StudyMed医師国家試験

会話は聞こえるのに鳴りやまない耳―騒音性難聴が刻む「4,000Hzの谷」

第103回医師国家試験 I問題 第42問

国試問題にチャレンジ

第103回 I問題 第42問

35歳の男性。耳鳴りを主訴に来院した。ハンマーを用いて金属の打撃を行う騒音作業に10年以上従事している。会話聴取に問題はない。  障害されやすい周波数域はどれか。

  1. a.250Hz
  2. b.500Hz
  3. c.1,000Hz
  4. d.4,000Hz
  5. e.8,000Hz

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、長年の騒音作業と耳鳴りから、どの周波数の聴力が落ちやすいかを問う問題だ。着眼点は2つ。「どんな音にさらされてきたか」と「会話は普通に聞き取れている」という点だね。まず、この経過から何を考える?
医学生医学生
長期間の騒音曝露なので、騒音性難聴だと思います。職業性難聴として衛生学の講義でも出てきました。
ドクタードクター
その通り。騒音性難聴は、強い音を長く浴び続けることで内耳の蝸牛にある有毛細胞、特に外有毛細胞が傷んで起こる感音難聴だ。ふつうは両側性で、左右ほぼ対称に進む。では、どの周波数から落ちてくると思う?
医学生医学生
騒音で耳が傷むなら、会話音域の1,000Hzあたりがまず悪くなりそうな気がしますが……。
ドクタードクター
そう考える人は多いけれど、実はそこが落とし穴なんだ。騒音性難聴の最大の特徴は、初期に4,000Hz付近だけが選択的に低下すること。オージオグラムを描くと、4,000Hzのところだけ谷のようにくぼむ。これをc5-dipと呼ぶよ。c5は音名で、約4,096Hzの音に相当する。
医学生医学生
なぜ4,000Hzなんですか。騒音の音の高さと関係があるんでしょうか。
ドクタードクター
いくつか理由が考えられている。外耳道の共鳴で3,000〜4,000Hzの音が増幅されやすいこと、そしてこの周波数を担当する蝸牛の基底回転寄りの部位が音響エネルギーの影響を受けやすいことなどだ。騒音そのものの周波数に関わらず、同じ場所に谷ができやすいのがポイントだね。
医学生医学生
それで「会話聴取に問題はない」という記載が効いてくるわけですね。
ドクタードクター
まさに。人の会話の主な成分は500〜2,000Hz、いわゆる会話音域にある。4,000Hzはそこから外れているから、初期には本人は会話に困らず、耳鳴りで気づいたり、健康診断で初めて指摘されたりする。だから250Hzや500Hz、1,000Hzといった低〜中音域は、この段階では保たれていると考えるんだ。
医学生医学生
低音域が落ちる感音難聴というと、メニエール病の初期や急性低音障害型感音難聴でしたよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。250Hzのような低音域の障害は、内リンパ水腫を背景とするそれらの疾患が代表だ。騒音性難聴とはパターンがまったく違う。では8,000Hzはどうだろう。高音なら騒音でも落ちそうに見えない?
医学生医学生
正直、高い音ほど傷みやすいイメージがあって、8,000Hzと迷いました。
ドクタードクター
迷いやすいところだね。8,000Hzから落ちてくるのは、アミノグリコシド系抗菌薬やシスプラチンによる薬剤性難聴の初期が典型だ。加齢性難聴も高音ほど低下する漸傾型で、8,000Hzで目立つ。騒音性難聴では8,000Hzは4,000Hzより相対的に保たれて「谷」になる。この谷の形こそが鑑別の決め手なんだ。
医学生医学生
耳鼻科の臨床実習で聴力検査を見学したとき、高音が右肩下がりなら加齢、くぼみなら騒音、と教わったのを思い出しました。
ドクタードクター
いい整理だね。ただし騒音曝露が続けば、谷は前後に広がり、やがて2,000Hz、1,000Hzと会話音域にまで及んで、会話にも支障が出てくる。しかも有毛細胞の障害は不可逆で、有効な治療はない。曝露をやめれば進行は止まるけれど、元には戻らない。
医学生医学生
治せないとなると、予防が何より大事ということですね。
ドクタードクター
その通り。産業保健では、騒音源の遮音などの作業環境管理、耳栓やイヤーマフの使用などの作業管理、そして健康管理の3本柱で考える。騒音作業者の定期健診では1,000Hzと4,000Hzで選別聴力検査を行うのが基本だ。1,000Hzは会話音域の代表、4,000Hzは騒音性難聴を早期に捉えるための周波数というわけ。
医学生医学生
健診の検査周波数にもちゃんと意味があったんですね。爆発音などで一度に起こるものも同じですか。
ドクタードクター
一回の強大音で急に起こるものは音響外傷と呼ばれ、やはり4,000Hz付近を中心とした高音域の障害を示すことが多い。慢性・職業性に生じるのが騒音性難聴だ。この患者さんにも、耳鳴りを機に聴力検査で現状を確認し、聴覚保護具の徹底を指導することが大切だよ。

