関わることで、説明後の気持ちの揺れを看護師が受け止めたり、療養場所や経済面の相談をMSWが担ったりと、支援の幅が広がる。病状説明の場に看護師が同席し、説明内容と患者の反応を共有しておくことは、その後のケアの継続性の点でも推奨される。

  2. ×b.  患者の感情にはできるだけ触れない。

    不適切である。悪い知らせを受けた患者には、否認・怒り・抑うつなど強い感情が生じるのが自然である。医療者はそれを避けるのではなく、「不安なお気持ちなのですね」「どのようなお気持ちか、もう少し聞かせていただけますか」のように感情を言葉にして返し、表出を促して傾聴・共感することが求められる。感情への対応を欠くと、患者は孤立感を深め、その後の説明内容も頭に入らなくなる。悪い知らせの伝え方の手順として知られるSPIKESでも、患者の感情への共感的対応(Emotions with empathy)が独立した段階として位置づけられている。

  3. ×c.  緩和医療の対象外であることを説明する。

    不適切である。終末期の癌患者は緩和医療(緩和ケア)の中心的な対象である。WHOの定義(2002年)では、緩和ケアは生命を脅かす疾患に直面する患者と家族のQOLを改善するアプローチとされ、痛みなどの身体症状に加え、心理社会的・スピリチュアルな問題にも早期から対処するものである。現在は診断時から治療と並行して提供することが推奨されており、終末期に「対象外」とする根拠はない。緩和ケアチームへ依頼する際は、主治医がその意義を説明し、患者・家族の理解と同意を得たうえで紹介するのが望ましい。

  4. ○d.  到達可能な短期目標を患者とともに検討する。

    適切である。残された時間が限られる終末期には、「できなくなったこと」に目が向きやすく、生きる意味を見失うスピリチュアルな苦痛に陥りやすい。そこで「痛みを抑えて自宅で過ごす」「家族の行事に参加する」「好きなものを食べる」など、現実的に達成できる短期的な目標を患者と一緒に考えることで、日々の生活に目的と希望が生まれ、QOLの向上につながる。治癒を目指す治療がなくなっても、症状緩和や生活を支える手段は残っていることを患者・家族に伝え、目標設定を医療者が一方的に決めず、患者の価値観に沿って共同で行う点が重要である。

  5. ×e.  患者本人の意向よりも家族の意向を優先する。

    不適切である。医療における意思決定の主体は患者本人であり、判断能力がある限り本人の意向が最優先される(自己決定権の尊重、インフォームド・コンセントの原則)。家族は患者を支える存在として話し合いに加わってもらうことが望ましいが、家族の希望で本人への説明を控えたり、本人の意思に反する方針を選んだりすることは原則として認められない。本人の意思が確認できない場合に初めて、家族らが本人の推定意思を考えることになる。

悪い知らせの伝え方: SPIKES

悪い知らせを伝える際の6段階の手順として広く用いられている。 S(Setting): 静かで座って話せる場所を用意し、必要に応じて家族や看護師の同席を調整する。 P(Perception): 患者が現状をどう理解しているかを確認する。 I(Invitation): どの程度詳しく知りたいかを確認する。 K(Knowledge): 専門用語を避け、少しずつ区切って情報を伝える。 E(Emotions with empathy): 患者の感情を受け止め、共感的に応答する。 S(Strategy and summary): 今後の方針を患者と一緒に考え、要点をまとめる。 わが国では、患者の意向調査を基にした SHARE(支持的な環境設定、悪い知らせの伝え方、付加的情報、安心感と情緒的サポート)というモデルも用いられている。

全人的苦痛(トータルペイン)

近代ホスピスの創始者シシリー・ソンダースが提唱した概念で、終末期患者の苦痛を身体的・精神的・社会的・スピリチュアルの4側面からとらえる。身体的苦痛(痛み、呼吸困難、倦怠感など)、精神的苦痛(不安、抑うつ、いらだち)、社会的苦痛(仕事・経済・家庭の問題)、スピリチュアルな苦痛(生きる意味の喪失、死への恐怖、罪責感)は相互に影響しあうため、多職種での包括的な対応が必要となる。

死にゆく過程の心理(キューブラー=ロス)

否認 → 怒り → 取引 → 抑うつ → 受容 の5段階が知られる。必ずこの順に進むわけではなく、段階を行きつ戻りつしたり、複数が同時に現れたりする。どの段階でも患者の反応を否定せず受け止める姿勢が大切である。

終末期患者の心理的ケアの要点

・否認や医療者への依存・甘えといった反応を、心理的防衛として理解する。初期には感情を抑えて模範的にふるまう患者も多い。 ・不安定な精神状態に対し、面談以外にも接触の機会を保ち、関係を途切れさせない。 ・家族と連携し、患者が死への恐れを言葉にできる環境をつくる。 ・患者の希望や生きがいに共感し、到達可能な短期目標を一緒に考える。 ・患者の尊厳を重んじ、本人の意向を最優先する。

アドバンス・ケア・プランニング(ACP)

将来の医療・ケアについて、患者本人が家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、意思決定を支援するプロセスである(わが国では「人生会議」の愛称がある)。厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」でも、本人の意思決定を基本とし、多職種チームで繰り返し話し合うことが重視されている。

POINT

・終末期の病状説明では、患者本人の意向が最優先(自己決定権)。家族の意向を優先しない。 ・患者の感情表出を促し、傾聴と共感で応じる(SPIKESのE)。 ・全人的苦痛(身体・精神・社会・スピリチュアル)に多職種チームで対応する。 ・終末期患者は緩和ケアの中心的な対象であり、緩和ケアは診断時から並行して提供される。 ・治癒が望めなくても、到達可能な短期目標を患者とともに設定し、希望とQOLを支える。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。