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患者の権利はどこまで?―逸失利益の補償が当てはまらない理由

第102回医師国家試験 F問題 第1問

国試問題にチャレンジ

第102回 F問題 第1問

医療機関に対する患者の権利でないのはどれか。

  1. a.治療法を選択する。
  2. b.診療録の記載内容を知る。
  3. c.セカンドオピニオンを得る。
  4. d.診療報酬明細書の内容を知る。
  5. e.疾病に伴う逸失利益の補償を得る。

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は医療倫理の基本、患者の権利についての問題だ。ポイントは、患者が「医療機関に対して」何を求められるのか、という線引きにある。まず、患者の権利をまとめた代表的な国際文書を思い出せるかな。
医学生医学生
医療倫理の講義で習ったリスボン宣言ですね。世界医師会が採択したものだったと思います。
ドクタードクター
その通り。1981年に採択され、その後も改訂を重ねている。良質の医療を受ける権利、選択の自由、自己決定の権利、情報に対する権利、秘密を守られる権利、尊厳を保つ権利などが柱だ。患者の権利は、裏返せば医師や医療機関の義務だと考えると整理しやすいよ。
医学生医学生
治療法を選ぶのは、自己決定権そのものですね。
ドクタードクター
そう。医師は病状や治療の選択肢、それぞれの利点と危険性、治療しない場合の見通しを説明し、患者は理解したうえで治療を選んだり、拒否したりできる。この手続きがインフォームド・コンセントだ。
医学生医学生
臨床実習で手術前の説明に同席したとき、先生が「治療しないという選択肢もあります」と必ず伝えていたのが印象的でした。
ドクタードクター
大事な場面を見たね。次は診療録。カルテの記載内容を患者が知ることはどうだろう。
医学生医学生
カルテは病院が作る記録なので、患者が見られるのか少し迷います。
ドクタードクター
そう考える人は多いけれど、記録されているのは患者本人の個人情報なんだ。厚生労働省の指針や個人情報保護法でも、本人が請求すれば原則として開示するとされている。ただし、開示が本人の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがある場合や、第三者の利益を害するおそれがある場合などには、例外的に全部または一部を開示しないことも認められている。
医学生医学生
セカンドオピニオンも、自分で納得して決めるための手段なので権利ですよね。
ドクタードクター
そう、選択の自由と自己決定権の延長にある。主治医は紹介状や検査結果を用意して協力するのが望ましい。セカンドオピニオンは必ずしも主治医を替えることを意味しない点も覚えておこう。なお、多くの医療機関では相談として扱われ、公的医療保険の対象外になっている。
医学生医学生
診療報酬明細書はレセプトのことですよね。医療機関と保険者のやりとりの書類なのに、患者に関係があるんでしょうか。
ドクタードクター
いい疑問だ。レセプトは医療機関が保険者に医療費を請求する書類だけれど、自分がどんな診療を受け、いくら請求されたかを知るのは患者の権利なんだ。本人は保険者に開示を請求できるし、現在は個別の診療内容がわかる明細書を医療機関が原則無料で発行する仕組みもある。
医学生医学生
となると、残るのは逸失利益の補償ですね。病気で働けなかった分の収入を病院が補償する、というのは確かに筋が違う気がします。
ドクタードクター
それが正解だ。逸失利益とは、その出来事がなければ得られたはずの利益のこと。病気で休業して収入が減ったのは病気そのものによる損失で、診療を担った医療機関に補償を求める権利はない。
医学生医学生
でも、医療ミスで後遺症が残った場合は、病院に損害賠償を請求できるのではないですか。
ドクタードクター
鋭い指摘だね。医療過誤で損害が生じたときは、民事上の損害賠償として逸失利益を請求できることがある。ただしそれは過失責任の問題で、「疾病に伴う」損失一般の補償とは別の話だ。病気による収入減には、別の制度が用意されている。
医学生医学生
傷病手当金でしょうか。社会医学の講義で出てきました。
ドクタードクター
そう。健康保険などの被保険者が業務外の病気やけがで働けず、給与が出ないときに支給される。業務上や通勤中の傷病なら労災保険の休業補償給付、障害が残れば障害年金、ほかに民間の医療保険や所得補償保険もある。いずれも医療機関が支払うものではないんだ。
医学生医学生
患者さんから仕事やお金の不安を相談されたら、医療ソーシャルワーカーにつなぐのも大事ですね。
ドクタードクター
まさにそうだね。患者の権利を守ることは医療者の義務だけれど、生活面の支えは社会保障制度と多職種で担う。この区別を知っておくと、患者さんへの説明もぶれなくなるよ。

