鉛は骨髄を壊さない―職業性疾病の組合せを「機序」で見抜く
第106回医師国家試験 B問題 第17問
国試問題にチャレンジ
作業とその影響の組合せで誤っているのはどれか。
- a.VDT作業 ―― 頸肩腕症候群
- b.長時間労働 ―― 自殺
- c.鉛取扱い作業 ―― 再生不良性貧血
- d.石綿取扱い作業 ―― 肺線維症
- e.振動工具取扱い作業 ―― 末梢循環不全
対話形式の解説
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ドクターまとめ
職業性疾病は、物理的要因・化学的要因・作業態様や心理社会的要因に分けて、障害の機序から整理すると覚えやすくなります。VDT(情報機器)作業は頸肩腕症候群や眼精疲労、長時間労働は過労死や過労自殺、石綿は石綿肺(肺線維症)・胸膜プラーク・中皮腫・肺癌、振動工具はレイノー現象を中心とする末梢循環障害と結びつきます。鉛はδ-アミノレブリン酸脱水酵素やフェロケラターゼを阻害してヘム合成障害による貧血を起こしますが、再生不良性貧血は起こしません。職業性曝露で再生不良性貧血や白血病を起こす代表はベンゼンです。貧血・鉛疝痛・下垂手という鉛中毒の三徴と、好塩基性斑点や尿中δ-ALA増加などの検査所見もあわせて押さえ、日常診療で職業歴を聞く大切さにもつなげておきましょう。
解答・解説
正解はcです
職業性疾病(作業に起因する健康障害)の代表的な組合せを問う問題である。有害な作業や物質ごとに、どの臓器にどのような障害が生じるかを、その機序とあわせて整理しておくことが求められる。 考え方の基本は次のとおりである。 ・物理的要因(振動、騒音、暑熱、電離放射線など): 振動なら末梢循環・末梢神経・骨関節、騒音なら内耳(聴覚)というように、エネルギーを受ける部位に障害が現れる。 ・化学的要因(鉛、有機溶剤、粉じんなど): 物質ごとに特有の標的臓器や作用機序がある。鉛はヘム合成の阻害、ベンゼンは骨髄抑制、石綿は肺の線維化と悪性腫瘍が代表である。 ・作業態様・心理社会的要因(VDT作業、長時間労働など): 同じ姿勢の持続による筋骨格系の障害や、過重な負荷による心身の障害が問題となる。 本問は「誤っているもの」を選ぶ形式である。鉛は造血に影響して貧血を起こすが、その貧血は骨髄そのものが荒廃する再生不良性貧血ではない、という区別がポイントになる。
選択肢考察
- ×a. VDT作業 ―― 頸肩腕症候群
VDT(visual display terminal)作業とは、パソコンなどのディスプレイを見ながらキーボードやマウスを操作する作業である。長時間同じ姿勢を保ち、上肢の細かい反復動作を続けるため、首・肩・腕の筋肉の緊張やこり、痛み、しびれを主症状とする頸肩腕症候群(頸肩腕障害)が起こりやすい。このほか、画面の凝視による眼精疲労やドライアイ、頭痛、精神的疲労などもみられる。組合せは正しい。なお、現在は対象がタブレットやスマートフォンなども含む形に広げられ、「情報機器作業」という呼び方が用いられている。
- ×b. 長時間労働 ―― 自殺
長時間労働は睡眠不足や疲労の蓄積をもたらし、うつ病などの精神障害の発症リスクを高める。その結果として自殺に至ることがあり、いわゆる過労自殺として社会問題となっている。また長時間労働は脳血管疾患・虚血性心疾患(脳・心臓疾患)の発症とも関連し、過労死の原因となる。わが国では、長時間労働者に対する医師の面接指導や、ストレスチェック制度などの対策が法令で定められている。組合せは正しい。
- ○c. 鉛取扱い作業 ―― 再生不良性貧血
