下から上へ忍び寄る感染―淋菌とクラミジアが骨盤内炎症性疾患を起こすわけ
第102回医師国家試験 I問題 第8問
国試問題にチャレンジ
女性の骨盤内炎症性疾患〈PID〉の原因となるのはどれか。2つ選べ。
- a.淋菌
- b.クラミジア
- c.トリコモナス
- d.単純ヘルペスウイルス
- e.ヒトパピローマウイルス
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクターまとめ
骨盤内炎症性疾患(PID)は、子宮内膜炎・卵管炎・卵管卵巣膿瘍・骨盤腹膜炎の総称で、子宮頸管の病原体が上行性に広がって起こります。代表的な起炎菌は淋菌とクラミジア・トラコマティスで、現在はクラミジアが最多です。クラミジアは無症状のことが多く、気づかれないまま卵管の癒着を残して卵管性不妊や異所性妊娠を招き、肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)の原因としても重要です。一方、トリコモナスは腟炎、単純ヘルペスウイルスは外陰の水疱・潰瘍、HPVは尖圭コンジローマや子宮頸癌の原因で、いずれもPIDの代表的な原因ではありません。性感染症を「どこにどんな病変を起こすか」で整理しておくと、若年女性の腹痛や不妊の診療で見落としを防ぐことにつながります。
解答・解説
正解はa, bです
骨盤内炎症性疾患(pelvic inflammatory disease:PID)は、女性の上部生殖器とその周囲に起こる感染症の総称である。子宮内膜炎、卵管炎、卵管卵巣膿瘍、骨盤腹膜炎が含まれる。 腟や子宮頸管といった下部生殖器の病原体が、子宮頸管を越えて上行性に感染を広げることで発症する。このため、PIDの原因を考えるときには、次の点が要点になる。 ・子宮頸管の円柱上皮に感染し、そこから子宮内膜・卵管へ上行しうる病原体は何か ・性感染症(sexually transmitted infection:STI)のうち、どれがPIDにつながるか 代表的な起炎菌は、淋菌とクラミジア・トラコマティスである。どちらも子宮頸管炎を起こし、放置すると上行してPIDとなる。現在はクラミジアの頻度が淋菌より高い。かつて「非淋菌性」とされていた骨盤腹膜炎の多くが、クラミジアによるものと判明している。クラミジア感染は自覚症状に乏しいことが多いため、気づかれないまま上行しやすい。そして、卵管の癒着・閉塞による卵管性不妊や異所性妊娠、慢性骨盤痛の原因となる。 PIDは複数の菌が関わる感染(複数菌感染)であることも多い。淋菌・クラミジアのほかに、腟内の嫌気性菌、大腸菌などの腸内細菌、Mycoplasma genitaliumなども関与する。 一方、腟トリコモナス、単純ヘルペスウイルス、ヒトパピローマウイルスは、いずれも性感染症の病原体である。しかし、主な病変は腟・外陰・子宮頸部の上皮にとどまり、PIDの代表的な原因ではない。
選択肢考察
- ○a. 淋菌
淋菌(Neisseria gonorrhoeae)はグラム陰性双球菌である。女性では子宮頸管炎を起こし、膿性帯下を呈するが、無症状のことも少なくない。治療されずにいると、子宮内膜・卵管へ上行感染してPIDを起こす。クラミジアに比べると急性で症状の強い炎症を起こしやすく、発熱や強い下腹部痛を伴うことが多い。卵管卵巣膿瘍や骨盤腹膜炎、肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)の原因にもなる。薬剤耐性化が進んでおり、治療には主にセフトリアキソンが用いられる。
- ○b. クラミジア
クラミジア・トラコマティス(Chlamydia trachomatis)は偏性細胞内寄生菌で、日本で最も多い性感染症の病原体である。子宮頸管炎を起こすが、女性では無症状のことが多い(半数以上とされる)。そのため気づかれないまま上行感染し、卵管炎・骨盤腹膜炎を起こす。現在、PIDの原因として最も重要な病原体である。上腹部へ広がると、肝臓の表面(肝被膜)に炎症を起こす肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)を生じ、右季肋部痛を呈する。この肝周囲炎の原因として最も多いのもクラミジアである。卵管の癒着・狭窄を残しやすく、卵管性不妊や異所性妊娠の重要な原因となる。治療はマクロライド系(アジスロマイシン)やテトラサイクリン系(ドキシサイクリン)であり、細胞壁をもたないためβ-ラクタム系は無効である。
