StudyMed医師国家試験

妊婦の血液は「増える」のが普通―逆に減らしてしまう重症妊娠悪阻のしくみ

第105回医師国家試験 A問題 第8問

国試問題にチャレンジ

第105回 A問題 第8問

妊婦で循環血液量が減少するのはどれか。

  1. a.前置胎盤
  2. b.切迫早産
  3. c.妊娠糖尿病
  4. d.重症妊娠悪阻
  5. e.血液型不適合妊娠

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、妊娠中の循環動態を土台にして「どの異常が循環血液量を減らすか」を考える問題だ。ポイントは、正常な妊娠ではそもそも血液量が大きく増えるということ。その生理的な増加を打ち消してしまう病態はどれか、という視点で選択肢を眺めてみよう。
医学生医学生
産婦人科の講義で、妊娠すると血液量が増えて「生理的な貧血」になると習いました。どのくらい増えるんでしたっけ。
ドクタードクター
非妊娠時の約1.4〜1.5倍、つまり40〜50%ほど増えて、妊娠28〜36週ごろにピークになる。増加の中心は血漿量で、赤血球量の増え方はそれより小さい。だから血液が薄まってヘモグロビン濃度やヘマトクリットが下がる。これが希釈性貧血、いわゆる水血症だね。背景にはレニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の亢進によるナトリウムと水の貯留がある。
医学生医学生
胎児と胎盤に血液を送るためと、分娩時の出血に備えるため、という意味づけでしたね。
ドクタードクター
その通り。では循環血液量が「減る」のはどんなときか。大きく分けると、出血や嘔吐・下痢のように体外へ失う場合と、飲んだり食べたりできない摂取不足の場合だ。この2つを満たす選択肢はどれだろう。
医学生医学生
出血という意味では前置胎盤が気になります。でも嘔吐と摂取不足の両方がそろうのは重症妊娠悪阻ですね。
ドクタードクター
正解は重症妊娠悪阻だ。つわりは多くの妊婦が経験し、ふつうは妊娠12〜16週ごろまでに自然に軽くなる。そのうち症状が重く、食事も水分もとれずに脱水・体重減少・代謝異常をきたして治療を要するものを妊娠悪阻という。嘔吐で胃液を失い、しかも口から補えないから、循環血液量が減ってしまうんだ。
医学生医学生
胃液を失うということは、H+とCl-が抜けて低クロール性の代謝性アルカローシスになりますか。
ドクタードクター
よく結びつけたね。加えて低カリウム血症、血液濃縮によるヘマトクリットの上昇、尿量減少、そして飢餓で脂肪が分解されるから尿中ケトン体が陽性になる。ケトン体はベッドサイドでも確認しやすい重症度の目安だよ。では前置胎盤はどうして違うのか考えよう。
医学生医学生
前置胎盤は痛みのない出血が特徴でしたよね。出血するなら血液量は減りそうですが。
ドクタードクター
そこが迷いどころだね。前置胎盤はあくまで胎盤の付着位置の異常で、状態そのものが循環血液量を減らすわけではない。警告出血は通常少量だ。ただし大出血や、帝王切開時の剝離面からの出血、癒着胎盤の合併では出血性ショックになりうるから、自己血貯血や輸血の準備をして帝王切開を行う。「病態として必ず減る」のとは区別しておこう。
医学生医学生
切迫早産も少し出血することがありますけど、量としては問題にならない程度ですね。
ドクタードクター
そう。それにむしろ逆方向の注意点がある。子宮収縮抑制に使うリトドリンの副作用として肺水腫が知られていて、治療中は体液過剰に傾きやすいんだ。
医学生医学生
妊娠糖尿病は、高血糖なら浸透圧利尿で脱水になりそうな気がしました。
ドクタードクター
理屈のうえではありうるけれど、妊娠糖尿病はそこまでの高血糖を示すことは通常ない。問題になるのは、胎児高血糖による胎児尿量増加からくる羊水過多、巨大児や肩甲難産、新生児低血糖などだ。最後に血液型不適合妊娠はどうかな。
医学生医学生
CBTの勉強で覚えたのは、母体の抗D抗体が胎盤を通って胎児の赤血球を壊す、という話です。困るのは胎児側ですね。
ドクタードクター
その通り。起こるのは胎児貧血や胎児水腫、新生児の重症黄疸で、母体の循環血液量は変わらない。未感作のRh(D)陰性妊婦には妊娠28週前後と分娩後72時間以内に抗Dヒト免疫グロブリンを投与して予防する。
医学生医学生
正常妊娠では血液量が増えるから、それを減らすのは「失う」か「摂れない」病態、と整理すると覚えやすいです。
ドクタードクター
いい整理だ。臨床で妊娠悪阻を診るときの注意点も押さえておこう。輸液で水分と電解質を補正するが、ブドウ糖を含む輸液にはビタミンB1を必ず加える。欠乏したままだとWernicke脳症を起こし、眼球運動障害・運動失調・意識障害が出うる。また脱水による血液濃縮は、もともと凝固能が亢進している妊婦では深部静脈血栓症のリスクになる。
医学生医学生
hCGが高い多胎妊娠や胞状奇胎で起こりやすい、というのも関連づけておきます。
ドクタードクター
それも大事だね。ちなみに妊娠高血圧腎症も、血管透過性が亢進して体液が血管外へ移るため、浮腫があっても循環血漿量は正常妊娠より少なくなる。「むくんでいる=血管内が多い」とは限らない、という点も覚えておこう。