鉛はヘム合成経路の酵素、とくにδ-アミノレブリン酸脱水酵素(ALAD)とフェロケラターゼを阻害する。その結果、ヘモグロビンが十分に作られず、小球性低色素性(あるいは正球性)の貧血を生じる。赤血球には好塩基性斑点がみられ、尿中δ-アミノレブリン酸(δ-ALA)やコプロポルフィリンの排泄増加、赤血球中のプロトポルフィリン(亜鉛プロトポルフィリン)の上昇が特徴である。骨髄の造血幹細胞そのものが障害されて汎血球減少をきたす再生不良性貧血とは機序も病像も異なる。職業性曝露で再生不良性貧血を起こす代表的な物質はベンゼンであり(ほかに白血病の原因ともなる)、薬剤ではクロラムフェニコールなどが知られる。したがってこの組合せは誤りであり、本問の正解である。
- ×d. 石綿取扱い作業 ―― 肺線維症
石綿(アスベスト)の繊維を長期間吸入すると、じん肺の一種である石綿肺を発症し、肺が線維化する(肺線維症)。石綿肺は下肺野優位の線維化を示すのが特徴である。石綿曝露ではこのほか、胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)、肺癌、悪性中皮腫(胸膜・腹膜)、良性石綿胸水などが起こり、悪性腫瘍は曝露から数十年という長い潜伏期間を経て発生する。組合せは正しい。
- ×e. 振動工具取扱い作業 ―― 末梢循環不全
チェーンソー、削岩機、グラインダーなどの振動工具を長期間使用すると、手や腕に伝わる振動(局所振動)により振動障害(手腕振動症候群)が起こる。その主な症状が末梢循環障害で、寒冷などをきっかけに手指の血管が攣縮して指が蒼白になるレイノー現象がみられ、白指症(白ろう病)とも呼ばれる。このほか手指のしびれや感覚低下などの末梢神経障害、肘・手関節などの骨関節障害も生じる。寒冷環境は症状を悪化させる。組合せは正しい。
鉛中毒の要点
・機序: ヘム合成酵素(ALAD、フェロケラターゼ)の阻害。 ・血液: 貧血(小球性低色素性〜正球性)、赤血球の好塩基性斑点。 ・検査: 血中鉛の上昇、尿中δ-ALA・コプロポルフィリンの増加、赤血球プロトポルフィリン(亜鉛プロトポルフィリン)の上昇。鉛健康診断では血中鉛や尿中δ-ALAの測定が行われる。 ・消化器: 腹部の疝痛発作(鉛疝痛)、便秘、歯肉の鉛縁。 ・神経: 伸筋優位の末梢神経障害で、橈骨神経麻痺による下垂手(wrist drop)が有名である。小児や高濃度曝露では脳症を起こす。 ・治療: 曝露からの隔離、キレート剤(エデト酸カルシウム二ナトリウムなど)。
貧血をきたす職業性有害物質の整理
・鉛: ヘム合成障害による貧血(再生不良性ではない)。 ・ベンゼン: 骨髄抑制による再生不良性貧血、白血病(とくに急性骨髄性白血病)。 ・ヒ化水素(アルシン): 溶血性貧血。
主な作業と健康障害
・VDT(情報機器)作業: 頸肩腕症候群、眼精疲労、ドライアイ、精神的疲労。 ・振動工具: レイノー現象(白ろう病)、末梢神経障害、骨関節障害。 ・騒音: 騒音性難聴(初期はオージオグラムで4000Hz付近の聴力低下=c5dip)。 ・石綿: 石綿肺、胸膜プラーク、肺癌、悪性中皮腫。 ・遊離けい酸: けい肺(上肺野優位、肺門リンパ節の卵殻状石灰化)、結核の合併。 ・有機溶剤: n-ヘキサンによる多発神経障害、トルエンなどによる中枢神経障害、ベンゼンによる造血障害。 ・電離放射線: 白内障、造血障害、悪性腫瘍。 ・長時間労働: 脳・心臓疾患(過労死)、うつ病などの精神障害、自殺(過労自殺)。
POINT
・鉛はヘム合成(ALAD、フェロケラターゼ)を阻害して小球性低色素性貧血・好塩基性斑点・尿中δ-ALA増加をきたす。再生不良性貧血ではない。 ・再生不良性貧血をきたす代表的な職業性物質はベンゼン(白血病も起こす)。 ・鉛中毒の三徴: 貧血、鉛疝痛、橈骨神経麻痺(下垂手)。 ・VDT作業=頸肩腕症候群・眼精疲労、振動工具=レイノー現象(白ろう病)、石綿=石綿肺・胸膜プラーク・中皮腫・肺癌、長時間労働=過労死・過労自殺。
