StudyMed医師国家試験

麻痺はないのに目が離せない―頭部外傷後の「見えない障害」と家族への説明

第105回医師国家試験 I問題 第38問

国試問題にチャレンジ

第105回 I問題 第38問

45歳の女性。自転車で走行中に車と衝突し,直後から意識障害をきたしたため搬入された。入院時および翌日の頭部単純CTに異常を認めなかった。入院後3日で意識が回復し,上下肢には麻痺を認めず,歩行も正常であった。日常会話に支障はないが,食事後5分経つと食事をしたことを忘れている。自分では物覚えは正常だと思っている。行きたいところがあると,一人でどんどんその方向に歩いて行ってしまう。この患者が入院後3週で自宅に退院することとなった。  家族への説明で適切でないのはどれか。

  1. a.口論しやすい。
  2. b.浪費しやすい。
  3. c.転倒しやすい。
  4. d.戸締りを忘れやすい。
  5. e.火を消し忘れやすい。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、交通外傷で意識障害をきたした人が、体は元気なのに記憶や行動に問題を残して退院する場面の問題だ。考えるべきは「この人の生活で何が起こりうるか」。運動機能と高次脳機能を分けて整理するのが着眼点だよ。まず、数日続く意識障害があるのにCTが正常、というところから何を考える?
医学生医学生
CTで出血がないなら、脳震盪くらいの軽い外傷でしょうか。
ドクタードクター
そこが最初の落とし穴だね。脳震盪の意識障害は一過性で、数日も続かない。受傷直後から意識障害が遷延するのにCTで説明できる病変がない場合は、びまん性軸索損傷を考えるんだ。回転加速度で大脳白質や脳梁、脳幹の軸索が広く傷つく病態で、CTでは所見に乏しく、MRIのT2*強調像やSWIで点状の微小出血として見つかることが多い。
医学生医学生
脳神経外科の実習で、交通事故の若い患者さんのMRIで脳梁に黒い点が並んでいたのを見ました。あれがそうだったんですね。
ドクタードクター
まさにそれ。この病態は後遺症として高次脳機能障害を残しやすい。では、今回の人にはどんな症状が出ているかな。
医学生医学生
食後5分で食べたことを忘れるので、近時記憶の障害です。それなのに本人は物覚えは正常だと思っている。
ドクタードクター
そう、病識の欠如も大事なポイント。もう一つ、行きたいところへ一人でどんどん歩いて行ってしまう、という行動はどう解釈する?
医学生医学生
我慢がきかないというか、衝動的に動いてしまう感じです。前頭葉の脱抑制でしょうか。
ドクタードクター
いい読みだね。衝動性や脱抑制、状況を判断して行動を計画できない遂行機能障害の表れと考えられる。記憶障害、遂行機能障害、社会的行動障害、そして病識欠如。これが高次脳機能障害の典型的な組み合わせだ。では、家族への説明として適切でないのはどれだろう。
医学生医学生
転倒しやすい、だと思います。麻痺もなく歩行も正常なので、転ぶ理由が見当たりません。
ドクタードクター
正解。転倒の原因になるのは麻痺や失調、パーキンソニズムのような運動系の障害だけど、この人の問題は記憶や行動の制御であって、運動機能は保たれている。だから「転倒しやすい」は今の病態から導ける説明ではないんだ。ほかの選択肢がなぜ適切かも確認しておこう。火の消し忘れと戸締りの忘れはどう?
医学生医学生
数分前のことを覚えていられないなら、コンロをつけたことも鍵をかけたかどうかも忘れてしまいますね。病識がないから自分で確認もしない。
ドクタードクター
その通り。火の不始末は火災につながる重大なリスクだから、IH調理器や自動消火機能付きのコンロへの変更、見守りといった具体策と一緒に伝える。では口論しやすい、浪費しやすい、は?
医学生医学生
口論は、忘れたことを指摘されても本人は自覚がないので納得できず、ぶつかってしまうから……。浪費は衝動的に買ってしまうからですか。
ドクタードクター
よく考えられているね。脱抑制や易怒性で感情のコントロールが効きにくいうえ、病識がないので指摘を受け入れにくい。浪費については、衝動性に加えて、計画的な金銭管理ができない遂行機能障害、さらに買ったことを忘れて同じ物を何度も買う記憶障害が重なるんだ。
医学生医学生
CBTの勉強では高次脳機能障害を用語として覚えただけでしたが、生活の場面に落とし込むと家族の負担の大きさが実感できます。
ドクタードクター
そこが大切なところ。麻痺がないぶん外見からはわかりにくく、「見えない障害」と呼ばれる。家庭や職場で「怠けている」「性格が変わった」と誤解されやすいから、医療者が家族に具体的に説明する意味は大きい。メモやスケジュール表の活用、金銭管理の支援、感情的な衝突を避ける接し方、精神障害者保健福祉手帳や高次脳機能障害の支援拠点機関などの社会資源も紹介したいね。
医学生医学生
では、転倒については何も説明しなくてよいのでしょうか。
ドクタードクター
いい疑問だ。現時点で転倒しやすいと強調する根拠はないけれど、頭部外傷のあとは数週から数か月して慢性硬膜下血腫が出てくることがある。架橋静脈からゆっくり出血して、認知機能の低下、歩行障害、尿失禁、頭痛、片麻痺などで気づかれる。だから「新たに歩きにくくなったり、物忘れが急に悪化したりしたら受診してください」と伝えておくのは大事なんだ。
医学生医学生
今の症状についての説明と、これから起こりうる変化への注意は分けて伝える、ということですね。
ドクタードクター
その通り。現在の病態から何が起こるかを論理的に導き、そのうえで遅発性の合併症にも備える。これが退院指導の基本だよ。

