StudyMed医師国家試験

大動脈弓の下に潜むリンパ節―「声がかすれる」を予言する縦隔の解剖

第106回医師国家試験 E問題 第27問

国試問題にチャレンジ

第106回 E問題 第27問

原発性肺癌患者の胸部造影CTを別に示す。  この画像所見から,まず生じることが想定されるのはどれか。

第106回 E問題 第27問の問題画像
  1. a.食道通過障害
  2. b.左横隔膜挙上
  3. c.チアノーゼ
  4. d.顔面浮腫
  5. e.嗄声

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、胸部造影CTで見つかった病変の位置から、どの構造が障害され、どんな症状がまず出るかを予想する問題だ。肺癌そのものの知識というより、縦隔の解剖を立体的にイメージできるかが問われている。まず、病変がどこにあるかを言葉にしてみよう。
医学生医学生
大動脈弓のすぐ下の高さで、前の上行大動脈と後ろの下行大動脈にはさまれたところに、腫れたリンパ節があるように見えます。
ドクタードクター
よく読めているね。大動脈弓の下面と左肺動脈の上面の間にあるこの空間を、大動脈肺動脈窓、AP windowと呼ぶ。ここにあるのは大動脈下リンパ節、リンパ節ステーションでいうと#5で、肺癌の縦隔リンパ節転移と考えられる。では、このすき間を通っている大事な構造は何だろう。
医学生医学生
解剖実習で大動脈弓をくぐる神経を探した記憶があります。左の反回神経でしょうか。
ドクタードクター
その通り。左迷走神経は大動脈弓の前外側を下り、大動脈弓の高さで左反回神経を出す。左反回神経は動脈管索のすぐ外側で大動脈弓の下を前から後ろへくぐって反転し、気管と食道の間の溝を上行して喉頭に向かう。その反転部が、ちょうどこのAP windowにあたるんだ。
医学生医学生
だからリンパ節が腫れると左反回神経が圧迫されたり浸潤されたりして、左の声帯が動かなくなり、嗄声が出るわけですね。
ドクタードクター
正解。片側の反回神経麻痺では声帯が正中位から副正中位あたりで固定して、声門がしっかり閉じなくなる。かすれた息もれ声になり、飲水でむせることもある。肺癌の患者さんが「最近声がかすれる」と訴えたら、縦隔リンパ節転移を考えるきっかけになるよ。
医学生医学生
顔面浮腫も肺癌でよく出てくる症状ですよね。上大静脈症候群とは考えなくていいですか。
ドクタードクター
場所が違うんだ。上大静脈は上行大動脈の右側にあるから、圧迫されやすいのは右上葉の腫瘍や右気管傍リンパ節の腫大のとき。顔面や上肢のむくみ、頸静脈怒張、前胸部の表在静脈の怒張が出る。今回の病変は左側のAP windowで、上大静脈は圧排されていない。
医学生医学生
左の横隔膜挙上はどうでしょう。左側の病変なので、横隔神経も近そうに思えました。
ドクタードクター
鋭い迷いだね。確かに左横隔神経は近くを下行するけれど、走るのは大動脈弓の外側、そこから肺門の前方で心膜の左側面に沿って横隔膜へ向かう。AP windowの内側にあるリンパ節とは少し走行がずれているので、最初に障害されるとは考えにくい。横隔神経麻痺が問題になるのは、肺門前方や心膜の近くに腫瘍が浸潤したときだ。
医学生医学生
食道通過障害は、食道が近くにあるので起こりそうな気もします。
ドクタードクター
縦隔リンパ節が高度に腫れたり、直接浸潤したりすれば嚥下障害は起こりうる。ただ、画像では食道内腔は保たれていて、明らかな圧排はない。チアノーゼも同じで、低酸素血症を起こすほどの肺野病変や主気管支の閉塞は見られないから、「まず生じる」症状ではない。
医学生医学生
病変の位置を決めて、そこを通る構造を思い浮かべて、症状を予想する。この順番で考えればいいんですね。
ドクタードクター
まさにそれ。肺癌の局所進展は「部位と症状の対応」で整理しておくといい。もう一つ、右の反回神経はどこを回るか覚えているかな。
医学生医学生
右は鎖骨下動脈を回るので、もっと高い位置ですね。だから反回神経麻痺は左のほうが起こりやすいと習いました。
ドクタードクター
その通り。左は胸腔内の長い経路をたどるから、肺癌や大動脈弓部の動脈瘤、食道癌などで障害されやすい。右は右肺尖部や右上縦隔の病変で障害されうる。そして肺尖部の胸壁に浸潤するPancoast腫瘍では、頸部交感神経幹が障害されて縮瞳、眼瞼下垂、眼裂狭小、患側顔面の発汗低下というHorner症候群が出る。腕神経叢浸潤による上肢の痛みやしびれも伴いやすい。
医学生医学生
呼吸器内科の実習で、嗄声のある患者さんに耳鼻科で喉頭内視鏡をしてもらっていたのを思い出しました。
ドクタードクター
いい経験だね。声帯の動きを直接確認するのが診断の基本になる。胸部単純X線でも、正面像で大動脈弓と左肺動脈の間のくぼみが消えたり外に膨らんだりしていれば、AP windowのリンパ節腫大を疑うきっかけになる。CTの読影と症状を結びつけられると、臨床で一歩先を読めるようになるよ。