まとめ

騒音性難聴は、長期間の騒音曝露で蝸牛の有毛細胞が障害される両側性の感音難聴で、初期には4,000Hz付近だけが選択的に低下するc5-dipが特徴です。会話音域(500〜2,000Hz)は初期に保たれるため、会話には支障がなく耳鳴りや健診で気づかれることが多く、進行すると会話音域にも障害が広がります。低音障害型ならメニエール病や急性低音障害型感音難聴、8,000Hzからの低下なら薬剤性難聴、高音漸傾型なら加齢性難聴と、オージオグラムの形から鑑別を進められます。障害は不可逆であるため、聴覚保護具の使用や1,000Hz・4,000Hzでの定期健診による予防と早期発見が重要です。オージオグラムの「型」と疾患を結びつけて理解することは、聴覚障害の診療と産業保健の両方の基盤になります。

解答・解説

正解はdです

所見の整理

・35歳男性、主訴は耳鳴り。 ・ハンマーで金属を打つ強大な騒音にさらされる作業に10年以上従事している。 ・日常会話の聞き取りには支障がない。

診断の考え方

長期間の騒音曝露歴があり、耳鳴りを訴えていることから騒音性難聴(職業性難聴)を考える。騒音性難聴は、強い音による内耳蝸牛の有毛細胞(特に外有毛細胞)の障害で生じる感音難聴で、通常は両側性・左右ほぼ対称に進行する。 騒音性難聴の最大の特徴は、初期に4,000Hz付近の聴力だけが選択的に低下し、オージオグラム上でその周波数が谷のようにくぼむことである。この形を「c5-dip(シーファイブディップ)」と呼ぶ。c5とは音楽の音名で約4,096Hzに相当する音を指す。

なぜ会話は聞き取れるのか

人の会話音声の主な成分は500〜2,000Hz(会話音域)にある。初期の騒音性難聴で低下するのは会話音域から外れた4,000Hz付近のため、本人は会話に不自由を感じず、耳鳴りのみで気づかれたり、健康診断で初めて指摘されたりすることが多い。曝露が続くと障害は4,000Hzの前後、さらに会話音域の2,000Hz・1,000Hzへと広がり、会話の聞き取りにも支障が出てくる。 したがって、本例で障害されやすい周波数は4,000Hzである。

選択肢考察

  1. ×a.  250Hz

    低音域であり、騒音性難聴で早期に障害される周波数ではない。低音域が主に低下する感音難聴としては、急性低音障害型感音難聴や、初期のMénière病(メニエール病:内リンパ水腫によりめまい・難聴・耳鳴りを反復する疾患)が代表的である。

