「間に合わない」はどこから来る?―障害部位で読み解く切迫性尿失禁
第105回医師国家試験 I問題 第34問
国試問題にチャレンジ
切迫性尿失禁を起こすのはどれか。2つ選べ。
- a.脳血管障害
- b.Parkinson病
- c.馬尾神経障害
- d.糖尿病性神経障害
- e.腰椎椎間板ヘルニア
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
切迫性尿失禁は、膀胱に尿が十分たまる前に排尿筋が無抑制に収縮する排尿筋過活動によって起こります。大脳や大脳基底核は橋排尿中枢を抑制しているため、脳血管障害やParkinson病など橋より上位の病変ではこの抑制が外れ、尿意切迫感・頻尿・切迫性尿失禁といった蓄尿障害を生じます。一方、馬尾神経障害、腰椎椎間板ヘルニアによる馬尾症候群、糖尿病性神経障害など仙髄以下・末梢側の障害では低活動膀胱となり、排尿困難・残尿・尿閉や溢流性尿失禁といった排出障害が主体になります。過活動膀胱には抗コリン薬やβ3作動薬が用いられますが、残尿の多い症例では尿閉を招くおそれがあるため、障害部位から病態を見極めることが安全な治療選択の前提になります。
解答・解説
正解はa, bです
切迫性尿失禁の病態と、神経障害の部位による膀胱機能障害の違いを問う問題である。
切迫性尿失禁とは
急に起こる、我慢することが難しい強い尿意(尿意切迫感)とほぼ同時か直後に、意思に反して尿が漏れる状態である。背景には、膀胱に尿が十分たまる前に排尿筋(膀胱の壁の平滑筋)が勝手に収縮してしまう「排尿筋過活動(無抑制収縮)」がある。
排尿の神経制御と障害部位
・蓄尿と排尿の切り替えを行う反射中枢は脳幹の橋(橋排尿中枢)にあり、仙髄(S2〜S4)の排尿中枢と骨盤神経(副交感神経)を介して排尿筋を収縮させる。 ・大脳(前頭葉内側部)や大脳基底核は、この橋排尿中枢を常に抑制し、「適切な時と場所まで排尿を我慢する」働きを担っている。 ・橋より上位(脳)の障害:抑制が外れて排尿筋が勝手に収縮する → 排尿筋過活動 → 尿意切迫感・頻尿・切迫性尿失禁(蓄尿障害)。 ・仙髄より下位(仙髄排尿中枢、馬尾、骨盤神経などの末梢神経)の障害:排尿筋が十分に収縮できない低活動膀胱(弛緩性膀胱)となり、尿意も低下する → 排尿困難・残尿・尿閉、進行すると溢流性尿失禁(排出障害)。 したがって、脳の病変である脳血管障害とParkinson病が切迫性尿失禁の原因となり、末梢側の障害である馬尾神経障害、糖尿病性神経障害、腰椎椎間板ヘルニアは排出障害を主とする。
選択肢考察
- ○a. 脳血管障害
脳梗塞や脳出血で前頭葉内側部などの排尿抑制に関わる領域や、その下行路が障害されると、橋排尿中枢に対する抑制が失われる。その結果、膀胱に少量の尿がたまっただけで排尿筋が無抑制に収縮し(無抑制性神経因性膀胱、排尿筋過活動)、尿意切迫感・頻尿・切迫性尿失禁をきたす。脳卒中後の排尿障害として最も多いパターンである。
- ○b. Parkinson病
Parkinson病では中脳黒質のドパミン神経が変性し、黒質線条体系(大脳基底核)の機能が低下する。大脳基底核のドパミン系は排尿反射を抑制する方向に働いているため、その障害で排尿筋の無抑制収縮が起こり、過活動膀胱となって夜間頻尿・尿意切迫感・切迫性尿失禁を呈する。排尿障害はParkinson病の代表的な非運動症状(自律神経症状)の一つである。
- ×c. 馬尾神経障害
