左鎖骨上窩の硬いしこり―Virchowリンパ節から始める原発巣探しの地図
第106回医師国家試験 H問題 第28問
国試問題にチャレンジ
49歳の女性。頸部のしこりを主訴に来院した。左鎖骨上窩に,径2 cmの固く可動性に乏しいリンパ節を触知する。 検査として適切でないのはどれか。
- a.脳血管造影
- b.胸腹部造影CT
- c.喉頭内視鏡検査
- d.頸部超音波検査
- e.上部消化管内視鏡検査
対話形式の解説
ドクター
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ドクターまとめ
硬く可動性に乏しい径2cm前後以上のリンパ節は、癌の転移や悪性リンパ腫などの悪性疾患を疑う所見であり、鎖骨上窩はとくに悪性の可能性が高い部位です。左鎖骨上窩リンパ節はVirchowリンパ節と呼ばれ、胸管が左静脈角に注ぐ解剖から胃癌など腹部臓器癌の転移先として知られますが、頭頸部・胸部・乳腺・骨盤内臓器の癌やリンパ腫も原因となります。精査は、頸部超音波と細胞診・生検によるリンパ節自体の評価と、喉頭内視鏡、上部消化管内視鏡、胸腹部造影CT、必要に応じてPET/CTによる原発巣検索の二本立てで進めます。頭蓋内血管を評価する脳血管造影はこの目的に合わず、適切ではありません。リンパの流れという解剖学的な知識を、検査の選択という臨床判断に結びつけることが、この問題から学ぶべきポイントです。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・49歳の女性が頸部のしこりを主訴に受診した。 ・左鎖骨上窩に、直径2cmで、硬く、可動性に乏しいリンパ節を触れる。
どう考えるか
炎症による反応性のリンパ節腫大は、やわらかく圧痛があり、よく動くことが多い。これに対して、硬く、周囲に固定して動きにくく、径が1.5~2cmを超えるリンパ節は、癌の転移や悪性リンパ腫などの悪性疾患を強く疑う所見である。さらに鎖骨上窩のリンパ節腫大は、部位そのものが悪性疾患の可能性が高い場所として知られている。 特に左鎖骨上窩のリンパ節は、Virchow(ウィルヒョウ)リンパ節と呼ばれる。腹部臓器や下半身のリンパ液は最終的に胸管に集まり、胸管は左の静脈角(左内頸静脈と左鎖骨下静脈の合流部)に注ぐ。そのため、胃癌をはじめとする腹部の悪性腫瘍は、胸管を経由して左鎖骨上窩のリンパ節に転移することがある。このリンパ節への転移をVirchow転移(触知した場合はTroisier徴候)という。 ただし実際には、胃・食道などの消化管、膵臓、肝胆道系、卵巣・子宮などの腹部骨盤内臓器のほか、肺・縦隔などの胸部臓器、乳腺、甲状腺、咽頭・喉頭などの頭頸部の癌も、このあたりのリンパ節に転移しうる。また悪性リンパ腫が初発することもある。
設問への考え方
検査の目的は、①腫大リンパ節そのものの性状評価と組織診断、②原発巣の検索、の2つである。頸部超音波検査で性状を評価し、穿刺吸引細胞診や生検で組織を確認するとともに、頭頸部(喉頭・咽頭の内視鏡)、消化管(上部消化管内視鏡)、胸腹部(造影CT)を系統的に調べていく。これらの目的に合致しない検査を選ぶ。本問は「適切でないもの」を選ぶ問題である点に注意する。
選択肢考察
- ○a. 脳血管造影
脳血管造影は、カテーテルを頸動脈や椎骨動脈に進めて造影剤を注入し、頭蓋内の血管を描出する侵襲的な検査である。脳動脈瘤、脳動静脈奇形、血管の狭窄・閉塞、もやもや病、腫瘍の血流評価などが適応となる。脳腫瘍は頭蓋外へ転移することがまれであり、鎖骨上窩リンパ節転移の原発巣検索や、リンパ節自体の評価には役立たない。したがって本例の検査として適切でなく、これが正解である。