まとめ

胸部造影CTで上行大動脈と下行大動脈にはさまれた大動脈弓直下、すなわち大動脈肺動脈窓(AP window)にリンパ節腫大を認める場合、肺癌の大動脈下リンパ節(#5)転移を考えます。左反回神経は大動脈弓の下を前から後ろへくぐって気管食道溝を上行するため、この部位の病変で圧迫・浸潤されやすく、左声帯麻痺による嗄声がまず予想されます。一方、顔面浮腫を伴う上大静脈症候群は右上葉腫瘍や右気管傍リンパ節腫大、横隔膜挙上は肺門前方や心膜近傍への浸潤、Horner症候群は肺尖部のPancoast腫瘍で生じます。病変の位置→そこを通る構造→症状という順で考える習慣は、肺癌の局所進展を理解し、患者の訴えから病変を推定する臨床力の土台になります。

解答・解説

正解はeです

画像の読み取り

示されているのは原発性肺癌患者の胸部造影CTの横断像である。断面の高さは大動脈弓のすぐ下、気管分岐部のやや頭側にあたり、前方に上行大動脈、後方(椎体の左前方)に下行大動脈が造影剤で白く描出されている。この上行大動脈と下行大動脈にはさまれた領域、すなわち大動脈弓の直下で左肺動脈の上方に位置する「大動脈肺動脈窓(aortopulmonary window:AP window)」に、腫大したリンパ節が認められる。これは肺癌の縦隔リンパ節転移のうち、大動脈下リンパ節(リンパ節ステーション#5)の腫大と判断できる。

設問の考え方

本問は「この部位の病変が、まずどの構造を障害するか」という解剖の知識を問うている。大動脈肺動脈窓を通過する重要な構造は左反回神経である。左迷走神経は大動脈弓の前外側を下行し、大動脈弓の高さで左反回神経を分枝する。左反回神経は大動脈弓の下を前方から後方へくぐって反転し(動脈管索のすぐ外側を回る)、気管と食道の間の溝(気管食道溝)を上行して喉頭に至る。したがって大動脈肺動脈窓のリンパ節が腫大すると、左反回神経が圧迫・浸潤を受けやすく、左声帯麻痺による嗄声(かすれ声)がまず出現すると予想される。 一方、画像上は食道内腔が保たれ、上大静脈にも圧排はなく、肺野に広範な病変もない。また横隔神経はこの領域を通らない。これらの点から、他の症状は「まず生じる」ものとしては考えにくい。

選択肢考察

  1. ×a.  食道通過障害

    食道は下行大動脈の右前方、気管の後方に位置する。本画像では食道内腔は開存しており、腫大リンパ節による明らかな圧排・狭窄はみられない。縦隔リンパ節転移が食道を強く圧迫・浸潤すれば嚥下障害をきたしうるが、本例の大動脈肺動脈窓病変ではまず問題となる症状ではない。

