真ん中が白くない赤血球―脾臓で壊される遺伝性球状赤血球症と脾摘の意味
第103回医師国家試験 B問題 第9問
国試問題にチャレンジ
乳児期から貧血を呈する9歳男児の末梢血塗抹May-Giemsa染色標本を別に示す。 治療として適切なのはどれか。

- a.脾摘
- b.骨髄移植
- c.鉄剤投与
- d.葉酸投与
- e.副腎皮質ステロイド投与
対話形式の解説
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ドクターまとめ
乳児期から続く貧血で、末梢血に中央淡明部を欠く小型濃染の球状赤血球が多数みられれば、遺伝性球状赤血球症を考えます。赤血球膜の裏打ち蛋白の異常で変形能が低下した赤血球が脾臓で捕捉・破壊される血管外溶血が本態であり、中等症以上では脾摘により溶血が減って貧血・黄疸が改善します。鉄剤は鉄欠乏がないため無効、葉酸は補助療法にとどまり、ステロイドはCoombs陽性の自己免疫性溶血性貧血の治療、骨髄移植は造血不全などが対象です。脾摘は原則6歳以降に、術前ワクチン接種を行ったうえで実施し、術後は生涯にわたるOPSIのリスクに注意します。「溶血がどこで起きるか」から治療を導く考え方は、溶血性貧血全般を理解するうえでの基本になります。
解答・解説
正解はaです
所見の整理
・乳児期から続く貧血: 生まれつきの(先天性の)貧血をまず考える。 ・末梢血塗抹標本(May-Giemsa染色): 中央の淡明部(central pallor)を欠き、正常赤血球より小さく濃染する円形の赤血球、すなわち球状赤血球が多数みられる。
診断へのプロセス
乳児期発症の慢性貧血で球状赤血球が目立つことから、遺伝性球状赤血球症(HS: hereditary spherocytosis)と診断できる。HSは赤血球膜の裏打ち構造を作る蛋白(アンキリン、バンド3、スペクトリン、プロテイン4.2など)の遺伝子異常により膜が不安定となり、膜が少しずつ失われて赤血球が球状化する疾患である。球状赤血球は変形能が低く、脾臓の狭い血管網(脾索)を通り抜けられずに捕捉・破壊される(血管外溶血)。わが国の先天性溶血性貧血で最も多い。 球状赤血球は自己免疫性溶血性貧血(AIHA)でもみられるため鑑別が必要であるが、乳児期からの経過、家族歴(多くは常染色体顕性遺伝)、直接Coombs試験陰性、赤血球浸透圧抵抗試験での抵抗減弱(脆弱性亢進)、平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)の高値などからHSと判断する。
治療の考え方
HSの溶血の場は脾臓であるため、脾臓を摘出すれば赤血球膜の異常そのものは残るものの、赤血球の破壊が大きく減り、貧血・黄疸は改善する。したがって、治療として適切なのは脾摘である。脾摘後は重症感染症のリスクが高まるため、小児では原則として6歳以降まで待つことが推奨されており、本例の9歳という年齢は手術を考慮できる時期にあたる。
選択肢考察
- ○a. 脾摘
HSの赤血球は主に脾臓で捕捉・破壊されるため、脾摘により溶血が大幅に減少し、赤血球寿命が正常(約120日)近くまで延びて貧血・黄疸が改善する。胆石形成の予防にもつながる。膜の異常自体は治らないため、脾摘後も球状赤血球は末梢血に残る。脾摘後は莢膜をもつ細菌(肺炎球菌など)による脾摘後重症感染症(OPSI)の危険があるため、中等症〜重症例に適応を絞り、可能なら6歳以降に行い、術前に肺炎球菌・インフルエンザ菌b型・髄膜炎菌のワクチンを接種する。本例は乳児期から貧血が続く9歳児であり、脾摘が適切な治療である。正しい。
- ×b. 骨髄移植