- ×b. 胸腹部造影CT
左鎖骨上窩リンパ節には、肺癌などの胸部悪性腫瘍や、胃・膵臓・肝胆道系・卵巣など腹部骨盤内の悪性腫瘍が転移しうる。胸腹部造影CTはこれら原発巣の検索に加え、縦隔・腹部のリンパ節腫大や肝転移などの広がり(病期)を把握するのにも有用であり、適切な検査である。悪性リンパ腫であった場合の病変の分布評価にも用いられる。
- ×c. 喉頭内視鏡検査
咽頭癌(上咽頭癌・中咽頭癌・下咽頭癌)や喉頭癌などの頭頸部癌は、しばしば頸部リンパ節転移を初発症状として見つかる。原発巣が小さく自覚症状が乏しいことも多いため、頸部リンパ節腫大の原因検索では鼻腔から喉頭までを内視鏡で観察することが重要であり、適切な検査である。
- ×d. 頸部超音波検査
頸部超音波検査は非侵襲的で、リンパ節の大きさ、形状(扁平か球形か)、内部構造、リンパ門の有無、血流などから良悪性を推定できる、最初に行うべき画像検査である。さらに超音波ガイド下で穿刺吸引細胞診を行えば確定診断に近づける。甲状腺癌や唾液腺腫瘍など頸部臓器の原発巣の検索にも有用であり、適切である。
- ×e. 上部消化管内視鏡検査
左鎖骨上窩リンパ節(Virchowリンパ節)への転移は胃癌で特に有名であり、食道癌も頸部・鎖骨上リンパ節に転移しやすい。原発巣の確認と組織生検が同時に行える上部消化管内視鏡検査は、本例で必須ともいえる検査であり、適切である。
悪性を疑うリンパ節の特徴
・大きさ:おおむね1.5~2cm以上 ・硬さ:硬い(石のように硬ければ癌転移、弾性硬でゴムのようなら悪性リンパ腫を考える) ・可動性:周囲組織と癒着して動きにくい ・圧痛:乏しいことが多い(炎症性では圧痛を伴いやすい) ・経過:数週間以上持続・増大する ・部位:鎖骨上窩の腫大は年齢を問わず悪性の可能性が高い
Virchowリンパ節と胸管
胸管は乳び槽から始まり、下半身・腹部・左上半身のリンパを集めて左静脈角に注ぐ。このため左鎖骨上窩リンパ節は腹部癌の遠隔転移の窓口となる。胃癌の遠隔転移として有名なものに、Virchow転移(左鎖骨上窩リンパ節)、Schnitzler転移(ダグラス窩への腹膜播種)、Krukenberg腫瘍(卵巣への転移)、Sister Mary Joseph結節(臍への転移)がある。一方、右鎖骨上窩リンパ節は主に右肺・縦隔・食道などの胸部臓器からのリンパが流入する。
原発不明の頸部リンパ節転移の精査の流れ
1. 頸部超音波検査で性状評価、超音波ガイド下穿刺吸引細胞診(悪性リンパ腫が疑われる場合は組織構築の評価が必要なため摘出生検) 2. 頭頸部の観察:鼻咽腔・喉頭内視鏡検査 3. 消化管の検索:上部消化管内視鏡検査(必要に応じ下部消化管内視鏡) 4. 全身検索:胸腹部骨盤造影CT、FDG-PET/CT(ブドウ糖類似物質を用いて代謝の盛んな病変を描出する検査) 5. 女性では乳房(マンモグラフィ・乳房超音波)や婦人科臓器の評価も考慮する 6. 腫瘍マーカーは補助的に用いる
脳腫瘍と転移
原発性脳腫瘍は血液脳関門や頭蓋内にリンパ管系が乏しいことなどから、頭蓋外への転移はまれである。
POINT
・硬く、可動性に乏しい、2cm前後以上のリンパ節は悪性(癌転移・悪性リンパ腫)を疑う。 ・左鎖骨上窩リンパ節=Virchowリンパ節:胸管が左静脈角に注ぐため、胃癌など腹部臓器癌が転移する。 ・精査は、リンパ節自体の評価(超音波・細胞診・生検)と原発巣検索(頭頸部内視鏡、上部消化管内視鏡、胸腹部造影CT、PET/CTなど)の二本立て。 ・脳血管造影は頭蓋内血管病変の検査であり、リンパ節転移の原発巣検索には用いない。
