「詰まる」ではなく「広がる」―腹部大動脈瘤の治療は破裂を防ぐことから考える
第102回医師国家試験 G問題 第33問
国試問題にチャレンジ
腹部大動脈瘤の治療法はどれか。2つ選べ。
- a.塞栓術
- b.血栓除去術
- c.血栓溶解療法
- d.人工血管置換術
- e.ステントグラフト術
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
腹部大動脈瘤は主に動脈硬化を背景に腹部大動脈が拡張する病気で、治療の目的は破裂の予防にあります。治療法は、開腹して病変部を人工血管に置き換える人工血管置換術と、カテーテルでステントグラフトを留置して瘤を血流から隔離するステントグラフト内挿術(EVAR)の2つです。前者は侵襲が大きいものの長期成績に優れ、後者は低侵襲ですが解剖学的条件を満たす必要があり、エンドリークに備えた長期の画像フォローを要します。塞栓術は脳動脈瘤や分枝の動脈瘤に用いるもので大動脈本幹には行わず、血栓除去や血栓溶解は「詰まる」病態の治療なので適応がありません。病態が「詰まる」のか「広がる」のかを見極めて治療の考え方を選ぶ視点は、血管疾患全般の理解に役立ちます。
解答・解説
正解はd, eです
腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm:AAA)は、腹部大動脈の壁が脆弱化して局所的に拡張した状態であり、多くは腎動脈分岐部より末梢(腎動脈下)に生じる。主な原因は動脈硬化で、高齢男性・喫煙・高血圧が危険因子である。大半は無症状のまま経過し、健診や他疾患の画像検査で偶然発見されることが多い。 治療の目的は「破裂の予防」である。瘤は径が大きいほど破裂しやすく、破裂すると死亡率が非常に高いため、破裂リスクが手術リスクを上回った時点で予防的に治療する。つまり治療とは、脆弱になった瘤壁に血圧がかからないようにすることであり、その方法は次の2つに大別される。 1)開腹して瘤を切開し、病変部を人工血管に置き換える(人工血管置換術) 2)血管内からステントグラフトを留置して瘤の内腔を血流から隔離する(ステントグラフト内挿術:EVAR) 一方、大動脈瘤は血管が「詰まる」病態ではなく「広がる」病態である。そのため、閉塞性疾患に用いる血栓除去や血栓溶解は目的に合わず、また本幹である大動脈そのものを塞栓することは下流臓器の虚血を招くため行えない。この病態の違いを押さえれば、正解の2つを選ぶことができる。
選択肢考察
- ×a. 塞栓術
塞栓術は、コイルや塞栓物質で血管や瘤内腔を詰めて血流を途絶させる方法である。脳動脈瘤(コイル塞栓術)や、脾動脈瘤・腎動脈瘤・腸間膜動脈瘤など末梢分枝の動脈瘤には用いられる。しかし腹部大動脈は骨盤内臓器や両下肢へ血液を送る本幹であり、ここを塞栓すれば下流が広範に虚血に陥るため、大動脈瘤そのものの治療にはならない。なお、ステントグラフト留置の際に内腸骨動脈を塞栓したり、術後のエンドリーク(瘤内への血流の残存)に対して分枝動脈を塞栓したりすることはあるが、これらは補助的な処置である。
- ×b. 血栓除去術
血栓除去術は、急性動脈閉塞(塞栓症・血栓症)などで血管内腔を塞いだ血栓を、バルーンカテーテル(Fogartyカテーテル)などで取り除き血流を再開させる治療である。腹部大動脈瘤では瘤内に壁在血栓がしばしばみられるが、血流は保たれており、血栓を取り除いても拡張した瘤壁の脆弱性は改善せず破裂予防にならない。むしろ操作で血栓片が末梢に飛ぶ(末梢塞栓)危険がある。
- ×c. 血栓溶解療法
