瞳はピンホール、全身は汗まみれ―アセチルコリン過剰で読み解く有機リン中毒
第104回医師国家試験 G問題 第21問
国試問題にチャレンジ
有機リン中毒でみられるのはどれか。3つ選べ。
- a.血尿
- b.口渇
- c.縮瞳
- d.発汗
- e.けいれん
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
有機リン化合物はコリンエステラーゼを不可逆的に阻害し、アセチルコリン過剰状態を引き起こします。症状はムスカリン様症状(縮瞳、流涎、流涙、発汗、気道分泌物増加、徐脈、下痢など)、ニコチン様症状(筋線維束攣縮、筋力低下、呼吸筋麻痺)、中枢神経症状(意識障害、けいれん)の3系統に整理でき、汗腺が交感神経支配ながらアセチルコリンで分泌する点が発汗の理解の鍵です。口渇・散瞳・皮膚乾燥は逆の抗コリン中毒の所見であり、血尿を起こす機序はありません。診断には血清コリンエステラーゼ低下が有用で、治療は呼吸管理と除染に加え、アトロピンとエイジング前のPAM早期投与が柱となり、中間症候群や遅発性ニューロパチーにも注意が必要です。受容体の分布から症状を導く考え方は、自律神経薬理と中毒診療の両方の土台になります。
解答・解説
正解はc, d, eです
病態の基本
有機リン化合物(パラチオン、マラチオン、ダイアジノン、フェニトロチオン、DDVPなどの農薬・殺虫剤、およびサリンなどの神経剤)は、アセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエステラーゼ(コリンエステラーゼ)をリン酸化して不可逆的に阻害する。その結果、神経終末から放出されたアセチルコリンが分解されずにシナプスに蓄積し、アセチルコリン受容体が過剰に刺激され続ける。
症状の3系統
アセチルコリンは複数の部位で神経伝達物質として働くため、症状は受容体・部位ごとに3系統に整理できる。 ・ムスカリン様症状(副交感神経節後線維の効果器、および交感神経支配だが伝達物質がアセチルコリンである汗腺):縮瞳、流涙、流涎、気道分泌物増加、気管支収縮、発汗、徐脈、腹痛・下痢・嘔吐、尿失禁など。 ・ニコチン様症状(神経筋接合部、自律神経節):筋線維束攣縮(筋肉のぴくつき)、筋力低下、呼吸筋麻痺、頻脈・高血圧(交感神経節の刺激による)。 ・中枢神経症状:不安、頭痛、意識障害、けいれん、呼吸中枢抑制。
考え方
選択肢の症状が「アセチルコリン過剰」によって説明できるかを考える。縮瞳・発汗はムスカリン様作用、けいれんは中枢神経症状として説明できる。一方、分泌が亢進する病態であるため口渇は起こらず、血尿を起こす機序もない。
選択肢考察
- ×a. 血尿
有機リン中毒の本態はアセチルコリン過剰による神経症状であり、腎・尿路の出血をきたす機序はないため、血尿は特徴的な所見ではない。膀胱平滑筋の収縮により尿失禁はみられることがあるが、血尿とは異なる。なお、血尿や褐色尿を伴う中毒としては、横紋筋融解症によるミオグロビン尿や、溶血をきたす中毒(ヒ化水素など)が鑑別に挙がる。
- ×b. 口渇
唾液腺は副交感神経(ムスカリン受容体)の刺激で分泌が亢進する。有機リン中毒ではアセチルコリン過剰により流涎(よだれ)が著明となるため、口渇はむしろ起こりにくい。口渇・皮膚乾燥・散瞳・頻脈・尿閉を呈するのは逆の病態である抗コリン作用(アトロピン、三環系抗うつ薬、抗ヒスタミン薬などの中毒)であり、両者を対比して覚えるとよい。
- ○c. 縮瞳
