離職しても終わらない―じん肺が「止まらない病気」である理由
第105回医師国家試験 I問題 第16問
国試問題にチャレンジ
じん肺症について誤っているのはどれか。
- a.原因物質へのばく露がなくなると病状の進行は止まる。
- b.植物由来物質が原因に含まれる。
- c.診断には職業歴が重要である。
- d.肺癌は重要な合併症である。
- e.線維増殖性の疾患である。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
じん肺は、粉じんの吸入によって肺に線維増殖性変化が生じる職業性疾患です。シリカや石綿などの粉じんは肺内で分解されずにマクロファージを刺激し続けるため、病変は不可逆的で、ばく露から離れた後も進行しうる点が最大のポイントです。原因は鉱物・金属性粉じんが中心ですが綿肺のように植物由来のものもあり、診断には粉じん作業の職業歴が欠かせません。合併症として肺結核や原発性肺癌が重要で、石綿では悪性胸膜中皮腫にも注意が必要です。有効な根治療法がないため、作業環境管理と健康診断による予防、そして離職後も続く健康管理の意義を理解しておくことが大切です。
解答・解説
正解はaです
問われていること
じん肺(塵肺)の基本的な特徴を問う問題で、「誤っているもの」を1つ選ぶ形式である。
じん肺とは
じん肺は、職場などで長期間にわたって粉じん(細かいちり)を吸い込むことで、肺に線維増殖性の変化(肺が硬く線維化していく変化)を主体とする病変が生じる疾患である。じん肺法でも「粉じんを吸入することによって肺に生じた線維増殖性変化を主体とする疾病」と定義されている。 吸い込まれた粉じんは肺胞マクロファージに取り込まれるが、遊離ケイ酸(シリカ)や石綿(アスベスト)などは分解・排除されずに肺内にとどまり、マクロファージを傷害して炎症性サイトカインや線維化を促す因子を放出させ続ける。このため線維化が慢性に進み、しかも粉じんが肺内に残っている限り、ばく露から離れた後も病変が進行しうる。
考え方
・原因となる粉じんは、珪酸(珪肺)、石綿(石綿肺)、炭(炭坑夫肺)、アルミニウム、溶接ヒュームなどの鉱物・金属由来のものが中心だが、綿などの植物由来の粉じんも含まれる。 ・職業性疾患であり、診断には粉じん作業の職業歴が欠かせない。 ・合併症として肺癌、肺結核などが重要である。 以上を踏まえ、「ばく露がなくなれば進行が止まる」という記述が誤りであると判断できる。一度生じた線維化は元に戻らず(不可逆的)、有効な根治療法がないため、じん肺対策では粉じんばく露を減らす予防が最も重要となる。
選択肢考察
- ○a. 原因物質へのばく露がなくなると病状の進行は止まる。
この記述は誤りであり、本問の正解である。じん肺の病変は不可逆的で、粉じん作業から離れた後も進行しうる。吸入された粉じん(特にシリカや石綿)は肺内に長く残り、マクロファージの活性化と線維化を刺激し続けるためである。実際、離職後何年も経ってから胸部X線所見や呼吸機能が悪化したり、発症したりする例がある。石綿関連疾患に至っては、ばく露から数十年の潜伏期間を経て発症することもある。このため、じん肺法では離職後も健康管理が続けられるようにじん肺管理区分の決定や健康管理手帳の制度が設けられている。
- ×b. 植物由来物質が原因に含まれる。
記述は正しい。じん肺の原因の多くは鉱物性・金属性の粉じんだが、植物由来の有機粉じんによるものも知られている。例として、綿・麻などの繊維を扱う作業で起こる綿肺(byssinosis)、製綿やフェルト製造、木の皮や葉の粉末を原料とする線香の製造などに関連するものが報告されている。サトウキビの搾りかす(バガス)の粉じんによるバガス症もあり、これは過敏性肺炎としての性格が強いが、植物由来粉じんによる肺疾患として挙げられることがある。
- ×c. 診断には職業歴が重要である。
記述は正しい。じん肺は主に職業性の粉じんばく露によって起こるため、どのような作業(鉱山、トンネル工事、採石、鋳物、窯業、造船、建設、解体など)に、どのくらいの期間従事したかという職業歴から原因物質やばく露量を推定することが診断の出発点となる。じん肺法に基づく診断は、粉じん作業職歴、胸部X線写真(粒状影・不整形陰影の程度で第1〜4型に分類)、肺機能検査などを総合して行われる。
- ×d. 肺癌は重要な合併症である。
記述は正しい。じん肺法施行規則では、じん肺の合併症として肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸、原発性肺癌が定められている(原発性肺癌は2003年に追加)。特に珪肺は肺癌と肺結核のリスクを高め、石綿ばく露は肺癌のほか悪性胸膜中皮腫の原因となる。珪肺ではシリカによるマクロファージ機能障害のため結核の発症・重症化が起こりやすい。
- ×e. 線維増殖性の疾患である。
記述は正しい。じん肺は法律上も「線維増殖性変化を主体とする疾病」と定義される。珪肺ではシリカを中心に膠原線維が同心円状(玉ねぎの皮状)に積み重なった珪肺結節ができ、進行すると結節が癒合して大陰影(塊状線維化)となる。石綿肺では下肺野の胸膜直下を中心にびまん性の間質の線維化が起こる。線維化が広がると肺が硬くなり、拘束性換気障害や拡散障害を生じ、最終的に呼吸不全に至る。
代表的なじん肺
・珪肺: 遊離ケイ酸(シリカ)の吸入。鉱山、トンネル工事、採石、鋳物、窯業など。上肺野優位の粒状影・珪肺結節、肺門リンパ節の卵殻状石灰化(eggshell calcification)が特徴。肺結核・肺癌の合併が多い ・石綿肺: 石綿(アスベスト)の吸入。建設、造船、断熱材・ブレーキ製造、解体作業など。下肺野優位の線維化。胸膜プラーク(胸膜肥厚斑)は石綿ばく露の指標となる。肺癌、悪性胸膜中皮腫を合併する ・炭坑夫肺: 石炭粉じんの吸入 ・その他: アルミニウム肺、溶接工肺(酸化鉄)、ベリリウム肺(肉芽腫性で、サルコイドーシスに類似)、超硬合金肺(コバルトなど)
じん肺法の概要
・粉じん作業従事者に対して、事業者はじん肺健康診断(職歴調査、胸部X線、肺機能検査など)を行う ・胸部X線写真は小陰影の量により第1〜4型に分類し、大陰影(長径1cm以上)のあるものを第4型とする ・健康診断結果に基づいて管理区分1〜4が決められ、管理区分4は療養を要する
治療と予防
線維化を元に戻す治療はなく、治療は合併症への対応(結核治療、肺癌治療、気胸の処置など)、禁煙、在宅酸素療法などの対症療法が中心である。したがって作業環境の改善(湿式作業、局所排気)、防じんマスクの着用、定期的な健康診断などの予防が最も重要である。
POINT
・じん肺=粉じん吸入による線維増殖性変化を主体とする疾病。病変は不可逆的で、ばく露中止後も進行しうる。 ・原因は鉱物性・金属性粉じんが中心だが、綿などの植物由来の粉じんも含まれる。 ・診断には粉じん作業の職業歴が必須。 ・法定の合併症: 肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸、原発性肺癌。 ・石綿は肺癌と悪性胸膜中皮腫、珪肺は肺結核と肺癌に注意。
