ナトリウム160の正体は「水の不足」―高ナトリウム血症から中枢性尿崩症を見抜く
第102回医師国家試験 I問題 第7問
国試問題にチャレンジ
血清ナトリウム値が160mEq/Lの場合に考えられるのはどれか。
- a.Addison病
- b.心因性多尿
- c.中枢性尿崩症
- d.甲状腺機能低下症
- e.ネフローゼ症候群
対話形式の解説
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ドクターまとめ
血清ナトリウム濃度は体内の水とのバランスで決まり、高ナトリウム血症の多くは自由水の喪失や摂取不足によって起こります。健常者では口渇による飲水とADHによる尿濃縮が働くため、160 mEq/Lのような高度の上昇は、両方の防御機構が破綻したときに生じます。中枢性尿崩症はADH分泌低下で低張尿を大量に失い、渇中枢障害や飲水困難が重なると著明な高ナトリウム血症に至ります。一方、Addison病、心因性多飲、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群はいずれも低ナトリウム血症の原因であり、ナトリウム異常は「水が足りないのか、多すぎるのか」で整理するのが鑑別の近道です。下垂体術後の管理や慢性例のゆっくりした補正など、臨床に直結する知識として押さえておきましょう。
解答・解説
正解はcです
血清ナトリウム(Na)の基準値はおよそ135〜145 mEq/Lであり、160 mEq/Lは明らかな高ナトリウム血症である。 血清Na濃度は、体内のNa量そのものよりも、体内の水とのバランスで決まる。高ナトリウム血症の多くは、Naに比べて水が相対的に不足した状態、つまり自由水の喪失や摂取不足によって起こる。健常者では、血漿浸透圧がわずかに上がるだけで次の二つの防御機構が働き、血清Naは正常範囲に保たれる。 1. 口渇を感じて水を飲む 2. 下垂体後葉から抗利尿ホルモン(ADH、バソプレシン)が分泌され、腎集合管での水の再吸収が増えて尿が濃縮される したがって、高度の高ナトリウム血症が起こるのは、このどちらか、または両方が破綻したときである。具体的には、水を失いやすく、しかも十分に飲めない状況(乳幼児、高齢者、意識障害、渇中枢の障害など)を考える。 高ナトリウム血症の原因は、主に次のように整理できる。 ・腎からの自由水喪失: 尿崩症(中枢性・腎性)、浸透圧利尿(高血糖、マンニトール投与など) ・腎以外からの水喪失: 発汗、不感蒸泄の増加、下痢 ・水分摂取不足: 渇感の障害、意識障害、水へのアクセス制限 ・Naの過剰負荷: 高張食塩水や炭酸水素ナトリウムの投与、原発性アルドステロン症(軽度にとどまる) 選択肢のうち、ADHの作用不足によって水を失い、高ナトリウム血症を起こしうるのは中枢性尿崩症である。残りの4つは、いずれも低ナトリウム血症の原因として知られる疾患である。
選択肢考察
- ×a. Addison病
Addison病は、自己免疫や結核などによって副腎皮質が破壊され、コルチゾール(糖質コルチコイド)とアルドステロン(鉱質コルチコイド)の両方が不足する原発性副腎皮質機能低下症である。アルドステロンが不足すると、腎でのNa再吸収とK排泄が障害され、Naを喪失して循環血漿量が減る。コルチゾールが不足すると、ADHの分泌が抑えられなくなり、水の排泄も障害される。その結果、低ナトリウム血症と高カリウム血症をきたす。高ナトリウム血症にはならない。
- ×b. 心因性多尿
心因性多尿(心因性多飲症)は、精神的要因によって水を過剰に飲み、その結果として多尿になる病態である。水が過剰なので、血清Naは正常下限〜低値に傾き、重症例では水中毒による低ナトリウム血症を起こす。尿崩症と同じく多尿・低張尿を示すが、血清Naや血漿浸透圧が低めである点で区別できる。高張食塩水負荷試験では、正常にADHが分泌されて尿が濃縮される。
- ○c. 中枢性尿崩症
