StudyMed医師国家試験

胃全摘から10か月、膨らむお腹の正体―スキルス胃癌が残した「播種」という爪痕

第103回医師国家試験 D問題 第50問

国試問題にチャレンジ

第103回 D問題 第50問

42歳の女性。腹部膨満感を主訴に来院した。10か月前に胃全摘術を受けた。皮膚はやや乾燥し蒼白である。腹部は全体に膨隆し,上腹部正中に手術瘢痕を認める。10か月前に摘出された胃の標本の肉眼像(A),H-E染色標本(B)及び今回来院時の腹部単純CT(C)を別に示す。  考えられるのはどれか。

第103回 D問題 第50問の問題画像
  1. a.虚血性大腸炎
  2. b.癌性腹膜炎
  3. c.後腹膜腫瘍
  4. d.消化管穿孔
  5. e.腹腔内膿瘍

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、胃癌術後の患者さんに出てきた腹部膨満の原因を考える問題だ。ポイントは3つの画像を一つの物語としてつなげること。摘出した胃がどんなタイプの癌だったのか、そしてそのタイプの癌が術後にどんな形で再発しやすいのか、という視点で見ていこう。まず摘出標本の肉眼像はどう見えたかな。
医学生医学生
はっきりした潰瘍や盛り上がった腫瘤がなくて、胃壁全体が分厚く硬そうに見えました。ひだも太くなっています。
ドクタードクター
いい観察だね。周堤をもつ腫瘤を作らず、胃壁の中をびまん性に染み込むように広がるのが4型、いわゆるスキルス胃癌だ。線維化を伴って胃全体が革袋のように硬くなるので、linitis plasticaとも呼ばれる。では組織像はどうだろう。
医学生医学生
H-E染色では、細胞質に粘液がたまって核が端に押しやられた細胞がばらばらに散らばっていました。病理実習で見た印環細胞癌にそっくりです。
ドクタードクター
その通り。印環細胞癌は腺管を作らず、一つひとつの細胞が周囲へ浸み込むように広がる。スキルス胃癌は若い人、特に女性に比較的多く、こうした未分化型の組織型をとることが多いんだ。この性質が今回の答えに直結する。
医学生医学生
ばらばらに広がるということは、胃壁を突き抜けてお腹の中に散らばりやすい、ということでしょうか。
ドクタードクター
まさにそこ。漿膜を越えた癌細胞が腹腔内に種をまくように広がるのが腹膜播種で、スキルス胃癌の最も代表的な再発形式だ。では今回のCTを解釈してみよう。
医学生医学生
骨盤を中心にお腹の中が低吸収域で満たされていて、腸管がその中に浮いているように見えました。大量の腹水ですよね。
ドクタードクター
正解。さらに骨盤内の腹側に比較的大きな充実性の腫瘤もある。これは播種結節か、卵巣への転移であるKrukenberg腫瘍の可能性がある。画像だけでどちらかは断定できないけれど、どちらにせよ腹膜への再発を示す所見だ。皮膚が蒼白で乾燥しているのも、栄養状態の悪化や貧血を反映していると考えられる。
医学生医学生
スキルス胃癌の術後に、腹部膨満と大量腹水。癌性腹膜炎ですね。
ドクタードクター
その通り。腹膜に癌細胞が広がると、腹膜からの滲出が増えるうえにリンパの流れが障害されて腹水がたまる。確定診断は腹水を穿刺して細胞診で癌細胞を証明することだ。では他の選択肢も確認しておこう。消化管穿孔はどうかな。
医学生医学生
消化器外科の実習で、穿孔の患者さんは板状硬で痛がっていました。CTでもfree airが決め手だと教わりました。
ドクタードクター
そうだね。突然の激痛と腹膜刺激症状、CTでの腹腔内遊離ガスが特徴だ。今回は腹痛の訴えもfree airもないから考えにくい。腹腔内膿瘍はどうだろう。
医学生医学生
術後の合併症としてはありそうですが、10か月も経ってからというのは遅い気がします。
ドクタードクター
鋭いね。膿瘍は縫合不全などに続いて術後早期に起こりやすく、発熱や局所の圧痛、炎症反応の上昇を伴う。CTでは造影で縁が増強される壁に囲まれた限局性の液体貯留として見え、ガスを含むこともある。今回のように腹腔全体に広がる腹水とは違う。
医学生医学生
虚血性大腸炎は、高齢の便秘がちな人が急に左下腹部痛を起こして血便が出る病気でしたよね。
ドクタードクター
その通り。CTでは下行結腸からS状結腸に区域性の壁肥厚が見えるのが典型で、今回の症状や画像とは合わない。後腹膜腫瘍は脂肪肉腫などが腹膜の後ろから腸管や大血管を押しのけるように発育するもので、主所見が腹腔内の大量腹水である今回とは合わないし、胃癌術後という経過からも考える根拠がない。
医学生医学生
原発巣の組織型から再発形式を予測して、画像で裏付ける、という流れなんですね。
ドクタードクター
そう、それが大事な考え方だ。発展知識として、胃癌の転移の名前もまとめておこう。卵巣転移はKrukenberg腫瘍、Douglas窩の播種結節を直腸指診で触れるのがSchnitzler転移、左鎖骨上窩リンパ節転移がVirchow転移、臍への転移がSister Mary Joseph結節だ。CBTでも国試でも頻出だね。
医学生医学生
癌性腹膜炎になったら、治療はどうするんですか。
ドクタードクター
全身化学療法が中心になる。腹水による苦痛には穿刺排液や、腹水を濾過濃縮して静脈に戻すCARTといった対症療法を組み合わせる。臨床で注意したいのは、癌性腹膜炎では腸管の癒着や狭窄で腸閉塞を起こしやすく、尿管が巻き込まれて水腎症になることもある点だ。術後のフォローで嘔吐や便通の変化、腎機能の悪化が出てきたら、腹膜再発を念頭に置いてほしい。