  2. ×b.  500Hz

    会話音域(500〜2,000Hz)に含まれる周波数である。騒音性難聴の初期にはこの帯域は保たれるため、本例のように会話聴取に問題がないことと合致する。本例で障害されやすい周波数ではない。

  3. ×c.  1,000Hz

    会話音域の中心付近にある周波数で、騒音性難聴では進行例になって初めて低下してくる。初期には保たれるため誤りである。なお、耳硬化症(アブミ骨の固着による伝音難聴)では骨導閾値が2,000Hz付近で低下するCarhart notch(カーハート・ノッチ)がみられるが、これは1,000Hzでも騒音性難聴の所見でもない。

  4. ○d.  4,000Hz

    騒音性難聴では、4,000Hz付近の聴力が最初に選択的に低下するc5-dipが特徴である。外耳道の共鳴で3,000〜4,000Hz付近の音が増幅されやすいこと、この周波数を担当する蝸牛の基底回転寄りの部位が音響エネルギーの影響を受けやすいことなどが理由と考えられている。会話音域から外れているため会話は聞き取れ、耳鳴りで気づかれるという本例の経過とも一致する。

  5. ×e.  8,000Hz

    8,000Hzは、アミノグリコシド系抗菌薬やシスプラチンなどによる薬剤性(耳毒性)難聴の初期に低下しやすい周波数である。また加齢性難聴(老人性難聴)も高音域ほど低下する漸傾型を示し、8,000Hzで障害が目立つ。騒音性難聴では4,000Hzに比べて8,000Hzは相対的に保たれ、谷型(dip)となる点が鑑別のポイントである。

騒音性難聴の概要

・長期間の騒音曝露による内耳性(感音)難聴で、両側性にほぼ対称に生じる。一般に等価騒音レベル85dB(A)程度以上の騒音への長期曝露で発症リスクが高まるとされる。 ・初期は4,000Hz付近のみが低下するc5-dipを示し、自覚症状は耳鳴りや耳閉感程度である。進行すると高音域全体、さらに会話音域へと障害が拡大する。 ・有毛細胞の障害は不可逆的であり、有効な治療法はない。曝露をやめれば進行は止まるが、回復はしない。したがって予防が最も重要である。

関連:音響外傷との違い

爆発音やコンサートなどの一回の強大音で生じる急性の感音難聴は音響外傷(急性音響性難聴)と呼ばれ、こちらも4,000Hz付近を中心とする高音域の障害を示すことが多い。慢性・職業性に生じるものが騒音性難聴である。

職場での予防(産業保健)

・作業環境管理:騒音源の遮音・防振、作業場の騒音測定。 ・作業管理:耳栓・イヤーマフなど聴覚保護具の使用、曝露時間の短縮。 ・健康管理:騒音作業従事者には雇入れ時・配置替え時と定期(6か月以内ごとに1回)の健康診断が行われ、1,000Hzと4,000Hzのオージオメータによる選別聴力検査が基本となる。1,000Hzは会話音域の代表、4,000Hzは騒音性難聴を早期に捉えるための周波数である。

オージオグラムの型と代表疾患

・4,000Hzの谷型(c5-dip):騒音性難聴、音響外傷 ・高音漸傾型:加齢性難聴 ・8,000Hzから始まる高音障害:薬剤性(耳毒性)難聴の初期 ・低音障害型:急性低音障害型感音難聴、Ménière病初期 ・2,000Hzの骨導低下(Carhart notch)を伴う伝音難聴:耳硬化症

POINT

・騒音性難聴=4,000Hzの選択的低下(c5-dip)を示す両側性感音難聴。 ・会話音域(500〜2,000Hz)は初期には保たれるため、会話聴取に支障がなく、耳鳴りで気づかれる。 ・不可逆性であり、聴覚保護具などによる予防と定期健診(1,000Hz・4,000Hz)が重要。 ・8,000Hzから低下→薬剤性難聴の初期、高音漸傾型→加齢性難聴、低音障害→Ménière病・急性低音障害型感音難聴。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。