瞳孔括約筋は副交感神経(動眼神経)支配で、ムスカリン受容体を介して収縮する。有機リン中毒ではアセチルコリン過剰により瞳孔括約筋が持続的に収縮し、著明な縮瞳(ピンホール状になることもある)を呈する。代表的なムスカリン様症状であり、診断の重要な手がかりとなる。縮瞳をきたす他の中毒としてはオピオイド中毒、橋出血などが鑑別に挙がる。
- ○d. 発汗
汗腺(エクリン腺)は解剖学的には交感神経支配であるが、例外的に節後線維の伝達物質がアセチルコリンであり、ムスカリン受容体を介して発汗が起こる。したがって有機リン中毒ではアセチルコリン過剰により大量の発汗がみられる。流涙・流涎・気道分泌物増加とともに、分泌腺の亢進症状として重要である。
- ○e. けいれん
有機リン化合物は脂溶性が高く血液脳関門を通過するため、中枢神経系でもアセチルコリンが過剰となり、不穏、意識障害、けいれん、呼吸中枢の抑制をきたす。重症例ではけいれんが出現する。また、神経筋接合部のニコチン受容体刺激による筋線維束攣縮(筋のぴくつき)もみられるが、これは全身けいれんとは区別される。けいれんに対してはジアゼパムなどのベンゾジアゼピン系薬を用いる。
診断
・農薬の服用歴・曝露歴(経口のほか、皮膚・吸入からも吸収される)、特有の有機溶剤臭。 ・臨床症状:縮瞳、流涎、発汗、気道分泌物増加、徐脈、筋線維束攣縮など。覚え方として、ムスカリン様症状は下痢(Diarrhea)、排尿(Urination)、縮瞳(Miosis)、気管支漏・気管支収縮・徐脈(Bronchorrhea/Bronchospasm/Bradycardia)、嘔吐(Emesis)、流涙(Lacrimation)、流涎・発汗(Salivation/Sweating)の頭文字でDUMBELSと整理される。 ・検査:血清コリンエステラーゼ(偽コリンエステラーゼ)活性の低下が診断に有用である。重症度評価には赤血球のアセチルコリンエステラーゼ活性がより神経組織の状態を反映する。
治療
・気道確保・呼吸管理:気道分泌物増加と呼吸筋麻痺により呼吸不全に陥りやすく、死因の多くは呼吸不全である。 ・除染:汚染衣類の除去と皮膚の洗浄(医療者も手袋・ガウンで二次汚染を防ぐ)。経口摂取早期では胃洗浄や活性炭を考慮する。 ・アトロピン:ムスカリン受容体を遮断し、気道分泌物の減少を指標に投与量を調整する。ニコチン様症状(筋力低下・呼吸筋麻痺)には無効である。 ・プラリドキシム(PAM):リン酸化されたコリンエステラーゼからリン酸基を外して酵素を再賦活させる。酵素が「エイジング(aging)」を起こして不可逆化する前、すなわち早期投与が重要である。 ・けいれんにはベンゾジアゼピン系薬。
注意すべき病態
・中間症候群:急性期症状の改善後、1〜4日ごろに頸部屈筋・近位筋・呼吸筋の筋力低下が出現し、呼吸不全をきたすことがある。 ・遅発性ニューロパチー:曝露後1〜3週ごろに四肢遠位優位の運動感覚障害が出現することがある。
関連する中毒
・カルバメート系農薬もコリンエステラーゼを阻害し類似の症状を呈するが、阻害は可逆的で比較的短時間で回復する。 ・サリン(1995年の地下鉄サリン事件)も有機リン系の神経剤であり、縮瞳が特徴的な所見であった。
POINT
・有機リンはコリンエステラーゼを阻害し、アセチルコリン過剰状態をつくる。 ・ムスカリン様症状:縮瞳、流涎、流涙、発汗、気道分泌物増加、徐脈、下痢。 ・ニコチン様症状:筋線維束攣縮、筋力低下、呼吸筋麻痺。 ・中枢神経症状:意識障害、けいれん。 ・口渇・散瞳・皮膚乾燥は抗コリン中毒の所見であり、有機リン中毒とは逆。 ・診断は血清コリンエステラーゼ低下、治療はアトロピンとPAM(早期投与)。
