血圧が下がっても脈が速くならない―頸髄損傷の「神経原性ショック」を読み解く
第105回医師国家試験 I問題 第26問
国試問題にチャレンジ
受傷直後の完全頸髄損傷でみられないのはどれか。
- a.頻脈
- b.排尿障害
- c.血圧の低下
- d.発汗の消失
- e.腱反射の消失
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
受傷直後の完全頸髄損傷では、損傷部以下の脊髄機能が一時的に停止する脊髄ショックにより、弛緩性麻痺、感覚消失、腱反射消失、尿閉が生じます。同時に、上位中枢から胸腰髄の交感神経への下行路が断たれる一方、脳幹から出る迷走神経は保たれるため、血圧低下と徐脈を特徴とする神経原性ショックや損傷部以下の発汗消失がみられ、頻脈はみられません。出血性ショックは頻脈、神経原性ショックは徐脈という対比は、外傷初療での鑑別に直結します。脊髄ショックを脱すると腱反射亢進・痙性麻痺へ移行し、慢性期には自律神経過反射という逆の病態も起こりうるため、時期ごとの変化として理解しておくことが大切です。
解答・解説
正解はaです
問われていること
受傷直後の完全頸髄損傷で起こる神経症状・自律神経症状を理解しているかを問う問題である。鍵となる概念は「脊髄ショック」と「交感神経の遮断」の2つである。
脊髄ショック(spinal shock)
脊髄が高度に損傷されると、受傷直後から損傷高位より下の脊髄は上位中枢からの入力を失い、一時的にすべての機能が停止する。運動麻痺は弛緩性となり、感覚は消失し、腱反射などの脊髄反射も消失し、自律神経による反射も働かなくなる。この状態が脊髄ショックであり、通常は数日〜数週間続く。脊髄ショックを脱すると、下位脊髄の反射弓が上位の抑制から外れた状態で働きはじめ、腱反射亢進・病的反射出現・痙性麻痺へと移行する。
頸髄損傷と自律神経
交感神経の節前ニューロンは胸髄〜上位腰髄(おおむねT1〜L2)の側角にあり、延髄などの上位中枢からの下行路によって制御されている。頸髄で完全に損傷されると、この下行路が断たれて全身の交感神経の緊張が失われる。一方、心臓を支配する副交感神経である迷走神経は脳幹から出て脊髄を通らないため保たれる。その結果、副交感神経が相対的に優位となり、血管拡張による血圧低下と徐脈が生じる。これを神経原性ショックという。出血性ショックが頻脈を伴うのに対し、神経原性ショックでは徐脈を伴う点が重要な鑑別点である。 以上から、受傷直後の完全頸髄損傷では血圧低下・徐脈・発汗消失・尿閉(排尿障害)・腱反射消失がみられ、頻脈はみられない。
選択肢考察
- ○a. 頻脈
みられない。心拍数を増やす心臓交感神経(上位胸髄T1〜T4付近から出る)が上位中枢の制御を失う一方、心拍数を下げる迷走神経は脳幹から出るため保たれる。そのため副交感神経が相対的に優位となり、頻脈ではなく徐脈を呈する。血圧が下がっても代償性の頻脈が起こらないことが神経原性ショックの特徴であり、気管吸引など迷走神経刺激で高度徐脈や心停止をきたすこともある。
- ×b. 排尿障害
みられる。排尿は、脳幹(橋)の排尿中枢と、仙髄(S2〜S4)の骨盤神経・陰部神経による反射弓との連絡によって調節されている。頸髄損傷でこの連絡が断たれ、さらに脊髄ショック期には仙髄の反射も停止するため、膀胱排尿筋は収縮できず弛緩性麻痺となり尿閉をきたす。このため受傷直後は導尿(留置カテーテルや間欠導尿)による管理が必要となる。脊髄ショックを脱すると反射性(痙性)膀胱に移行し、排尿筋と括約筋の協調が失われた排尿障害が続くことが多い。
- ×c. 血圧の低下
みられる。交感神経は血管平滑筋の緊張(血管トーヌス)を維持しているが、頸髄損傷でその制御が失われると末梢血管が拡張し、静脈還流の減少と末梢血管抵抗の低下により血圧が下がる。これが神経原性ショックの主体であり、治療には輸液に加えて昇圧薬や、徐脈に対するアトロピンなどが用いられる。
- ×d. 発汗の消失
みられる。汗腺は交感神経(コリン作動性の節後線維)によって支配されている。頸髄の完全損傷では交感神経の上位からの制御が失われるため、損傷部以下の発汗が消失する。そのため体温調節が障害され、環境温に応じて高体温や低体温になりやすい(変温性)。
- ×e. 腱反射の消失
みられる。受傷直後の脊髄ショック期には、損傷部以下の脊髄反射がすべて消失するため、深部腱反射も消失し、麻痺は弛緩性となる。上位運動ニューロン障害であるにもかかわらず反射が消失するのは、この時期特有の所見である。脊髄ショックを脱すると、腱反射は逆に亢進し、Babinski徴候などの病的反射が出現して痙性麻痺へ移行する。なお、球海綿体反射の再出現が脊髄ショック離脱の指標とされ、その時点で損傷部以下の運動・感覚が完全に失われていれば完全損傷と判断する。
頸髄損傷の高位と症状
・横隔神経はC3〜C5から出る。C4より高位の完全損傷では横隔膜の機能が失われて自発呼吸が保てず、人工呼吸管理が必要になることが多い。C5以下の損傷でも肋間筋・腹筋が麻痺するため、咳が弱く痰の喀出が困難となり、呼吸器合併症を起こしやすい。
脊髄ショックと神経原性ショックの違い
・脊髄ショック:損傷部以下の脊髄機能(運動・感覚・反射)が一時的にすべて消失する神経学的な状態 ・神経原性ショック:T6付近より高位の損傷で交感神経が遮断され、血圧低下と徐脈をきたす循環動態の異常 両者は同時にみられることが多いが、別の概念である。
慢性期の自律神経過反射
T6より高位の脊髄損傷では、慢性期に膀胱充満や便秘などの刺激をきっかけとして、損傷部以下で交感神経が過剰に反射性興奮し、発作性の著明な高血圧、頭痛、損傷部より上の発汗・顔面紅潮、反射性の徐脈をきたすことがある(自律神経過反射)。急性期の低血圧とは逆の病態であり、あわせて覚えておく。
完全損傷の評価
米国脊髄損傷協会(ASIA)の機能障害尺度(AIS)では、最下位の仙髄領域(肛門周囲の感覚や肛門括約筋の随意収縮)に機能が全く残っていないものをA(完全損傷)とする。仙髄領域の機能が残る(sacral sparing)ものは不完全損傷であり、回復の見込みがある。
POINT
・受傷直後の脊髄損傷は脊髄ショック:弛緩性麻痺、感覚消失、腱反射消失、尿閉 ・頸髄損傷では交感神経が遮断され、迷走神経は保たれる → 血圧低下・徐脈(神経原性ショック)、発汗消失 ・出血性ショックは頻脈、神経原性ショックは徐脈 ・脊髄ショックを脱すると腱反射亢進・痙性麻痺へ移行する
