StudyMed医師国家試験

金属ごとに狙う臓器が違う―鉛は血液、マンガンは基底核で読み解く産業中毒

第105回医師国家試験 I問題 第31問

国試問題にチャレンジ

第105回 I問題 第31問

産業中毒物質と健康への影響の組合せで正しいのはどれか。2つ選べ。

  1. a.鉛 ―― 貧血
  2. b.ニッケル ―― 末梢神経炎
  3. c.ベリリウム ―― 膀胱癌
  4. d.マンガン ―― Parkinson症候群
  5. e.無機水銀 ―― 視野狭窄

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、職場で扱う有害物質と健康障害の組み合わせを問う問題だ。丸暗記に走りがちな分野だけど、重金属は物質ごとに障害されやすい臓器、つまり標的臓器が決まっている。「どこが、なぜ侵されるか」を機序とセットで整理していこう。まずは鉛から。鉛と貧血の関係はわかるかな。
医学生医学生
鉛はヘムの合成を邪魔するんでしたよね。生化学の講義でポルフィリン代謝のところに出てきました。
ドクタードクター
その通り。鉛はヘム合成経路のδ-アミノレブリン酸脱水酵素とフェロケラターゼを阻害する。だからヘモグロビンが作れず、低色素性の貧血になる。前者の阻害で尿中δ-ALAが増え、後者の阻害で鉄の代わりに亜鉛が入って赤血球中の亜鉛プロトポルフィリンが増えるんだ。
医学生医学生
血液像だと好塩基性斑点赤血球が特徴でしたね。だから鉛と貧血は正しい組み合わせです。
ドクタードクター
正解。鉛中毒ではほかに、鉛疝痛と呼ばれる腹痛、橈骨神経麻痺による下垂手、歯肉の鉛縁、腎障害もみられる。次はマンガンだ。
医学生医学生
マンガンでParkinson症候群……溶接作業の人に起こると聞いたことがあります。
ドクタードクター
よく知っているね。マンガンは採掘や製鋼、溶接で粉じんやヒュームとして吸い込まれ、大脳基底核、特に淡蒼球に蓄積して神経細胞を障害する。初期には易怒性などの精神症状が出て、進むと筋固縮、振戦、仮面様顔貌、突進現象といったParkinson症候群になる。Parkinson病と違ってレボドパが効きにくいことが多いのも特徴だ。これも正しい組み合わせだね。
医学生医学生
ニッケルで末梢神経炎はどうでしょう。重金属なら神経もやられそうな気がして迷いました。
ドクタードクター
そう感じるのは自然だけど、ニッケルで重要なのは接触皮膚炎、いわゆる金属アレルギーだ。職業曝露ではめっきや精錬作業で鼻炎や鼻中隔穿孔、鼻腔癌や肺癌が増える。末梢神経障害の代表はノルマルヘキサン、アクリルアミド、ヒ素、タリウム、鉛のほうだよ。
医学生医学生
ベリリウムは肺の病気だった気がします。膀胱癌ではないですよね。
ドクタードクター
その通り。ベリリウムの吸入では、Ⅳ型アレルギーで肺に非乾酪性類上皮細胞肉芽腫ができる慢性ベリリウム症が代表的だ。サルコイドーシスに似た病像を示して、肺の線維化に進む。職業性膀胱癌の原因は、β-ナフチルアミンやベンジジンなどの芳香族アミンで、染料やゴム工業でみられる。
医学生医学生
水銀で視野狭窄といえば水俣病ですけど、あれは有機水銀でしたっけ。
ドクタードクター
そこが最大の引っかけだ。求心性視野狭窄は有機水銀、つまりメチル水銀中毒によるHunter-Russell症候群の症状だ。メチル水銀は脂溶性で血液脳関門を通り、後頭葉の視覚野や小脳を障害する。一方の無機水銀は主に腎臓の近位尿細管と消化管を障害する。金属水銀の蒸気を吸うと手指の振戦や易興奮性、歯肉炎が出るよ。
医学生医学生
同じ水銀でも、有機か無機か蒸気かで標的臓器がまったく違うんですね。
ドクタードクター
そう。脂溶性で脳に入れるかどうかが分かれ目と考えると覚えやすい。関連する物質もいくつか押さえておこう。カドミウムは近位尿細管障害と骨軟化症でイタイイタイ病、ベンゼンは再生不良性貧血と白血病、塩化ビニルは肝血管肉腫、石綿は中皮腫、印刷業の1,2-ジクロロプロパンは胆管癌だ。
医学生医学生
鉛の貧血とベンゼンの貧血は、機序が違うということですね。
ドクタードクター
いい比較だね。鉛はヘム合成の障害、ベンゼンは骨髄の造血そのものの障害だ。臨床で原因不明の貧血や腹痛、神経症状をみたら、必ず職業歴を聞くこと。病院実習の医療面接でも、職業歴を省略しないよう意識しておこう。

