文豪の視界に回る「歯車」―芥川龍之介が描いた閃輝暗点と片頭痛
第104回医師国家試験 F問題 第17問
国試問題にチャレンジ
芥川龍之介著「歯車」の一部を以下に示す。 のみならず僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?―と云うのは絶えずまわっている半透明の歯車だった。僕はこう云う経験を前にも何度か持ち合わせていた。歯車は次第に数を殖やし,半ば僕の視野を塞いでしまう,が,それも長いことではない,暫らくの後には消え失せる代わりに今度は頭痛を感じはじめる,―それはいつも同じことだった。 「僕」の症状から最も考えられる疾患はどれか。
- a.緑内障
- b.片頭痛
- c.脳内出血
- d.緊張型頭痛
- e.慢性硬膜下血腫
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
光るギザギザの図形が視野に現れ、徐々に広がって暗点を伴い、しばらくして消えたあとに頭痛が始まる――この閃輝暗点が繰り返し同じ形で起こるのは、前兆のある片頭痛の典型像です。前兆は大脳皮質を波のように広がる皮質拡延性抑制によると考えられ、5分以上かけて進展し5〜60分で完全に回復するのが特徴です。急性閉塞隅角緑内障は虹視症や充血を伴い、脳内出血は視野が欠ける陰性症状が持続し、緊張型頭痛は前兆を欠き、慢性硬膜下血腫は亜急性に進行するため、いずれも本例の経過とは合いません。急性期にはNSAIDsやトリプタン、頻回例では予防薬を用い、同時に二次性頭痛の危険信号を見逃さないことが重要です。患者の言葉を「見え方・時間経過・順序」という医学的な特徴に翻訳する力は、文学作品に限らず日々の問診でも欠かせない技術です。
解答・解説
正解はbです
文章から読み取れる症状の整理
芥川龍之介の晩年の小説「歯車」には、作者自身の体験とされる視覚症状が描かれている。引用部分から症状を医学的に言い換えると次のようになる。 1. 視野の中に「絶えずまわっている半透明の歯車」が見える:実在しない光やギザギザの図形が見える陽性の視覚症状であり、きらきらと光るジグザグ模様(閃輝)を思わせる。 2. 「歯車は次第に数を殖やし,半ば僕の視野を塞いでしまう」:視覚異常が時間とともに広がり、その部分が見えにくくなる(暗点)。視野の一部から始まって徐々に拡大していく経過である。 3. 「長いことではない,暫らくの後には消え失せる」:症状は一過性で、完全に消える(可逆的)。 4. 「消え失せる代わりに今度は頭痛を感じはじめる」:視覚症状が消えた後に頭痛が始まる。すなわち視覚症状は頭痛の前触れ(前兆)である。 5. 「前にも何度か」「いつも同じことだった」:同じパターンの発作が繰り返し、しかも毎回ほぼ同じ経過をたどる(常同性)。
診断へのプロセス
徐々に拡大し、数十分以内に消える閃輝性の視覚症状(閃輝暗点)が頭痛に先行し、それが何度も同じ形で繰り返す、という組み合わせは、前兆のある片頭痛(かつては古典的片頭痛と呼ばれた)の典型像である。閃輝暗点は、大脳皮質(主に後頭葉の視覚野)で神経活動の興奮とそれに続く抑制がゆっくり波のように広がる現象(皮質拡延性抑制)によって生じると考えられており、そのため症状は「じわじわと広がって、やがて消える」という特徴的な時間経過をとる。 鑑別としては、頭痛と視覚症状を同時に起こしうる疾患(急性閉塞隅角緑内障、後頭葉の出血など)や、繰り返す頭痛を起こす疾患(緊張型頭痛)、亜急性の頭痛を起こす頭蓋内病変(慢性硬膜下血腫)が挙がる。しかし「一過性で完全に消える視覚症状が頭痛に先行し、同じ発作が何度も繰り返される」という特徴を説明できるのは片頭痛のみである。
選択肢考察
- ×a. 緑内障
緑内障は視神経が障害されて視野が徐々に欠けていく疾患で、多くを占める開放隅角緑内障(正常眼圧緑内障を含む)は自覚症状に乏しく慢性に進行し、頭痛発作を繰り返すことはない。頭痛を伴うのは急性閉塞隅角緑内障の発作で、急激な眼圧上昇による眼痛・頭痛、結膜充血、角膜浮腫による霧視、電灯の周りに虹が見える虹視症、悪心・嘔吐をきたす。しかしその視覚異常は回転する歯車のような閃輝ではなく、また視覚症状が消えてから頭痛が始まるという順序にもならない。したがって本例には合致しない。
- ○b. 片頭痛
徐々に数を増やして視野の一部を覆い、しばらくすると消える光る図形は閃輝暗点であり、片頭痛の視覚性前兆として最も典型的なものである。国際頭痛分類第3版(ICHD-3)では、前兆は5分以上かけて徐々に進展し、個々の症状は5〜60分持続し、前兆に伴うか前兆発現後60分以内に頭痛が起こるとされる。本例の「暫らくの後に消え、代わりに頭痛が始まる」「同じ発作を何度も経験している」という経過はこれに一致し、前兆のある片頭痛(古典的片頭痛)と考えられる。