  2. ×b.  左横隔膜挙上

    横隔膜挙上は横隔神経麻痺によって起こる。左横隔神経は大動脈弓の外側(左側)を下り、肺門の前方で縦隔胸膜と心膜の間(心膜の左側面)を走行して横隔膜に達する。大動脈肺動脈窓の内側に位置するリンパ節腫大とは走行がずれており、この病変で最初に障害されるとは考えにくい。横隔神経麻痺は、肺門前方や心膜近傍へ腫瘍が浸潤した場合に問題となる。

  3. ×c.  チアノーゼ

    チアノーゼは毛細血管血中の還元ヘモグロビンが増加(おおむね5g/dL以上)したときに皮膚・粘膜が青紫色を呈する所見で、中心性チアノーゼは低酸素血症を反映する。本画像では肺野に広範な病変はなく、主気管支の閉塞もみられないため、低酸素血症を起こす状況にはない。縦隔リンパ節腫大そのものからチアノーゼが最初に生じるとは考えにくい。

  4. ×d.  顔面浮腫

    肺癌で顔面浮腫を生じるのは上大静脈症候群の場合である。上大静脈は上行大動脈の右側に位置し、右上葉の腫瘍や右側の気管傍リンパ節(#2R、#4R)の腫大によって圧迫・閉塞されやすい。静脈還流障害により顔面・上肢の浮腫、頸静脈怒張、前胸部の表在静脈怒張などが起こる。本画像では病変は左側の大動脈肺動脈窓にあり、上大静脈は圧排されていない。

  5. ○e.  嗄声

    左反回神経は大動脈弓の高さで左迷走神経から分かれ、大動脈弓の下を前から後ろへ回り込んで気管食道溝を上行し、喉頭に分布する。この反転部はまさに大動脈肺動脈窓にあたるため、この部位の大動脈下リンパ節(#5)腫大により左反回神経が圧迫・浸潤されると、左声帯の運動麻痺が起こり嗄声を呈する。画像の病変部位から最も早く出現が予想される症状である。

肺癌の局所進展による症状(周囲構造と症状の対応)

・反回神経(特に左):大動脈肺動脈窓のリンパ節転移や左上葉の縦隔浸潤で障害され、嗄声、誤嚥(むせ)をきたす。右反回神経は右鎖骨下動脈を回るため、右肺尖部病変や右上縦隔病変で障害されうる。 ・横隔神経:肺門前方や心膜近傍への浸潤で障害され、患側の横隔膜挙上、呼吸困難をきたす。 ・上大静脈:右上葉腫瘍や右気管傍リンパ節腫大で圧迫され、上大静脈症候群(顔面・上肢浮腫、頸静脈怒張、前胸部の側副血行路)を生じる。小細胞肺癌で多い。 ・頸部交感神経幹(星状神経節):肺尖部胸壁浸潤癌(Pancoast腫瘍)で障害され、Horner症候群(縮瞳、眼瞼下垂、眼裂狭小、患側顔面の発汗低下)を生じる。腕神経叢浸潤による上肢の痛み・しびれを伴うことが多い。 ・食道:縦隔リンパ節の高度腫大や直接浸潤で嚥下障害を生じる。 ・胸膜・心膜:播種により癌性胸水・心嚢水を生じる。

大動脈肺動脈窓(AP window)の解剖

大動脈弓の下面と左肺動脈の上面の間の空間で、内部を動脈管索、左反回神経、大動脈下リンパ節(#5)が通る。そのすぐ外側を左横隔神経・左迷走神経が下行する。胸部単純X線の正面像では、大動脈弓と左肺動脈の間のくぼみとして見え、この部位のリンパ節腫大はくぼみの消失・外方への膨隆として現れる。

声帯麻痺の症状

片側反回神経麻痺では声帯が正中位〜副正中位に固定し、声門閉鎖不全のため嗄声・気息性の声、飲水時のむせを生じる。喉頭内視鏡で声帯の運動制限を確認する。

POINT

・上行大動脈と下行大動脈の間(大動脈弓直下)=大動脈肺動脈窓のリンパ節腫大は大動脈下リンパ節(#5)転移を示す。 ・左反回神経は大動脈弓の下を前から後ろへ回るため、この部位の病変で左反回神経麻痺→嗄声を生じる。 ・上大静脈症候群(顔面浮腫)は右側病変、横隔神経麻痺は肺門前方・心膜近傍病変、Horner症候群は肺尖部病変で生じる、と部位と症状を対応させて覚える。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。