「覚えていない」はどこから来る?―健忘の3つのルートと、させられ体験の居場所
第103回医師国家試験 G問題 第69問
国試問題にチャレンジ
記憶障害を認めないのはどれか。
- a.脳振盪
- b.全般発作
- c.もうろう状態
- d.アルコール離脱
- e.Korsakoff症候群
- f.解離性同一性障害
- g.させられ〈作為〉体験
- h.複雑部分発作〈精神運動発作〉
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
健忘は、意識障害に伴うもの(脳振盪、全般発作、焦点意識減損発作、もうろう状態、アルコール離脱せん妄など)、乳頭体・視床背内側核・海馬などの器質的障害によるもの(Korsakoff症候群など)、心因性の解離によるもの(解離性同一性障害など)の3つのルートで整理できます。させられ〈作為〉体験は統合失調症にみられる自我意識(能動性)の障害で、Schneiderの一級症状に含まれますが、意識は清明で記憶の過程は保たれるため記憶障害を伴いません。同じ飲酒関連でも、離脱せん妄は意識障害、Korsakoff症候群は器質性健忘と機序が異なる点に注意が必要です。「記憶には清明な意識が前提」という視点をもつと、精神症状と健忘の関係を体系的に理解でき、臨床での鑑別にも役立ちます。
解答・解説
正解はgです
本問は、記憶障害(健忘)がどのような病態で生じるかを整理できているかを問う問題である。
記憶障害が生じる主な仕組み
記憶が成立するには、情報を取り込む(記銘)、保つ(保持)、取り出す(想起)という過程が必要であり、その前提として意識が清明であることが欠かせない。したがって、健忘は大きく次のような状況で生じる。 1. 意識障害を伴う状態:意識が曇っている間の出来事は記銘されにくく、回復後に「その間のことを覚えていない」という健忘を残す。脳振盪、てんかん発作(全般発作、複雑部分発作)、もうろう状態、せん妄(アルコール離脱せん妄を含む)がこれにあたる。 2. 記憶にかかわる脳部位の器質的障害:乳頭体・視床背内側核・海馬などの障害で、意識は清明なのに新しいことを覚えられない。Korsakoff症候群が代表である。 3. 心因性(解離性)の機序:心理的な衝撃から自己を守る反応として、特定の期間や自分自身に関する記憶が失われる。解離性健忘や解離性同一性障害でみられる。
考え方
各選択肢が上記1〜3のどれかに当てはまるかを確認すればよい。させられ〈作為〉体験は、自分の思考や行動が他者に操られていると感じる自我意識の障害であり、意識は清明で記憶の過程そのものは保たれている。したがって、記憶障害を認めないのはgである。
選択肢考察
- ×a. 脳振盪
脳振盪は頭部外傷の直後に一過性の脳機能障害をきたす状態で、画像上は明らかな器質的損傷を認めないことが多い。短時間の意識消失や意識の混濁を伴い、受傷前後の出来事を思い出せない健忘がよくみられる。受傷時点より前にさかのぼって記憶が失われる逆行性健忘と、受傷後しばらくの出来事を覚えていない外傷後健忘(前向性健忘)の両方が生じうる。したがって記憶障害を認める。
- ×b. 全般発作
全般発作は、発作の始まりから両側の大脳半球が同時に巻き込まれるてんかん発作であり、強直間代発作や欠神発作などが含まれる。多くは発作の開始時点から意識が失われるため、発作中の出来事は記憶に残らない。強直間代発作の後には意識の混濁した状態がしばらく続き、この間も健忘となる。したがって記憶障害を認める。
- ×c. もうろう状態
もうろう状態は意識変容(意識の質的な変化を伴う意識障害)の一型で、意識の範囲が狭まり、限られた対象にしか注意が向かなくなった状態である。一見まとまった行動をとることもあるが、周囲を十分に把握できていない。てんかん発作の後、頭部外傷、病的酩酊、解離などで生じる。意識障害が背景にあるため、回復後にはその間の出来事についての健忘を残す。したがって記憶障害を認める。
- ×d. アルコール離脱
長期大量飲酒者が飲酒を中断または減量すると、自律神経症状(発汗、頻脈)、手指振戦、不眠、けいれん発作などの離脱症状が出現する。重症例では断酒後およそ2〜4日目ごろに振戦せん妄(幻視、精神運動興奮、著明な振戦、自律神経症状を伴うせん妄)が起こる。せん妄は意識障害であり、その期間の出来事は回復後に想起できない。したがって記憶障害を認める。
