StudyMed医師国家試験

瞳はピンホール、全身は汗まみれ―アセチルコリン過剰で読み解く有機リン中毒

第104回医師国家試験 G問題 第21問

国試問題にチャレンジ

第104回 G問題 第21問

有機リン中毒でみられるのはどれか。3つ選べ。

  1. a.血尿
  2. b.口渇
  3. c.縮瞳
  4. d.発汗
  5. e.けいれん

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は有機リン中毒でどんな症候が出るかを問う問題だ。症状を丸暗記するより、「アセチルコリンが分解されずに溜まり続けたら体はどうなるか」という一本の軸で考えると、選択肢を一つずつ論理的に判定できる。まず、有機リンは何を阻害するんだったかな。
医学生医学生
薬理の講義で習いました。アセチルコリンエステラーゼ、つまりコリンエステラーゼを阻害するんですよね。
ドクタードクター
その通り。酵素をリン酸化して不可逆的に阻害するから、シナプスにアセチルコリンが溜まり、受容体が刺激され続ける。アセチルコリンが働く場所は大きく3つに分けられる。副交感神経の効果器にあるムスカリン受容体、神経筋接合部や自律神経節のニコチン受容体、そして中枢神経だ。症状もこの3系統で整理しよう。
医学生医学生
ムスカリン様症状は副交感神経が過剰に働いた状態だから、瞳孔は縮瞳ですね。
ドクタードクター
正解。瞳孔括約筋は動眼神経の副交感線維がムスカリン受容体を介して収縮させるので、著明な縮瞳、ときにピンホール状になる。診断の大きな手がかりだ。では発汗はどうかな。
医学生医学生
汗腺って交感神経支配ですよね。副交感神経が亢進するなら、汗はむしろ出ないような気がします。
ドクタードクター
そこが典型的なひっかけだね。汗腺は解剖学的には交感神経支配だけど、例外的に節後線維の伝達物質がアセチルコリンで、ムスカリン受容体を介して分泌される。だからアセチルコリン過剰では大量に汗をかくんだ。流涙、流涎、気道分泌物の増加と並んで、分泌腺がフル稼働する状態だと考えるといい。
医学生医学生
生理学で「交感神経なのにアセチルコリン」の例外として汗腺が出てきたのを思い出しました。それなら口渇は逆ですね。
ドクタードクター
そう。唾液腺もムスカリン刺激で分泌が亢進するから、よだれが垂れるほどになる。口が渇くのはむしろ反対の抗コリン作用、たとえばアトロピンや三環系抗うつ薬、抗ヒスタミン薬の中毒で、散瞳・皮膚乾燥・頻脈・尿閉とセットで出てくる。有機リン中毒と抗コリン中毒は鏡写しの関係として対比して覚えておこう。
医学生医学生
けいれんはどう考えればいいですか。筋肉がぴくぴくするのはニコチン様症状だと習いましたが。
ドクタードクター
いい区別だね。神経筋接合部のニコチン受容体刺激で起こるのは筋線維束攣縮、つまり筋肉のぴくつきで、進むと筋力低下や呼吸筋麻痺になる。一方、有機リンは脂溶性が高く血液脳関門を通過するので、中枢でもアセチルコリンが過剰になり、不穏、意識障害、全身けいれん、呼吸中枢抑制が起こる。けいれんは主にこの中枢神経症状として出てくるものなんだ。
医学生医学生
血尿は、アセチルコリン過剰では説明がつかないですよね。
ドクタードクター
その通り。膀胱平滑筋が収縮して尿失禁はみられることがあるけれど、腎や尿路から出血する機序はない。血尿や褐色尿を伴う中毒なら、横紋筋融解症によるミオグロビン尿や、溶血を起こす中毒を考えることになる。というわけで、有機リン中毒でみられるのは縮瞳、発汗、けいれんの3つだ。
医学生医学生
ムスカリン様症状はDUMBELSという語呂でも覚えました。下痢、排尿、縮瞳、気管支漏と徐脈、嘔吐、流涙、流涎と発汗ですね。
ドクタードクター
よく覚えているね。ここからは臨床の話だ。診断には血清コリンエステラーゼ活性の低下が有用で、重症度は赤血球のアセチルコリンエステラーゼ活性がより神経組織の状態を反映するとされる。死因の多くは気道分泌物増加と呼吸筋麻痺による呼吸不全だから、まず気道確保と呼吸管理が最優先になる。
医学生医学生
救急科の実習で、農薬を飲んだ患者さんの対応では医療者もガウンと手袋をつけるように言われました。
ドクタードクター
大事なポイントだ。皮膚や吸入からも吸収されるので、汚染衣類の除去と除染、そして二次汚染の防止が欠かせない。薬物治療の柱はアトロピンとプラリドキシム、いわゆるPAMだ。アトロピンはムスカリン受容体を遮断して、気道分泌物の減少を指標に量を調整する。ただしニコチン様症状の筋力低下や呼吸筋麻痺には効かない。
医学生医学生
PAMは酵素を再賦活させる薬でしたよね。早く使わないといけない理由は何ですか。
ドクタードクター
リン酸化された酵素は時間が経つと「エイジング」を起こし、PAMでも再賦活できなくなるからだ。だから早期投与が重要になる。けいれんにはジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬を使う。さらに、急性期を乗り切ったあと1〜4日ごろに頸部屈筋や近位筋、呼吸筋の筋力低下が出る中間症候群、1〜3週ごろに四肢遠位優位の障害が出る遅発性ニューロパチーにも注意が必要だ。1995年の地下鉄サリン事件でも、有機リン系神経剤による縮瞳が特徴的だった。
医学生医学生
症状が落ち着いても数日は呼吸状態を見守る必要があるということですね。
ドクタードクター
その通り。カルバメート系農薬も似た症状を起こすけれど、阻害が可逆的で比較的早く回復する点が違う。「アセチルコリン過剰」という一本の軸があれば、症状も治療も経過の注意点もつながって理解できるはずだ。

