家では話せるのに学校では黙ってしまう―「場面」で分かれる沈黙、選択緘黙を見抜く
第106回医師国家試験 A問題 第50問
国試問題にチャレンジ
9歳の男児。学校で教師や生徒と会話をしないことを指摘され,心配した両親に伴われて来院した。幼稚園の年長のころから,話しかけられてもうなずく程度となり,発語が乏しくなったという。家庭では幼少時から現在まで,家族と普通に会話している。生育歴は言葉の発達が少し遅れた程度で,目立った問題はなかった。成績は中位である。身体診察所見に異常を認めない。 最も考えられるのはどれか。
- a.吃音症
- b.自閉症
- c.学習障害
- d.行為障害
- e.選択緘黙
対話形式の解説
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医学生
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ドクターまとめ
選択緘黙(場面緘黙)は、話す能力が保たれているにもかかわらず、学校など話すことが期待される特定の社会的場面で一貫して話せない状態で、DSM-5では不安症群に位置づけられます。家庭では普通に会話でき、発達や知能に大きな問題がないことが診断の手がかりで、少なくとも1か月の持続(入学・入園直後の1か月は除く)が必要です。自閉スペクトラム症は場面を問わない対人コミュニケーションの障害とこだわり、吃音症は話し言葉の流暢さの障害、限局性学習症は読み書き計算の障害、素行症は反社会的行動の反復であり、それぞれの本質で鑑別します。治療では無理に話させず、安心できる環境づくりと遊戯療法・行動療法などを家庭と学校が連携して進めます。「能力の障害か、場面に依存した不安の問題か」を見極める視点は、児童の精神的な問題を評価する基本となります。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・9歳男児。学校では教師とも同級生とも会話をせず、話しかけられてもうなずく程度である。 ・症状は幼稚園年長(5〜6歳)ごろから続いている。 ・一方で、家庭では幼少時から現在まで家族と普通に会話できている。 ・言葉の発達がやや遅れた程度で、生育歴に大きな問題はなく、学業成績は中位、身体所見にも異常はない。
診断へのプロセス
この症例の核心は「話す能力そのものは保たれているのに、特定の社会的場面(学校)でだけ一貫して話せない」という点である。 ・家庭で普通に会話できるので、言語を理解し話す能力の障害(発語・構音の障害、言語発達の障害)ではない。 ・家族との意思疎通に問題がなく、発達歴も概ね正常なので、社会的コミュニケーションの質的障害を本質とする自閉症(自閉スペクトラム症)は考えにくい。 ・成績は中位で、知的能力や特定の学習能力の障害を示す所見はない。 ・反社会的・攻撃的な行動の記載もない。 このように、場面によって話せたり話せなかったりする状態が長期間続いていることから、選択緘黙(場面緘黙)と診断する。
設問への考え方
精神医学的な診断では、重い発達の障害や精神病性の病態なのか、不安などを背景とした心理的な病態なのかという「病態の水準」を見極めることが役立つ。本例は発達・知能・家庭内の会話が保たれており、社会的場面での不安を背景とした病態と捉えると、選択緘黙にたどりつける。
選択肢考察
- ×a. 吃音症
吃音症は、音の繰り返し(「ぼ、ぼ、ぼく」)、引き伸ばし(「ぼーーく」)、ブロック(最初の音が出ない)などにより、話し言葉の流暢さが損なわれる障害である(DSM-5では小児期発症流暢症)。症状の程度は緊張する場面で強まることがあるが、話そうとはしており、家庭と学校で「話す・話さない」がはっきり分かれることはない。本例では発語の流暢さの異常は記載されておらず、該当しない。
- ×b. 自閉症
