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「慰めることいつも」―近代外科学の父パレと医学史の偉人たち

第102回医師国家試験 F問題 第15問

国試問題にチャレンジ

第102回 F問題 第15問

 「治すこと時々,和らげることしばしば,慰めることいつも」との名言を遺した近代外科学の父と呼ばれているのは誰か。

  1. a.Hippocrates(ヒポクラテス)
  2. b.Robert Koch(ロベルト・コッホ)
  3. c.Ambroise Paré(アンブロワズ・パレ)
  4. d.Claude Bernard(クロード・ベルナール)
  5. e.Edward Jenner(エドワード・ジェンナー)

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医学史の一般教養問題だ。名言そのものより、「近代外科学の父」という呼び名が決め手になる。選択肢の人物がそれぞれ何の「父」なのかを整理しておけば迷わないよ。
医学生医学生
名言は聞いたことがあるんですが、誰の言葉かまでは覚えていませんでした。医学の父ならヒポクラテスですよね。
ドクタードクター
そう、ヒポクラテスは紀元前5〜4世紀の古代ギリシャの医師で「医学の父」「医聖」と呼ばれる。病気を神の罰や呪術ではなく自然現象としてとらえ、観察と経験に基づく医療を説いた人だ。ただ「近代」の人物ではないし、外科学の父でもない。
医学生医学生
では近代外科学の父は誰なんでしょう。消毒法のリスターを思い浮かべましたが、選択肢にはいませんね。
ドクタードクター
リスターは無菌外科の基礎を築いた重要人物だけど、「近代外科学の父」と呼ばれるのは16世紀フランスの外科医、アンブロワズ・パレだ。これが正解になる。
医学生医学生
16世紀というとかなり昔ですね。当時の外科はどんな立場だったんですか。
ドクタードクター
当時の外科は理髪外科医と呼ばれる職人が担っていて、学問としての内科より低く見られていたんだ。パレもその理髪外科医から身を起こし、軍医として戦場で多くの負傷者を診た。そこで経験と観察に基づいて、従来の処置を次々と見直していったんだよ。
医学生医学生
具体的にはどんなことを変えたんですか。
ドクタードクター
有名なのは2つ。1つは銃創の処置だ。当時は銃創を毒とみなして、煮えたぎった油で焼くのが常識だった。パレは油が足りなくなったときに卵黄やバラ油などの軟膏で手当てしたところ、そちらの患者のほうが経過がよいことに気づき、穏やかな軟膏療法を広めた。もう1つは四肢切断のときの止血で、焼きごてで焼く代わりに血管を糸で縛る結紮止血を行ったんだ。
医学生医学生
外科手技の講義で習った結紮が、そんな昔までさかのぼるとは思いませんでした。
ドクタードクター
ほかにも義肢を考案したり、著作をラテン語ではなくフランス語で書いて外科の知識を広く普及させたりした。そして「我包帯し、神これを癒したまう」という言葉も伝えられている。設問の名言と同じく、医療の限界への謙虚さと患者に寄り添う姿勢を示す人物として紹介されるんだ。
医学生医学生
名言は「いつも治せるわけではないけれど、和らげることや慰めることはいつでもできる」という意味ですよね。緩和ケアの講義で引用されていた気がします。
ドクタードクター
よく覚えているね。全人的医療や緩和ケアの精神に通じる言葉として、医学教育でよく引用される。ただ、日本ではパレの言葉として紹介されることが多い一方、19世紀米国の結核医トルドーの言葉とされることもあって、出典ははっきりしない。だからこそ、この問題は「近代外科学の父」から解くのが確実なんだ。
医学生医学生
残りの人物も確認させてください。コッホは結核菌の発見者で、微生物学の講義で「コッホの原則」を習いました。
ドクタードクター
そう。19世紀ドイツの細菌学者で、パスツールと並ぶ近代細菌学の父だ。炭疽菌の純培養、結核菌とコレラ菌の発見、特定の微生物が特定の病気の原因であることを示すためのコッホの原則で知られ、ノーベル賞も受賞している。北里柴三郎の師でもあるね。
医学生医学生
クロード・ベルナールは生理学の講義で名前が出てきました。ホメオスタシスと関係があったような……。
ドクタードクター
いい線だ。ベルナールは19世紀フランスの生理学者で「実験医学の父」。細胞を取り巻く「内部環境」を一定に保つ仕組みという概念を唱え、それがのちにキャノンのホメオスタシスへと発展した。肝臓のグリコーゲン生成の発見でも知られる。
医学生医学生
ジェンナーは種痘ですね。ワクチンの語源が雌牛だというのは、公衆衛生の講義で聞いて印象に残っています。
ドクタードクター
その通り。牛痘にかかった乳搾りの女性は天然痘にかからないという言い伝えに着目し、1796年に牛痘接種で天然痘を予防できることを示した「予防接種の父」だ。ラテン語で雌牛を意味するvaccaがvaccineの語源で、種痘の普及は1980年の天然痘根絶宣言につながった。
医学生医学生
古代のヒポクラテス、16世紀のパレ、18〜19世紀のジェンナー、19世紀のベルナールとコッホ、と時代順に並べると覚えやすいですね。
ドクタードクター
そうだね。ついでに、近代解剖学の父ヴェサリウス、血液循環説のハーヴェイ、細胞病理学のフィルヒョウ、消毒法のリスターも同じ流れで押さえておくといい。医学史は暗記科目に見えるけれど、それぞれの人物が当時の常識を観察と実験で覆してきた歴史だ。パレの名言が今も引用されるのは、技術が進歩しても患者に寄り添うという医療の本質が変わらないからだよ。