まとめ

胃壁がびまん性に厚く硬くなる4型(スキルス)胃癌は、組織学的に印環細胞癌などの未分化型が多く、若年女性に比較的多くみられ、腹膜播種を起こしやすいのが特徴です。そのため術後に腹部膨満が出現し、CTで大量の腹水を認めれば、腹膜再発による癌性腹膜炎を第一に考え、腹水細胞診で確定します。消化管穿孔はfree air、腹腔内膿瘍は発熱と被膜を伴う限局性液体貯留、虚血性大腸炎は腹痛と血便で鑑別できます。Krukenberg腫瘍、Schnitzler転移、Virchow転移など胃癌の転移形式の名称もあわせて押さえておきましょう。原発巣の肉眼型と組織型から再発形式を予測する視点は、術後フォローで再発を早く見抜くための土台になります。

解答・解説

正解はbです

所見の整理

・42歳の比較的若い女性。主訴は腹部膨満感で、腹痛・発熱・血便などの記載はない。 ・10か月前に胃全摘術を受けている。 ・皮膚の乾燥・蒼白:貧血や栄養状態の悪化(悪液質の始まり)を示唆する。 ・腹部は全体に膨隆している:腹水や腸管拡張など、腹部全体に及ぶ病態を示す。 ・摘出胃の肉眼像(A):胃壁が全体に厚く硬くなったような印象で、ひだ(皺襞)が太く走り、はっきりした周堤をもつ腫瘤を形成していない。胃壁内をびまん性に浸潤して広がる4型(びまん浸潤型、いわゆるスキルス胃癌)を示唆する。 ・H-E染色標本(B):細胞質に粘液をため、核が辺縁に押しやられた印環細胞が多数、腺管を作らずにばらばらに浸潤している。印環細胞癌である。 ・腹部単純CT(C):骨盤腔を中心に大量の低吸収域(腹水)が広がり、その中に腸管が浮いている。さらに骨盤内の腹側に、比較的大きな充実性腫瘤を認める。消化管外の遊離ガス(free air)や、被膜を伴う液体貯留(膿瘍)は認めない。

診断へのプロセス

若年女性の4型・印環細胞癌の胃癌は、腹膜播種を起こしやすい代表的な胃癌である。術後10か月で腹部膨満が出現し、CTで大量の腹水を認めることから、胃癌の腹膜再発による癌性腹膜炎と診断できる。骨盤内の腫瘤は、腹膜播種の結節あるいは卵巣転移(Krukenberg腫瘍)の可能性がある。いずれにしても腹膜への転移再発を示す所見であり、診断は変わらない。 症状が膨満感のみで、激しい腹痛・発熱・血便などを欠く点も、虚血性大腸炎、消化管穿孔、腹腔内膿瘍などの急性腹症を否定する根拠となる。

