術後1日目、ふくらはぎの痛みは警報―産褥DVTをまず「目で見て」確かめる
第103回医師国家試験 I問題 第4問
国試問題にチャレンジ
帝王切開後1日の褥婦が左下肢の腓腹部疼痛と下腿浮腫とを訴えている。 まず行うのはどれか。
- a.心電図
- b.血球検査
- c.動脈血ガス分析
- d.下肢静脈超音波検査
- e.胸部エックス線撮影
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
帝王切開後の褥婦に片側下肢の腓腹部痛と浮腫がみられたら、深部静脈血栓症をまず疑います。妊娠・産褥による凝固能亢進、手術による血管内皮障害、術後臥床による血流うっ滞とVirchowの三徴がそろい、左総腸骨静脈の圧迫により左下肢に多いのが特徴です。最初に行うべきは、非侵襲的で被曝がなくベッドサイドで実施できる下肢静脈超音波検査で、圧迫法とカラードプラ法により血栓の有無・部位・範囲を評価します。心電図・動脈血ガス分析・胸部エックス線撮影は肺血栓塞栓症を疑う胸部症状があるときの評価に用い、Dダイマーは産褥期や術後には上昇しやすく診断的価値が低くなります。予防と早期発見、特に初回歩行時の肺塞栓への警戒が、産科診療における安全管理の要となります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・帝王切開術後1日目の褥婦(産褥期の女性) ・片側(左)の下肢に限局した腓腹部(ふくらはぎ)の疼痛 ・同側の下腿浮腫 呼吸困難、胸痛、頻脈、血圧低下など肺塞栓を示す症状の記載はない。
診断へのプロセス
片側下肢の疼痛と腫脹は、深部静脈血栓症(DVT:deep vein thrombosis)の典型的な症状である。本例は次のように血栓症の危険因子を多く備えている。 ・妊娠・産褥期:妊娠中は凝固因子(フィブリノゲン、第Ⅷ因子など)が増加し、線溶系は抑制されて、血液が固まりやすい状態にある。この状態は分娩後もしばらく続く。 ・帝王切開術:手術による組織損傷(凝固系の活性化)、骨盤内操作による静脈壁の損傷、術後の安静臥床による血流のうっ滞が加わる。 これらはVirchowの三徴(血流のうっ滞、血管内皮の障害、血液凝固能の亢進)すべてに当てはまる。さらに左下肢に多いのは、左総腸骨静脈が右総腸骨動脈と椎体の間に挟まれて圧迫されやすい解剖学的特徴による。 片側の下肢痛・浮腫の鑑別としては蜂窩織炎、筋肉内血腫、Baker嚢腫の破裂などもあるが、術後1日目の褥婦であればまずDVTを疑うべきである。
まず行う検査の考え方
DVTを疑ったら、下肢静脈の血栓の有無を直接確かめる検査を行う。第一選択は下肢静脈超音波検査である。非侵襲的でベッドサイドで施行でき、放射線被曝がなく授乳中でも問題なく、血栓の存在部位や範囲まで評価できる。 DVTの最大の危険は、血栓が遊離して肺動脈を閉塞する肺血栓塞栓症(PTE)である。DVTと確定すれば直ちに抗凝固療法を開始し、PTEの症状がみられる場合には、心電図、動脈血ガス分析、胸部エックス線撮影、造影CTなどでPTEの評価を行う。
選択肢考察
- ×a. 心電図
心電図は、肺血栓塞栓症を合併したときに右心負荷所見(洞性頻脈、SⅠQⅢTⅢパターン、右脚ブロック、右側胸部誘導の陰性T波など)をみるため、あるいは急性冠症候群などとの鑑別に用いる。また心房細動を検索する意義があるのは心原性の動脈塞栓症(脳塞栓など)を疑う場合である。胸部症状のない下肢DVT疑いの段階で、まず行う検査ではない。
- ×b. 血球検査
