産後に乳が出ない、月経が戻らない―Sheehan症候群をホルモン1つずつで読み解く
第103回医師国家試験 D問題 第17問
国試問題にチャレンジ
Sheehan症候群でみられるのはどれか。3つ選べ。
- a.低血糖
- b.高血圧
- c.無月経
- d.乳汁分泌
- e.陰毛の脱落
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
Sheehan症候群は、分娩時の大量出血やショックにより、妊娠で腫大し虚血に弱くなった下垂体前葉が壊死して起こる下垂体前葉機能低下症で、後葉は障害されにくく尿崩症はまれです。ACTH欠乏による低血糖・低血圧・低Na血症、ゴナドトロピン欠乏による無月経、副腎と卵巣由来のアンドロゲン低下による腋毛・陰毛の脱落が特徴で、プロラクチン欠乏のため産後の乳汁分泌はむしろ欠如します。高血圧や乳汁分泌はそれぞれ逆の病態でみられる所見です。治療はホルモン補充で、副腎皮質ホルモンを甲状腺ホルモンより先に開始することが副腎クリーゼ予防の鉄則です。前葉ホルモンが一つずつ欠けた場合の症状を整理しておくことは、下垂体疾患全般の理解と見逃し防止に直結します。
解答・解説
正解はa, c, eです
Sheehan症候群は、分娩時の大量出血やショックによって下垂体前葉が虚血性に壊死し、下垂体前葉機能低下症をきたす病態である。妊娠中の下垂体前葉は、主にプロラクチン産生細胞が増えるため生理的に腫大し、酸素需要が高くなっている。一方、前葉は下垂体門脈系を介した低い圧の血流に依存している。そのため、出血で血圧が大きく下がると虚血に陥りやすい。後葉は動脈から直接血液を受けるので障害されにくく、尿崩症の合併はまれである。 本問では「前葉ホルモンがそれぞれ欠乏すると何が起こるか」を一つずつ当てはめて考えればよい。 ・副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)欠乏 → 続発性副腎皮質機能低下:低血糖、低血圧、低Na血症、全身倦怠感、食欲不振 ・性腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン:LH・FSH)欠乏 → 無月経、性器萎縮、性欲低下。副腎と卵巣からのアンドロゲンが減ることで、腋毛・陰毛が脱落する ・プロラクチン欠乏 → 産後に乳汁が出ない(乳汁分泌不全) ・甲状腺刺激ホルモン(TSH)欠乏 → 続発性甲状腺機能低下:寒がり、易疲労感、徐脈 ・成長ホルモン(GH)欠乏 → 成人では体脂肪の増加、筋力低下、生活の質(QOL)の低下など 典型例は「分娩時に大量出血した後、産後に乳汁が出ず、月経も再開しない」という経過で気づかれる。数年たってから、倦怠感や低血糖、腋毛・陰毛の脱落などで見つかることも多い。
選択肢考察
- ○a. 低血糖
ACTHが欠乏すると副腎皮質からのコルチゾール分泌が低下する。コルチゾールは肝臓での糖新生を促し、インスリンの作用に拮抗して血糖を保つホルモンである。したがって、欠乏すると空腹時や感染などのストレス時に低血糖をきたしやすい。GHにも血糖を上げる作用があり、その欠乏も低血糖を助長する。
- ×b. 高血圧
Sheehan症候群ではコルチゾール欠乏により血管がカテコラミンに反応しにくくなり、循環血漿量も保ちにくくなるため、むしろ低血圧になりやすい。なお、下垂体性(続発性)の副腎皮質機能低下では、アルドステロン分泌はレニン-アンジオテンシン系で調節されるので比較的保たれる。このため、原発性副腎皮質機能低下症(Addison病)ほど高K血症や脱水は目立たない。いずれにしても高血圧はみられない。
- ○c. 無月経
LH・FSHの分泌が低下すると、卵巣で卵胞が発育せず排卵も起こらなくなり、エストロゲンが低下して無月経となる(続発性無月経)。産後に月経が再開しないことは、本症を疑う代表的なきっかけである。エストロゲン低下に伴い、性器の萎縮、乳房の萎縮、性欲低下、長期的には骨粗鬆症もみられる。
- ×d. 乳汁分泌
乳汁の産生を促すプロラクチンは下垂体前葉から分泌されるため、Sheehan症候群ではプロラクチンが欠乏し、産後に乳汁が出ない(乳汁分泌不全)。乳汁分泌がみられるのは、プロラクチン産生下垂体腺腫や薬剤による高プロラクチン血症など、プロラクチンが過剰な状態であり、本症とは逆の病態である。
- ○e. 陰毛の脱落
女性の腋毛・陰毛の維持には、副腎皮質(ACTHの支配下)と卵巣(LHの支配下)から分泌されるアンドロゲンが関わっている。Sheehan症候群ではACTHとゴナドトロピンの両方が欠乏しやすく、アンドロゲンが大きく減るため、腋毛・陰毛が脱落する。下垂体前葉機能低下症に特徴的な身体所見である。
下垂体前葉ホルモンの障害されやすい順
下垂体前葉機能低下症では、一般にGH→ゴナドトロピン(LH・FSH)→TSH→ACTHの順に障害されやすいとされる。GHとゴナドトロピンは早くから低下しやすく、ACTHは比較的遅くまで保たれることが多い。ただしSheehan症候群では、プロラクチン欠乏による乳汁分泌不全が最初の徴候として目立つ。
診断
・病歴:分娩時の大量出血・ショック ・内分泌検査:前葉ホルモン(ACTH、TSH、LH・FSH、GH、プロラクチン)と、それぞれの標的ホルモン(コルチゾール、遊離T4、エストラジオール、IGF-Iなど)がともに低値となる。下垂体への刺激試験(CRH、TRH、LH-RH、GHRP-2などの負荷試験)で反応が低下する。 ・画像:急性期には下垂体の腫大がみられることがあり、慢性期には下垂体が萎縮し、トルコ鞍の中が脳脊髄液で満たされたように見える(empty sella)。
治療と注意点
不足しているホルモンを補充する。副腎皮質ホルモン(ヒドロコルチゾン)、甲状腺ホルモン(レボチロキシン)、女性ホルモン(エストロゲン・プロゲスチン)を用い、必要に応じてGHも補充する。副腎皮質機能低下と甲状腺機能低下を合併している場合は、必ず副腎皮質ホルモンを先に補充する。甲状腺ホルモンを先に投与すると、代謝が高まりコルチゾールの需要が増えるため、副腎クリーゼを誘発するおそれがある。感染や手術などのストレス時には、副腎皮質ホルモンを増量する(シックデイ対応)。
POINT
・Sheehan症候群=分娩時の大量出血・ショックによる下垂体前葉の虚血性壊死で起こる下垂体前葉機能低下症。後葉は障害されにくい。 ・ACTH欠乏:低血糖・低血圧・低Na血症・倦怠感 ・ゴナドトロピン欠乏:無月経・性器萎縮。副腎・卵巣由来のアンドロゲンが減り、腋毛・陰毛が脱落する ・プロラクチン欠乏:産後に乳汁が出ない(乳汁分泌がみられるのではない) ・高血圧は起こらない(むしろ低血圧) ・治療はホルモン補充。副腎皮質ホルモンを甲状腺ホルモンより先に補充する
