「お腹がゆるい」のはどの病気?―腸の動きで読み解く下痢と便秘
第102回医師国家試験 H問題 第6問
国試問題にチャレンジ
下痢をきたしやすいのはどれか。
- a.十二指腸潰瘍
- b.過敏性腸症候群
- c.肝硬変
- d.Parkinson病
- e.甲状腺機能低下症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
下痢は浸透圧性・分泌性・滲出性・腸管運動異常に大別され、腸の動きを高める病態は下痢を、低める病態は便秘をきたしやすくなります。過敏性腸症候群は器質的異常なく腹痛と便通異常を繰り返す機能性疾患で、腸管運動亢進や内臓知覚過敏、脳腸相関の異常を背景に、下痢型・混合型では下痢が主症状となります。一方、Parkinson病と甲状腺機能低下症は腸管運動の低下により便秘をきたし、肝硬変では便秘が肝性脳症の誘因となり、十二指腸潰瘍の主症状は空腹時の心窩部痛と出血です。甲状腺機能亢進症では下痢となる点や、潰瘍に下痢を伴えばZollinger-Ellison症候群を考える点も押さえておきましょう。過敏性腸症候群の診断では警告徴候を確認して器質的疾患を除外することが前提であり、便通異常を病態生理から整理する力は日常診療で役立ちます。
解答・解説
正解はbです
本問は、下痢と便秘という代表的な便通異常を、どの疾患が起こしやすいかを問う問題である。 下痢は、便の水分量が増えて軟便・水様便となり、排便回数が増える状態である。機序としては、(1)浸透圧性(吸収されない物質が腸管内に水を引き込む)、(2)分泌性(腸管上皮からの水・電解質分泌の亢進)、(3)滲出性(炎症による粘膜障害)、(4)腸管運動異常(蠕動亢進で水分吸収の時間が不足する)に大別される。 一方、便秘は腸管運動の低下(自律神経障害、代謝・内分泌異常、薬剤など)や器質的狭窄によって生じる。 選択肢を「腸管運動を高める方向に働くか、低める方向に働くか」という視点で整理すると判断しやすい。過敏性腸症候群は、腸の運動と知覚の機能異常によって腹痛とともに下痢や便秘を繰り返す機能性疾患であり、下痢型・混合型では下痢が主症状となる。これに対し、Parkinson病と甲状腺機能低下症は腸管運動を低下させて便秘をきたしやすい。肝硬変は便秘が肝性脳症の誘因になる疾患として重要であり、十二指腸潰瘍の主な症状は心窩部痛と消化管出血である。したがって、最も下痢をきたしやすいのは過敏性腸症候群である。
選択肢考察
- ×a. 十二指腸潰瘍
十二指腸潰瘍の主な症状は、空腹時や夜間に強くなり、食事で軽快する心窩部痛である。合併症として出血(吐血、黒色のタール便)、穿孔、幽門・球部の狭窄を起こす。胃酸分泌は亢進していることが多いが、通常は下痢の原因にならない。例外として、ガストリン産生腫瘍によるZollinger-Ellison症候群では、大量の胃酸が小腸に流れ込み、膵酵素が失活して脂肪の吸収障害が起こるため、難治性潰瘍に下痢を伴う。ただし、一般的な十二指腸潰瘍が下痢をきたしやすいとはいえない。
- ○b. 過敏性腸症候群
過敏性腸症候群(IBS: irritable bowel syndrome)は、内視鏡などで器質的な異常がないにもかかわらず、腹痛と便通異常(下痢・便秘)が慢性に繰り返される機能性消化管疾患である。腸管運動の亢進、内臓知覚過敏、ストレスなどを介した脳腸相関の異常が病態に関わっている。便の性状によって便秘型・下痢型・混合型・分類不能型に分けられ、下痢型と混合型では下痢が主要な症状となる。緊張や心理的ストレスで腹痛と下痢が誘発され、排便すると腹痛が軽くなるのが典型的である。選択肢の中で下痢をきたしやすい疾患として最も適切である。
- ×c. 肝硬変
