StudyMed医師国家試験

「吐かせない、飲ませない、でも帰さない」―灯油誤飲で本当に怖いのは肺

第119回医師国家試験 E問題 第36問

国試問題にチャレンジ

第119回 E問題 第36問

1歳の男児。灯油を誤飲したため救急車で搬入された。父親が石油ストーブの給油タンクに灯油を入れる準備中に,灯油吸引用ポンプを舐めてしまった。一緒にいた父親が救急車を要請した。意識は清明。体温36.5℃。心拍数120/分,整。血圧90/50mmHg。呼吸数30/分。SpO2 98%(room air)。口腔内から灯油臭がしている。呼吸音に異常を認めない。  父親への説明で適切なのはどれか。

  1. a.「吐かせましょう」
  2. b.「胃洗浄をしましょう」
  3. c.「牛乳を飲ませましょう」
  4. d.「人工呼吸管理にしましょう」
  5. e.「入院して経過をみましょう」

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、小さな子どもが灯油を誤飲したときにどう対応し、家族にどう説明するかを問う問題だ。考えるポイントは、灯油という物質の性質と、「今は元気」という状態をどう解釈するか。まず聞くけれど、灯油を飲んだとき、体にとって一番の脅威は何だと思う?
医学生医学生
石油製品なので、吸収されて全身に毒が回ることでしょうか。
ドクタードクター
そう考える人は多いけれど、実は違うんだ。灯油は炭化水素で、消化管からの吸収による全身毒性は小さい。問題は、さらさらして表面張力が小さく、揮発もしやすいので、ごく少量でも気道に入り込みやすいこと。誤嚥すると肺胞のサーファクタントを壊し、気道や肺胞を直接傷めて化学性肺炎を起こす。重くなると急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に至ることもある。
医学生医学生
怖いのは胃ではなく肺なんですね。そうすると、胃から灯油を出そうとするのは逆効果ですか。
ドクタードクター
まさにそこが核心だ。吐かせると、吐き出された灯油がもう一度のどを通るときに気道へ吸い込まれやすくなる。だから灯油の誤飲で催吐は禁忌。そもそも今では、どの中毒でも催吐は原則として勧められていないんだ。
医学生医学生
胃洗浄なら、吐かせるよりは管理された処置なので安全そうに思えます。
ドクタードクター
そう見えるけれど、胃管を入れたり洗浄したりする操作自体が嘔吐や誤嚥を誘発しやすい。しかも灯油はほとんど吸収されないから、胃から除去しても得られる利益は小さい。リスクだけが増える処置なんだ。胃洗浄は、命に関わる量の毒物を飲んで間もない場合などに、適応が限られる処置だと覚えておこう。
医学生医学生
小児科の実習で、お母さんが「何か飲んじゃったら牛乳を飲ませる」と話していたのを聞いたことがあります。これはどうでしょう。
ドクタードクター
家庭ではよく聞く対処法だね。でも牛乳を飲ませると胃が張って嘔吐を誘いやすく、やはり誤嚥のリスクが上がる。脂肪が脂溶性の物質の吸収を促す可能性も指摘されている。灯油誤飲では、無理に何かを飲ませないのが原則だ。
医学生医学生
では、肺炎を防ぐために早めに挿管して人工呼吸管理にしておく、というのは。
ドクタードクター
今のこの子は意識清明で、1歳児として呼吸数も心拍数も正常範囲、SpO2も保たれ、呼吸音にも異常がない。呼吸不全がない段階で、鎮静を要する挿管・人工呼吸を予防的に行う理由はないよ。化学性肺炎が進んで酸素化が保てなくなったら、酸素投与に続いて検討する処置だ。
医学生医学生
となると、今は異常がなくても入院して経過をみる、という説明が適切なんですね。でも、元気なら帰宅でもいい気がしてしまいます。
ドクタードクター
そこが落とし穴なんだ。化学性肺炎の症状、つまり咳、多呼吸、喘鳴、発熱、SpO2低下などは、誤飲直後には目立たず、数時間後に出たり悪化したりすることがある。胸部エックス線の陰影も遅れて現れることが多い。乳幼児は急に呼吸状態が崩れることもあるから、入院して呼吸数や呼吸の仕方、SpO2、聴診所見を継続して観察し、時間をおいてエックス線で再評価するのが適切なんだ。
医学生医学生
「今は大丈夫」と「この先も大丈夫」は別、ということですね。
ドクタードクター
その通り。家族にもそこを丁寧に説明することが大切だ。ついでに、吐かせてはいけないものを整理しておこう。灯油、ガソリン、シンナー、除光液などの石油製品・揮発性物質。トイレ用洗剤やカビ取り剤のような強酸・強アルカリは、吐くときに食道やのどを再び傷めるので禁忌。それから意識障害やけいれんがあるときも誤嚥の危険が高いから吐かせない。
医学生医学生
逆に、急いで処置が必要な誤飲もありますよね。救急の講義でボタン電池の話が印象的でした。
ドクタードクター
よく覚えているね。ボタン電池は食道にとどまると短時間で粘膜を損傷して穿孔することがあるので、食道内にあれば速やかに内視鏡で摘出する。磁石を複数個飲むと、腸管を挟んで穿孔を起こしうる。タバコはニコチン中毒、特に浸した水は吸収が速くて危険だ。誤飲では「何を」「どれくらい」「いつ」を必ず確認して、物質ごとに対応を決める。迷ったら日本中毒情報センターの中毒110番で情報を得られることも、家族に伝えておくとよいね。
医学生医学生
化学性肺炎になった場合の治療は、抗菌薬やステロイドでしょうか。
ドクタードクター
基本は対症療法で、酸素投与、必要なら人工呼吸管理を行う。ステロイドや予防的な抗菌薬の有効性は確立していないんだ。だからこそ、早く気づいて呼吸を支えられるよう、入院での観察に意味があるんだよ。

