覚醒時のフラッシュバック、眠ると悪夢―PTSDの「再体験」は昼も夜も続く
第104回医師国家試験 I問題 第74問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。仕事が全く手につかないことを主訴に来院した。2か月前に家族でドライブ中に交通事故に遭い,腹部に重症を負ったが頭部打撲は免れた。両親は即死した。身体状態は改善したが,1か月前から日中覚醒時に事故の光景が頻回に目に浮かび,不安におののくようになった。 この病態で起こりやすいのはどれか。
- a.悪夢
- b.過眠
- c.幻覚
- d.夜驚
- e.既視感
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
生命を脅かす体験や近親者の死のあと、出来事が意思に反してよみがえる再体験が1か月以上続き生活に支障をきたしていればPTSDを考え、1か月以内なら急性ストレス障害と呼びます。PTSDの症状は侵入症状(再体験)、回避、認知と気分の陰性の変化、過覚醒の4群からなり、再体験は覚醒中にはフラッシュバック、睡眠中には外傷に関連した悪夢として現れます。過覚醒と悪夢のために入眠困難や中途覚醒などの不眠が起こりやすく、過眠は典型的ではありません。夜驚はノンレム睡眠中に起こる小児の睡眠時随伴症、既視感は側頭葉てんかんの前兆として知られ、フラッシュバックは幻覚とも区別されます。治療はトラウマ焦点化認知行動療法やEMDR、SSRIが中心であり、身体外傷の患者でも精神症状のサインに気づく視点が臨床で重要です。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・28歳女性。仕事がまったく手につかない(集中困難、社会的・職業的機能の障害)。 ・2か月前に家族でのドライブ中に交通事故に遭い、自身は腹部に重傷を負い、同乗していた両親は即死した。生命の危険と近親者の突然の死という、きわめて強い心的外傷体験である。 ・頭部打撲はなく、身体状態も改善しているため、頭部外傷による器質性の精神障害は考えにくい。 ・事故から約1か月後(受診1か月前)から、覚醒中に事故の場面が繰り返し目に浮かび(フラッシュバック)、強い不安に襲われている。
診断へのプロセス
生命を脅かす出来事や他者の死を体験したのち、その出来事が本人の意思に反して繰り返しよみがえる「再体験(侵入症状)」が出現し、症状が1か月以上持続して生活に支障をきたしている。これは外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)の典型像である。外傷体験から1か月以内に限られる反応であれば急性ストレス障害と呼ぶが、本例は既に1か月以上症状が続いており、PTSDと考えてよい。
設問の考え方
PTSDの中核症状は、①侵入症状(再体験)、②回避、③認知と気分の陰性の変化、④覚醒度と反応性の著しい変化(過覚醒)の4群である。再体験は、覚醒中には侵入的な想起やフラッシュバックとして、睡眠中には出来事に関連した悪夢として現れる。また過覚醒のため入眠困難や中途覚醒などの不眠が起こりやすい。この知識をもとに、PTSDで起こりやすい症状を選べばよい。
選択肢考察
- ○a. 悪夢
外傷体験の再体験は、日中はフラッシュバックや侵入的な想起として、睡眠中は事故の場面や恐怖を内容とする悪夢として繰り返し現れる。DSM-5でも「外傷的出来事に関連した反復的で苦痛な夢」は侵入症状の一項目に挙げられている。悪夢のために夜中に目を覚まし、その後眠れなくなる中途覚醒の原因にもなる。本例は覚醒中の再体験が既に出現しており、睡眠中の再体験である悪夢も起こりやすい。
- ×b. 過眠
PTSDでは、過覚醒(常に緊張して警戒している状態)や悪夢のために、入眠困難・中途覚醒などの不眠が起こりやすい。睡眠時間が過剰になる過眠は典型的な症状ではない。過眠はナルコレプシーや睡眠時無呼吸症候群、非定型の特徴を伴ううつ病などで問題となる。
- ×c. 幻覚