まとめ

「近代外科学の父」と呼ばれるのは16世紀フランスの外科医アンブロワズ・パレで、理髪外科医から身を起こし、戦場経験をもとに銃創の焼灼をやめて軟膏療法を広め、四肢切断時に血管結紮による止血を行うなど、経験と観察に基づく合理的な外科を築きました。「治すことは時々、和らげることはしばしば、慰めることはいつも」という言葉は日本ではパレのものとして紹介されることが多いものの、トルドーの言葉とする説もあり、全人的医療や緩和ケアの精神を表す言葉として引用されます。ヒポクラテスは医学の父、コッホは結核菌・コレラ菌の発見とコッホの原則で知られる細菌学者、ベルナールは内部環境の概念を唱えた実験医学の父、ジェンナーは種痘を確立した予防接種の父です。偉人を時代順と分野で整理しておくと覚えやすく、医療の限界を知りつつ患者に寄り添うという医師の基本姿勢を考えるきっかけにもなります。

解答・解説

正解はcです

※この問題は、厚生労働省の発表により、正解した受験者は採点対象に含め、不正解の受験者は採点対象から除外する扱いとされています。

医学史上の人物と業績を問う一般教養的な問題である。 手がかりは「近代外科学の父」という呼び名である。この称号で呼ばれるのは、16世紀フランスの外科医アンブロワズ・パレ(Ambroise Paré)である。当時の外科は理髪外科医と呼ばれる職人が担い、学問としての内科より低く見られていた。パレはこうした立場から出発し、戦場での豊富な経験をもとに、銃創を煮えたぎった油で焼く従来の処置をやめて穏やかな軟膏で手当てする方法を広め、切断術では焼灼止血に代わって血管結紮による止血を行うなど、経験と観察に基づく合理的な外科を築いた。 設問の名言「治すことは時々、和らげる(苦痛を軽減する)ことはしばしば、慰めることはいつもできる」は、医療が常に病気を治せるわけではないが、苦痛の緩和と患者に寄り添うことは常に可能であり、それこそが医師の務めであるという考えを示す。日本の医学教育ではパレの言葉として紹介されることが多いが、19世紀米国の結核医エドワード・トルドー(Edward L. Trudeau)の言葉とされることもあり、出典は必ずしも明確ではない。いずれにしても本問は「近代外科学の父」からパレを選べばよい。 他の選択肢の人物は、それぞれ古代医学、細菌学、実験生理学、予防接種の分野で知られる人物であり、外科学との結びつきはない。 なお本問は、正解した受験者については採点対象に含め、不正解の受験者については採点対象から除外された。問題自体は適切であるが、医学史上の人物を問う内容が必修問題としては妥当でないと判断されたためと考えられる。

選択肢考察

  1. ×a.  Hippocrates(ヒポクラテス)

    紀元前5〜4世紀の古代ギリシャの医師で、「医学の父(医聖)」と呼ばれる。病気を神々の罰や呪術ではなく自然現象としてとらえ、患者の観察と経験に基づく医療を唱えた。体液病理説(四体液説)や、医師の倫理規範の原型とされる「ヒポクラテスの誓い」で知られる。近代の人物ではなく、「近代外科学の父」にはあたらない。

