50年越しの置き土産―視力を奪う術後性篩骨洞囊胞と鼻内からの減圧
第103回医師国家試験 D問題 第49問
国試問題にチャレンジ
74歳の女性。左眼の視力低下を主訴に来院した。1週前から左眼奥の鈍痛があった。悪心と嘔吐とはない。意識は清明。鼻閉,鼻漏および頬部の腫脹や疼痛はない。約50年前に副鼻腔炎に対する手術を受けた既往がある。副鼻腔単純CT(A)と頭部単純MRIのT1強調像(B)とを別に示す。 対応として適切なのはどれか。

- a.経過観察
- b.抗菌薬投与
- c.上顎洞穿刺
- d.眼窩減圧術
- e.鼻内篩骨洞手術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
副鼻腔手術から数十年後に片眼の視力低下や眼窩深部痛が出現した場合は、術後性副鼻腔囊胞による視神経圧迫(鼻性視神経症)を疑います。CTでは骨壁を膨張性に圧排する境界明瞭な病変、MRIのT1強調像ではタンパク濃度の高い内容液を反映した高信号を示し、後部篩骨洞や蝶形骨洞の病変は薄い骨壁を隔てて接する視神経管に影響しやすいのが特徴です。囊胞は自然消退せず抗菌薬でも縮小しないため、内視鏡下鼻内手術で囊胞を開放して速やかに減圧することが標準的な対応であり、視力予後は減圧までの時間に左右されます。眼窩減圧術は甲状腺眼症などに対する手術で、原因が副鼻腔にある場合の適応にはなりません。眼症状の背景に鼻の病変が隠れていることを知っておくことは、診療科の垣根を越えた鑑別の視点を養ううえで重要です。
解答・解説
正解はeです
所見の整理
・74歳女性。左眼の視力低下が主訴で、1週前から左眼の奥に鈍い痛みが続いている。 ・悪心・嘔吐はなく意識清明で、頭蓋内圧亢進や急性緑内障発作を思わせる所見はない。 ・鼻閉、鼻漏、頬部の腫脹・疼痛はなく、急性副鼻腔炎の症状は乏しい。 ・約50年前に副鼻腔炎の手術(当時一般的だった上顎洞根本術などの鼻外・経上顎洞的手術と考えられる)を受けている。 ・副鼻腔単純CT(A):左後部篩骨洞に、境界明瞭な類円形の軟部濃度病変が膨張性に存在し、周囲の骨壁を圧排している。 ・頭部単純MRI T1強調像(B):同じ左後部篩骨洞の病変が均一な高信号を示し、すぐ外側を走る左視神経(視神経管部)に接して圧排している。
診断へのプロセス
副鼻腔手術から長い年月を経て、術後の瘢痕で閉鎖された腔に分泌物がたまり、ゆっくり膨らんでくる病変が術後性副鼻腔囊胞である。内容液は粘稠でタンパク濃度が高いため、MRIのT1強調像で高信号を呈しやすく、本例の画像所見と合致する。病変は後部篩骨洞にあり、後部篩骨洞や蝶形骨洞は視神経管と薄い骨壁一枚で接しているため、囊胞の膨張で視神経が圧迫されると視力低下・視野障害をきたす。以上から、術後性(後部)篩骨洞囊胞による視神経の圧迫(鼻性視神経症)と診断する。眼窩奥の鈍痛も囊胞の膨張・圧迫によると考えられる。
対応の考え方
視神経の圧迫が続くと、視神経の萎縮により視力が回復しなくなるため、できるだけ早く囊胞を開放して減圧する必要がある。囊胞は薬で縮小することはなく、根本的治療は手術である。現在は内視鏡下に鼻内から篩骨洞に到達し、囊胞壁を大きく開窓して鼻腔と交通させる(開放・排膿する)内視鏡下鼻内副鼻腔手術が標準である。
選択肢考察
- ×a. 経過観察
術後性囊胞は自然に縮小することはなく、分泌物の貯留により増大していく。すでに視神経の圧迫による視力低下が生じており、放置すれば視神経萎縮に至り視力が不可逆的に失われる。速やかな減圧が必要であり、経過観察は不適切である。