中枢性尿崩症は、視床下部〜下垂体後葉の障害によってADHの産生・分泌が低下する疾患である。原因には、胚細胞腫瘍や頭蓋咽頭腫などの腫瘍、外傷・手術、Langerhans細胞組織球症、リンパ球性漏斗下垂体後葉炎、特発性などがある。ADHが作用しないと集合管で水を再吸収できず、希釈された大量の尿(低張尿、多尿)が出て自由水を失う。その結果、血清Naと血漿浸透圧が上昇する。渇中枢が正常で自由に飲水できれば、口渇・多飲で水を補えるため、血清Naは正常上限程度にとどまることが多い。しかし、渇中枢の障害を合併した場合(視床下部病変など)や、意識障害・乳幼児・高齢者などで十分に飲水できない場合には、160 mEq/Lのような著しい高ナトリウム血症になりうる。
- ×d. 甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症では、心拍出量と腎血流量・糸球体濾過量が減る。その結果、ADHの分泌が相対的に増え、水の排泄(水利尿)が障害されて低ナトリウム血症をきたすことがある。詳しい機序は完全には解明されていない。低ナトリウム血症は、とくに重症例や粘液水腫性昏睡でみられることが多い。160 mEq/Lという高ナトリウム血症の原因にはならない。
- ×e. ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群では、低アルブミン血症によって血漿膠質浸透圧が下がり、水分が間質に移動して浮腫が生じる。浮腫があって体液全体は過剰でも、血管内の有効循環血漿量が減ったと体が感知すると、ADHの分泌が増える。すると、Naよりも水の貯留が上回り、希釈性の低ナトリウム血症を示すことがある。この機序は心不全や肝硬変など、他の浮腫性疾患と共通である。また、著しい高脂血症を伴うため、測定法によっては見かけ上Naが低く測定される偽性低ナトリウム血症も起こりうる。高ナトリウム血症の原因にはならない。
尿崩症の分類と鑑別
・中枢性尿崩症: ADHの分泌低下。デスモプレシン(ADHのアナログ)を投与すると尿が濃縮され、尿量が減る。 ・腎性尿崩症: ADHは分泌されているが、腎集合管が反応しない。先天性(V2受容体やアクアポリン2の遺伝子異常)と、後天性(リチウム製剤、高カルシウム血症、低カリウム血症など)がある。デスモプレシンに反応しない。 ・心因性多飲症: 水の過剰摂取による多尿。血清Naは低めである。 鑑別には、高張食塩水負荷試験(血漿浸透圧が上昇したときのADH分泌の反応をみる)、水制限試験、デスモプレシン試験を用いる。なお、かつて用いられた「尿崩症」という名称は、近年「バソプレシン分泌低下症(中枢性)」「バソプレシン抵抗症(腎性)」への改称が提唱されている。
低ナトリウム血症をきたす代表的な病態
・細胞外液量が減少している: 嘔吐・下痢、利尿薬、Addison病(鉱質コルチコイド欠乏)、塩類喪失性腎症 ・細胞外液量がほぼ正常: SIADH(ADH不適切分泌症候群)、甲状腺機能低下症、糖質コルチコイド欠乏、心因性多飲 ・細胞外液量が増加している(浮腫性疾患): 心不全、肝硬変、ネフローゼ症候群、腎不全
高ナトリウム血症の症状と補正
脳細胞から水が抜けて縮むため、口渇、易刺激性、意識障害、けいれんなどの中枢神経症状が出る。急激に補正すると脳浮腫の危険があるため、慢性例ではおおむね1日10 mEq/L程度を上限として、ゆっくり補正する。
POINT
・高ナトリウム血症は、主に水の喪失・摂取不足(自由水の欠乏)で起こる。 ・口渇とADHという二つの防御機構が破綻したときに、高度になる。 ・中枢性尿崩症は、飲水できれば血清Naが正常上限程度にとどまる。渇感の障害や飲水困難を伴うと、著明な高ナトリウム血症になる。 ・Addison病、心因性多飲、甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群(浮腫性疾患)は、いずれも低ナトリウム血症の原因である。