- ×e. Korsakoff症候群
Korsakoff症候群は、主にビタミンB1(チアミン)欠乏によって乳頭体や視床背内側核などが障害されて生じる健忘症候群で、慢性アルコール依存症に多い。意識は清明であるにもかかわらず、新しいことを覚えられない前向性健忘(記銘力障害)が中核で、発症前の記憶が失われる逆行性健忘も伴う。そのほか、時間や場所がわからない見当識障害、記憶の欠落を作り話で埋める作話がみられる。典型的な記憶障害の疾患である。
- ×f. 解離性同一性障害
解離性同一性障害は、一人の中に複数の異なる人格状態(交代人格)が存在し、それらが交代して行動を支配する病態で、幼少期の反復的な心的外傷との関連が指摘されている。ある人格が表に出ている間の出来事を別の人格が覚えていないといった健忘が特徴的で、日常の出来事や重要な個人的情報を思い出せない記憶の欠落は診断上の重要な要素である。したがって(心因性の)記憶障害を認める。
- ○g. させられ〈作為〉体験
させられ〈作為〉体験は、自分の考えや感情、行動が外部の何者かによって操られている、させられていると体験するもので、自分の精神活動が自分に属するという感覚(能動性の意識)が損なわれた自我意識の障害に分類される。統合失調症に特徴的な症状であり、Schneiderの一級症状にも含まれる。意識は清明に保たれ、記銘・保持・想起といった記憶の過程も障害されないため、記憶障害は伴わない。したがって本問の正解である。
- ×h. 複雑部分発作〈精神運動発作〉
複雑部分発作は、脳の一部から始まり意識減損を伴う焦点発作で、現在の国際抗てんかん連盟(ILAE)分類では「焦点意識減損発作」と呼ばれる。側頭葉てんかんに多く、動作が止まって一点を凝視した後、口をもぐもぐさせる、舌なめずりをする、衣服をまさぐるといった自動症がみられる。発作の前兆として、上腹部の不快感や、初めての場面をすでに経験したように感じる既視感(デジャヴ)が出現することがある。発作中は意識が減損しているため、発作中の出来事は記憶に残らない。したがって記憶障害を認める。
健忘の分類
・前向性健忘:発症(受傷)時点以降の新しい出来事を覚えられない。記銘の障害が中心である。 ・逆行性健忘:発症時点より前の出来事を思い出せない。発症に近い時期ほど失われやすい。 ・全健忘と部分健忘:ある期間の記憶がすべて失われるものを全健忘、断片的に残るものを部分健忘という。
健忘をきたす主な病態
・意識障害に伴うもの:脳振盪、てんかん発作(全般発作、焦点意識減損発作)、もうろう状態、せん妄(アルコール離脱せん妄など) ・器質性健忘症候群:Korsakoff症候群、ヘルペス脳炎など両側海馬を障害する疾患、Alzheimer型認知症 ・一過性全健忘:中高年に突然生じる数時間程度の前向性健忘で、意識は保たれ、通常24時間以内に回復する。 ・心因性(解離性)健忘:解離性健忘、解離性同一性障害
自我意識の障害
自我意識とは、自分の精神活動が自分のものであり(能動性)、自分は一人であり(単一性)、過去から現在まで同じ自分である(同一性)、自分と外界は区別される(境界性)という意識である。させられ体験や思考吹入・思考奪取・思考伝播は、主に能動性や境界性の障害として統合失調症でみられる。これらは意識が清明な状態で起こり、記憶の障害とは別の次元の症状である。
Schneiderの一級症状
考想化声、話しかけと応答の形の幻聴、自分の行為を批評する幻聴、身体への被影響体験、思考奪取やその他の思考への干渉、考想伝播、妄想知覚、感情・衝動・意志の領域におけるさせられ体験がある。統合失調症の診断に参考となる症状として知られる。
POINT
・健忘は、意識障害に伴うもの(脳振盪、てんかん発作、もうろう状態、せん妄)、器質性の健忘症候群(Korsakoff症候群など)、心因性の解離(解離性健忘、解離性同一性障害)で生じる。 ・させられ〈作為〉体験は統合失調症にみられる自我意識の障害であり、意識清明下で起こり記憶障害は伴わない。 ・Korsakoff症候群の特徴は、前向性健忘、逆行性健忘、見当識障害、作話である。 ・複雑部分発作(焦点意識減損発作)は側頭葉てんかんに多く、自動症と発作中の健忘を伴う。