まとめ

患者の権利は世界医師会のリスボン宣言にまとめられており、良質の医療を受ける権利、選択の自由、自己決定権、情報に対する権利、守秘や尊厳の尊重などが柱で、裏返せば医療者側の義務にあたります。治療法の選択はインフォームド・コンセントに基づく自己決定権、セカンドオピニオンは選択の自由の延長、診療録や診療報酬明細書の内容を知ることは自分の診療情報に対する権利として認められています。一方、病気で働けなかったことによる逸失利益は病気そのものによる損失であり、医療機関に補償を求める権利はありません(医療過誤による損害賠償は別の問題です)。疾病による収入減には傷病手当金、労災保険の休業補償給付、障害年金、民間保険などの制度で対応します。医療者が負う義務と社会保障制度の役割を区別して理解しておくことは、患者さんに適切な説明や支援を行うための基本になります。

解答・解説

正解はeです

テーマの要点

患者の権利とは、医療を受ける人が医師・医療機関に対して主張できる権利であり、裏返せば医療者側が負う義務である。国際的には世界医師会(WMA)の「患者の権利に関するリスボン宣言」(1981年採択、その後改訂)にまとめられており、主な内容は次のとおりである。 ・良質の医療を受ける権利 ・医師や医療機関を自由に選ぶ権利(他の医師の意見を求める権利を含む) ・自己決定の権利(十分な説明を受けたうえで検査や治療を選び、また拒否する権利) ・情報に対する権利(自分の診療記録に記載された情報を知る権利、知らされない権利を含む) ・秘密保持(守秘)に関する権利 ・健康教育を受ける権利 ・尊厳を保つ権利、宗教的支援を受ける権利

正解を導く考え方

選択肢のうち、治療法の選択は自己決定権、診療録や診療報酬明細書の内容を知ることは自己の診療情報をコントロールする権利、セカンドオピニオンは医師選択の自由と自己決定権の延長として位置付けられる。一方、病気で働けなかった期間の収入減(逸失利益)の補償は、医療行為そのものに対する権利ではなく、病気という出来事によって生じた経済的損失の問題である。これを医療機関が補償する義務はなく、患者の権利には含まれない。したがって「権利でないもの」はeである。

選択肢考察

  1. ×a.  治療法を選択する。

    患者の権利である。医師は病状、考えられる治療法、それぞれの利点・危険性・見通し、治療しない場合の経過などを分かりやすく説明し、患者はそれを理解したうえで治療法を選び、あるいは治療を拒否することができる。これが自己決定権であり、その手続きがインフォームド・コンセント(説明を受けたうえでの同意)である。医療法でも、医療の担い手は適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努めることが定められている。

  2. ×b.  診療録の記載内容を知る。

    患者の権利である。診療録(カルテ)に記録された情報は患者本人の個人情報であり、患者は自分の診療情報を知る権利をもつ。2003年に厚生労働省が策定した「診療情報の提供等に関する指針」では、患者本人から請求があれば医療機関は原則として診療記録を開示すべきとされ、2005年に全面施行された個人情報保護法でも、本人は保有個人データの開示を請求できる。ただし、開示によって本人の心身に重大な悪影響を及ぼすおそれがある場合や、第三者の利益を害するおそれがある場合などには、例外的に全部または一部を開示しないことが認められている。

