「少しなら止められる」動きと声―小児のチックを見抜き、ドパミンを抑える
第103回医師国家試験 A問題 第44問
国試問題にチャレンジ
10歳の男児。身体が勝手に動くことを主訴に両親に伴われて来院した。学校でいじめを受けたことを契機に数か月前から頸を急速に右側に回旋させたり,両肩をすくめたり,全身をびくっとさせたりする運動が始まった。鼻すすりや咳払いのほか,大きな声を突然出すこともある。これらは日に何十回と起きるが,一定時間は随意的に抑制できる。脳波検査で突発波は認めない。 治療薬として適切なのはどれか。
- a.睡眠薬
- b.気分安定薬
- c.抗精神病薬
- d.抗てんかん薬
- e.抗Parkinson病薬
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
短時間なら随意的に抑制でき、同じ型の素早い動きや発声を繰り返し、脳波に突発波を認めない小児の不随意運動はチックを考えます。多彩な運動チックと音声チックが1年以上続けばTourette症、1年未満なら暫定的チック症と分類されます。治療の基本は心理教育と環境調整で、生活への支障が大きい場合は線条体のドパミン過剰を抑えるD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬が薬物療法の中心です。ドパミン作動性の抗Parkinson病薬はむしろ悪化させうること、抗てんかん薬や気分安定薬は適応外であることも押さえましょう。ADHDや強迫症の併存が多い点も含めて理解しておくことが、子どもと家族を支える診療につながります。
解答・解説
正解はcです
所見の整理
・10歳の男児。いじめ(心理的ストレス)を契機に、数か月前から症状が出現している。 ・頸を素早く右へ回す、肩をすくめる、全身をびくっとさせる:突然・急速・反復性・非律動性の運動であり、複数の運動チック(単純運動チック)に相当する。 ・鼻すすり、咳払い、突然の大声:音声チック(単純音声チック)に相当する。 ・1日に何十回も起きるが、一定時間は意図的に抑えることができる:チックの大きな特徴である。 ・脳波検査で突発波(てんかん性放電)を認めない。
診断へのプロセス
自分の意思と無関係に体が動く(不随意運動)小児をみたら、てんかん(ミオクロニー発作など)、舞踏運動、ミオクローヌス、チックなどを鑑別する。本例では、①短時間なら随意的に抑制できる、②同じ型の動きが繰り返される(常同性)、③運動だけでなく発声も伴う、④脳波に突発波がない、という点から、てんかん発作やほかの不随意運動よりもチックが最も考えやすい。チックは男児に多く、学童期前半に発症することが多い点も合致する。 複数の運動チックと1つ以上の音声チックがそろっているため、症状の組み合わせはTourette症候群(トゥレット症)の型である。ただしDSM-5ではTourette症の診断に初発から1年以上の持続が必要であり、発症から数か月の本例は、厳密には暫定的チック症(旧称:一過性チック障害)の段階にある。1年以上続けばTourette症と診断される。
設問の考え方
チックの治療の基本は、疾患を説明して家族や学校の理解を得ること、ストレス要因(本例ではいじめ)への対応、周囲がチックを叱ったり繰り返し注意したりしないことなどの心理社会的アプローチである。症状が頻回で生活への支障が大きい場合には薬物療法を行い、その中心はドパミンD2受容体を遮断する抗精神病薬である。本例は運動・音声チックが1日に数十回あり、いじめの契機にもなりうる程度のため、選択肢の中では抗精神病薬が適切である。
選択肢考察
- ×a. 睡眠薬
睡眠薬(ベンゾジアゼピン受容体作動薬など)は不眠に用いる薬で、チックそのものを改善する作用はない。本例に睡眠障害を示す記載もなく、使用する理由がない。チックは睡眠中には通常みられず、眠らせることは治療にならない。
- ×b. 気分安定薬
気分安定薬(炭酸リチウム、バルプロ酸、カルバマゼピン、ラモトリギンなど)は主に双極性障害の躁・うつの波を抑える目的で使われる薬で、チックの標準的な治療薬ではない。なお、チックに強迫症が併存して強迫症状が強い場合に用いられるのは、抗うつ薬の一種である選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であり、気分安定薬ではない。
