「お金がない」は気分が生む妄想―うつ病の微小妄想を見抜く
第106回医師国家試験 G問題 第1問
国試問題にチャレンジ
うつ病の患者の訴えで典型的と考えられるのはどれか。
- a.「妻が浮気をしている」
- b.「食事に毒が入っている」
- c.「いつも誰かに尾行されている」
- d.「お金がなくてどうにもなりません」
- e.「周囲の雰囲気が変わってしまった」
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
妄想の内容は気分と結びつきやすく、うつ病では自己を小さく価値のないものと考える微小妄想(貧困妄想・罪業妄想・心気妄想)が典型であり、「お金がなくてどうにもならない」という訴えは貧困妄想にあたります。躁状態では誇大妄想、統合失調症では被毒・追跡・注察などの被害妄想や妄想気分が多く、嫉妬妄想はアルコール依存症で有名です。うつ病の微小妄想は抑うつ気分から理解できる二次妄想であり、極端になると否定妄想を中心とするコタール症候群に至ります。妄想を伴ううつ病は重症で自殺の危険が高く、抗うつ薬と抗精神病薬の併用や修正型電気けいれん療法が検討されます。訴えを妄想の種類に分類し、背景にある気分や疾患と結びつける視点は、精神科面接と診断の基本となります。
解答・解説
正解はdです
問われていること
患者の発言がどの種類の妄想にあたり、その妄想がどの精神疾患に多いかを結びつけられるかを問う問題である。
妄想の内容と気分の関係
妄想とは、根拠がないのに強く確信され、周囲が説明しても訂正できない誤った考えである。妄想の中身は、その人の気分の状態と結びつきやすい。 ・うつ病(抑うつ気分・自己評価の低下):自分を実際よりも小さく、価値がなく、悪いものと考える方向に向かう。これを微小妄想といい、貧困妄想(お金がない)、罪業妄想(自分は取り返しのつかない罪を犯した)、心気妄想(重い病気にかかっていて治らない)の3つが代表である。 ・躁状態(高揚気分):自分を大きく考える誇大妄想(自分は特別な能力や血筋をもつ、など)に向かう。 ・統合失調症:周囲から害を加えられるという被害妄想(被毒妄想、追跡妄想、注察妄想、嫉妬妄想など)が多く、その前段階として妄想気分や妄想知覚が現れる。 選択肢の発言をこの枠組みで分類すると、「お金がなくてどうにもならない」は貧困妄想であり、うつ病の典型的な訴えである。ほかの選択肢はいずれも被害妄想群あるいは妄想気分で、統合失調症やアルコール依存症との結びつきが強い。 なお、実際に経済的に困っている人が同じ言葉を言うこともある。妄想と判断するのは、十分な蓄えや収入があるなど客観的には困窮していないのに、「破産する」「一家が路頭に迷う」と確信して説得しても訂正できない場合である。
選択肢考察
- ×a. 「妻が浮気をしている」
配偶者や恋人が不貞をはたらいていると根拠なく確信するのは嫉妬妄想で、被害妄想群に分類される。アルコール依存症(アルコール性嫉妬妄想)に特徴的であり、統合失調症や妄想性障害、覚醒剤などの物質による精神病性障害でもみられる。自己を低く評価する微小妄想とは性質が異なり、うつ病の典型ではない。
- ×b. 「食事に毒が入っている」
誰かが自分の飲食物に毒を入れて害そうとしていると確信するのは被毒妄想で、被害妄想群に属する。統合失調症に多く、妄想性障害や、脳の病気・身体疾患・中毒に伴う精神病(器質性・症状性・中毒性精神病)、認知症でもみられる。被毒妄想から拒食に至ることもある。うつ状態で被害的な内容の妄想が出ることもあるが、典型とはいえない。
- ×c. 「いつも誰かに尾行されている」
誰かにつけ回されていると確信するのは追跡妄想で、被害妄想群に属する。統合失調症に多く、妄想性障害や器質性・症状性・中毒性精神病(覚醒剤精神病など)でもみられる。「監視されている」(注察妄想)や「組織に狙われている」といった訴えと一緒に語られることが多い。うつ病の典型的な訴えではない。
- ○d. 「お金がなくてどうにもなりません」
客観的には経済的な問題がないのに、自分は貧乏で生活が立ち行かなくなると確信するのが貧困妄想である。貧困妄想は罪業妄想・心気妄想とともに微小妄想に含まれる。微小妄想は、抑うつ気分と自己評価の低下が考えの内容にまで及んだもので、重症のうつ病(精神病性の特徴を伴ううつ病)に典型的である。気分に一致した妄想であるため、うつ病の訴えとして最も典型的である。
- ×e. 「周囲の雰囲気が変わってしまった」
周りの世界が何となく普段と違い、得体の知れない何かが起こりつつあるという、はっきりしない不気味な感じや緊張感を伴う体験を妄想気分という。はっきりした妄想が固まる前の段階に現れることが多く、統合失調症(とくに発病初期)に特徴的とされる。うつ病の訴えではない。
妄想の分類と関連が深い疾患
・微小妄想(うつ病):貧困妄想、罪業妄想、心気妄想。 ・誇大妄想(躁状態、ほかに統合失調症、進行麻痺など):血統妄想、発明妄想、宗教妄想、恋愛妄想など。 ・被害妄想群(統合失調症に多い):被毒妄想、追跡妄想、注察妄想、関係妄想、物理的被害妄想、嫉妬妄想など。嫉妬妄想はアルコール依存症との関連が強い。認知症では「物を盗られた」という物盗られ妄想が多い。
妄想の成り立ちによる分類
・一次妄想(真正妄想):心理的に説明のつかない形で突然生じる。妄想気分、妄想知覚、妄想着想があり、統合失調症に特徴的とされる。 ・二次妄想(妄想様観念):気分や状況などから心理的に理解できる形で生じる。うつ病の微小妄想は、抑うつ気分から理解できるので二次妄想に含まれる。
うつ病の妄想に関する事項
・微小妄想が極端になると、「自分の内臓はもうない」「自分はすでに死んでいる」「世界は存在しない」といった否定妄想(虚無妄想)になる。これを中心とする状態をコタール症候群といい、高齢者の重症うつ病でみられる。 ・妄想を伴うようなうつ病は重症で、自殺の危険が高い。治療は抗うつ薬に抗精神病薬を組み合わせるか、修正型電気けいれん療法の適応となる。 ・うつ病でも被害的な妄想(「警察に捕まる」など)がみられることはあるが、多くは「自分が悪いので罰を受ける」という罪業感と結びついている。
POINT
・うつ病の典型的な妄想は微小妄想=貧困妄想・罪業妄想・心気妄想。 ・躁状態では誇大妄想。 ・被毒・追跡・注察などの被害妄想や妄想気分は統合失調症に多い。 ・嫉妬妄想はアルコール依存症で有名(統合失調症・妄想性障害でもみられる)。 ・微小妄想が進むと否定妄想(コタール症候群)となる。
