帰国後に続く粘血便―赤血球を食べる原虫が門脈を旅して肝臓へ
第104回医師国家試験 I問題 第66問
国試問題にチャレンジ
28歳の女性。下痢と粘血便とを主訴に来院した。2か月前に海外旅行から帰国後,発熱と下痢とがあった。2週前から粘血便が出現した。体温37.5℃。血圧118/62 mmHg。腹部は平坦,軟で,左下腹部に圧痛を認める。筋性防御を認めない。下部消化管内視鏡写真(A)と糞便の顕微鏡写真(B)とを別に示す。 この疾患に合併するのはどれか。

- a.髄膜炎
- b.肝膿瘍
- c.進行麻痺
- d.壊死性筋膜炎
- e.溶血性尿毒症症候群
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
渡航後に緩徐に進行する粘血便、内視鏡でのたこいぼ様潰瘍、便中の赤血球を貪食した栄養型はアメーバ赤痢を示します。赤痢アメーバは大腸粘膜から門脈を経て肝臓に至るため、腸管外病変として最も多いのはアメーバ性肝膿瘍で、右葉に単発し、アンチョビーソース様の内容液が特徴です。一方、溶血性尿毒症症候群は腸管出血性大腸菌、進行麻痺は梅毒、壊死性筋膜炎はA群溶連菌などに関連し、アメーバ性髄膜脳炎は別種のNaegleriaによるものです。治療はメトロニダゾールと腸管内殺アメーバ薬で、潰瘍性大腸炎と誤認してステロイドを投与しないことが重要です。病原体の侵入経路から合併症を推論する考え方は、感染症全般の理解に役立ちます。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
(1) 海外旅行からの帰国後に発熱と下痢が始まり、約2か月の経過で粘血便へと進んだ、緩徐で遷延する経過である。 (2) 体温37.5℃と微熱程度で、左下腹部に圧痛はあるが筋性防御はなく、全身状態は比較的保たれている。 (3) 下部消化管内視鏡では、大腸粘膜に周囲が浮腫状に盛り上がった潰瘍(たこいぼ様・噴火口状と表現される潰瘍)が散在し、表面に白苔や粘液・血液の付着がみられる。 (4) 糞便の顕微鏡写真には、赤血球を取り込んだ(貪食した)原虫が認められ、赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)の栄養型と判断できる。
診断のプロセス
旅行者の粘血便の原因としては細菌性赤痢、カンピロバクター腸炎、腸管出血性大腸菌感染症、サルモネラ腸炎などの細菌性腸炎とアメーバ赤痢が鑑別に挙がる。細菌性腸炎は潜伏期が数日以内と短く、急性に高熱・激しい腹痛で発症することが多い。本例は帰国後しばらくしてから症状が出現し、数週~数か月かけて粘血便が持続する緩徐な経過で、アメーバ赤痢に合致する。便中に赤血球を貪食した栄養型を証明したことで診断が確定する。内視鏡でのたこいぼ様潰瘍は盲腸・直腸に好発し、潰瘍性大腸炎との鑑別が重要である(誤ってステロイドを投与すると劇症化する)。
設問の考え方
赤痢アメーバの栄養型は大腸粘膜を破壊して粘膜下に侵入し、門脈を経て肝臓に到達する。このため腸管外合併症として最も多いのはアメーバ性肝膿瘍である。各選択肢の疾患と、それを合併・引き起こす代表的な病原体を対応させて考えればよい。
選択肢考察
- ×a. 髄膜炎
赤痢アメーバがまれに血行性に脳膿瘍を形成することはあるが、髄膜炎は本症の代表的な合併症ではない。髄膜炎の原因としては、細菌(肺炎球菌、髄膜炎菌、インフルエンザ菌b型など)、ウイルス(エンテロウイルスなど)、真菌(クリプトコックスなど)、結核菌などが代表的である。なお、原発性アメーバ性髄膜脳炎は淡水中の自由生活アメーバ(Naegleria fowleri)によるもので、赤痢アメーバとは別の原虫である。
- ○b. 肝膿瘍
大腸粘膜に侵入した赤痢アメーバの栄養型は、門脈血流に乗って肝臓に運ばれ、肝組織を融解・壊死させて膿瘍を形成する。これがアメーバ性肝膿瘍で、アメーバ赤痢の腸管外病変として最も頻度が高い。門脈血流の分布から肝右葉に単発で生じやすく、穿刺で得られる内容液は壊死物質と血液が混じった赤褐色(アンチョビーソース様)である。腸炎症状が目立たないまま、あるいは腸炎の治療後に、発熱・右季肋部痛・肝腫大で発症することもある。治療はメトロニダゾールの投与が基本で、大きな膿瘍や破裂の危険がある場合は穿刺ドレナージを併用する。
