「加熱すれば安心」は本当か―菌と毒素で読み解く細菌性食中毒
第105回医師国家試験 I問題 第15問
国試問題にチャレンジ
食中毒について正しいのはどれか。
- a.腸炎ビブリオ食中毒の原因食品は生肉が多い。
- b.サルモネラ食中毒の潜伏期間は2~5時間である。
- c.ボツリヌス食中毒の治療には抗毒素血清が有効である。
- d.ブドウ球菌食中毒の予防には食品の食前加熱が有効である。
- e.毒素原性大腸菌食中毒は溶血性尿毒症症候群〈HUS〉を高率に合併する。
対話形式の解説
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ドクターまとめ
細菌性食中毒は、生きた菌が腸で増える感染型と、食品中にできた毒素を摂取する毒素型に分けると理解しやすく、感染型のサルモネラは潜伏期間が6〜72時間と長く、毒素型の黄色ブドウ球菌は数時間で発症します。黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンは耐熱性のため食前加熱では予防できず、菌をつけない・増やさないことが基本です。腸炎ビブリオは好塩性で生の魚介類が原因となり、HUSを起こすのはベロ毒素を産生する腸管出血性大腸菌であって、旅行者下痢症の原因となる毒素原性大腸菌ではありません。ボツリヌス食中毒は下行性の弛緩性麻痺をきたし、血中の毒素を中和する抗毒素血清が有効ですが、結合済みの毒素には効かないため疑った時点で早期に投与し、呼吸管理を併用します。「菌・毒素・芽胞の熱への強さ」と「発症の仕組み」で整理することが、予防指導と救急での早期診断の両方に役立ちます。
解答・解説
正解はcです
問われていること
代表的な細菌性食中毒について、原因食品、潜伏期間、予防法、治療法、合併症を正しく把握しているかを問う知識問題である。
細菌性食中毒の2つの型
細菌性食中毒は発症の仕組みにより大きく2つに分けて整理すると理解しやすい。 ・感染型: 食品とともに摂取した生きた菌が腸管内で増殖したり、腸粘膜に侵入したりして発症する。菌が体内で増えるまでに時間がかかるため潜伏期間は比較的長く(半日〜数日)、発熱を伴うことが多い。サルモネラ、腸炎ビブリオ、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌などが該当する。食品の十分な加熱で菌を殺せば予防できる。 ・毒素型(食品内毒素型): 食品中で菌が増殖して毒素をつくり、その毒素を食べることで発症する。菌が体内で増える必要がないため潜伏期間が短い(黄色ブドウ球菌では数時間以内)。黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌、セレウス菌(嘔吐型)が該当する。 なお、ウェルシュ菌や毒素原性大腸菌のように、腸管内で増殖した菌が毒素を出す「生体内毒素型(中間型)」もある。
考え方
各選択肢について、菌ごとの原因食品・潜伏期間・毒素の耐熱性・治療・合併症を照らし合わせる。特に「毒素が熱に強いか弱いか」「HUSを起こすのはどの大腸菌か」は混同しやすいポイントである。ボツリヌス食中毒は神経毒素による中毒であり、血中の毒素を中和する抗毒素血清が特異的な治療となる。
選択肢考察
- ×a. 腸炎ビブリオ食中毒の原因食品は生肉が多い。
腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)は海水中に生息する好塩性の菌で、海水と同程度の約3%の食塩濃度でよく増殖する。そのため原因食品は、刺身・寿司などの生の魚介類(アジ、イカ、貝類など)やその加工品が中心であり、生肉ではない。海水温が上がる夏季に多発する。増殖速度が非常に速い(世代時間約10分)一方、真水や加熱には弱いため、低温保存、真水での洗浄、加熱が予防に有効である。潜伏期間はおおむね半日前後で、激しい腹痛と水様性下痢が主症状である。なお生肉(特に鶏肉)が原因となるのはカンピロバクターが代表的である。
- ×b. サルモネラ食中毒の潜伏期間は2~5時間である。
サルモネラ食中毒は感染型であり、摂取した菌が腸管内で増殖して粘膜に侵入してから発症するため、潜伏期間は通常6〜72時間(多くは12〜48時間)と長い。2〜5時間という短い潜伏期間は、あらかじめ食品中に毒素ができている黄色ブドウ球菌食中毒などの毒素型にあてはまる。原因食品は鶏卵とその加工品、食肉(特に鶏肉)が多く、ペットのカメなどの爬虫類からの感染もある。症状は発熱(38℃以上になることが多い)、腹痛、下痢、嘔吐である。
- ○c. ボツリヌス食中毒の治療には抗毒素血清が有効である。