まとめ

灯油などの石油製品の誤飲で問題となるのは、消化管からの吸収による全身毒性よりも、少量の誤嚥で生じる化学性肺炎です。催吐、胃洗浄、牛乳などを飲ませることは嘔吐や誤嚥を誘発するため行わず、呼吸不全がない段階で予防的な人工呼吸管理も不要です。一方、化学性肺炎の症状や胸部エックス線所見は数時間遅れて現れることがあるため、無症状の乳幼児でも入院して呼吸状態を観察するのが適切です。吐かせてはいけないもの(石油製品・揮発性物質、強酸・強アルカリ、意識障害時)や、ボタン電池のように緊急摘出が必要な誤飲も合わせて整理しておくと、救急外来や小児科での家族への説明に役立ちます。

解答・解説

正解はeです

所見の整理

・1歳男児。灯油吸引用ポンプ(いわゆる灯油ポンプ)を舐めて灯油を誤飲した。舐めた程度であり、摂取量は少量と推定される。 ・意識清明、体温36.5℃、心拍数120/分、血圧90/50mmHg、呼吸数30/分、SpO2 98%(室内気)。1歳児としては心拍数・呼吸数とも正常範囲内で、バイタルサインは安定している。 ・口腔内に灯油臭があり、誤飲は確実である。 ・呼吸音に異常はなく、現時点で肺の障害を示す所見はない。

灯油誤飲の病態

灯油は炭化水素(石油製品)であり、消化管からの吸収による全身毒性は小さい。問題となるのは、粘性が低く表面張力が小さいため気道に入り込みやすく、揮発性も高いことである。ごく少量でも気道に吸い込まれる(誤嚥する)と、肺胞を覆うサーファクタントを壊し、気道・肺胞を直接傷害して化学性肺炎(炭化水素肺炎)を起こす。重症化すると急性呼吸窮迫症候群(ARDS)に至ることもある。 化学性肺炎の症状(咳嗽、多呼吸、喘鳴、発熱、SpO2低下など)は、誤飲直後には目立たず、数時間後に出現・増悪することがあり、胸部エックス線の異常影も遅れて現れることが多い。

設問の考え方

灯油誤飲では、嘔吐させたり胃管を入れたりすると誤嚥の機会を増やすため禁忌である。本例は現時点で呼吸状態が安定しているので、気管挿管・人工呼吸のような侵襲的処置も必要ない。一方、少量でも遅れて化学性肺炎を発症しうる乳幼児であるため、入院のうえで呼吸状態(呼吸数、呼吸様式、SpO2、聴診所見)を注意深く観察し、時間をおいて胸部エックス線で評価する方針を父親に説明するのが適切である。

