その穿刺が命を奪う―腰椎穿刺の「適応」と「禁忌」を見極める
第106回医師国家試験 F問題 第1問
国試問題にチャレンジ
腰椎穿刺による脳脊髄液検査の適応とならないのはどれか。
- a.くも膜下出血の診断
- b.脳出血での脳圧の評価
- c.意識障害患者での鑑別診断
- d.急性細菌性髄膜炎での起炎菌の同定
- e.急性リンパ性白血病での髄膜浸潤の診断
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
腰椎穿刺による髄液検査は、髄膜炎・脳炎の診断と起炎菌同定、CTで確認できないくも膜下出血の診断、白血病などの髄膜浸潤の診断、脱髄・炎症性疾患の評価などに広く用いられます。一方、最も重要な禁忌は脳出血・脳腫瘍・脳膿瘍などの占拠性病変による頭蓋内圧亢進で、穿刺によって脳ヘルニアを誘発し致命的となりうるため、脳出血の評価は頭部CTで行います。そのほか穿刺部位の感染や出血傾向も禁忌であり、意識障害や局所神経症状、うっ血乳頭などがある場合は穿刺前に頭部CTで安全を確認します。「得られる情報」と「穿刺の安全性」の両面から適応を判断する姿勢は、日常診療で検査を選ぶ際の基本となります。
解答・解説
正解はbです
腰椎穿刺(lumbar puncture)は、第3/4または第4/5腰椎間から穿刺針をくも膜下腔に進め、脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)を採取して初圧・外観・細胞数・蛋白・糖・細菌学的検査・細胞診などを調べる検査である。中枢神経系の感染症、出血、腫瘍細胞の浸潤、脱髄・炎症性疾患などの診断に広く用いられる。 一方で、本検査には重大な禁忌がある。最も重要なのは、頭蓋内に占拠性病変(脳出血、脳腫瘍、脳膿瘍など)があって頭蓋内圧が亢進している状態である。このとき腰部で髄液を抜くと、頭蓋内と脊柱管内との間に急激な圧較差が生じ、脳組織が下方へ押し出されて脳ヘルニア(テント切痕ヘルニア、大後頭孔ヘルニア=小脳扁桃ヘルニア)を起こし、呼吸停止・死亡に至りうる。 したがって本問では、各選択肢について「髄液を調べることで診断に役立つ情報が得られるか」と「その状況で穿刺が危険でないか」の二点から考える。脳出血は頭蓋内圧亢進を伴いやすい占拠性病変であり、しかも脳圧評価や出血の診断は頭部CTなどの画像検査で行うのが基本であるから、腰椎穿刺の適応にはならない。
選択肢考察
- ×a. くも膜下出血の診断
適応となる。くも膜下出血(subarachnoid hemorrhage:SAH)の診断はまず頭部CTで行うが、発症から時間が経過した例や出血量が少ない例ではCTで高吸収域を確認できないことがある。臨床的にSAHが強く疑われるのにCTで所見が得られない場合、腰椎穿刺を行い、血性髄液や、赤血球の分解により生じるキサントクロミー(黄色調の髄液)を確認して診断する。穿刺時の外傷による血液混入(traumatic tap)では、採取を続けるにつれて血性が薄くなり、遠心後の上清は透明であることが鑑別点になる。なお再出血のリスクがあるため、CTで診断がつけば穿刺は行わない。
- ○b. 脳出血での脳圧の評価
適応とならない(本問の正解)。脳出血では血腫そのものと周囲の浮腫が占拠性病変として働き、頭蓋内圧が亢進していることが多い。この状態で腰椎穿刺を行うと、脊柱管側の圧が急に下がることで脳が下方へ偏位し、テント切痕ヘルニアや小脳扁桃ヘルニアを誘発して致命的になりうるため、禁忌である。また、脳出血の診断・血腫の大きさ・正中偏位・脳室穿破や水頭症の有無は頭部CTで評価するのが標準であり、脳圧の評価目的でわざわざ危険な腰椎穿刺を行う意義はない。頭蓋内圧を直接測定する必要がある重症例では、脳室ドレーンや頭蓋内圧センサーを用いる。
- ×c. 意識障害患者での鑑別診断