馬尾は、脊髄の下端(脊髄円錐、成人ではおおよそ第1〜2腰椎の高さ)より下で脊柱管内を下降する腰仙髄の神経根の束であり、末梢神経に相当する。膀胱を支配する骨盤神経の起始となる仙髄神経根(S2〜S4)も含まれるため、障害されると排尿筋の収縮力が低下し、尿意も低下する(低活動膀胱)。症状は排尿困難・残尿・尿閉などの排出障害が主体で、切迫性尿失禁ではない。会陰部(サドル状)の感覚障害や肛門括約筋の障害を伴いやすい。
- ×d. 糖尿病性神経障害
糖尿病性神経障害は末梢神経・自律神経を障害する。まず膀胱からの求心路(感覚神経)が障害されて尿意が鈍くなり、膀胱が過度に伸展しやすくなる。さらに副交感神経(骨盤神経)の障害で排尿筋の収縮力が低下し、弛緩性の低活動膀胱となる(糖尿病性膀胱症)。そのため排尿困難、残尿増加が主体となり、進行すると尿閉や溢流性尿失禁をきたす。切迫性尿失禁の典型的な原因ではない。
- ×e. 腰椎椎間板ヘルニア
腰椎椎間板ヘルニアは脊髄円錐より下の高さで生じるため、圧迫されるのは神経根や馬尾(末梢神経)である。多くは片側の神経根症状(坐骨神経痛など)にとどまるが、大きな正中ヘルニアで馬尾が圧迫されると馬尾症候群となり、膀胱の収縮力低下による排尿困難・尿閉などの排出障害を起こす。この場合は緊急手術の適応となる。いずれにしても切迫性尿失禁の原因とはならない。
尿失禁の主なタイプ
・腹圧性尿失禁:咳・くしゃみ・笑う・立ち上がる・重い物を持つなどで腹圧が上がったときに漏れる。出産や加齢による骨盤底筋群の脆弱化、尿道括約筋の機能低下が原因で、中高年女性に多い。治療は骨盤底筋訓練が第一選択で、重症例では中部尿道スリング手術(TVT手術、TOT手術)を行う。 ・切迫性尿失禁:尿意切迫感に伴って漏れる。原因は脳血管障害、Parkinson病、認知症などの中枢神経疾患による神経因性の排尿筋過活動のほか、明らかな神経疾患のない過活動膀胱(加齢、前立腺肥大症に伴うものなど)でも起こる。 ・溢流性尿失禁:前立腺肥大症などの下部尿路閉塞や低活動膀胱により膀胱が尿で充満し、あふれるように少しずつ漏れる。本来は尿が「出にくい」状態なのに漏れるので奇異性尿失禁とも呼ばれる。治療は原因(閉塞や低活動膀胱)への対処で、導尿が必要なこともある。 ・反射性尿失禁:仙髄より上位の脊髄損傷などで、尿意がないまま脊髄反射によって排尿筋が収縮して漏れる。 ・機能性尿失禁:排尿機能自体は保たれているが、認知症やADL(日常生活動作)の低下のためにトイレでの排尿が間に合わない。
過活動膀胱
尿意切迫感を必須とし、通常は頻尿・夜間頻尿を伴い、切迫性尿失禁は伴うこともあれば伴わないこともある症状症候群である。治療は生活指導・膀胱訓練・骨盤底筋訓練などの行動療法と薬物療法で、薬物には抗コリン薬(ムスカリン受容体拮抗薬)とβ3アドレナリン受容体作動薬(ミラベグロン、ビベグロン)がある。抗コリン薬は口渇・便秘・残尿増加のほか、高齢者では認知機能への影響にも注意する。
神経因性膀胱の障害部位による整理
・橋より上位(脳):排尿筋過活動 → 切迫性尿失禁(脳血管障害、Parkinson病、認知症、多発性硬化症の脳病変など) ・橋〜仙髄の間(脊髄):排尿筋過活動に加え、排尿筋と尿道括約筋の協調不全(排尿筋括約筋協調不全)をきたしうる → 反射性尿失禁や排出障害 ・仙髄以下(仙髄中枢・馬尾・末梢神経):低活動膀胱 → 排出障害、溢流性尿失禁(馬尾障害、腰椎椎間板ヘルニア、糖尿病、骨盤内手術後など)
POINT
・切迫性尿失禁の本態は排尿筋過活動(無抑制収縮)。 ・橋より上位の脳病変(脳血管障害、Parkinson病、認知症)は排尿抑制が外れて切迫性尿失禁を起こす。 ・仙髄以下・末梢神経の障害(馬尾障害、腰椎椎間板ヘルニア、糖尿病性神経障害)は低活動膀胱による排出障害・溢流性尿失禁を起こす。 ・過活動膀胱の薬物療法は抗コリン薬とβ3作動薬。