選択肢考察

  1. ×a.  「吐かせましょう」

    催吐すると、吐き出される灯油が再び咽頭を通る際に気道へ吸い込まれ、化学性肺炎を起こす危険が大きくなる。灯油・ガソリン・シンナーなどの揮発性の石油製品や、強酸・強アルカリ(食道を再び傷害する)の誤飲では催吐は禁忌である。なお現在では、どの中毒でも催吐は原則として推奨されていない。

  2. ×b.  「胃洗浄をしましょう」

    胃洗浄は胃管の挿入や洗浄操作により嘔吐・誤嚥を誘発しやすく、灯油誤飲ではかえって肺障害の危険を高める。灯油は消化管からほとんど吸収されず全身毒性も小さいため、胃から除去する利益も乏しい。胃洗浄は一般に、生命を脅かす量の毒物を摂取して間もない場合などに適応が限られる処置である。

  3. ×c.  「牛乳を飲ませましょう」

    牛乳などを飲ませると胃が膨らんで嘔吐を誘発し、誤嚥の危険が増す。また牛乳に含まれる脂肪は、脂溶性の物質の吸収を促す可能性があるとされる。灯油誤飲では、無理に何かを飲ませることは勧められない。

  4. ×d.  「人工呼吸管理にしましょう」

    意識清明で、呼吸数・SpO2は正常範囲、呼吸音にも異常がなく、現時点で呼吸不全はない。気管挿管・人工呼吸は鎮静を要する侵襲的な処置であり、予防的に行う理由はない。経過中に化学性肺炎やARDSが進行して酸素化が保てなくなった場合に、酸素投与に続いて検討する。

  5. ○e.  「入院して経過をみましょう」

    灯油は少量の誤嚥でも化学性肺炎を起こしうり、その症状や胸部エックス線の異常は数時間遅れて出現することがある。現在は無症状でも、乳幼児では急速に呼吸状態が悪化する可能性があるため、入院して呼吸数、SpO2、聴診所見などを継続して観察し、必要に応じて胸部エックス線を再評価する。肺炎を発症すれば酸素投与などの呼吸管理を行う。

小児の誤飲・誤嚥の基本

乳幼児は手に取ったものを口に入れるため、家庭内での誤飲事故が多い。誤飲物で最も多いのはタバコや医薬品などである。誤飲の際は「何を」「どれくらい」「いつ」摂取したかを確認し、物質ごとに対応を決める。

吐かせてはいけない主なもの

・石油製品・揮発性物質:灯油、ガソリン、ベンジン、シンナー、除光液など(誤嚥による化学性肺炎) ・強酸・強アルカリ:トイレ用洗剤(酸性)、塩素系漂白剤・カビ取り剤(アルカリ性)など(再び食道・咽頭を傷害) ・意識障害やけいれんがある場合(誤嚥の危険)

緊急性の高い誤飲の例

・ボタン電池:食道にとどまると短時間で粘膜を損傷し、穿孔することがあるため、食道内なら速やかに内視鏡で摘出する。 ・磁石の複数個誤飲:腸管を挟んで穿孔を起こしうる。 ・タバコ:ニコチン中毒(嘔吐、顔面蒼白など)。浸した水溶液は吸収が速く危険である。 ・医薬品、農薬、殺鼠剤、強酸・強アルカリ製品なども緊急対応を要する。

炭化水素誤嚥(化学性肺炎)の管理

・症状:咳嗽、むせ、多呼吸、陥没呼吸、喘鳴、発熱、チアノーゼ。中枢神経抑制を伴うこともある。 ・検査:胸部エックス線(陰影は数時間後から出現し、下肺野・肺門周囲に多い)、SpO2・血液ガス。 ・治療:対症療法が中心で、酸素投与、必要に応じて人工呼吸管理を行う。ステロイドや予防的抗菌薬の有効性は確立していない。

相談窓口

誤飲時の対応について、日本中毒情報センターの中毒110番で情報を得ることができる。

POINT

・灯油などの石油製品の誤飲で問題となるのは、消化管吸収による全身毒性よりも、誤嚥による化学性肺炎である。 ・催吐、胃洗浄、牛乳などを飲ませることは誤嚥を誘発するため行わない。 ・化学性肺炎の症状や画像所見は遅れて出現しうるので、無症状でも入院して呼吸状態を経過観察する。 ・吐かせてはいけないもの:石油製品・揮発性物質、強酸・強アルカリ、意識障害時。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。