- ×c. 進行麻痺
進行麻痺は神経梅毒の一病型である。梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum)の感染後、未治療のまま十数年以上を経て大脳実質が侵され、人格変化、認知機能障害、精神症状などを示す。瞳孔の対光反射が消失し輻輳反射が保たれるArgyll Robertson瞳孔を伴うことがある。アメーバ赤痢とは関係がない。
- ×d. 壊死性筋膜炎
壊死性筋膜炎は、A群β溶血性レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)による劇症型感染症や、糖尿病などの易感染宿主における腸内細菌・嫌気性菌の混合感染、海水や魚介類を介したビブリオ・バルニフィカス感染などで生じる重症軟部組織感染症である。赤痢アメーバがまれに肛門周囲など皮膚に潰瘍を形成することはあるが、壊死性筋膜炎は本症の合併症として挙げられるものではない。
- ×e. 溶血性尿毒症症候群
溶血性尿毒症症候群(HUS)は、微小血管障害性溶血性貧血・血小板減少・急性腎障害を三徴とする病態である。腸管出血性大腸菌(O157など)が産生するベロ毒素(志賀毒素)が血管内皮を傷害して起こるものが代表的で、志賀毒素を産生する志賀赤痢菌(Shigella dysenteriae 1型)でも起こりうる。いずれも細菌性腸炎で、原虫である赤痢アメーバはこうした毒素を産生せず、HUSの原因とはならない。
アメーバ赤痢(アメーバ症)の概要
・病原体:原虫の赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)。生活環には、感染力をもつ嚢子(シスト)と、組織に侵入して病変を作る栄養型がある。 ・感染経路:嚢子に汚染された飲食物や水の経口摂取(糞口感染)。熱帯・亜熱帯の途上国への渡航者に多いが、国内では男性同性間の性的接触による感染も多く、HIV感染症など他の性感染症の合併に注意する。 ・感染症法上の位置づけ:5類感染症(全数把握)。 ・潜伏期:2~3週間程度が多いが、数か月以上に及ぶこともある。 ・症状:腸アメーバ症では、粘血便(いちごゼリー状と表現される)、下痢、しぶり腹、下腹部痛が緩徐に出現し、再燃と寛解を繰り返す。発熱は軽度のことが多い。無症候性の嚢子排出者も多い。 ・好発部位:盲腸・上行結腸と直腸・S状結腸。 ・内視鏡所見:周囲が浮腫状に隆起し中心に白苔や出血を伴う、たこいぼ様(噴火口状)の潰瘍が多発する。潰瘍間の粘膜は比較的正常に保たれることが多い。組織学的には粘膜下で横に広がるフラスコ型潰瘍を呈する。 ・診断:新鮮な糞便や潰瘍部の生検・擦過物での栄養型の証明(赤血球貪食像が特徴)。抗原検査、PCR、血清抗体検査も補助となる。 ・腸管外病変:アメーバ性肝膿瘍が最多。まれに肝膿瘍の穿破による胸膜炎・心膜炎・腹膜炎、肺膿瘍、脳膿瘍、皮膚アメーバ症を生じる。 ・治療:組織内の栄養型にはメトロニダゾール(またはチニダゾール)を用い、腸管内に残る嚢子の除去にはパロモマイシンなどの腸管内殺アメーバ薬を追加する。
細菌性赤痢との比較
細菌性赤痢(Shigella属)は潜伏期1~3日程度で急性に発症し、高熱・腹痛・しぶり腹・膿粘血便を示す。アメーバ赤痢は潜伏期が長く、経過が緩徐で慢性化しやすい。
選択肢の疾患と原因の対応
肝膿瘍(アメーバ性)-赤痢アメーバ/進行麻痺-梅毒/壊死性筋膜炎-A群β溶血性レンサ球菌・混合感染・ビブリオ・バルニフィカス/HUS-腸管出血性大腸菌(志賀毒素)
POINT
・渡航歴+緩徐に進行する粘血便+たこいぼ様潰瘍+便中に赤血球を貪食した栄養型 → アメーバ赤痢。 ・赤痢アメーバは門脈を経て肝臓に至り、アメーバ性肝膿瘍(右葉・単発・アンチョビーソース様内容)を合併する。 ・治療はメトロニダゾール。 ・潰瘍性大腸炎と誤ってステロイドを投与すると重症化するので鑑別が重要。 ・HUSは腸管出血性大腸菌、進行麻痺は梅毒、壊死性筋膜炎はA群溶連菌などに関連づけて覚える。