まとめ

受傷直後から意識障害が数日続くのに頭部CTで異常が乏しい頭部外傷では、びまん性軸索損傷を考え、MRIのT2*強調像やSWIで微小出血を確認します。後遺症として、近時記憶障害、遂行機能障害、脱抑制や易怒性といった社会的行動障害、病識欠如からなる高次脳機能障害を残しやすく、火の消し忘れや戸締り忘れ、口論、浪費などの生活上のリスクが生じます。一方、麻痺がなく歩行が正常であれば「転倒しやすい」は現在の病態から導けない説明であり、ただし数週〜数か月後の慢性硬膜下血腫による歩行障害や認知機能低下には注意を促す必要があります。外見からわかりにくい「見えない障害」だからこそ、症状と生活上の困難を結びつけて家族に具体的に説明し、社会資源につなぐことが医療者の重要な役割です。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・自転車走行中に車と衝突:高エネルギー外傷による頭部外傷 ・受傷直後から意識障害が持続し、回復まで3日を要した ・入院時・翌日の頭部単純CTで異常なし:急性硬膜外血腫・急性硬膜下血腫・脳挫傷などの占拠性病変は否定的 ・意識回復後、四肢麻痺なし・歩行正常:運動系(錐体路・小脳・基底核)の粗大な障害はない ・食後5分で食事したこと自体を忘れる:近時記憶(数分〜数日前の出来事の記憶)の障害 ・本人は記憶力が正常だと思っている:病識の欠如 ・行きたい所があると一人でどんどん歩いて行ってしまう:衝動性・脱抑制、行動の計画や状況判断の障害(遂行機能障害)

診断のプロセス

受傷直後から数日に及ぶ意識障害があるのに、CTでそれを説明できる病変がない場合、びまん性軸索損傷(diffuse axonal injury:DAI)などのびまん性脳損傷を考える。頭部に回転加速度が加わることで大脳白質・脳梁・脳幹の神経軸索が広範に断裂・損傷する病態で、CTでは所見に乏しく、MRI(T2*強調像やSWI)で微小出血として検出されることが多い。 こうした外傷性脳損傷の後遺症として、運動麻痺がないにもかかわらず、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害(脱抑制、易怒性、感情コントロールの低下など)が残る状態を高次脳機能障害という。本例は、近時記憶障害、病識欠如、衝動的な行動という前頭葉・側頭葉内側系の機能低下を示す典型例である。

設問の考え方

退院後の家庭生活で起こりうる危険を家族に伝える場面である。記憶障害からは「し忘れ」による事故(火の不始末、戸締り忘れ)、社会的行動障害・遂行機能障害からは対人トラブルや金銭管理の破綻が予想される。一方、運動機能は保たれ歩行も正常であるため、「転倒しやすい」は現在の病態から導かれる説明ではない。