選択肢考察

  1. ×a.  虚血性大腸炎

    虚血性大腸炎は、主に高齢者や便秘傾向の人に、突然の左下腹部痛に続いて下痢・鮮血便が出るのが典型である。好発部位は下行結腸からS状結腸で、CTでは腸管壁の区域性の浮腫状肥厚がみられる。本例には腹痛や血便がなく、CTの主所見は大量の腹水であり、合致しない。

  2. ○b.  癌性腹膜炎

    胃全摘の標本が4型胃癌・印環細胞癌を示し、術後10か月で腹部膨満と大量の腹水が出現していることから、腹膜播種による再発、すなわち癌性腹膜炎と考えられる。癌細胞が腹膜に広がると、腹膜からの滲出増加とリンパ流の障害により腹水がたまる。骨盤内の腫瘤も播種結節や卵巣転移として説明できる。確定には腹水穿刺による細胞診で癌細胞を証明する。

  3. ×c.  後腹膜腫瘍

    後腹膜腫瘍(脂肪肉腫、平滑筋肉腫、神経原性腫瘍など)は、腹膜の後ろ側に発生し、腸管や大血管を前方・側方へ押しやる形で発育する。本例のCTの腫瘤は骨盤内の腹側、腹腔内にあり、主所見は腹腔内の大量腹水である。胃癌術後という経過からも、後腹膜原発の腫瘍を考える根拠はない。

  4. ×d.  消化管穿孔

    消化管穿孔では、突然の激しい腹痛と腹膜刺激症状(筋性防御、反跳痛)が出現し、CTでは腹腔内の遊離ガス(free air)が特徴的である。本例は腹痛の訴えがなく、CTにもfree airを認めないため、考えにくい。

  5. ×e.  腹腔内膿瘍

    腹腔内膿瘍は、術後の縫合不全や穿孔などに続発し、発熱、局所の圧痛、白血球増多やCRP上昇を伴う。CTでは被膜(造影で縁が増強される壁)に囲まれた限局性の液体貯留として描出され、内部にガスを含むこともある。本例には発熱や圧痛の記載がなく、CTも腹腔全体に広がる腹水であって、限局した膿瘍の像ではない。また術後10か月という時期も術後膿瘍としては遅い。

4型胃癌(スキルス胃癌)

・肉眼型分類(胃癌取扱い規約)の4型=びまん浸潤型。明らかな潰瘍や周堤を作らず、胃壁内を広範に浸潤し、線維化を伴って胃壁が硬く厚くなる(革袋状胃〈linitis plastica〉)。 ・組織型は低分化腺癌や印環細胞癌などの未分化型が多い。 ・若年者、特に女性に比較的多い。 ・粘膜表面の変化が乏しいため早期発見が難しく、診断時にすでに腹膜播種を伴うことが多く、予後不良である。

印環細胞癌

細胞質内に多量の粘液をもち、核が細胞の辺縁に圧排されて指輪(印環)のように見える腺癌。腺管形成が乏しく、周囲へばらばらに浸潤する性質があり、腹膜播種を起こしやすい。

胃癌の主な転移形式と名称

・腹膜播種:癌性腹膜炎、Douglas窩への転移(直腸指診で触れる結節はSchnitzler転移と呼ばれる)。 ・卵巣転移:Krukenberg腫瘍(印環細胞癌の転移が典型)。 ・リンパ行性:左鎖骨上窩リンパ節転移(Virchow転移)。 ・血行性:肝転移が多い。 ・臍への転移:Sister Mary Joseph結節。

癌性腹膜炎

・症状:腹部膨満、食欲不振、悪心・嘔吐、体重減少。腸管の癒着や狭窄により腸閉塞をきたすことも多い。尿管の圧排による水腎症もみられる。 ・診断:CT(腹水、腹膜の肥厚・結節、大網のケーキ状肥厚〈omental cake〉)、腹水細胞診。 ・治療:全身化学療法が中心。腹水に対しては穿刺排液、腹水濾過濃縮再静注法(CART)などの対症療法を行う。

POINT

・若年女性の4型(スキルス)胃癌・印環細胞癌は腹膜播種をきたしやすい。 ・胃癌術後に腹部膨満+大量腹水 → 腹膜再発による癌性腹膜炎を考える。確定は腹水細胞診。 ・胃癌の転移名:Krukenberg腫瘍(卵巣)、Schnitzler転移(Douglas窩)、Virchow転移(左鎖骨上窩リンパ節)。 ・消化管穿孔はfree air、腹腔内膿瘍は発熱と被膜を伴う限局性液体貯留、虚血性大腸炎は腹痛と血便で鑑別する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。