- ○c. 抗精神病薬
チックの発症には大脳基底核(線条体)のドパミン神経系の過活動が関与すると考えられている。ドパミンD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬は、チックの頻度と強さを減らす効果が確立しており、薬物療法の第一選択となる。ハロペリドール、ピモジド(定型抗精神病薬)や、錐体外路症状が比較的少ないリスペリドン、アリピプラゾール(非定型抗精神病薬)を少量から開始する。副作用として錐体外路症状、眠気、体重増加、ピモジドではQT延長などに注意する。
- ×d. 抗てんかん薬
抗てんかん薬はてんかん発作の治療薬である。本例は動きを一定時間意図的に抑えられること、発声を伴うこと、脳波で突発波がないことから、てんかん発作は否定的であり、抗てんかん薬の適応はない。チックに対して抗てんかん薬は基本的に効果がない。
- ×e. 抗Parkinson病薬
抗Parkinson病薬の多く(L-ドパ、ドパミン受容体作動薬など)はドパミン系の働きを強める薬であり、ドパミン過活動が関与するチックをむしろ悪化させうるため禁忌的である。抗Parkinson病薬(抗コリン薬など)が使われるのは、チック治療に用いた抗精神病薬の副作用として錐体外路症状(パーキンソニズムやジストニア)が出たときであり、チックそのものの治療薬ではない。
チックとは
突発的、急速、反復性、非律動性で、ある程度型の決まった(常同的な)運動または発声である。本人の意思とは無関係に起こるが、短時間であれば意識して抑えられることが多い。抑えた後に反動で増えたり、直前に「むずむずする」などの前駆衝動を自覚したりすることがある。緊張・不安・疲労で増え、何かに熱中しているときや睡眠中には減少する。
分類
・運動チック:単純運動チック(まばたき、顔しかめ、首振り、肩すくめなど)、複雑運動チック(跳びはねる、物に触る、他人の動作をまねる反響動作など)。 ・音声チック:単純音声チック(咳払い、鼻すすり、「あっ」などの発声)、複雑音声チック(単語や文を言う、汚言症=社会的に不適切な言葉を発する、反響言語=他人の言葉をくり返す)。 【DSM-5でのチック症群】(いずれも18歳未満で発症) ・Tourette症:多彩な運動チックと1つ以上の音声チックが、同時期でなくてもよいが病期中に存在し、初発から1年以上持続する。 ・持続性(慢性)運動または音声チック症:運動チックか音声チックのどちらか一方のみが1年以上持続する。 ・暫定的チック症:チックの持続が1年未満のもの。チック症の中で最も多く、自然軽快することも多い。
疫学・経過
男児に多く(男女比はおおむね3〜4:1)、4〜6歳ごろに発症し、10〜12歳ごろに最も重くなり、思春期以降に軽快することが多い。Tourette症では注意欠如・多動症(ADHD)や強迫症の併存が多く、生活上の困難はこれらの併存症によることも少なくない。
治療
・心理教育と環境調整:本人・家族・学校にチックの性質を説明し、叱ったり抑えるよう強制したりしないよう助言する。ストレス源への対応を行う。 ・行動療法:包括的行動介入(CBIT)やハビット・リバーサル(チックと両立しない拮抗反応を練習する方法)が有効とされる。 ・薬物療法:抗精神病薬(ハロペリドール、ピモジド、リスペリドン、アリピプラゾールなど)が中心。α2アドレナリン受容体作動薬(クロニジン、グアンファシン)が用いられることもあり、ADHD併存例では特に選択肢となる。強迫症状が強ければSSRIを併用する。
ドパミン仮説の根拠
ドパミン遮断薬でチックが軽くなり、ドパミン作動性の薬(L-ドパや中枢刺激薬など)で悪化しうることから、線条体でのドパミン伝達の過剰がチックに関与すると考えられている。
POINT
・短時間なら随意的に抑制でき、運動と発声を伴い、脳波が正常な小児の不随意運動はチックを考える。 ・多彩な運動チック+音声チックが1年以上続けばTourette症。1年未満なら暫定的チック症。 ・治療の基本は心理教育と環境調整(叱らない、ストレス源への対応)。 ・薬物療法の中心はドパミンD2受容体遮断作用をもつ抗精神病薬(ハロペリドール、ピモジド、リスペリドン、アリピプラゾール)。 ・ドパミン作動性の抗Parkinson病薬はチックを悪化させうる。 ・ADHD、強迫症の併存が多い。
