見た目は普通、血液は語る―神経性大食症と嘔吐が生む代謝性アルカローシス
第104回医師国家試験 D問題 第19問
国試問題にチャレンジ
神経性大食症〈過食症〉について正しいのはどれか。
- a.体重は標準を超える。
- b.無月経を伴うことが多い。
- c.過食はしても絶食はしない。
- d.近年,神経性食思〈欲〉不振症よりも発生頻度が低い。
- e.電解質異常と代謝性アルカローシスとをしばしば伴う。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
神経性大食症は、むちゃ食いと、自己誘発性嘔吐・下剤や利尿薬の乱用・絶食・過剰運動といった代償行動を繰り返す摂食障害で、体重はおおむね正常範囲に保たれることが多い点が神経性やせ症や過食性障害との違いです。無月経は低体重を伴う神経性やせ症で多くみられ、頻度はむしろ神経性大食症のほうが高いとされます。繰り返す嘔吐で胃液のH⁺とCl⁻が失われ、低Cl血症・低K血症・代謝性アルカローシスを来すことが最も重要な検査所見であり、低K血症は致死的不整脈の原因にもなります。Russell徴候、唾液腺腫脹とアミラーゼ上昇、歯の酸蝕などの身体所見も診断の手がかりです。外見から気づかれにくい病態だからこそ、酸塩基平衡の生理と身体所見を結びつけて理解しておくことが、臨床での早期発見と安全な管理につながります。
解答・解説
正解はeです
神経性大食症(bulimia nervosa、神経性過食症)は、神経性やせ症(神経性食思不振症、anorexia nervosa)と並ぶ代表的な摂食障害である。本問では、その体重・身体症状・行動・疫学・検査所見の特徴を問うている。 神経性大食症の中核は次の3点である(DSM-5〈米国精神医学会の診断基準、第5版〉の考え方)。 ①むちゃ食い(過食エピソード)の反復:短時間に明らかに大量の食物を食べ、その間は食べることを抑えられないという制御不能感を伴う。 ②体重増加を防ぐための不適切な代償行動の反復:自己誘発性嘔吐、下剤・利尿薬の乱用、絶食、過剰な運動など。 ③自己評価が体型や体重に過度に影響されている。 ①と②が平均して週1回以上、3か月以上続き、神経性やせ症の経過中にのみ起こるものではないことが条件となる。 代償行動があるため、体重は多くの場合正常範囲内(ときにやや過体重)にとどまり、神経性やせ症のような著しいやせはない。そのため外見からは気づかれにくい。一方、自己誘発性嘔吐を繰り返すと、胃液(塩酸)の喪失によって低Cl血症・低K血症と代謝性アルカローシスを生じる。これは神経性大食症で最も重要な検査所見であり、正解はeである。
選択肢考察
- ×a. 体重は標準を超える。
神経性大食症では、過食の後に自己誘発性嘔吐や下剤乱用、絶食などの代償行動で体重増加を打ち消そうとするため、体重はおおむね正常範囲内にあることが多い。過体重の例もあるが、「標準を超える」のが特徴とはいえない。代償行動を伴わずにむちゃ食いを繰り返し、肥満を来しやすいのは、別の病態である過食性障害(むちゃ食い障害、binge-eating disorder)である。なお、著しい低体重であれば神経性やせ症(過食・排出型)と診断される。
- ×b. 無月経を伴うことが多い。
無月経は、著しい低体重による視床下部性の性腺機能低下(ゴナドトロピン分泌低下)を来す神経性やせ症で高頻度にみられる所見である。神経性大食症は体重が正常範囲に保たれていることが多いため、月経不順を伴うことはあっても、無月経を伴うことは神経性やせ症ほど多くない。したがって誤りである。
- ×c. 過食はしても絶食はしない。