血球計算(CBC)でヘモグロビン値やヘマトクリット値から血液濃縮の有無、血小板数(ヘパリン使用時のヘパリン起因性血小板減少症の監視など)を確認することはあるが、血栓の存在を診断することはできない。なお、血栓の存在を示す血液検査としてはDダイマー(フィブリン分解産物)があるが、妊娠中・産褥期や術後はもともと上昇しているため、この時期には陽性でも診断的価値が低い。いずれにしてもまず行う検査ではない。
- ×c. 動脈血ガス分析
動脈血ガス分析は、肺血栓塞栓症による低酸素血症と、過換気による低二酸化炭素血症(呼吸性アルカローシス)、開大したA-aDO2(肺胞気-動脈血酸素分圧較差)を評価するのに用いる。本例は呼吸器症状がなく、下肢の症状のみであるため、DVTの診断には役立たない。呼吸困難や酸素飽和度の低下など、PTEを疑う所見が出現した場合に行う。
- ○d. 下肢静脈超音波検査
DVTを疑ったときに最初に行うべき画像検査である。Bモード法で、プローブで静脈を圧迫しても内腔がつぶれない(圧迫法で非圧縮性)ことや内腔の血栓エコーを確認し、カラードプラ法で血流の途絶を評価する。非侵襲的でベッドサイドで施行でき、放射線被曝もないため、術後の褥婦に適している。血栓の部位(膝窩静脈より中枢の近位型か、下腿の遠位型か)や範囲、浮遊血栓の有無も評価でき、治療方針の決定に直結する。
- ×e. 胸部エックス線撮影
胸部エックス線撮影は、肺血栓塞栓症を疑う場合に、他の呼吸器疾患(肺炎、気胸、心不全など)との鑑別目的で行う。PTEでは正常のことも多く、肺動脈の拡張や末梢血管影の減少(Westermark徴候)などがみられることがある。下肢DVTの診断はできず、胸部症状のない現段階でまず行う検査ではない。
静脈血栓塞栓症(VTE)
深部静脈血栓症(DVT)と肺血栓塞栓症(PTE)は一連の病態であり、あわせて静脈血栓塞栓症(VTE)と呼ぶ。PTEの塞栓源の大部分は下肢・骨盤内の深部静脈血栓である。
DVTの症状・身体所見
・片側下肢の腫脹、疼痛、熱感、発赤、表在静脈の怒張 ・Homans徴候:足関節を背屈させると腓腹部に痛みが生じる(特異度は低い) ・無症状のことも少なくない
産科領域でのVTEの危険因子
・妊娠・産褥(凝固能亢進、増大した子宮による下大静脈・骨盤静脈の圧迫) ・帝王切開(経腟分娩よりリスクが高い)、特に緊急帝王切開 ・高年齢、肥満、多胎、妊娠高血圧症候群、長期安静臥床 ・血栓症の既往・家族歴、血栓性素因(アンチトロンビン欠乏症、プロテインC・S欠乏症、抗リン脂質抗体症候群など)
発症時期と注意点
術後の血栓症は、術後24時間以降から離床・歩行開始後1~2日頃に症状が出やすい。PTEは、初回の歩行、排便・排尿、ベッドからの起き上がりなど、下肢の静脈血流が急に増える動作をきっかけに起こることが多い。
予防
・早期離床と下肢の運動 ・弾性ストッキングの着用 ・間欠的空気圧迫法(IPC) ・リスクが高い場合は抗凝固薬(未分画ヘパリンや低分子量ヘパリン)の予防投与 帝王切開は、ほかの危険因子がなくても予防が必要な対象とされ、危険因子を多く持つ褥婦ではより積極的な予防を行う。
治療
抗凝固療法が基本であり、ヘパリンで開始する。ヘパリンは母乳中にほとんど移行しないため、授乳中も使用できる。ワルファリンも授乳中の使用は可能である(妊娠中は催奇形性があり原則禁忌)。
POINT
・術後・産褥期の片側下肢の腫脹・疼痛はDVTを疑う。 ・Virchowの三徴:血流うっ滞、血管内皮障害、凝固能亢進。妊娠・産褥・帝王切開はすべてを満たす。 ・DVTが疑われたら、まず下肢静脈超音波検査(圧迫法・カラードプラ法)で血栓を確認する。 ・Dダイマーは妊娠・産褥・術後では上昇しやすく、除外診断に使いにくい。 ・心電図、動脈血ガス分析、胸部エックス線撮影はPTEを疑ったときの評価に用いる。 ・術後の初回歩行・排便時などはPTE発症に要注意。
