StudyMed医師国家試験

苦しいのに酸素は足りている―口論のあとの呼吸困難と手のこわばりの正体

第103回医師国家試験 A問題 第48問

国試問題にチャレンジ

第103回 A問題 第48問

14歳の女子。呼吸困難のため搬入された。母親と口論した後に胸内苦悶を訴え,次第に呼吸が荒くなった。不安様顔貌を示している。両手足のしびれを訴え,両手の手指は硬直している。  この患者でみられるのはどれか。

  1. a.パルスオキシメトリは血液酸素飽和度の低下を示す。
  2. b.血液生化学所見はLD〈LDH〉高値を示す。
  3. c.血液ガス分析はアルカローシスを示す。
  4. d.胸部エックス線写真は肺の過膨張を示す。
  5. e.心エコー図は右心負荷を示す。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、心理的なきっかけで起きた呼吸困難から病態を見抜き、そこで「どんな検査所見が出るか」を予想する問題だ。カギになるのは、発症の状況と、手足のしびれ・手指の硬直という一見呼吸と関係なさそうな症状。これらを一本の病態でつなげられるかどうかがポイントだよ。
医学生医学生
母親との口論のあとに呼吸が荒くなって、手足がしびれている……過換気症候群でしょうか。
ドクタードクター
いい読みだね。若い女性、心理的ストレスを契機にした急性発症、頻呼吸、そしてテタニー。この組み合わせがそろえば過換気症候群がもっとも考えやすい。ただ救急の現場では、喘息発作、気胸、肺血栓塞栓症、心疾患といった器質的な疾患をまず頭に置いたうえで、最終的にそう判断するという順番が大切なんだ。
医学生医学生
手のしびれや硬直はどうして起きるんですか。呼吸の病気なのに手に症状が出るのが不思議でした。
ドクタードクター
そこを病態生理でつなげよう。必要以上に呼吸すると二酸化炭素が吐き出されすぎて、動脈血二酸化炭素分圧が下がる。すると血液がアルカリ側に傾く、つまり呼吸性アルカローシスになる。アルカローシスではアルブミンにカルシウムがくっつきやすくなり、生理作用を持つイオン化カルシウムが減る。その結果、神経や筋の興奮性が高まってしびれやテタニーが起きるんだ。
医学生医学生
生理学の酸塩基平衡の講義で、総カルシウムは変わらないのにイオン化カルシウムだけ下がる、と習ったのはこれですね。
ドクタードクター
その通り。手指の硬直は、指を伸ばしたまま先をすぼめる助産師手位として見られることが多い。それから低二酸化炭素血症は脳血管を収縮させるので、めまいや意識が遠のく感じも出やすい。ということで、正解は血液ガス分析でアルカローシスを示す、だ。二酸化炭素分圧が下がってpHが上がる。急な経過なので腎臓による代償はまだ十分に働かず、重炭酸イオンの低下はわずかにとどまる。
医学生医学生
でも、あれだけ苦しそうなら酸素飽和度も下がっていそうな気がします。
ドクタードクター
そう思ってしまうのが自然だけど、ここが大事な落とし穴だ。過換気症候群では肺そのものは正常で、むしろたくさん換気しているから動脈血酸素分圧は正常か高めになる。パルスオキシメトリの値は正常範囲から上限近くで、下がらない。強い呼吸困難を訴えているのに酸素飽和度が保たれていることは、過換気症候群を疑う手がかりになるんだ。
医学生医学生
逆に飽和度が下がっていたら、別の病気を考え直さないといけないということですね。
ドクタードクター
まさに。肺血栓塞栓症や気胸、喘息発作などを見直す必要がある。次にLD高値はどうかな。
医学生医学生
LDは細胞が壊れると上がる酵素なので、組織障害がない過換気症候群では上がらないと思います。
ドクタードクター
正解。心筋梗塞、肝障害、溶血、悪性腫瘍などで上がるけれど、過換気症候群は機能的な病態だから上昇しない。胸部エックス線写真の肺の過膨張はどうだろう。
医学生医学生
呼吸器内科の実習で、喘息やCOPDの写真で横隔膜が平坦になっているのを見ました。空気が出ていかない病気の所見ですよね。
ドクタードクター
よく覚えているね。気道閉塞で空気がとらえ込まれるときの所見で、気道狭窄のない過換気症候群では写真は正常だ。胸部写真はむしろ気胸や肺炎を除外する目的で撮ることが多い。最後に心エコーの右心負荷は?
医学生医学生
右心室の拡大や心室中隔の扁平化は肺血栓塞栓症で見られる所見なので、これも違いますね。
ドクタードクター
そう。肺血栓塞栓症も急な呼吸困難と頻呼吸で来るから重要な鑑別だけど、その場合は通常低酸素血症を伴う。過換気症候群では心臓にも肺循環にも器質的な異常はない。つまりこの病態で異常が出るのは、過換気そのものを映す血液ガスだけ、という整理になる。
医学生医学生
治療は紙袋を口に当てるペーパーバッグ法でしょうか。ドラマでよく見ます。
ドクタードクター
かつては広く行われていたけれど、低酸素血症を招く危険や、実は器質的疾患による過換気だった場合に悪化させるおそれがあるため、現在は推奨されていない。まず「命に関わるものではない」と説明して安心させ、吐く息を長めにしてゆっくり呼吸するよう促す。不安が強ければベンゾジアゼピン系の抗不安薬を使うこともある。発作のあと一時的に呼吸が浅く遅くなることがあるので、観察も必要だ。
医学生医学生
精神科の実習で、パニック症の患者さんが過換気発作を繰り返していると聞きました。
ドクタードクター
大事な視点だね。過換気症候群はパニック症や不安障害の一症状として出ることもある。繰り返す場合は、その場の対処だけでなく背景の不安やストレス要因に対する精神医学的なアプローチが必要になる。それから、糖尿病ケトアシドーシスのような代謝性アシドーシスに対する代償性の過換気や、サリチル酸中毒も鑑別に挙がる。血液ガスでアシドーシスかアルカローシスかを確かめることが、見落としを防ぐ近道だよ。