神経性大食症の代償行動には、自己誘発性嘔吐や下剤・利尿薬・浣腸の乱用といった排出行動だけでなく、絶食や過剰な運動も含まれる。過食の後に食事を抜いたり絶食したりし、その反動でまた過食するという悪循環を繰り返すことも多い。したがって「絶食はしない」は誤りである。
- ×d. 近年,神経性食思〈欲〉不振症よりも発生頻度が低い。
神経性大食症は神経性やせ症よりも頻度が高い。若年女性における有病率は、神経性大食症が1〜1.5%程度、神経性やせ症が0.4%程度とされる。いずれも若年女性に多いが、発症年齢は神経性やせ症が10歳代中心であるのに対し、神経性大食症はやや遅く、10歳代後半〜20歳代前半に多い。また、神経性やせ症から経過中に過食を伴うようになり、神経性大食症へ移行する例も少なくない。
- ○e. 電解質異常と代謝性アルカローシスとをしばしば伴う。
自己誘発性嘔吐を繰り返すと、胃液に含まれるH⁺とCl⁻が失われ、代謝性アルカローシスと低Cl血症を生じる。さらに、体液量の減少によってレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系が亢進し、腎での K⁺ 排泄が増える。アルカローシスそのものによる細胞内への K⁺ 移行と腎での K⁺ 喪失も加わり、低K血症を来す。利尿薬の乱用も同様に低K血症と代謝性アルカローシスの原因となる。低K血症は不整脈や筋力低下の原因となり、ときに致死的となるため重要である。なお、下剤乱用が主体の場合は、下痢による HCO₃⁻ 喪失で代謝性アシドーシスとなることがある。
摂食障害の比較
・神経性やせ症:体重増加への強い恐怖と、体型・体重についての認知の歪み(ボディイメージの障害)があり、著しい低体重を示す。摂食制限型と過食・排出型に分けられる。無月経、徐脈、低体温、低血圧、うぶ毛の増生、低栄養による検査異常(低血糖、肝酵素上昇、骨密度低下など)がみられる。摂食障害の中で死亡率が高い。 ・神経性大食症:むちゃ食いと代償行動を繰り返すが、体重はおおむね正常範囲。抑うつ、不安、自傷、アルコールや薬物の乱用を合併しやすい。むちゃ食いの後に強い自己嫌悪や抑うつを感じることが多く、隠れて過食・嘔吐を行うため周囲に気づかれにくい。 ・過食性障害:むちゃ食いを繰り返すが代償行動を伴わず、肥満になりやすい。 なお、DSM-IVでは神経性大食症を排出型(自己誘発性嘔吐、下剤・利尿薬の乱用)と非排出型(絶食、過剰な運動)に分けていたが、DSM-5ではこの下位分類は廃止され、代償行動の頻度によって重症度を評価する。
自己誘発性嘔吐に伴う身体所見
・吐きだこ(Russell徴候):嘔吐を誘発するために口に入れた手指の背(中手指節関節付近)が歯に当たってできる胼胝(たこ)。 ・唾液腺(特に耳下腺)の腫脹と、それに伴う血清アミラーゼ(唾液腺型)の上昇。 ・胃酸によるエナメル質の侵食(歯の酸蝕)、う歯。 ・逆流性食道炎、Mallory-Weiss症候群(嘔吐による食道胃接合部の裂創)。 ・低K血症、低Cl血症、代謝性アルカローシス、脱水。
治療
心理療法、特に認知行動療法が第一選択であり、食行動の記録や規則正しい食事の確立、体型・体重へのこだわりの修正を行う。抗うつ薬(SSRIなど)が過食・嘔吐の頻度を減らすことがある。電解質異常が高度な場合は補正を行う。
POINT
・神経性大食症=むちゃ食い+代償行動(嘔吐、下剤・利尿薬乱用、絶食、過剰運動)の反復。 ・体重はおおむね正常範囲(著しいやせなら神経性やせ症、代償行動なしで肥満なら過食性障害)。 ・無月経は神経性やせ症ほど多くない。 ・頻度は神経性やせ症より高い。 ・嘔吐→低K血症、低Cl血症、代謝性アルカローシス。唾液腺腫脹・アミラーゼ上昇、Russell徴候、歯の酸蝕。