- ×b. 抗菌薬投与
本例は発熱や鼻漏などの感染徴候に乏しく、病態の本質は細菌感染ではなく、閉鎖腔にたまった内容液による物理的な圧迫である。囊胞内に感染(膿囊胞)を合併した場合には抗菌薬を併用することはあるが、それだけでは囊胞は消失せず視神経の圧迫は解除されない。根本治療にはならない。
- ×c. 上顎洞穿刺
上顎洞穿刺は、下鼻道から上顎洞に針を刺して洞内を洗浄・排液する手技である。本例の病変は後部篩骨洞にあり、上顎洞を穿刺しても到達できない。また穿刺による一時的な排液では、閉鎖腔が残るため再貯留する。
- ×d. 眼窩減圧術
眼窩減圧術は、眼窩の骨壁や脂肪を除去して眼窩内の容積を増やす手術で、甲状腺眼症(バセドウ病眼症)で外眼筋や眼窩脂肪が腫大し視神経が圧迫される場合(圧迫性視神経症)や高度の眼球突出に対して行われる。本例の原因は眼窩内ではなく篩骨洞の囊胞であり、原因病変を処理しなければ圧迫は解除されない。
- ○e. 鼻内篩骨洞手術
原因である後部篩骨洞の術後性囊胞に対し、鼻腔から内視鏡下に篩骨洞へ到達して囊胞壁を大きく開窓し、内容液を排出して鼻腔と交通させる。これにより視神経の圧迫が速やかに解除され、早期であれば視力の回復が期待できる。顔面に切開を加えない低侵襲な方法で、現在の術後性囊胞に対する標準的な治療である。視力障害を伴う場合はできるだけ早期に行う。
術後性副鼻腔囊胞
・副鼻腔炎に対する手術(特にかつて広く行われた上顎洞根本術〈Caldwell-Luc手術〉など)の後、10〜20年以上経過してから発生する。術後の瘢痕や骨の再生によって一部が閉鎖腔となり、そこに粘液が貯留して徐々に膨張する。 ・わが国では術後性上顎囊胞が最も多く、頬部の腫脹・疼痛、歯痛、眼球の偏位・複視などで発症する。前頭洞・篩骨洞では眼球突出や眼球偏位、後部篩骨洞・蝶形骨洞では視力障害や眼窩深部痛をきたしやすい。 ・画像:CTでは骨壁の菲薄化・膨張性変化を伴う境界明瞭な軟部濃度病変。MRIでは内容液のタンパク濃度や粘稠度によって信号が変わり、T1強調像で高信号を示すことも多い。 ・治療:内視鏡下鼻内手術による開窓(鼻腔との交通路の作成)が標準。
鼻性視神経症
・後部篩骨洞や蝶形骨洞の病変(囊胞、副鼻腔炎、真菌症、腫瘍など)が隣接する視神経に及び、視力低下・視野欠損を起こす病態。 ・後部篩骨蜂巣が視神経管周囲まで大きく発達したものをOnodi(オノディ)蜂巣と呼び、この部位の病変は視神経障害を起こしやすい。 ・炎症の波及によるものは球後視神経炎の形をとることもあるが、囊胞による場合は主に機械的な圧迫が原因である。 ・視力予後は発症から減圧までの時間に左右されるため、緊急手術の適応となる。
副鼻腔炎の主な眼窩・頭蓋内合併症
眼窩蜂巣炎(蜂窩織炎)、眼窩骨膜下膿瘍、視神経障害、海綿静脈洞血栓症、髄膜炎、硬膜外・硬膜下膿瘍、脳膿瘍など。
POINT
・副鼻腔手術の既往+数十年後の眼症状・頬部腫脹 → 術後性副鼻腔囊胞を疑う。 ・後部篩骨洞・蝶形骨洞は視神経管に接しており、囊胞で視神経が圧迫されると視力低下をきたす(鼻性視神経症)。 ・MRI T1強調像で高信号を示す囊胞は、タンパク濃度の高い内容液を反映する。 ・治療は内視鏡下鼻内手術による囊胞の開放。視力障害があれば早急に行う。 ・眼窩減圧術は甲状腺眼症などに行う手術であり、副鼻腔病変には適応しない。