幻覚とは、対応する外界の刺激がないのに知覚が生じる現象で、統合失調症やせん妄、物質関連障害などでみられる。PTSDのフラッシュバックは、実際に体験した出来事の記憶が本人の意思と無関係にありありとよみがえる現象であり、一般に幻覚とは区別される。PTSDでは外傷体験を思い出させる刺激に過敏に反応することが特徴で、幻覚は典型的な症状ではない。
- ×d. 夜驚
夜驚(睡眠時驚愕症、sleep terror)は、ノンレム睡眠の深い段階(徐波睡眠)からの部分的な覚醒によって生じ、睡眠の前半に突然叫び声を上げ、強い恐怖と自律神経症状(頻脈、発汗など)を示すエピソードである。主に幼児期から学童期の小児にみられ、本人は翌朝その出来事を覚えていないことが多い。これに対して悪夢は主にレム睡眠中に起こり、目覚めた後に夢の内容を想起できる。成人のPTSDで特徴的なのは悪夢であり、夜驚ではない。
- ×e. 既視感
既視感(デジャヴ、déjà vu)は、初めて見る場面を、以前に見たことがあるかのように感じる体験である。健常者にもときにみられるほか、側頭葉てんかんの前兆(焦点意識保持発作)として知られる。PTSDの再体験は実際に経験した出来事の記憶がよみがえる現象であり、既視感とは性質が異なる。PTSDに特徴的な症状ではない。
PTSDの概要(DSM-5に基づく)
・外傷的出来事:実際に、または危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受けるといった出来事を、直接体験する、目撃する、近親者や親しい友人に起きたことを知る、などの形で経験することが前提となる。 ・症状は次の4群からなる。 1.侵入症状(再体験):反復的・侵入的で苦痛な記憶、出来事に関連した悪夢、フラッシュバック(出来事が再び起こっているように感じ行動する解離反応)、出来事を想起させる刺激による強い心理的苦痛や生理的反応。 2.回避:出来事に関する記憶・思考・感情や、それを思い出させる人・場所・会話・状況を避ける。 3.認知と気分の陰性の変化:出来事の重要な部分の想起困難、自己や世界に対する否定的な信念、自責、持続的な恐怖・怒り・罪悪感、興味の減退、他者からの孤立感、陽性の感情(幸福感・愛情など)を体験できないこと。 4.覚醒度と反応性の著しい変化(過覚醒):いらだたしさ・怒りの爆発、無謀・自己破壊的な行動、過度の警戒心、過剰な驚愕反応、集中困難、睡眠障害(入眠困難・中途覚醒)。 ・これらの症状が1か月以上持続し、臨床的に意味のある苦痛や社会的・職業的機能の障害を引き起こしている場合に診断される。 ・外傷体験の直後から1か月以内に限られる同様の反応は急性ストレス障害と呼ばれる。症状の出現が外傷体験から6か月以上遅れる場合は「遅延顕症型」とされる。
治療
・心理療法:トラウマに焦点を当てた認知行動療法(持続エクスポージャー療法など)、EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)が有効とされる。 ・薬物療法:選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択である。ベンゾジアゼピン系薬は有効性の根拠が乏しく、依存の問題もあるため推奨されない。
睡眠中の異常現象の整理
・悪夢:主にレム睡眠中。目覚めたあと内容を想起できる。PTSDで頻度が高い。 ・夜驚:ノンレム睡眠(徐波睡眠)中。睡眠前半に多く、小児に多い。本人は想起できないことが多い。 ・睡眠時遊行症(夢遊病):ノンレム睡眠中。小児に多い。 ・レム睡眠行動障害:レム睡眠中に夢の内容に合わせて体が動く。高齢男性に多く、Parkinson病やLewy小体型認知症などのαシヌクレイノパチーとの関連が知られる。
POINT
・PTSDの4大症状群:侵入症状(再体験)、回避、認知と気分の陰性の変化、過覚醒。 ・再体験は覚醒中にはフラッシュバック・侵入的想起、睡眠中には悪夢として現れる。 ・過覚醒と悪夢のため不眠(入眠困難、中途覚醒)が起こりやすく、過眠は典型的でない。 ・症状が1か月以上続けばPTSD、1か月以内なら急性ストレス障害。 ・夜驚はノンレム睡眠中に起こる小児の睡眠時随伴症であり、悪夢(主にレム睡眠)と区別する。