まとめ

有機リン化合物はコリンエステラーゼを不可逆的に阻害し、アセチルコリン過剰状態を引き起こします。症状はムスカリン様症状(縮瞳、流涎、流涙、発汗、気道分泌物増加、徐脈、下痢など)、ニコチン様症状(筋線維束攣縮、筋力低下、呼吸筋麻痺)、中枢神経症状(意識障害、けいれん)の3系統に整理でき、汗腺が交感神経支配ながらアセチルコリンで分泌する点が発汗の理解の鍵です。口渇・散瞳・皮膚乾燥は逆の抗コリン中毒の所見であり、血尿を起こす機序はありません。診断には血清コリンエステラーゼ低下が有用で、治療は呼吸管理と除染に加え、アトロピンとエイジング前のPAM早期投与が柱となり、中間症候群や遅発性ニューロパチーにも注意が必要です。受容体の分布から症状を導く考え方は、自律神経薬理と中毒診療の両方の土台になります。

解答・解説

正解はc, d, eです

病態の基本

有機リン化合物(パラチオン、マラチオン、ダイアジノン、フェニトロチオン、DDVPなどの農薬・殺虫剤、およびサリンなどの神経剤)は、アセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエステラーゼ(コリンエステラーゼ)をリン酸化して不可逆的に阻害する。その結果、神経終末から放出されたアセチルコリンが分解されずにシナプスに蓄積し、アセチルコリン受容体が過剰に刺激され続ける。

症状の3系統

アセチルコリンは複数の部位で神経伝達物質として働くため、症状は受容体・部位ごとに3系統に整理できる。 ・ムスカリン様症状(副交感神経節後線維の効果器、および交感神経支配だが伝達物質がアセチルコリンである汗腺):縮瞳、流涙、流涎、気道分泌物増加、気管支収縮、発汗、徐脈、腹痛・下痢・嘔吐、尿失禁など。 ・ニコチン様症状(神経筋接合部、自律神経節):筋線維束攣縮(筋肉のぴくつき)、筋力低下、呼吸筋麻痺、頻脈・高血圧(交感神経節の刺激による)。 ・中枢神経症状:不安、頭痛、意識障害、けいれん、呼吸中枢抑制。

考え方

選択肢の症状が「アセチルコリン過剰」によって説明できるかを考える。縮瞳・発汗はムスカリン様作用、けいれんは中枢神経症状として説明できる。一方、分泌が亢進する病態であるため口渇は起こらず、血尿を起こす機序もない。

選択肢考察

  1. ×a.  血尿

    有機リン中毒の本態はアセチルコリン過剰による神経症状であり、腎・尿路の出血をきたす機序はないため、血尿は特徴的な所見ではない。膀胱平滑筋の収縮により尿失禁はみられることがあるが、血尿とは異なる。なお、血尿や褐色尿を伴う中毒としては、横紋筋融解症によるミオグロビン尿や、溶血をきたす中毒(ヒ化水素など)が鑑別に挙がる。