- ×c. トリコモナス
腟トリコモナス(Trichomonas vaginalis)は鞭毛をもつ原虫で、主に腟に感染してトリコモナス腟炎を起こす。泡沫状で黄緑色の悪臭のある帯下、外陰の瘙痒感、腟壁の点状出血(いちご状子宮頸部)が特徴である。病変の主体は腟・外尿道など下部生殖器にとどまり、PIDの代表的な原因とはみなされない。診断は帯下の鏡検(運動する虫体の確認)や培養で行う。パートナーも同時にメトロニダゾールなどで治療する。
- ×d. 単純ヘルペスウイルス
性器ヘルペスは、主に単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)、ときに1型によって起こる。外陰部に有痛性の水疱・浅い潰瘍を形成し、初感染では発熱、鼠径リンパ節腫脹、排尿障害を伴うことがある。ウイルスは神経節に潜伏して再発を繰り返す。病変は外陰・腟・子宮頸部の皮膚粘膜にとどまり、子宮内膜・卵管へ上行してPIDを起こすことはない。妊娠末期に病変があれば、新生児ヘルペスを防ぐために帝王切開の適応となる点も重要である。
- ×e. ヒトパピローマウイルス
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、皮膚・粘膜の上皮に感染して増殖性の病変を起こす。低リスク型の6型・11型は、尖圭コンジローマ(外陰・肛門周囲の乳頭状のいぼ)の原因である。高リスク型の16型・18型などは持続感染によって子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)を経て子宮頸癌の原因となり、ワクチンによる予防の対象である。いずれも上皮の腫瘍性病変を起こすウイルスで、急性炎症であるPIDの原因にはならない。
PIDの臨床像
・症状: 下腹部痛、発熱、帯下の増加、不正性器出血、性交痛。右季肋部痛があれば肝周囲炎の合併を考える。 ・診察所見: 子宮頸部の移動痛、子宮・付属器の圧痛が重要である。 ・検査: 白血球増加、CRP上昇、頸管分泌物の核酸増幅検査(淋菌・クラミジア)。超音波やCTで卵管留膿症・卵管卵巣膿瘍を評価する。 ・リスク因子: 若年、複数の性パートナー、性感染症の既往、子宮内操作(人工妊娠中絶、子宮内避妊器具の挿入直後など)。 ・合併症・後遺症: 卵管卵巣膿瘍、骨盤腹膜炎、Fitz-Hugh-Curtis症候群、卵管性不妊、異所性妊娠、慢性骨盤痛。 ・治療: 淋菌・クラミジア・嫌気性菌をカバーする抗菌薬を併用する(例: セフトリアキソン+ドキシサイクリン+メトロニダゾール)。膿瘍が大きい場合はドレナージや手術を検討する。性パートナーの検査・治療も行う。
主な性感染症の病原体と病変
・淋菌、クラミジア: 子宮頸管炎、PID、肝周囲炎。男性では尿道炎・精巣上体炎 ・腟トリコモナス(原虫): 腟炎 ・単純ヘルペスウイルス: 性器ヘルペス(水疱・潰瘍) ・HPV: 尖圭コンジローマ(6・11型)、子宮頸癌(16・18型など) ・梅毒トレポネーマ: 硬性下疳、梅毒疹など ・HIV: 後天性免疫不全症候群(AIDS) ※カンジダ腟炎と細菌性腟症は、性感染症というより腟内環境の変化による腟炎として扱われることが多い。
POINT
・PIDは、下部生殖器から上行性に感染して起こる子宮内膜炎・卵管炎・骨盤腹膜炎などの総称である。 ・主な起炎菌は淋菌とクラミジア・トラコマティスで、現在はクラミジアが最も多い。 ・クラミジアは無症状のことが多く、肝周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis症候群)、卵管性不妊、異所性妊娠の原因として重要である。 ・トリコモナス(腟炎)、HSV(外陰の水疱・潰瘍)、HPV(尖圭コンジローマ・子宮頸癌)はPIDの原因ではない。
