泡立つ黄色い帯下の正体―「動く原虫」を見つける腟分泌物鏡検
第118回医師国家試験 C問題 第54問
国試問題にチャレンジ
40歳の女性。帯下の増加を主訴に来院した。月経周期は30日型,整,持続5日間。1か月前から新しいパートナーと2人暮らし。身長160cm,体重60kg。体温36.2℃。脈拍72/分,整。内診で子宮は正常大,両側付属器に異常を認めない。腟鏡診で黄色泡沫状の帯下と腟壁の発赤とを認める。 診断に有用な検査はどれか。
- a.血清TPHA
- b.腟分泌物鏡検
- c.コルポスコピー
- d.腟壁擦過細胞診
- e.腟分泌物Gram染色
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
黄色〜黄緑色の泡沫状帯下と腟壁の発赤は腟トリコモナス症に典型的で、新しいパートナーとの性交渉という背景もこれを支持します。病原体は鞭毛をもつ原虫Trichomonas vaginalisであり、腟分泌物を生理食塩水と混ぜて無染色で鏡検し、活発に運動する原虫を確認するのが簡便かつ迅速な診断法です。Gram染色は細菌性腟症の評価に用いる検査で、固定すると原虫の運動性が失われるため本症には不向きであり、TPHAは梅毒、コルポスコピーと細胞診は腫瘍性病変の評価が目的です。鏡検の感度には限界があるため、疑わしければ培養や核酸増幅検査を追加し、治療ではメトロニダゾール内服とパートナーの同時治療が欠かせません。帯下の性状から原因を絞り込み、病原体の性質に合った検査を選ぶ考え方は、腟炎診療全般の基本となります。
解答・解説
正解はbです
所見の整理
・40歳の性成熟期女性で、主訴は帯下(おりもの)の増加である。 ・月経周期は30日型・整・持続5日間であり、卵巣機能は保たれている。閉経後にみられるエストロゲン低下による萎縮性腟炎は考えにくい。 ・1か月前から新しいパートナーと同居しており、性行為を介して感染する性感染症(STI:sexually transmitted infection)を念頭に置く必要がある。 ・発熱はなく、内診で子宮は正常大、両側付属器にも異常がない。子宮内膜炎や付属器炎などの骨盤内炎症性疾患(PID:pelvic inflammatory disease)を示唆する所見はない。 ・腟鏡診で黄色泡沫状の帯下と腟壁の発赤を認める。
診断へのプロセス
帯下の増加をみたら、まず生理的帯下(排卵期の頸管粘液増加、妊娠など)と病的帯下を区別し、病的なものは由来部位(腟・子宮頸管・子宮体部/付属器)で考えると整理しやすい。本例は付属器・子宮に異常がなく、腟壁そのものに炎症所見があるため、腟に由来する帯下(腟炎)が中心と考えられる。 腟炎の三大原因は腟トリコモナス症、腟カンジダ症、細菌性腟症であり、帯下の性状が鑑別の手がかりとなる。 ・腟トリコモナス症:黄色〜黄緑色、泡沫状、悪臭を伴う帯下。腟壁の発赤、子宮腟部の点状出血(いちご状子宮頸部)。 ・腟カンジダ症:白色の酒粕状・カッテージチーズ状帯下、強い外陰部掻痒感。 ・細菌性腟症:灰白色・均質で漿液性の帯下、アミン臭(魚臭)、腟壁の炎症所見は乏しい。 本例の「黄色泡沫状帯下+腟壁発赤」は腟トリコモナス症に典型的であり、新しいパートナーとの性交渉という背景とも合致する。
設問の考え方
腟トリコモナス症の病原体は鞭毛をもつ原虫Trichomonas vaginalisである。最も簡便で迅速な確定法は、腟分泌物を生理食塩水と混ぜて無染色のまま顕微鏡で観察し(生鮮標本、wet mount)、鞭毛で活発に動き回る原虫を直接確認することである。したがって「腟分泌物鏡検」が診断に有用な検査となる。
選択肢考察
- ×a. 血清TPHA
TPHA(Treponema pallidum hemagglutination:梅毒トレポネーマ赤血球凝集反応)は、梅毒の病原体に対する特異抗体を調べる血清検査である。梅毒を疑うのは、外陰部の無痛性硬結や潰瘍(硬性下疳)、鼠径リンパ節腫脹、バラ疹などの皮疹がある場合である。本例はこうした所見がなく、泡沫状帯下という腟炎の所見から梅毒を診断することはできない。なお性感染症は重複感染が多いため、パートナー変更を機にスクリーニングとして梅毒検査を追加することはありうるが、本症例の診断に直結する検査ではない。
