休日のサーフィンは楽しめる―異動後の不調にまず必要なのは「聴くこと」
第114回医師国家試験 A問題 第25問
国試問題にチャレンジ
30歳の男性。このところ仕事に身が入らず遅刻が目立つようになったため,上司からの勧めで産業医面談を受けた。面談で精神科受診を勧められ来院した。入社以来,事務職に携わってきたが,3か月前に営業職に異動した。約1か月前から平日は食欲が低下し,なんとなく元気が出なくなった。休みの前日は熟睡できるが,それ以外の日はなかなか寝つけず,一旦寝ついても職場の夢をみて夜中に目が覚めることが多くなった。欠勤はなく,休日は趣味のサーフィンを以前と変わらず楽しめているという。 初診時の対応として適切なのはどれか。
- a.休職を勧める。
- b.頑張るよう励ます。
- c.抗うつ薬を処方する。
- d.投影法の心理検査を実施する。
- e.仕事に関する本人の考えを聞く。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生まとめ
明確なストレス因(異動など)のあとに抑うつ症状が出現し、仕事のある日に限って悪化して休日には趣味も楽しめる場合は、うつ病ではなく適応障害を考えます。うつ病は抑うつ気分または興味・喜びの喪失がほぼ毎日・終日、2週間以上持続する点で区別されます。初診時はまず本人の話を受容的に聴き、何がストレスになっていて本人がどうしたいのかを把握することが、診断の確認と治療方針の決定の両方に欠かせません。治療の基本は環境調整と精神療法であり、早計な休職の勧め、安易な激励、評価前の抗うつ薬処方、初診での投影法検査は優先されません。経過中のうつ病への移行に注意しつつ、産業医と連携して職場環境を整える視点は、職場のメンタルヘルス診療全般に通じる重要な考え方です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・きっかけ:入社以来の事務職から、3か月前に営業職へ異動した(職場環境・業務内容の大きな変化=明確なストレス因)。 ・症状の出現:異動の約2か月後(約1か月前)から、平日に限って食欲低下と気力の低下が出現した。 ・睡眠:休日の前夜は熟睡できるが、それ以外は入眠困難と中途覚醒があり、しかも職場の夢をみて目が覚める。仕事に関連したストレスが睡眠に反映されている。 ・社会機能:仕事に身が入らず遅刻が増えているが、欠勤はしていない。 ・興味・喜び:休日には趣味のサーフィンを以前と同様に楽しめている。
診断へのプロセス
抑うつ気分、食欲低下、不眠といった抑うつ症状はあるが、それらは「仕事のある日」に限られ、職場から離れると消失している。うつ病(大うつ病性障害)であれば、抑うつ気分または興味・喜びの喪失がほぼ一日中・ほぼ毎日、2週間以上持続し、休日でも趣味を楽しめなくなるのが通常である。本例は症状に持続性がなく、興味・喜びも保たれ、重症度も欠勤に至らない程度であるため、うつ病の診断基準は満たさない。 明らかなストレス因(異動)の後に出現し、そのストレス因と結びついた状況でのみ症状が生じていることから、適応障害が最も考えられる。
設問への考え方
初診時に最も重要なのは、患者との信頼関係を築きながら、何がストレスになっているのか、本人がどう感じ、どうしたいと考えているのかを十分に聴き取ることである。適応障害の治療の中心は、ストレス因の同定とその軽減(環境調整)、および本人の対処能力の向上を支える精神療法であり、そのための情報は本人の話から得られる。薬物療法や休職といった介入は、その評価を踏まえてから判断する。
選択肢考察
- ×a. 休職を勧める。
症状が重く就労が困難な場合には、休職によってストレス因から離れることが有効な選択肢となりうる。しかし本例は欠勤がなく、休日は趣味も楽しめており、就労の継続が可能な程度の状態である。初診の時点で、ストレス因の内容や本人の意向も把握しないまま休職を勧めるのは早計である。休職はキャリアや収入、復職のハードルなど本人にとって影響が大きく、まずは勤務を続けながら産業医や職場と連携した業務調整・配置の見直しを検討するのが順序である。
- ×b. 頑張るよう励ます。
