利尿薬が招いた意識障害―重症低ナトリウム血症は「原因より先に症状」で動く
第119回医師国家試験 D問題 第53問
国試問題にチャレンジ
73歳の女性。意識障害のため救急車で搬入された。かかりつけ医に高血圧症と2型糖尿病で通院している。2か月前に浮腫に対してサイアザイド系利尿薬を処方された。浮腫は改善したが,2週間前から倦怠感が強くなり,食事量が減っていた。今朝から呼びかけへの反応が乏しくなったため,夫が救急車を要請した。意識レベルはJCSⅡ-10。身長152cm,体重47kg。心拍数72/分,整。血圧146/80mmHg。胸腹部に異常を認めない。両下腿に浮腫を認めない。尿所見:蛋白+,潜血(-)。尿中Na 163mEq/L,尿中K 32mEq/L,尿中Cl 190mEq/L。尿浸透圧722mOsm/L(基準50~1,300)。血液所見:赤血球393万,Hb 11.9g/dL,Ht 35%,白血球6,300,血小板17万。血液生化学所見:尿素窒素22mg/dL,クレアチニン1.2mg/dL,血糖86mg/dL,HbA1c 6.6%(基準4.9~6.0),Na 116mEq/L,K 3.3mEq/L,Cl 89mEq/L。血清浸透圧240mOsm/L(基準275~288)。 まず行うべき治療はどれか。
- a.飲水制限
- b.ループ利尿薬の内服
- c.5%ブドウ糖液の輸液
- d.高張(3%)食塩液の輸液
- e.バソプレシンV2受容体拮抗薬の内服
対話形式の解説
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ドクターまとめ
意識障害やけいれんなど中枢神経症状を伴う重症の低ナトリウム血症では、脳浮腫による脳ヘルニアを防ぐため、原因の鑑別を待たずに高張(3%)食塩液で血清Naを速やかに数mEq/L引き上げます。本例は低張性低Na血症で尿が濃縮され、尿中Naが高く、浮腫はなく、サイアザイド内服歴があることから、サイアザイド系利尿薬による低Na血症と考えられ、原因薬の中止も並行して行います。5%ブドウ糖液は自由水として低Na血症を悪化させ、飲水制限、ループ利尿薬、V2受容体拮抗薬は重症例の初期治療には適しません。補正は24時間で10mEq/L以内(ハイリスク例は8mEq/L以内)にとどめ、高齢・低栄養・低K血症などのリスクがある患者では、薬剤中止後の急な自由水利尿による過補正と浸透圧性脱髄症候群に特に注意が必要です。原因検索と緊急度の判断を切り分けて考えることは、電解質異常の診療全般に通じる基本姿勢です。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
・73歳の女性。高血圧症と2型糖尿病で通院中。2か月前に浮腫に対してサイアザイド系利尿薬が開始された。 ・2週間前から倦怠感と食事量減少があり、今朝から意識障害(JCSⅡ-10:普通の呼びかけで容易に開眼する程度)が出現した。 ・バイタルサインは心拍数72/分、血圧146/80mmHgと大きな異常はなく、下腿浮腫は消失している。身長152cm、体重47kgと小柄でやせ型である。 ・血清Na 116mEq/Lと高度の低ナトリウム血症、K 3.3mEq/Lと軽度の低カリウム血症がある。 ・血清浸透圧240mOsm/Lと低下しており(計算値も 2×116+86/18+22/2.8 ≒ 245mOsm/kg と一致)、低張性低ナトリウム血症である。 ・尿浸透圧722mOsm/Lと濃縮尿で、尿中Na 163mEq/Lと高値である。 ・血糖86mg/dLで、低血糖・高血糖による意識障害は否定的である。BUN/Cr比は約18とやや高い。
診断のプロセス