  2. ×b.  Robert Koch(ロベルト・コッホ)

    19世紀ドイツの医師・細菌学者で、パスツールと並ぶ「近代細菌学の父」である。炭疽菌の純培養と病原性の証明、結核菌(1882年)とコレラ菌(1883年)の発見、特定の微生物が特定の病気の原因であることを示すための「コッホの原則(四原則)」の提唱で知られ、1905年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。北里柴三郎の師でもある。外科学の人物ではない。

  3. ○c.  Ambroise Paré(アンブロワズ・パレ)

    16世紀フランスの外科医で、「近代外科学の父」と称される。理髪外科医から身を起こし、軍医として戦場で多くの負傷者を診た。銃創を毒とみなして煮沸した油で焼灼する当時の処置をやめ、卵黄・バラ油などによる軟膏療法で良好な結果を得たこと、四肢切断時に焼きごてではなく血管結紮で止血したこと、義肢の考案などが業績として知られる。著作を学者の言語であるラテン語ではなくフランス語で書き、外科の知識を広く普及させた。「我包帯し、神これを癒したまう」という言葉も伝えられ、設問の名言とともに医療の限界と謙虚さ、患者に寄り添う姿勢を象徴する人物として紹介される。

  4. ×d.  Claude Bernard(クロード・ベルナール)

    19世紀フランスの生理学者で、「実験医学の父」「近代生理学の祖」と呼ばれる。生体の細胞を取り巻く環境を一定に保つ仕組みとして「内部環境(milieu intérieur)」の概念を提唱し、これはのちにキャノンの「ホメオスタシス(恒常性)」の考えへと発展した。肝臓のグリコーゲン生成、膵液の消化作用、血管運動神経の働きの発見などでも知られ、主著は『実験医学序説』である。外科学の人物ではない。

  5. ×e.  Edward Jenner(エドワード・ジェンナー)

    18〜19世紀英国の医師で、「予防接種(免疫学)の父」と呼ばれる。牛痘にかかった乳搾りの女性は天然痘にかからないという言い伝えに着目し、1796年に牛痘の接種によって天然痘を予防できることを示した(種痘法)。ワクチン(vaccine)の語は、ラテン語で雌牛を意味するvaccaに由来する。種痘の普及はのちの天然痘根絶(1980年WHO宣言)につながった。外科学の人物ではない。

医学史上の「〜の父」と主な業績

・ヒポクラテス(古代ギリシャ): 医学の父。経験と観察に基づく医学、ヒポクラテスの誓い ・ガレノス(古代ローマ): 動物解剖に基づく解剖学・生理学を体系化し、中世まで権威とされた ・ヴェサリウス(16世紀、ベルギー出身): 近代解剖学の父。人体解剖に基づく『ファブリカ(人体構造論)』 ・パレ(16世紀、フランス): 近代外科学の父。血管結紮、銃創の軟膏療法 ・ハーヴェイ(17世紀、英国): 血液循環説 ・ジェンナー(18〜19世紀、英国): 種痘法、予防接種の父 ・ベルナール(19世紀、フランス): 実験医学、内部環境の概念 ・パスツール(19世紀、フランス): 自然発生説の否定、狂犬病ワクチン ・コッホ(19世紀、ドイツ): 結核菌・コレラ菌の発見、コッホの原則 ・リスター(19世紀、英国): フェノール(石炭酸)による消毒法、無菌外科の基礎 ・フィルヒョウ(19世紀、ドイツ): 細胞病理学(「すべての細胞は細胞から」)

名言の意味

「治すことは時々、和らげることはしばしば、慰めることはいつも」は、治癒が得られない場合でも苦痛の緩和と精神的な支えは常に提供できるという、全人的医療や緩和ケアの精神に通じる言葉として医学教育で引用される。

POINT

・「近代外科学の父」はアンブロワズ・パレ(16世紀フランス、血管結紮による止血、銃創の軟膏療法)。 ・ヒポクラテス=医学の父、コッホ=細菌学(結核菌・コレラ菌、コッホの原則)、ベルナール=実験医学・内部環境、ジェンナー=種痘。 ・本問は必修問題として妥当でないとされ、正解者のみ採点対象に含める扱いとなった。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。