肝硬変で便通異常が問題になるのは、主に便秘である。便秘になると腸内細菌によるアンモニアなどの窒素化合物の産生・吸収が増え、肝性脳症の誘因となる。そのため、排便コントロールが治療上重要であり、ラクツロースなどの合成二糖類で便を軟らかくして排便を促す。肝硬変でも胆汁酸分泌の低下や薬剤の影響で軟便になることはあるが、下痢をきたしやすい代表的な疾患とはいえない。
- ×d. Parkinson病
Parkinson病では、運動症状(安静時振戦、筋強剛、無動、姿勢保持障害)だけでなく、自律神経症状を中心とした非運動症状が多い。便秘はその代表で、腸管の神経叢にもαシヌクレインの蓄積が及び腸管運動が低下するためである。便秘は運動症状が出る何年も前から現れることがある。さらに、抗コリン薬などの治療薬によって便秘が悪化することもある。下痢はきたしにくい。
- ×e. 甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンは全身の代謝と消化管の運動を高める働きをもつ。このホルモンが不足する甲状腺機能低下症では腸管蠕動が低下するため、便秘をきたしやすい。ほかに寒がり、体重増加、徐脈、皮膚乾燥、粘液水腫、無気力などを伴う。反対に、甲状腺機能亢進症(Basedow病など)では腸管蠕動が亢進し、排便回数の増加や下痢がみられる。本選択肢はこの亢進症との取り違えを狙ったものである。
下痢の機序と代表例
・浸透圧性下痢: 乳糖不耐症、マグネシウム製剤・ラクツロースなどの下剤、吸収不良症候群。絶食すると軽快する。 ・分泌性下痢: コレラ、毒素原性大腸菌、VIP(血管作動性腸管ペプチド)産生腫瘍(WDHA症候群)、カルチノイド症候群。絶食しても持続する。 ・滲出性(炎症性)下痢: 潰瘍性大腸炎、Crohn病、細菌性腸炎(赤痢、カンピロバクターなど)。血便や粘血便を伴うことがある。 ・腸管運動亢進による下痢: 甲状腺機能亢進症、過敏性腸症候群(下痢型)、胃切除後のダンピング症候群。
便秘をきたしやすい疾患・状態
・内分泌・代謝: 甲状腺機能低下症、高カルシウム血症(副甲状腺機能亢進症など)、低カリウム血症、糖尿病(自律神経障害。ただし糖尿病では下痢を起こすこともある)。 ・神経疾患: Parkinson病、脊髄損傷、多発性硬化症。 ・薬剤: オピオイド、抗コリン薬、カルシウム拮抗薬、鉄剤など。 ・器質性: 大腸癌などによる狭窄。
過敏性腸症候群の診断(Rome IV基準の概要)
・最近3か月間、腹痛が平均して週1日以上繰り返し起こる。 ・腹痛が次の2項目以上を伴う: 排便に関連する、排便頻度の変化を伴う、便の形状(外観)の変化を伴う。 ・6か月以上前に症状が始まっている。 ・診断には、大腸癌や炎症性腸疾患などの器質的疾患の除外が前提となる。特に、50歳以上での発症、血便、発熱、体重減少、夜間の症状などの警告徴候があれば大腸内視鏡検査で精査する。
肝硬変と便秘
便秘、消化管出血、感染症、脱水、高蛋白食、鎮静薬などは肝性脳症の誘因である。治療では、合成二糖類(ラクツロースなど)による排便コントロール、難吸収性抗菌薬(リファキシミン)、蛋白制限と分岐鎖アミノ酸製剤などを用いる。
POINT
・過敏性腸症候群は、器質的異常なく腹痛と便通異常(下痢・便秘・交互)を繰り返す機能性疾患であり、下痢型・混合型で下痢がみられる。 ・甲状腺機能亢進症では下痢、甲状腺機能低下症では便秘をきたす(取り違えに注意)。 ・Parkinson病では自律神経障害による便秘が多く、運動症状より先に現れることもある。 ・肝硬変では便秘が肝性脳症の誘因となるため、排便コントロールが重要である。 ・十二指腸潰瘍の主症状は空腹時の心窩部痛と出血である。潰瘍に下痢を伴う場合はZollinger-Ellison症候群を考える。