自閉症(現在は自閉スペクトラム症としてまとめられる)は、対人的相互交流・コミュニケーションの持続的な障害と、限定された反復的な行動・興味・こだわりを特徴とする神経発達症で、多くは3歳ごろまでに明らかになる。コミュニケーションの障害は家庭を含めあらゆる場面でみられるのが普通である。本例は家族と普通に会話でき、発達歴にも言語のわずかな遅れ以外の問題がなく、こだわり行動などの記載もないため考えにくい。
- ×c. 学習障害
学習障害(DSM-5では限局性学習症)は、全般的な知能に遅れがないにもかかわらず、読む・書く・計算するなど特定の学習能力の習得と使用に著しい困難を示す状態である。本例は成績が中位であり、特定の教科での著しい困難も記載されていない。また会話をしないという症状は学習能力の障害では説明できない。
- ×d. 行為障害
行為障害(DSM-5では素行症)は、人や動物への攻撃、所有物の破壊、嘘や窃盗、重大な規則違反など、他者の基本的人権や年齢相応の社会的規範を侵害する行動を反復・持続的に繰り返す障害である。本例ではこのような反社会的行動の記載はなく、むしろ学校で黙ってしまうという内向的な症状であり、該当しない。
- ○e. 選択緘黙
選択緘黙は、他の場面(家庭など)では話すことができるにもかかわらず、話すことが期待される特定の社会的場面(学校など)で一貫して話すことができない状態である。幼児期に発症することが多く、背景に強い社会的不安(社交不安)があると考えられている。本例は家庭では幼少時から普通に会話しているのに、幼稚園年長以降学校ではうなずく程度で話さない状態が長く続いており、発達や知能の問題、他の精神疾患を示す所見もないことから、選択緘黙の臨床像に合致する。
選択緘黙(場面緘黙、selective mutism)
・定義:話す能力は備わっているのに、学校など話すことが期待される特定の社会的状況で一貫して話せない状態。 ・DSM-5での位置づけ:不安症群の一つに分類される(かつての診断基準では「通常、幼児期・小児期・青年期に初めて診断される障害」に含まれていた)。 ・主な診断のポイント(DSM-5): (1) 他の状況では話しているのに、特定の社会的状況で一貫して話せない (2) 学業・職業上の成績や対人的コミュニケーションを妨げている (3) 持続期間が少なくとも1か月(入学・入園後の最初の1か月だけのものは除く) (4) その言語に不慣れであることなどによるものではない (5) 吃音などのコミュニケーション症では説明できず、自閉スペクトラム症・統合失調症などの経過中にのみ起こるものではない ・疫学:幼児期(5歳前)に発症することが多いが、入学などで集団生活が始まってから気づかれることが多い。 ・背景:社交不安、分離不安、行動抑制的な気質などが関与する。言語発達のわずかな遅れを伴う例もある。 ・治療:無理に話させようとせず、安心できる環境を整えることが基本である。遊戯療法、段階的に話せる場面を広げていく行動療法(エクスポージャー)、認知行動療法などを行い、家庭と学校の連携が重要である。自然経過で改善しないこともあり、積極的な介入が必要な場合がある。
鑑別として押さえるべき病態
・自閉スペクトラム症:場面を問わない対人コミュニケーションの障害とこだわり。 ・言語症(言語の発達障害):言語の理解や表出そのものの障害で、家庭でも問題がある。 ・統合失調症:小児ではまれだが、緘黙が陰性症状の一部として現れることがある。 ・分離不安症:愛着対象から離れることへの過剰な不安。
DSM-5での名称の変更
・吃音症 → 小児期発症流暢症 ・自閉症(広汎性発達障害) → 自閉スペクトラム症 ・学習障害 → 限局性学習症 ・行為障害 → 素行症
POINT
・家庭では普通に話せるのに、学校など特定の場面でのみ一貫して話せない → 選択緘黙(場面緘黙)。 ・話す能力・知能・発達は保たれており、背景には社会的不安がある(DSM-5では不安症群)。 ・自閉スペクトラム症はあらゆる場面での対人コミュニケーション障害、吃音は話し言葉の流暢さの障害、学習障害は読み書き計算の障害、行為障害は反社会的行動の反復であり、それぞれ特徴で鑑別する。 ・治療は無理に話させず、環境調整と心理療法(遊戯療法・行動療法など)を行う。