- ○b. 腟分泌物鏡検
腟分泌物を採取してスライドガラス上で生理食塩水1滴と混和し、無染色のまま速やかに顕微鏡で観察すると、洋梨形で鞭毛を有し活発に運動するトリコモナス原虫を確認できる。外来でその場で結果が得られ、運動する原虫を見れば確定診断となるため、本症の第一選択の検査である。ただし原虫数が少ない場合や時間が経って運動性が低下した場合は見逃しやすく、検出率は60〜70%程度にとどまる。陰性でも臨床的に疑わしければ、専用培地による培養法(検出率約90%)や核酸増幅検査を追加する。
- ×c. コルポスコピー
コルポスコピー(腟拡大鏡診)は、子宮頸部を酢酸加工したうえで拡大観察し、子宮頸部細胞診で異常を指摘された例などで異形成(CIN)や子宮頸癌の病変部位を確認し、狙い生検の部位を決めるために行う検査である。腟分泌物中の病原体を同定する手段ではなく、腟炎の診断には用いない。
- ×d. 腟壁擦過細胞診
細胞診は主に腫瘍性病変(異形成や癌)のスクリーニング・診断を目的とする検査である。本例の腟壁発赤はトリコモナス感染による炎症で説明でき、腫瘍性病変を疑う所見ではない。Papanicolaou染色標本にトリコモナスが偶然写ることはあるが、検出感度は低く、確定診断を目的に選ぶ検査ではない。
- ×e. 腟分泌物Gram染色
Gram染色は細菌の形態と染色性をみる検査で、腟分泌物では細菌性腟症の診断(乳酸桿菌の減少とGardnerella様・Mobiluncus様の菌の増加を点数化するNugentスコア)に用いられる。トリコモナスは原虫であり、固定・染色すると運動性が失われて白血球など他の細胞との区別が難しくなるため、Gram染色は本症の検出には適さない。
腟トリコモナス症の概要
・病原体:Trichomonas vaginalis(鞭毛を4本もつ原虫)。主に性行為で感染するが、下着・タオル・便器・浴槽などを介した感染も知られ、性交経験のない女性や小児にもみられることがある。 ・特徴:他の性感染症と比べ感染者の年齢層が幅広く、中高年でもしばしば発症する。女性では無症候のこともあるが、その一部は経過中に症候化する。男性は尿道炎を起こすことがあるが無症状のことが多く、気づかぬまま感染源(ピンポン感染の原因)となる。 ・症状・所見:泡沫状で黄色〜黄緑色の悪臭を伴う帯下の増加、外陰・腟の掻痒感や刺激感、腟壁の発赤、子宮腟部の溢血性点状出血(いちご状子宮頸部)。 ・腟内環境:健常な性成熟期女性では、乳酸桿菌(Döderlein桿菌)が腟上皮のグリコーゲンを乳酸に変えて腟内pHを酸性(おおむね4.5以下)に保ち、他の菌の増殖を抑えている(腟の自浄作用)。トリコモナス感染ではこの環境が崩れ、腟内pHが上昇し(4.5超)、他の細菌の混合感染を伴いやすい。 ・診断:腟分泌物の生鮮標本鏡検が基本。陰性で疑いが残れば培養法や核酸増幅検査を行う。 ・治療:メトロニダゾールなどニトロイミダゾール系薬の内服(腟錠併用のこともある)。パートナーも同時に治療しないと再感染を繰り返す。治療中の飲酒はジスルフィラム様反応を起こしうるため避ける。
帯下の由来による整理
・腟帯下:腟トリコモナス症、腟カンジダ症、細菌性腟症、萎縮性腟炎など。 ・頸管帯下:クラミジア・トラコマティスや淋菌による子宮頸管炎が代表で、膿性・粘液性帯下の増加が特徴。核酸増幅検査で診断する。 ・子宮・付属器由来:子宮内膜炎や付属器炎などの骨盤内炎症性疾患で、発熱や下腹部痛、内診での圧痛を伴うことが多い。
腟炎の鑑別に用いる検査
・腟トリコモナス症:生鮮標本鏡検(運動する原虫)、培養。 ・腟カンジダ症:鏡検(KOH法などで仮性菌糸・胞子)、培養。 ・細菌性腟症:Gram染色(Nugentスコア)、Amselの基準(均質な帯下、pH>4.5、アミンテスト陽性、clue cell)。
POINT
・黄色〜黄緑色の泡沫状帯下+腟壁発赤(いちご状子宮頸部)→腟トリコモナス症。 ・診断は腟分泌物の生鮮標本(生理食塩水で無染色)鏡検で、活発に運動する原虫を確認する。陰性でも疑わしければ培養・核酸増幅検査。 ・Gram染色は細菌性腟症の診断に用いる検査であり、トリコモナスの検出には不向き。 ・治療はメトロニダゾール内服で、パートナーの同時治療が必須。