まとめ

産業中毒物質は物質ごとに標的臓器が決まっており、機序と結びつけて整理すると覚えやすくなります。鉛はヘム合成酵素を阻害して低色素性貧血(好塩基性斑点赤血球、尿中δ-ALA増加)を起こし、マンガンは大脳基底核に蓄積してParkinson症候群を起こします。ニッケルは接触皮膚炎や鼻腔癌・肺癌、ベリリウムは肉芽腫性の肺疾患が代表で、膀胱癌の原因は芳香族アミンです。視野狭窄は有機水銀(メチル水銀)による水俣病の症状で、無機水銀は主に腎臓と消化管を障害する点が重要な引っかけです。こうした対応を理解しておくことは、試験対策だけでなく、職業歴から中毒を疑う臨床の視点にも直結します。

解答・解説

正解はa, dです

【テーマ】職場で扱われる有害物質(産業中毒物質)と、それによって生じる代表的な健康障害の対応を問う問題である。特に重金属は、物質ごとに障害されやすい臓器(標的臓器)が決まっているため、「どの臓器・どの機能が侵されるか」を機序とともに整理しておくと覚えやすい。

考え方

・鉛:ヘム合成酵素を阻害する → 造血障害(貧血)、神経障害、腎障害 ・マンガン:大脳基底核に蓄積する → Parkinson 症候群 ・ニッケル:接触皮膚炎(金属アレルギー)、鼻・肺の癌 ・ベリリウム:肺の肉芽腫(慢性ベリリウム症) ・水銀:有機水銀(メチル水銀)は中枢神経を障害し視野狭窄などを起こすが、無機水銀は主に腎・消化管、金属水銀蒸気は神経症状(振戦など)と口腔症状を起こす このように、「有機」か「無機」かで標的臓器が異なる点、膀胱癌の原因物質が芳香族アミンである点などが、誤りの選択肢を見抜くポイントになる。

選択肢考察

  1. ○a.  鉛 ―― 貧血

    鉛はヘム合成経路の酵素、特にδ-アミノレブリン酸脱水酵素(ALAD)とフェロケラターゼを阻害する。その結果、ヘモグロビン合成が障害されて低色素性(小球性)貧血を来す。ALAD 阻害により尿中δ-アミノレブリン酸(δ-ALA)が増加し、フェロケラターゼ阻害により鉄の代わりに亜鉛が取り込まれて赤血球中の亜鉛プロトポルフィリンが増加する。尿中コプロポルフィリンも増加する。末梢血では好塩基性斑点赤血球が特徴的である。鉛中毒ではこのほか、腹部疝痛(鉛疝痛)、橈骨神経麻痺による下垂手、歯肉の鉛縁、腎障害、小児では鉛脳症がみられる。したがって本組合せは正しい。

  2. ×b.  ニッケル ―― 末梢神経炎

    ニッケルの健康障害として重要なのは、アクセサリーや金属製品による接触皮膚炎(金属アレルギー)である。職業曝露では、ニッケル精錬やめっき作業者における鼻炎・副鼻腔炎・鼻中隔穿孔、鼻腔癌・肺癌の増加が知られ、粉じんやヒュームの吸入で気管支喘息や肺線維症も報告されている。末梢神経炎は代表的な障害ではない。末梢神経障害を起こす産業中毒物質としては、ノルマルヘキサン、アクリルアミド、ヒ素、タリウム、鉛(運動優位)などが挙げられる。