本人は不眠や食欲低下を抱えながらも欠勤せずに出勤しており、すでに本人なりに努力していると考えられる。そこに「頑張れ」と励ますと、理解されていないという思いや自責感を強め、症状の悪化や受診中断につながるおそれがある。抑うつ症状を呈する患者への安易な激励は、初診時の対応として不適切である。なお、本人の性格傾向(依存的・自己愛的な傾向など)が不適応の一因となっている場合、治療が進み信頼関係が十分に築かれた後に、行動を促す働きかけを行うことはありうる。
- ×c. 抗うつ薬を処方する。
適応障害の治療の基本は、ストレス因への対処(環境調整)と精神療法であり、ストレス因が軽減すれば多くは改善する。抗うつ薬の有効性は適応障害では確立しておらず、第一選択とはならない。不眠や不安が強い場合に対症的な薬物療法を短期間行うことはあるが、病状やストレス因を十分に評価する前の初診時に、いきなり抗うつ薬を処方するのは適切でない。
- ×d. 投影法の心理検査を実施する。
投影法とは、ロールシャッハ・テスト、TAT(主題統覚検査)、文章完成法(SCT)、P-Fスタディ(絵画欲求不満テスト)など、あいまいな刺激に対する反応から無意識的な欲求や性格傾向を推し量る検査である。施行や解釈に時間がかかり、患者の負担も小さくない。経過の中で性格特性の把握が必要になれば実施することもあるが、初診時の優先事項ではない。ストレス因の把握には、本人から直接話を聴く方がはるかに具体的で有用な情報が得られる。
- ○e. 仕事に関する本人の考えを聞く。
症状は異動後の仕事に関連して出現しており、営業職のどのような点(対人折衝、ノルマ、職場の人間関係、業務の不慣れなど)が負担になっているのか、本人が現状をどう受け止め、今後どうしたいと考えているのかを聴くことが、診断の確認と治療方針の決定の両方に不可欠である。受容的・共感的に話を聴くこと自体が支持的精神療法として働き、信頼関係の形成にもつながる。そのうえで、産業医や職場と連携した業務内容・配置の調整など、具体的な対応を検討していく。
適応障害の概要
・定義:はっきりと確認できるストレス因(職場の異動、転居、失恋、離婚、病気など)に反応して、情緒面・行動面の症状が出現し、社会生活に支障をきたす状態である。症状は抑うつ気分、不安、焦燥、怒り、行為の問題(欠勤、遅刻、無謀な行動)など多彩である。 ・時間経過:DSM-5(米国精神医学会の診断基準)では、ストレス因の始まりから3か月以内に症状が出現し、ストレス因やその結果が終結すれば6か月以内に症状が消失するとされる。 ・除外:他の精神疾患(うつ病など)の基準を満たす場合は、その診断が優先される。正常な死別反応も含めない。 ・治療:①ストレス因の除去・軽減(環境調整:業務内容の変更、配置転換、勤務時間の調整など)、②ストレスへの対処能力を高める精神療法(支持的精神療法、認知行動療法、問題解決療法など)、③必要に応じた対症的な薬物療法(不眠に対する睡眠薬、不安に対する抗不安薬の短期使用など)。
うつ病との鑑別点
・うつ病:抑うつ気分または興味・喜びの喪失を中核とし、ほぼ毎日・ほぼ一日中、2週間以上持続する。環境が変わっても症状は大きく改善せず、趣味も楽しめなくなる。早朝覚醒、日内変動(朝に悪い)、自責感、希死念慮などを伴いやすい。 ・適応障害:症状はストレス因に関連した状況で強く、ストレス因から離れると軽快する(本例では休日に元気になる)。うつ病の診断基準を満たさない程度の症状である。 ・ただし、適応障害の経過中にうつ病へ移行することもあるため、経過観察が重要である。
職場のメンタルヘルス
産業医は、労働者の健康状態に応じて就業上の配慮(業務軽減、配置転換、休業など)について事業者に意見を述べる役割をもつ。主治医と産業医が連携して、本人の同意のもとで職場環境の調整を図ることが、適応障害の治療と再発予防に役立つ。
POINT
・明確なストレス因(異動など)の後に出現し、その状況でのみ悪化する抑うつ症状(休日は元気、趣味も楽しめる)→ 適応障害を考える。 ・うつ病は症状がほぼ毎日・終日、2週間以上持続し、興味・喜びの喪失を伴う点で区別する。 ・初診時はまず本人の話を受容的に聴き、ストレス因と本人の考えを把握する。 ・治療の基本は環境調整と精神療法。抗うつ薬は第一選択ではない。 ・抑うつ状態の患者への安易な激励、早計な休職勧奨は避ける。