- ×c. 脳内出血
脳内出血は突然発症し、出血部位に応じた神経症状が持続・進行する。後頭葉の皮質下出血であれば同名半盲などの視野障害と頭痛を起こしうるが、これは視野が欠ける陰性症状であり、回転する図形が見える陽性症状ではない。また症状が短時間で完全に消え、同じ発作を何度も繰り返すという経過は脳出血では説明できない。
- ×d. 緊張型頭痛
緊張型頭痛は最も頻度の高い一次性頭痛で、両側性の圧迫感・締め付け感を特徴とする軽度〜中等度の頭痛である。持続は30分〜7日と幅広く、日常動作で増悪せず、悪心・嘔吐を伴わない。光過敏・音過敏はあってもどちらか一方までである。閃輝暗点のような前兆は伴わないため、本例とは合致しない。
- ×e. 慢性硬膜下血腫
慢性硬膜下血腫は高齢男性や飲酒者に多く、軽微な頭部外傷の数週間〜数か月後に、硬膜下に徐々に貯留した血腫によって頭痛、認知機能の低下(もの忘れ、意欲低下)、片麻痺、歩行障害などが亜急性に進行する疾患である。症状は持続的・進行性であり、一過性の視覚性前兆に続いて頭痛が起こる発作を繰り返すという経過は示さない。
片頭痛の概要
片頭痛は、若年〜中年の女性に多い一次性頭痛(ほかの病気が原因ではない頭痛)で、家族歴を認めることが多い。頭痛は片側性のことが多く(両側性のこともある)、拍動性で、中等度〜重度の強さをもち、階段昇降などの日常的な動作で悪化する。発作中は悪心・嘔吐、光過敏、音過敏を伴いやすく、患者は暗く静かな部屋で横になることを好む。1回の発作は治療しない場合4〜72時間続く。
前兆
片頭痛の一部(おおむね2〜3割)は前兆を伴う。前兆のうち最も多いのは視覚性前兆で、視野の中心付近にキラキラ光るジグザグの線(閃輝)が現れ、その内側が見えにくくなる暗点を伴いながら、周辺に向かって徐々に広がっていく。これを閃輝暗点と呼ぶ。そのほか、片側の手や顔のしびれ(感覚性前兆)や、言葉が出にくい(言語性前兆)ものもある。前兆は完全に回復する可逆的な症状である点が重要である。
病態
前兆は、大脳皮質で神経細胞の興奮とそれに続く活動の抑制が毎分数mm程度のゆっくりした速度で広がる皮質拡延性抑制によると考えられている。頭痛そのものは、三叉神経終末から放出されるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)などの物質による硬膜血管周囲の神経原性炎症と血管拡張が関与するとされる(三叉神経血管説)。
誘因
ストレスやストレスからの解放(週末の頭痛)、睡眠不足や寝すぎ、月経、空腹、天候の変化、アルコール(特に赤ワイン)、チョコレートやチーズなどの食品が誘因となりうる。
治療
急性期治療:軽症〜中等症ではアセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、中等症以上ではトリプタン(セロトニン5-HT1B/1D受容体作動薬)を用いる。トリプタンは頭痛が始まってから早めに服用すると効果が高い。近年は5-HT1F受容体作動薬(ラスミジタン)も使用可能となった。悪心・嘔吐には制吐薬(メトクロプラミドなど)を併用する。 予防治療:発作が頻回な場合に、ロメリジン(Ca拮抗薬)、β遮断薬(プロプラノロール)、抗てんかん薬(バルプロ酸)、抗うつ薬(アミトリプチリン)などを用いる。近年は抗CGRP抗体製剤なども使われるようになった。
頭痛の鑑別の考え方
一次性頭痛(片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛など)と、ほかの病気が原因の二次性頭痛(くも膜下出血、脳出血、髄膜炎、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫、急性閉塞隅角緑内障など)を区別することが最も大切である。突然の激しい頭痛、今まで経験したことのない頭痛、進行性に悪化する頭痛、発熱や神経脱落症状を伴う頭痛などは二次性頭痛を疑う危険信号である。本例のように、同じパターンの発作が長年繰り返されていることは一次性頭痛を示唆する所見である。
POINT
・閃輝暗点(光るギザギザの図形が徐々に広がり、視野の一部が見えにくくなる)が頭痛に先行すれば、前兆のある片頭痛(古典的片頭痛)を考える。 ・前兆は5分以上かけて徐々に広がり、5〜60分で完全に消え、その後60分以内に頭痛が起こるのが典型である。 ・片頭痛の頭痛:片側性・拍動性・中等度以上・体動で増悪、悪心・嘔吐、光過敏・音過敏を伴い、4〜72時間持続する。 ・緊張型頭痛:両側性の締め付け感、体動で増悪しない、前兆なし。 ・一過性で完全に回復し、同じ形で繰り返す症状は、脳出血や慢性硬膜下血腫などの器質的疾患よりも一次性頭痛を示唆する。