  3. ×c.  ベリリウム ―― 膀胱癌

    ベリリウムの吸入による代表的な障害はベリリウム肺(慢性ベリリウム症)である。ベリリウムに対する細胞性免疫(Ⅳ型アレルギー)により、肺に非乾酪性類上皮細胞肉芽腫が形成され、サルコイドーシスに類似した病像を呈して肺線維化に至る。高濃度曝露では急性の化学性肺炎を起こす。ベリリウムには肺癌との関連も指摘されているが、膀胱癌の原因とはされていない。職業性膀胱癌の原因はβ-ナフチルアミン、ベンジジン、4-アミノビフェニルなどの芳香族アミン(染料・ゴム工業など)である。

  4. ○d.  マンガン ―― Parkinson症候群

    マンガンは鉱山での採掘、製鋼、溶接などで粉じん・ヒュームとして吸入され、脳の大脳基底核(特に淡蒼球)に蓄積して神経細胞を障害する。初期には易怒性・情動不安定などの精神症状(マンガン狂)を呈し、進行すると筋固縮、振戦、仮面様顔貌、小字症、突進現象、歩行障害などの Parkinson 症候群を来す。Parkinson 病と異なりレボドパが効きにくいことが多い。高濃度曝露ではマンガン肺炎も起こる。したがって本組合せは正しい。

  5. ×e.  無機水銀 ―― 視野狭窄

    視野狭窄(求心性視野狭窄)は有機水銀(メチル水銀)中毒の症状であり、水俣病でみられる Hunter-Russell 症候群(求心性視野狭窄、小脳性運動失調、構音障害、感覚障害、難聴)の一つである。メチル水銀は脂溶性で血液脳関門を通過し、大脳皮質(後頭葉視覚野など)や小脳を障害する。一方、無機水銀(塩化第二水銀などの水銀塩)は主に腎臓(近位尿細管)と消化管を障害し、急性腎不全や消化管粘膜の腐食を起こす。金属水銀の蒸気を吸入した場合は、手指の振戦、精神症状(易興奮性)、歯肉炎・口内炎などを来す。

主な産業中毒物質と健康障害

・鉛:貧血(好塩基性斑点赤血球)、鉛疝痛、橈骨神経麻痺(下垂手)、鉛縁、腎障害。検査は血中鉛、尿中δ-ALA、赤血球亜鉛プロトポルフィリンなど。 ・有機水銀(メチル水銀):Hunter-Russell 症候群(水俣病)。 ・無機水銀:腎障害、消化管障害。金属水銀蒸気:振戦、精神症状、歯肉炎。 ・カドミウム:近位尿細管障害(Fanconi 症候群様、低分子蛋白尿〔β2-ミクログロブリン〕)、骨軟化症(イタイイタイ病)。 ・マンガン:Parkinson 症候群、マンガン肺炎。 ・ヒ素:皮膚の色素沈着・角化症、末梢神経障害、皮膚癌・肺癌。 ・六価クロム:鼻中隔穿孔、肺癌。 ・ニッケル:接触皮膚炎、鼻腔癌・肺癌。 ・ベリリウム:慢性ベリリウム症(肉芽腫性肺疾患)。 ・ベンゼン:再生不良性貧血、白血病。 ・ノルマルヘキサン:多発ニューロパチー。 ・二硫化炭素:精神障害、網膜症、動脈硬化。 ・芳香族アミン(β-ナフチルアミン、ベンジジンなど):膀胱癌。 ・塩化ビニル:肝血管肉腫、指端骨溶解。 ・石綿(アスベスト):石綿肺、中皮腫、肺癌。 ・1,2-ジクロロプロパン:胆管癌(印刷業)。

POINT

・鉛 → ヘム合成阻害による貧血(好塩基性斑点、尿中δ-ALA 増加)、鉛疝痛、下垂手。 ・マンガン → Parkinson 症候群。 ・視野狭窄は有機水銀(メチル水銀)、無機水銀は腎障害。 ・ベリリウム → 肺肉芽腫。膀胱癌は芳香族アミン。 ・ニッケル → 接触皮膚炎、鼻腔癌・肺癌。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。