まとめ

心理的ストレスを契機に若年女性が急性の呼吸困難と手足のしびれ・手指の硬直を呈した場合は、過換気症候群を考えます。過剰な換気で二酸化炭素分圧が低下して呼吸性アルカローシスとなり、イオン化カルシウムの低下によってテタニーが生じます。肺や心臓に器質的異常はないため、酸素飽和度は保たれ、LD上昇、肺の過膨張、右心負荷といった所見は認めず、逆にこれらがあれば肺血栓塞栓症や喘息発作など別の疾患を疑い直す必要があります。治療は安心させて呼吸をゆっくり整えることが基本で、ペーパーバッグ法は現在推奨されず、繰り返す例では背景の不安障害への対応が重要です。症状と検査所見を病態生理で結びつける考え方は、救急で器質的疾患を見落とさないための基本になります。

解答・解説

正解はcです

所見の整理

・14歳の女子:思春期〜若年の女性は過換気症候群の好発層である。 ・母親との口論の直後に発症:明らかな心理的ストレス(心因)が誘因になっている。 ・胸内苦悶に続いて次第に呼吸が荒くなった:不安・興奮から呼吸が速く深くなり、過換気(必要以上の換気)に陥ったと読める。 ・不安様顔貌:強い不安状態を示す。 ・両手足のしびれ、手指の硬直:テタニー(手足のしびれ・筋のけいれん性硬直)であり、呼吸性アルカローシスの典型的な随伴症状である。手指の硬直は「助産師手位(手指を伸ばしたまま先端をすぼめた肢位)」として観察されることが多い。 ・発熱・外傷・既往疾患などの器質的疾患を示唆する記載はない。

診断へのプロセス

呼吸困難と胸部症状で搬入された場合、まず気管支喘息発作、気胸、肺血栓塞栓症、心疾患、大動脈解離といった器質的な救急疾患を念頭に置く必要がある。しかし本例は、若年女性、心理的ストレスを契機とした急性発症、頻呼吸、そしてテタニー症状という組み合わせがそろっており、過換気症候群(過呼吸症候群)が最も考えやすい。 過換気症候群では、器質的な異常がないにもかかわらず不安などをきっかけに換気量が過剰になる。二酸化炭素(CO2)が過剰に呼出されて動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)が低下し、血液が呼吸性アルカローシスに傾く。アルカローシスではアルブミンに結合するカルシウムが増えて血中のイオン化カルシウム(生理作用を持つ遊離型のカルシウム)が低下し、神経・筋の興奮性が高まるため、しびれやテタニーが生じる。さらに低CO2血症は脳血管を収縮させ、めまい・意識が遠のく感じなどの一因となる。

設問の考え方

「この患者でみられる検査所見」を問う問題である。過換気症候群は器質的疾患を伴わない機能的な病態であり、異常として現れるのは過換気そのものを反映した血液ガス所見(PaCO2低下、pH上昇=呼吸性アルカローシス)である。酸素化の障害や組織障害、肺や心臓の形態異常を示す所見は、この病態からは説明できない。この観点で各選択肢を検討する。

選択肢考察

  1. ×a.  パルスオキシメトリは血液酸素飽和度の低下を示す。

    誤り。過換気症候群では肺そのものに障害はなく、換気量が増えているため肺胞内の酸素分圧はむしろ上昇し、動脈血酸素分圧(PaO2)は正常〜高値となる。したがってパルスオキシメトリ(経皮的動脈血酸素飽和度 SpO2 を測定する装置)の値は正常範囲(おおむね96〜100%)あるいは上限近くを示し、低下はしない。患者が強い呼吸困難を訴えていてもSpO2が保たれていることは、過換気症候群を疑う手がかりの一つである。逆にSpO2が低下している場合は、肺血栓塞栓症や気胸、喘息発作など器質的疾患を見直す必要がある。

  2. ×b.  血液生化学所見はLD〈LDH〉高値を示す。

    誤り。LD(乳酸脱水素酵素、LDH)はほぼ全身の細胞内に存在する酵素で、細胞が壊れる(組織障害・溶血など)と血中に漏れ出て上昇する。心筋梗塞、肝障害、溶血、悪性腫瘍、肺梗塞などで高値となるが、過換気症候群は組織障害を伴わない機能的病態であるため、LDは上昇しない。