まとめ

正常な妊娠では循環血液量が約40〜50%増加し、血漿量の増加が赤血球量を上回るため生理的な希釈性貧血となります。この増加を打ち消して循環血液量を減らすのは、体液の喪失と摂取不足が重なる病態であり、代表が重症妊娠悪阻です。妊娠悪阻では嘔吐と経口摂取不能により脱水となり、ヘマトクリット上昇、尿中ケトン体陽性、低カリウム・低クロール性代謝性アルカローシスを示します。治療の輸液ではビタミンB1を補ってWernicke脳症を防ぎ、血液濃縮による血栓症にも注意が必要です。前置胎盤は大出血時に循環血液量減少をきたしうるものの病態自体は付着位置の異常であり、血液型不適合妊娠で障害を受けるのは胎児であるなど、各病態の本質を区別して理解することが産科の循環管理の基礎になります。

解答・解説

正解はdです

正常な妊娠では、胎児・胎盤への血流を確保し、分娩時の出血に備えるために、母体の循環血液量は妊娠初期から増え始める。妊娠28~36週ごろにピークに達し、非妊娠時の約1.4~1.5倍(約40~50%増)となる。増加の中心は血漿量であり、赤血球量の増加(約20~30%)はそれより小さいので、血液が薄まってヘモグロビン濃度やヘマトクリットが低下する(妊娠性の生理的な水血症、いわゆる希釈性貧血)。この循環血液量増加には、レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系の亢進によるナトリウムと水の貯留が関わっている。 したがって本問は、「妊娠による生理的な循環血液量増加を打ち消して、逆に減少させる病態」を選ぶ問題である。循環血液量が減るのは、大まかに次の二つの場合である。 ・体外への喪失:大量出血、嘔吐・下痢などによる体液喪失 ・摂取不足:経口摂取ができない状態 重症妊娠悪阻は、頻回の嘔吐による水分・電解質の喪失と、食事・水分の摂取不能が同時に起こるため、脱水となって循環血液量が減少する。他の選択肢は、それ自体が循環血液量を減らす病態ではない。

選択肢考察

  1. ×a.  前置胎盤

    誤り。前置胎盤は、胎盤が子宮下部に付着して内子宮口の全部または一部を覆う状態である。妊娠中期以降に子宮下部が伸展すると、胎盤の一部がはがれて痛みを伴わない性器出血(警告出血)を起こすことがある。警告出血は通常少量で、それだけで循環血液量が減少するわけではない。前置胎盤という状態自体は胎盤の付着位置の異常であり、循環血液量を減らす病態ではない(妊娠による生理的な循環血液量増加はそのまま起こる)。ただし、大量出血を起こした場合や、帝王切開時に胎盤剝離部位からの出血が多い場合、癒着胎盤を合併した場合には出血性ショックに至りうるので、分娩は自己血貯血や輸血の準備をしたうえで帝王切開で行う。

  2. ×b.  切迫早産

    誤り。切迫早産は、妊娠22週以降37週未満に、規則的な子宮収縮や子宮頸管の開大・短縮がみられ、早産に至る危険が高い状態である。少量の性器出血(産徴様の出血)を伴うことはあるが、循環血液量を減らすほどの出血や体液喪失は起こさない。治療は安静や子宮収縮抑制薬(リトドリン、硫酸マグネシウムなど)の投与であり、むしろリトドリンの副作用として肺水腫が知られているように、治療に伴って体液過剰に傾くことに注意が必要である。