①意識障害の原因検索:血糖は正常で、血圧も高血圧性脳症を起こすほど高くない。Na 116mEq/Lという高度の低ナトリウム血症が、倦怠感・食欲低下から意識障害へと進行した経過を説明する。 ②偽性低ナトリウム血症の除外:血清浸透圧が低いので、高血糖や脂質異常症・高蛋白血症による見かけ上の低Na血症ではなく、真の(低張性)低ナトリウム血症である。 ③水排泄の評価:血清が低張であれば本来ADH(抗利尿ホルモン、バソプレシン)の分泌は抑えられ、尿は最大限に希釈されるはずである(尿浸透圧<100mOsm/kg)。本例では尿浸透圧722mOsm/Lと濃縮尿であり、腎からの水排泄が障害されている。 ④尿中Naと細胞外液量:尿中Naが20mEq/L以上と高く、腎からNaが失われている。浮腫はなく、食事摂取が低下していたこと、BUN/Cr比の上昇から、細胞外液量は正常~やや減少と考えられる。尿中Na高値をきたす原因として利尿薬、副腎皮質機能低下症、SIADH(ADH不適合分泌症候群)などが鑑別に挙がるが、副腎不全を示唆する高K血症や低血糖はなく、サイアザイド系利尿薬の内服歴と時間経過から、サイアザイド系利尿薬による低ナトリウム血症が最も考えられる。サイアザイドは尿中Na排泄を増やすため、内服中は尿中Naで細胞外液量を判断しにくい点に注意する。
治療の考え方
低ナトリウム血症の治療は、原因よりもまず「症状の重さ」と「発症の速さ」で緊急度を判断する。意識障害やけいれんなど中枢神経症状を伴う重症の症候性低ナトリウム血症では、脳浮腫が進行して脳ヘルニアや呼吸停止に至るおそれがあるため、原因の鑑別を待たずに高張(3%)食塩液を投与して血清Naを速やかに数mEq/L上昇させる。同時に、原因薬であるサイアザイド系利尿薬を中止する。一方で、過度に速い補正は浸透圧性脱髄症候群(ODS)を招くため、補正速度の上限を厳守し、頻回に血清Naを測定する。
選択肢考察
- ×a. 飲水制限
飲水制限は、細胞外液量が正常で症状の軽い慢性のSIADHに対する基本的治療である。本例は意識障害を伴う重症例であり、飲水制限だけでは血清Naの上昇が遅すぎて救命的な効果が期待できない。また食事量低下とBUN/Cr比の上昇から細胞外液量はむしろ減少気味と考えられ、水分制限は脱水を悪化させうる。まず行う治療としては不適切である。
- ×b. ループ利尿薬の内服
ループ利尿薬はNaとともに水を排泄させる薬であり、本例のように利尿薬で腎性にNaを失っている患者に追加すれば、Na喪失と細胞外液量の減少をさらに悪化させる。ループ利尿薬はSIADHなどで細胞外液量が過剰な場合に、尿の濃縮を弱めて自由水排泄を促す目的で高張食塩液と併用されることはあるが、単独で、しかも利尿薬による低Na血症に対して最初に用いるものではない。
- ×c. 5%ブドウ糖液の輸液
5%ブドウ糖液はブドウ糖が代謝されると実質的に電解質を含まない自由水となる。本例は尿浸透圧が高く水を排泄できない状態であるため、投与した水は体内に貯留して血清Naをさらに低下させ、脳浮腫を悪化させる。低ナトリウム血症に対して禁忌に近い輸液である。
- ○d. 高張(3%)食塩液の輸液
意識障害を伴う重症の症候性低ナトリウム血症であり、脳浮腫を軽減するために高張(3%)食塩液(Na約513mEq/L)を投与して血清Naを速やかに引き上げる。目安として最初の数時間で4~6mEq/L上昇させれば症状の改善が期待でき、その後は補正速度を落とす。24時間の上昇幅は10mEq/L以内(浸透圧性脱髄症候群のハイリスク例では8mEq/L以内)にとどめる。本例は高齢・低体重・食事摂取不良・低K血症・サイアザイド内服と、ODSのリスク因子を多く持つため、特に慎重なモニタリングが必要である。原因であるサイアザイドを中止すると利尿薬の作用が抜けて急に自由水利尿が起こり、Naが急上昇することがある点にも注意する。
- ×e. バソプレシンV2受容体拮抗薬の内服
バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタンなど)は、集合管でのADHの作用を遮断して水だけを排泄させる(水利尿)薬である。心不全や肝硬変に伴う体液貯留、常染色体顕性多発性嚢胞腎、SIADHによる低Na血症などに用いられる。しかし作用発現と効果の予測が難しく、急激なNa上昇によるODSの危険があり、意識障害を伴う重症例の初期治療には適さない。また細胞外液量が減少している患者では脱水を悪化させるため使用すべきではない。
低ナトリウム血症の鑑別の流れ
①血清浸透圧を確認する:正常~高値なら偽性低Na血症(脂質異常症、高蛋白血症)や高血糖・マンニトールによる低Na血症を考える。低値なら低張性低Na血症である。 ②尿浸透圧を確認する:100mOsm/kg未満なら水の過剰摂取(心因性多飲、ビール多飲、低溶質摂取)であり、100mOsm/kg以上ならADH作用などによる水排泄障害がある。 ③細胞外液量と尿中Naで分類する。 ・細胞外液量減少:尿中Na<20mEq/Lなら腎外喪失(嘔吐、下痢、発汗、third space)、尿中Na≧20mEq/Lなら腎性喪失(利尿薬、副腎皮質機能低下症〈特に鉱質コルチコイド欠乏〉、塩類喪失性腎症、中枢性塩類喪失症候群)。 ・細胞外液量ほぼ正常:SIADH、続発性副腎皮質機能低下症(糖質コルチコイド欠乏)、甲状腺機能低下症など。 ・細胞外液量増加(浮腫あり):心不全、肝硬変、ネフローゼ症候群(尿中Naは低い)、腎不全(尿中Naは高い)。
サイアザイド系利尿薬による低ナトリウム血症
サイアザイドは遠位曲尿細管のNa-Cl共輸送体(NCC)を阻害する。遠位曲尿細管は尿を薄める(希釈する)部位であるため、尿の希釈能が障害される。一方、ループ利尿薬と異なり髄質の浸透圧勾配は保たれるので、ADHが作用すれば尿は濃縮されたままとなり、水が体内に残りやすい。さらにNa喪失による体液量減少がADH分泌を刺激し、K喪失により細胞内Kが減って代わりにNaが細胞内へ移動することも低Na血症に寄与する。ループ利尿薬よりも低Na血症を起こしやすく、高齢・やせ型の女性、食事摂取量の少ない人がハイリスクである。内服開始から数週~数か月以内に発症することが多い。サイアザイドにはほかに低K血症、高Ca血症、高尿酸血症、耐糖能低下、代謝性アルカローシスなどの副作用がある。
重症低ナトリウム血症の治療
・意識障害、けいれん、嘔吐など重症症状を伴う場合:3%食塩液を投与(例:100~150mLを10~20分で投与し、症状と血清Naをみて必要に応じて繰り返す)。まず4~6mEq/Lの上昇を目標とする。 ・補正上限:24時間で10mEq/L以内(ODSハイリスク例では8mEq/L以内)。 ・ODS(浸透圧性脱髄症候群、橋中心髄鞘崩壊症を含む):慢性低Na血症の急速補正で、補正後数日してから構音障害、嚥下障害、四肢麻痺、意識障害などが出現する。リスク因子は血清Na≦105mEq/L、低K血症、アルコール多飲、低栄養、肝疾患である。過補正となった場合は5%ブドウ糖液やデスモプレシンで再低下させる。 ・原因の除去(薬剤中止、副腎不全ならステロイド補充など)を並行して行う。
POINT
・意識障害など中枢神経症状を伴う重症の低ナトリウム血症では、原因にかかわらずまず高張(3%)食塩液で補正する。 ・補正速度は24時間で10mEq/L以内(ハイリスク例は8mEq/L以内)とし、浸透圧性脱髄症候群を防ぐ。 ・低ナトリウム血症の鑑別は、血清浸透圧→尿浸透圧→細胞外液量と尿中Naの順に進める。 ・サイアザイド系利尿薬は希釈能を障害し、高齢・やせ型女性で低Na血症を起こしやすい。内服中は尿中Naが高値となる。 ・低Na血症に5%ブドウ糖液(自由水)は禁忌に近く、飲水制限やV2受容体拮抗薬は重症例の初期治療ではない。