骨髄移植(造血幹細胞移植)は、再生不良性貧血、白血病、重症の先天性免疫不全症、サラセミア重症型などで造血そのものを入れ替える必要がある場合に行われる。移植には移植片対宿主病(GVHD)や感染症による治療関連死の危険が伴う。HSは骨髄の造血能は保たれており、脾摘で貧血を十分にコントロールできるため、移植の適応とはならない。誤り。
- ×c. 鉄剤投与
鉄剤は鉄欠乏性貧血の治療薬である。HSでは溶血で壊れた赤血球の鉄は体内で再利用されるため鉄欠乏にはならず、むしろ慢性溶血や輸血に伴い鉄過剰に傾くことがある。鉄欠乏性貧血は小球性低色素性で、塗抹標本では中央淡明部の拡大した赤血球がみられ、本例の像とは異なる。鉄剤は無効であり、不要な投与は鉄過剰を助長する。誤り。
- ×d. 葉酸投与
葉酸投与は葉酸欠乏による巨赤芽球性貧血の治療である。HSのような慢性溶血性貧血では、赤血球の産生が亢進して葉酸の需要が増えるため、葉酸欠乏から巨赤芽球性発作(貧血の急な悪化)を起こすのを防ぐ目的で葉酸を補充することはある。しかしこれはあくまで補助的な対策であり、溶血そのものを抑える効果はなく、HSの貧血を改善させる治療にはならない。本問で問われている治療として適切なものではない。誤り。
- ×e. 副腎皮質ステロイド投与
副腎皮質ステロイドは、赤血球に対する自己抗体が原因となる温式自己抗体による自己免疫性溶血性貧血(AIHA)の第一選択薬である。AIHAでも球状赤血球が出現するが、直接Coombs試験が陽性となる点でHSと区別できる。HSは赤血球膜蛋白の遺伝子異常による疾患で、免疫の関与はない(Coombs試験陰性)ため、ステロイドは無効である。誤り。
遺伝性球状赤血球症(HS)の要点
・遺伝形式: 多くは常染色体顕性(優性)遺伝で、家族歴があることが多い。家族歴のない例(新生突然変異や潜性遺伝)もある。 ・原因: 赤血球膜の裏打ち蛋白(アンキリン、バンド3、スペクトリン、プロテイン4.2)の異常。 ・症状: 貧血、黄疸、脾腫が三徴。新生児期に高ビリルビン血症として気づかれることもある。 ・合併症: ビリルビン胆石(小児でも起こりうる)。ヒトパルボウイルスB19感染による無形成発作(赤血球産生が一時的に止まり急激に貧血が進む)。
検査所見
・正球性〜やや小球性の貧血、MCHC高値 ・網赤血球増加(骨髄が代償的に赤血球を多く作る) ・溶血所見: 間接ビリルビン上昇、LD上昇、ハプトグロビン低下 ・赤血球浸透圧抵抗試験で抵抗減弱(低張液で溶血しやすい) ・直接Coombs試験陰性 ・EMA結合能試験(フローサイトメトリーで膜蛋白バンド3の量を評価)で低下
治療
・軽症例: 経過観察。慢性溶血に対して葉酸補充を行うことがある。 ・中等症〜重症例: 脾摘(部分脾摘が選ばれることもある)。胆石があれば胆嚢摘出を同時に検討する。 ・無形成発作時: 必要に応じて赤血球輸血。
脾摘前後の注意
脾臓は莢膜をもつ細菌を処理する重要な臓器である。脾摘後は肺炎球菌、インフルエンザ菌b型、髄膜炎菌などによる重症敗血症(OPSI)のリスクが生涯続くため、術前のワクチン接種、小児では術後の予防的抗菌薬投与、発熱時の早期受診の指導が必要である。
POINT
・乳児期からの貧血+球状赤血球(中央淡明部を欠く小型濃染赤血球)→遺伝性球状赤血球症(HS) ・HSの溶血の場は脾臓→治療は脾摘(中等症以上、原則6歳以降、術前にワクチン接種) ・脾摘後も球状赤血球は残るが、貧血・黄疸は改善する ・鑑別: AIHAも球状赤血球を示すが直接Coombs試験陽性で、治療はステロイド ・HSの検査: 浸透圧抵抗減弱、MCHC高値、網赤血球増加、Coombs陰性、EMA結合能低下 ・合併症: ビリルビン胆石、パルボウイルスB19による無形成発作