  2. ×b.  口渇

    唾液腺は副交感神経(ムスカリン受容体)の刺激で分泌が亢進する。有機リン中毒ではアセチルコリン過剰により流涎(よだれ)が著明となるため、口渇はむしろ起こりにくい。口渇・皮膚乾燥・散瞳・頻脈・尿閉を呈するのは逆の病態である抗コリン作用(アトロピン、三環系抗うつ薬、抗ヒスタミン薬などの中毒)であり、両者を対比して覚えるとよい。

  3. ○c.  縮瞳

    瞳孔括約筋は副交感神経(動眼神経)支配で、ムスカリン受容体を介して収縮する。有機リン中毒ではアセチルコリン過剰により瞳孔括約筋が持続的に収縮し、著明な縮瞳(ピンホール状になることもある)を呈する。代表的なムスカリン様症状であり、診断の重要な手がかりとなる。縮瞳をきたす他の中毒としてはオピオイド中毒、橋出血などが鑑別に挙がる。

  4. ○d.  発汗

    汗腺(エクリン腺)は解剖学的には交感神経支配であるが、例外的に節後線維の伝達物質がアセチルコリンであり、ムスカリン受容体を介して発汗が起こる。したがって有機リン中毒ではアセチルコリン過剰により大量の発汗がみられる。流涙・流涎・気道分泌物増加とともに、分泌腺の亢進症状として重要である。

  5. ○e.  けいれん

    有機リン化合物は脂溶性が高く血液脳関門を通過するため、中枢神経系でもアセチルコリンが過剰となり、不穏、意識障害、けいれん、呼吸中枢の抑制をきたす。重症例ではけいれんが出現する。また、神経筋接合部のニコチン受容体刺激による筋線維束攣縮(筋のぴくつき)もみられるが、これは全身けいれんとは区別される。けいれんに対してはジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬を用いる。

診断

・農薬の服用歴・曝露歴(経口のほか、皮膚・吸入からも吸収される)、特有の有機溶剤臭。 ・臨床症状:縮瞳、流涎、発汗、気道分泌物増加、徐脈、筋線維束攣縮など。覚え方として、ムスカリン様症状は下痢(Diarrhea)、排尿(Urination)、縮瞳(Miosis)、気管支漏・気管支収縮・徐脈(Bronchorrhea/Bronchospasm/Bradycardia)、嘔吐(Emesis)、流涙(Lacrimation)、流涎・発汗(Salivation/Sweating)の頭文字でDUMBELSと整理される。 ・検査:血清コリンエステラーゼ(偽コリンエステラーゼ)活性の低下が診断に有用である。重症度評価には赤血球のアセチルコリンエステラーゼ活性がより神経組織の状態を反映する。

治療

・気道確保・呼吸管理:気道分泌物増加と呼吸筋麻痺により呼吸不全に陥りやすく、死因の多くは呼吸不全である。 ・除染:汚染衣類の除去と皮膚の洗浄(医療者も手袋・ガウンで二次汚染を防ぐ)。経口摂取早期では胃洗浄や活性炭を考慮する。 ・アトロピン:ムスカリン受容体を遮断し、気道分泌物の減少を指標に投与量を調整する。ニコチン様症状(筋力低下・呼吸筋麻痺)には無効である。 ・プラリドキシム(PAM):リン酸化されたコリンエステラーゼからリン酸基を外して酵素を再賦活させる。酵素が「エイジング(aging)」を起こして不可逆化する前、すなわち早期投与が重要である。 ・けいれんにはベンゾジアゼピン系薬。

注意すべき病態

・中間症候群:急性期症状の改善後、1〜4日ごろに頸部屈筋・近位筋・呼吸筋の筋力低下が出現し、呼吸不全をきたすことがある。 ・遅発性ニューロパチー:曝露後1〜3週ごろに四肢遠位優位の運動感覚障害が出現することがある。

関連する中毒

・カルバメート系農薬もコリンエステラーゼを阻害し類似の症状を呈するが、阻害は可逆的で比較的短時間で回復する。 ・サリン(1995年の地下鉄サリン事件)も有機リン系の神経剤であり、縮瞳が特徴的な所見であった。

POINT

・有機リンはコリンエステラーゼを阻害し、アセチルコリン過剰状態をつくる。 ・ムスカリン様症状:縮瞳、流涎、流涙、発汗、気道分泌物増加、徐脈、下痢。 ・ニコチン様症状:筋線維束攣縮、筋力低下、呼吸筋麻痺。 ・中枢神経症状:意識障害、けいれん。 ・口渇・散瞳・皮膚乾燥は抗コリン中毒の所見であり、有機リン中毒とは逆。 ・診断は血清コリンエステラーゼ低下、治療はアトロピンとPAM(早期投与)。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。