適応となる。意識障害の原因には、髄膜炎・脳炎などの中枢神経感染症、くも膜下出血、癌性髄膜炎など、髄液所見で初めて診断がつく疾患が含まれる。特に発熱を伴う意識障害では、髄膜炎・脳炎の鑑別のために髄液検査が欠かせない。ただし、意識障害患者では頭蓋内占拠性病変による頭蓋内圧亢進が隠れていることがあるため、穿刺前に頭部CT(必要に応じて眼底検査によるうっ血乳頭の確認)を行い、禁忌がないことを確かめてから実施する。
- ×d. 急性細菌性髄膜炎での起炎菌の同定
適応となる。細菌性髄膜炎の確定診断と治療方針の決定には髄液検査が不可欠である。典型的な所見は、初圧上昇、混濁した外観、多核白血球(好中球)優位の細胞数著増、蛋白上昇、糖低下(髄液糖/血糖比の低下)である。糖の低下は、細菌や好中球による糖の消費などを反映し、ウイルス性髄膜炎との鑑別に役立つ。起炎菌の同定には、髄液のグラム染色、細菌培養、迅速抗原検査やPCRを用い、培養で得られた菌株の薬剤感受性をもとに抗菌薬を最適化する。なお、腰椎穿刺やCTのために抗菌薬投与を遅らせてはならず、必要に応じて血液培養採取後に経験的治療を先行させる。
- ×e. 急性リンパ性白血病での髄膜浸潤の診断
適応となる。急性リンパ性白血病(acute lymphoblastic leukemia:ALL)は中枢神経系への浸潤(中枢神経白血病、髄膜白血病)を起こしやすく、頭痛・嘔吐・脳神経麻痺などの症状を呈することがある。診断は髄液の細胞診で白血病細胞(芽球)を確認することによる。ALLでは診断時の中枢神経浸潤の評価のほか、治療の一環として腰椎穿刺によるメトトレキサートなどの髄腔内投与(中枢神経再発の予防・治療)も行われる。
腰椎穿刺の主な適応
・中枢神経感染症(細菌性・ウイルス性・結核性・真菌性髄膜炎、脳炎)の診断と起炎病原体の同定 ・CTで確定できないくも膜下出血の診断 ・悪性腫瘍(白血病、悪性リンパ腫、癌性髄膜炎)の髄膜浸潤の診断 ・多発性硬化症(オリゴクローナルバンド、IgG index)、Guillain-Barré症候群(蛋白細胞解離)などの炎症・脱髄性疾患の診断 ・特発性正常圧水頭症の髄液排除試験(タップテスト)、特発性頭蓋内圧亢進症の診断と治療 ・薬剤の髄腔内投与、脊髄造影、脊椎麻酔
腰椎穿刺の主な禁忌
・頭蓋内占拠性病変(脳腫瘍、脳出血、脳膿瘍など)による頭蓋内圧亢進:脳ヘルニアの危険 ・穿刺部位の皮膚・軟部組織の感染:髄膜への感染波及の危険 ・出血傾向(抗凝固療法中、血小板減少、凝固異常):脊髄硬膜外血腫の危険 ・穿刺部位の脊髄血管奇形
髄液の基準値(成人)
・初圧:おおむね70〜180 mmH2O(側臥位) ・外観:無色透明 ・細胞数:5/μL以下(単核球) ・蛋白:15〜45 mg/dL程度 ・糖:50〜75 mg/dL程度(血糖の約60〜70%)
疾患別の髄液所見の目安
・細菌性髄膜炎:多核球優位の著明な細胞増加、蛋白上昇、糖低下 ・ウイルス性髄膜炎:単核球優位の細胞増加、蛋白軽度上昇、糖正常 ・結核性・真菌性髄膜炎:単核球優位の細胞増加、蛋白上昇、糖低下 ・くも膜下出血:血性髄液、時間経過後はキサントクロミー
穿刺前の注意
意識障害、局所神経症状、うっ血乳頭、新規のけいれん、免疫不全などがある場合は、穿刺前に頭部CTを撮影して占拠性病変や頭蓋内圧亢進の所見がないことを確認する。
POINT
・腰椎穿刺の最重要禁忌は、頭蓋内占拠性病変による頭蓋内圧亢進(脳ヘルニアの危険)である。 ・脳出血の診断・重症度評価は頭部CTで行い、腰椎穿刺は行わない。 ・くも膜下出血は、CTで確認できず臨床的に疑わしい場合に腰椎穿刺(血性髄液・キサントクロミー)で診断する。 ・細菌性髄膜炎では髄液のグラム染色・培養で起炎菌を同定する。 ・ALLでは髄液細胞診で中枢神経浸潤を診断し、髄腔内投与による予防・治療も行う。 ・その他の禁忌:穿刺部位の感染、出血傾向、脊髄血管奇形。