  3. ○c.  血液ガス分析はアルカローシスを示す。

    正解。過剰な換気によってCO2が体外へ過度に排出され、PaCO2が低下する(基準値35〜45 Torrを下回る)。その結果、pHは7.45を超えて上昇し、呼吸性アルカローシスとなる。急性の経過であるため腎臓による代償(重炭酸イオン HCO3- の排泄)は十分に進んでおらず、HCO3-の低下はわずかにとどまる。本例の両手足のしびれや手指の硬直は、このアルカローシスに伴うイオン化カルシウムの低下によるテタニーで説明でき、症状と検査所見が一致する。

  4. ×d.  胸部エックス線写真は肺の過膨張を示す。

    誤り。胸部エックス線写真で肺の過膨張(横隔膜の平低化、肺野の透過性亢進、肋間腔の開大など)がみられるのは、気道閉塞により呼気が十分に出せず空気がとらえ込まれる病態、すなわち気管支喘息発作や慢性閉塞性肺疾患(COPD)である。過換気症候群は気道狭窄を伴わないため、胸部エックス線写真は正常である。胸部エックス線写真は、気胸や肺炎など他疾患を除外する目的で撮影されることが多い。

  5. ×e.  心エコー図は右心負荷を示す。

    誤り。心エコー図での右心負荷所見(右心室の拡大、心室中隔の扁平化、三尖弁逆流の増加による推定肺動脈圧の上昇など)は、肺血栓塞栓症や肺高血圧症などで肺動脈側の圧が上がったときにみられる。肺血栓塞栓症も急性の呼吸困難や頻呼吸を呈するため重要な鑑別疾患であるが、その場合は低酸素血症を伴うのが通常である。過換気症候群では心臓や肺循環に器質的異常はないため、右心負荷は認めない。

過換気症候群(過呼吸症候群)の概要

・定義:器質的疾患がないにもかかわらず、不安・精神的ストレス・疼痛などを契機に過剰な換気が起こり、呼吸性アルカローシスとそれに伴う多彩な身体症状を呈する病態である。 ・好発:10〜20歳代の若年者、特に女性に多い。パニック障害(パニック症)や不安障害の一症状として出現することもある。

病態と症状の関係

・過換気 → PaCO2低下 → 呼吸性アルカローシス ・アルカローシス → アルブミンへのカルシウム結合が増加 → イオン化カルシウム低下 → 神経・筋の興奮性亢進 → 口周囲や手足のしびれ、テタニー(助産師手位、手足のけいれん性硬直) ・低CO2血症 → 脳血管収縮 → 脳血流低下 → めまい、ふらつき、意識が遠のく感じ ・その他:動悸、胸部圧迫感・胸痛、呼吸困難感(「息が吸えない」感覚)、強い不安感

検査所見のまとめ

・動脈血ガス:PaCO2低下、pH上昇、PaO2は正常〜上昇 ・SpO2:正常 ・胸部エックス線写真、心電図、心エコー図:器質的異常なし(ただし心電図で一過性のST-T変化がみられることがある) ・血液生化学:組織障害マーカー(LD、CKなど)の上昇なし

鑑別すべき疾患

気管支喘息発作、自然気胸、肺血栓塞栓症、急性冠症候群、大動脈解離、代謝性アシドーシスに対する代償性過換気(糖尿病ケトアシドーシスなど)、サリチル酸中毒などである。特に低酸素血症の有無、既往歴、身体所見の左右差などを確認し、器質的疾患を見落とさないことが重要である。

治療

・まず患者を安心させ、症状は命に関わるものではないと説明し、ゆっくり呼吸するよう促す(呼気を長めにする呼吸法の指導)。 ・不安が強い場合は抗不安薬(ベンゾジアゼピン系薬)を用いることがある。 ・かつては紙袋を口に当てて呼気を再吸入させるペーパーバッグ法が広く行われたが、低酸素血症を招く危険や、器質的疾患による過換気であった場合に悪化させるおそれがあるため、現在は推奨されていない。 ・過換気の後、低CO2状態からの回復過程で一時的に呼吸が浅く遅くなる(低換気・無呼吸)ことがあり、観察が必要である。 ・繰り返す場合は背景にある不安障害やストレス要因への精神医学的アプローチを行う。

POINT

・若年女性+心理的ストレス後の急性の呼吸困難+手足のしびれ・手指の硬直(テタニー)→ 過換気症候群を想起する。 ・血液ガス:PaCO2低下・pH上昇の呼吸性アルカローシス。PaO2・SpO2は低下しない。 ・テタニーはアルカローシスによるイオン化カルシウム低下で起こる。 ・器質的疾患ではないため、胸部エックス線写真・心エコー図・LDなどに異常は出ない。 ・SpO2低下や右心負荷があれば肺血栓塞栓症など器質的疾患を考え直す。 ・ペーパーバッグ法は低酸素の危険から現在は推奨されない。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。