選択肢考察

  1. ×a.  口論しやすい。

    適切な説明である。外傷性脳損傷、特に前頭葉の障害では、感情のコントロールが効かなくなり、易怒性・脱抑制・衝動性といった社会的行動障害が生じる。本例でも思い立つとすぐに一人で歩いて行ってしまうという衝動的な行動がみられる。さらに病識が欠如しているため、忘れたことを指摘されても本人は納得せず、家族との口論につながりやすい。

  2. ×b.  浪費しやすい。

    適切な説明である。脱抑制や衝動性のため欲しいものを我慢できず、また遂行機能障害により計画的な金銭管理が難しくなる。加えて近時記憶障害があると、すでに買ったことを忘れて同じものを繰り返し購入してしまう。これらが重なり浪費につながりやすい。

  3. ○c.  転倒しやすい。

    適切でない説明であり、これが正解である。意識回復後、上下肢に麻痺はなく歩行も正常であると明記されており、転倒の原因となる運動麻痺・失調・パーキンソニズムなどの運動障害は認めない。本例の問題は記憶や行動の制御といった高次脳機能の障害であり、転倒しやすさを現時点で家族に強調する根拠はない。なお、頭部外傷後は数週〜数か月して慢性硬膜下血腫を生じ歩行障害が出現することがあるため、新たな症状が出た場合の受診については別途説明しておくべきである。

  4. ×d.  戸締りを忘れやすい。

    適切な説明である。食後5分で食事をしたこと自体を忘れるほどの近時記憶障害があり、外出や就寝の際に鍵を掛けたかどうかを覚えていられない。本人に病識がないため自分で確認する習慣もつきにくく、防犯上の注意として家族に伝えるべき内容である。

  5. ×e.  火を消し忘れやすい。

    適切な説明である。近時記憶障害があると、調理中にコンロの火をつけたことを忘れて放置する危険がある。火災につながる重大なリスクであり、自動消火機能付きの調理器具やIH調理器への変更、家族による見守りなどの対策とあわせて説明すべきである。

高次脳機能障害(行政的定義)の主な症状

・記憶障害:新しいことを覚えられない、同じ質問を繰り返す ・注意障害:集中が続かない、ミスが多い、2つのことを同時にできない ・遂行機能障害:計画を立てて順序よく実行できない、臨機応変な対応ができない ・社会的行動障害:易怒性、脱抑制、意欲低下、依存・退行、こだわり ・病識欠如:自分の障害を自覚できず、支援を受け入れにくい 外見上は麻痺などがなく「見えない障害」と呼ばれ、家庭・職場での理解と支援が重要である。原因は外傷性脳損傷のほか、脳血管障害、低酸素脳症、脳炎などがある。

びまん性軸索損傷(DAI)

・交通外傷などで頭部に回転性の加速・減速が加わり、白質の軸索が広範に損傷される。 ・受傷直後から意識障害が遷延するのに、CTでは異常が乏しいのが特徴。 ・MRIのT2*強調像・磁化率強調像(SWI)で、脳梁・皮髄境界・脳幹背外側などに点状出血を認める。 ・後遺症として高次脳機能障害を残しやすい。

頭部外傷後に注意すべき遅発性病変:慢性硬膜下血腫

受傷後およそ3週間〜数か月で、架橋静脈からの緩徐な出血が被膜内に貯留する。高齢者・飲酒者・抗凝固薬内服者に多い。認知機能低下、歩行障害、尿失禁、頭痛、片麻痺などで発症し、穿頭血腫洗浄・ドレナージ術で改善が期待できる。

退院時の家族指導

火の元・戸締りの確認やメモ・スケジュール表の活用、金銭管理の支援、感情的な衝突を避ける接し方、社会資源(精神障害者保健福祉手帳、障害福祉サービス、高次脳機能障害支援拠点機関)の利用などを説明する。

POINT

・受傷直後から意識障害が遷延するのにCTで異常が乏しい頭部外傷はびまん性軸索損傷を考える。 ・外傷後の高次脳機能障害:記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害・病識欠如。 ・記憶障害→火の不始末・戸締り忘れ、脱抑制・遂行機能障害→口論・浪費といった生活上のリスクが生じる。 ・麻痺がなく歩行正常であれば、転倒しやすいとは説明できない。 ・頭部外傷の3週〜数か月後の慢性硬膜下血腫(認知機能低下・歩行障害・尿失禁)にも注意する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。