血栓溶解療法は、ウロキナーゼや組織プラスミノーゲンアクチベータ(t-PA)などを用いて新鮮な血栓を溶かし、閉塞した血管を再開通させる治療である(急性心筋梗塞、脳梗塞急性期、肺血栓塞栓症などで用いられる)。大動脈瘤は閉塞性疾患ではないため適応がない。瘤内の壁在血栓は古く器質化しており薬剤が効きにくいうえ、溶解できたとしても瘤の拡張は変わらない。
- ○d. 人工血管置換術
開腹(または後腹膜アプローチ)で大動脈を遮断し、瘤を切開して病変部を人工血管(ポリエステル製など)に置き換える手術で、腹部大動脈瘤に対する古くからの標準的根治術である。瘤そのものを血流から除外するので破裂予防効果が確実で、長期成績も安定しており、術後の定期的な画像検査の負担も少ない。一方、全身麻酔・開腹・大動脈遮断を要するため侵襲が大きく、高齢者や重篤な心肺疾患を持つ患者ではリスクが高くなる。
- ○e. ステントグラフト術
ステントグラフト内挿術(endovascular aneurysm repair:EVAR)は、金属ステントに人工血管の布を組み合わせた器具(ステントグラフト)を、大腿動脈などからカテーテルで挿入し、瘤の部分に留置する治療である。瘤の中にもう一本の血管の通り道を作ることで、瘤壁に血圧がかからなくなり、破裂が予防され、瘤の縮小も期待できる。開腹が不要で低侵襲なため、当初は開腹手術に耐えられない高リスク患者が主な対象であったが、専用の市販デバイスが普及した現在では、瘤の中枢側の正常部分(ネック)の長さや角度、アクセス血管の太さなど解剖学的条件を満たせば広く選択されている。ただし、エンドリーク(瘤内への血流の残存)やグラフトの移動が起こりうるため、術後も造影CTなどによる継続的な経過観察が必要である。
腹部大動脈瘤の概要
・定義:腹部大動脈の径が正常の1.5倍以上(おおむね3cm以上)に拡張したもの。 ・原因:大部分は動脈硬化性。そのほか感染性、炎症性、外傷性、Marfan症候群などの結合組織疾患。 ・危険因子:高齢、男性、喫煙、高血圧、家族歴。 ・症状:多くは無症状。腹部の拍動性腫瘤として触知されることがある。 ・破裂:突然の腹痛・腰背部痛とショックを呈し、死亡率が高い。 ・診断:腹部超音波(スクリーニング・経過観察)、造影CT(治療方針の決定)。
治療適応の目安
・最大短径がおおむね5.5cm以上(女性では5.0cm以上) ・急速な拡大(半年で5mm以上など) ・腹痛や圧痛などの症状がある場合、破裂・切迫破裂 ・嚢状瘤(紡錘状瘤より破裂しやすい) これに満たない小さな瘤では、禁煙と降圧療法を行いつつ画像で定期的に経過観察する。
開腹手術とステントグラフト術の比較
・人工血管置換術:侵襲が大きいが、根治性・長期成績に優れ、術後の追加治療は少ない。 ・ステントグラフト術:低侵襲で入院期間が短く、周術期死亡率が低い。一方、エンドリークなどにより追加治療を要することがあり、生涯にわたる画像での経過観察が必要。解剖学的条件(ネックの長さ・屈曲、アクセス血管径)を満たす必要がある。
閉塞性疾患との対比
血栓除去術・血栓溶解療法は急性動脈閉塞、急性心筋梗塞、脳梗塞などの「詰まる」病態に対する治療であり、「広がる」病態である動脈瘤とは治療の考え方が根本的に異なる。
POINT
・腹部大動脈瘤の治療目的は破裂予防である。 ・治療法は人工血管置換術(開腹手術)とステントグラフト内挿術(EVAR)の2つ。 ・EVARは低侵襲だが、解剖学的条件が必要で、エンドリークに対する長期の経過観察を要する。 ・塞栓術は末梢分枝の動脈瘤や脳動脈瘤に用いるもので、大動脈本幹には行わない。 ・血栓除去・血栓溶解は閉塞性疾患の治療であり、動脈瘤には適応がない。