  3. ×c.  妊娠糖尿病

    誤り。妊娠糖尿病は、妊娠中に初めて発見・発症した、明らかな糖尿病には至っていない糖代謝異常である。妊娠中期以降は胎盤から分泌されるヒト胎盤ラクトゲンなどの影響でインスリン抵抗性が増すため、耐糖能異常が顕在化しやすい。高血糖が著しければ浸透圧利尿による脱水も理屈のうえでは起こりうるが、妊娠糖尿病は通常その程度の高血糖を示さず、循環血液量が減る病態ではない。むしろ胎児高血糖に伴う胎児尿量の増加から羊水過多をきたしやすい。合併症として巨大児、肩甲難産、新生児低血糖、妊娠高血圧症候群などが問題となる。

  4. ○d.  重症妊娠悪阻

    正しい。妊娠初期(おおむね妊娠5~6週ごろから)に多くの妊婦が経験する悪心・嘔吐をつわりといい、通常は妊娠12~16週ごろまでに自然に軽快する。このうち症状が重く、食事・水分摂取が困難となって脱水、体重減少、代謝異常をきたし治療を要するものを妊娠悪阻という。頻回の嘔吐による胃液(水分、H+、Cl-、K+)の喪失と経口摂取の不能が重なるため、脱水となって循環血液量が減少する。検査では、血液濃縮によるヘマトクリットの上昇、尿中ケトン体陽性(飢餓によって脂肪が分解されるため)、低カリウム血症、低クロール性代謝性アルカローシス、尿量減少などを示す。治療は輸液による水分・電解質の補正であり、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によるWernicke脳症を防ぐため、ブドウ糖を含む輸液にはビタミンB1を添加する。また脱水による血液濃縮は深部静脈血栓症の危険因子となる。

  5. ×e.  血液型不適合妊娠

    誤り。血液型不適合妊娠は、母体と胎児の血液型が異なり、母体が胎児赤血球の抗原に対する抗体(IgG)をつくる状態である。代表はRh(D)陰性の母がRh(D)陽性の児を妊娠する場合で、前回の分娩や流産などで感作されると、IgG型の抗D抗体が胎盤を通過して胎児の赤血球を破壊する。その結果として生じるのは胎児・新生児の溶血性疾患(胎児貧血、胎児水腫、新生児重症黄疸・核黄疸など)であり、母体の循環血液量は影響を受けない。予防として、未感作のRh(D)陰性妊婦には妊娠28週前後と分娩後72時間以内などに抗Dヒト免疫グロブリンを投与する。

妊娠に伴う主な循環系の変化

・循環血液量:約40~50%増加(妊娠28~36週ごろにピーク)。血漿量の増加が赤血球量の増加を上回るため、ヘモグロビン濃度・ヘマトクリットは低下する。 ・心拍出量:約30~50%増加(1回拍出量と心拍数の両方が増える)。 ・末梢血管抵抗:プロゲステロンなどによる血管拡張で低下し、血圧は妊娠中期にやや低下する。 ・凝固能:凝固因子(フィブリノゲンなど)が増加し、血栓症を起こしやすい状態となる。 ・仰臥位低血圧症候群:妊娠後期に仰臥位をとると、増大した子宮が下大静脈を圧迫して静脈還流が減り、血圧低下をきたす。左側臥位で改善する。

妊婦で循環血液量が減少する主な病態

・重症妊娠悪阻(嘔吐と摂取不良による脱水) ・大量出血(常位胎盤早期剝離、前置胎盤からの大出血、弛緩出血などの分娩時異常出血、異所性妊娠破裂など) ・妊娠高血圧腎症(妊娠高血圧症候群のうち蛋白尿や臓器障害を伴うもの):血管内皮障害と血管透過性亢進により血管内から血管外へ体液が移動するため、浮腫があっても循環血漿量は正常妊娠より少なくなり、血液濃縮をきたす。

妊娠悪阻のポイント

・初産婦、多胎妊娠、胞状奇胎などヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)が高値となる状態で起こりやすい。 ・重症化すると、脱水、電解質異常、肝機能障害、Wernicke脳症(眼球運動障害、運動失調、意識障害)を起こしうる。

POINT

・正常妊娠では循環血液量は約40~50%増加し、血漿量の増加が大きいため生理的な希釈性貧血となる。 ・重症妊娠悪阻では嘔吐と摂取不良により脱水となり、循環血液量が減少する。 ・妊娠悪阻では尿中ケトン体陽性、ヘマトクリット上昇、低カリウム・低クロール性代謝性アルカローシスを示す。 ・輸液にはビタミンB1を加え、Wernicke脳症を予防する。 ・血液型不適合妊娠で障害を受けるのは胎児・新生児であり、母体ではない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。