ボツリヌス食中毒は、嫌気性菌であるボツリヌス菌(Clostridium botulinum)が酸素の少ない食品(缶詰、びん詰、真空パック食品、いずしなど)の中で増殖してつくる神経毒素を摂取して起こる。毒素は神経筋接合部などでアセチルコリンの放出を阻害し、複視・眼瞼下垂・構音障害・嚥下障害などの脳神経症状から、下行性の左右対称性弛緩性麻痺、呼吸筋麻痺へと進行する。治療では、血中にある結合前の毒素を中和するためにウマ由来の抗毒素血清(乾燥ボツリヌスウマ抗毒素)を投与し、有効である。ただしすでに神経終末に結合した毒素は中和できないため、臨床的に疑った時点でできるだけ早く投与することが重要である。あわせて呼吸不全に対する人工呼吸管理などの支持療法を行う。ウマ血清のため、アナフィラキシーや血清病に注意する。
- ×d. ブドウ球菌食中毒の予防には食品の食前加熱が有効である。
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は食品中で増殖する際にエンテロトキシン(腸管毒)を産生し、この毒素を食べることで発症する毒素型食中毒である。エンテロトキシンは耐熱性で、通常の調理程度の加熱(100℃で30分でも)では失活しない。加熱で菌自体は死滅しても毒素は残るため、食べる直前に加熱しても予防にはならない。予防の基本は、手指に傷や化膿巣のある人が調理しないこと、手洗い・手袋の使用で菌を食品に付けないこと、調理後の食品を速やかに低温保存して菌を増やさないことである。原因食品はおにぎり、弁当、菓子など手で扱う食品が多く、潜伏期間は1〜5時間(平均約3時間)と短く、激しい嘔吐が特徴で、発熱はまれである。
- ×e. 毒素原性大腸菌食中毒は溶血性尿毒症症候群〈HUS〉を高率に合併する。
毒素原性大腸菌(ETEC: enterotoxigenic Escherichia coli)は、易熱性エンテロトキシン(LT)や耐熱性エンテロトキシン(ST)を産生して腸管からの水分分泌を増やし、コレラに似た水様性下痢を起こす。開発途上国への旅行者にみられる旅行者下痢症の代表的な原因菌であり、通常は数日で自然軽快する。HUSを合併することはない。HUSを合併するのは、ベロ毒素(志賀毒素)を産生する腸管出血性大腸菌(EHEC: enterohemorrhagic E. coli、代表はO157:H7)であり、発症者の数%〜十数%(特に小児・高齢者)に血便の数日〜2週間後に起こる。名前の似た大腸菌の取り違えを狙った選択肢である。
主な細菌性食中毒の整理
・黄色ブドウ球菌: 毒素型。おにぎり・弁当など。潜伏期1〜5時間。嘔吐が主。エンテロトキシンは耐熱性 ・セレウス菌: 嘔吐型(毒素型、潜伏期1〜5時間、チャーハン・ピラフなど)と下痢型(生体内毒素型、潜伏期8〜16時間)がある。嘔吐毒(セレウリド)は耐熱性 ・ボツリヌス菌: 毒素型。缶詰・びん詰・いずしなど。潜伏期は通常12〜36時間と毒素型としては長い。神経症状。毒素は易熱性(80℃・20分や100℃・数分で失活)だが、芽胞は耐熱性 ・ウェルシュ菌: 生体内毒素型。カレー・シチューなど大量調理後に室温放置した煮込み料理。潜伏期6〜18時間。耐熱性芽胞のため加熱調理後も生き残り、冷める過程で増える ・腸炎ビブリオ: 感染型。生の魚介類。夏季。潜伏期8〜24時間程度。腹痛・水様性下痢 ・サルモネラ: 感染型。鶏卵・鶏肉。潜伏期6〜72時間。発熱を伴う胃腸炎 ・カンピロバクター: 感染型。鶏肉(生・加熱不十分)。潜伏期2〜7日と長い。Guillain-Barré症候群の先行感染として重要 ・腸管出血性大腸菌: 感染型(ベロ毒素)。牛肉(生・加熱不十分)など。潜伏期3〜8日。血便、HUS
乳児ボツリヌス症
1歳未満の乳児がボツリヌス菌の芽胞を含む食品(はちみつが代表)を摂取すると、腸内で芽胞が発芽・増殖して毒素を産生し、便秘、哺乳力低下、泣き声が弱い、筋緊張低下(フロッピーインファント)などを起こす。このため1歳未満にははちみつを与えない。
HUSの三徴
溶血性貧血(破砕赤血球を伴う)、血小板減少、急性腎障害。
POINT
・感染型(サルモネラ、腸炎ビブリオ、カンピロバクターなど)は潜伏期が長く、加熱で予防できる。毒素型(黄色ブドウ球菌など)は潜伏期が短い。 ・黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンは耐熱性で、食前加熱では予防できない。 ・ボツリヌス食中毒: 下行性弛緩性麻痺。治療は早期の抗毒素血清投与と呼吸管理。 ・腸炎ビブリオ=生の魚介類、サルモネラ=鶏卵・鶏肉、カンピロバクター=鶏肉。 ・HUSを起こすのは腸管出血性大腸菌(ベロ毒素)。毒素原性大腸菌は旅行者下痢症の原因。