  3. ×c.  セカンドオピニオンを得る。

    患者の権利である。セカンドオピニオンとは、診断や治療方針について、主治医以外の医師に意見を求めることである。患者が納得して治療法を選ぶ(自己決定する)ための手段であり、医療機関を選ぶ自由とも結びつく。主治医は、患者がセカンドオピニオンを希望した場合、紹介状や検査結果などの資料を提供して協力することが望ましい。なお、セカンドオピニオン外来は診療ではなく相談として扱われ、多くの医療機関で公的医療保険の対象外(自費)とされている。

  4. ×d.  診療報酬明細書の内容を知る。

    患者の権利である。診療報酬明細書(レセプト)は、医療機関が保険者(健康保険組合など)に医療費を請求するために、行った診療行為や薬剤などを記載した書類である。患者は自分がどのような診療を受け、いくら請求されたかを知る権利があり、本人が保険者に開示を請求すると、主治医に診療上の支障がないかを確認したうえで原則として開示される。さらに現在は、電子請求を行う医療機関などに対し、個別の診療内容がわかる明細書を患者に無料で発行することが原則として義務付けられている。

  5. ○e.  疾病に伴う逸失利益の補償を得る。

    患者の権利ではなく、これが正解である。逸失利益とは、ある出来事がなければ得られたはずの利益(本来得られたはずの収入など)をいう。病気で入院・休業した結果の収入減は病気そのものによる損失であり、診療を担う医療機関にその補償を求める権利はない。疾病による収入減への備えとしては、公的医療保険の傷病手当金(被用者保険の被保険者が業務外の病気で働けない場合に支給される)、業務上・通勤中の傷病に対する労災保険の休業補償給付、交通事故における自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)や加害者への賠償請求、民間の医療保険・所得補償保険などがある。なお、医療過誤によって損害が生じた場合には、民事上の損害賠償として逸失利益を医療機関に請求できることがあるが、これは過失責任の問題であり、選択肢のような「疾病に伴う」損失一般の補償を受ける権利とは異なる。

リスボン宣言(患者の権利に関するWMAリスボン宣言)

1981年にポルトガルのリスボンで採択され、1995年、2005年、2015年に改訂されている。医師は患者の権利を認め、擁護する責任を負うと定め、良質の医療を受ける権利、選択の自由、自己決定の権利、意識のない患者・法的無能力の患者への対応、患者の意思に反する処置の制限、情報に対する権利、守秘義務に対する権利、健康教育を受ける権利、尊厳に対する権利、宗教的支援に対する権利を挙げている。

情報に関する患者の権利

・知る権利:自分の病名・病状・診療記録の内容を知る。 ・知らないでいる権利:本人が明確に希望すれば、情報を知らされないことも認められる(他者の生命保護に必要な場合を除く)。 ・秘密を守られる権利:医師の守秘義務(刑法の秘密漏示罪、個人情報保護法など)によって保障される。

インフォームド・コンセントとセカンドオピニオン

インフォームド・コンセントは、①医師による十分な説明、②患者の理解、③患者の自発的な同意(または拒否)から成る。セカンドオピニオンは、患者がより納得して意思決定するための手段であり、主治医を替えること(転医)を必ずしも意味しない。

疾病による所得の損失に対する主な制度

・傷病手当金:健康保険などの被保険者が業務外の病気やけがで働けず、給与が支払われないときに支給される(国民健康保険では原則として任意給付)。 ・労災保険の休業(補償)給付:業務上または通勤による傷病で働けない場合。 ・障害年金:病気やけがで一定の障害が残った場合。 ・民間の医療保険・所得補償保険。 これらは医療機関が支払うものではない。

POINT

・患者の権利の柱は、良質な医療を受ける権利、選択の自由(セカンドオピニオン)、自己決定権(治療法の選択・拒否)、情報に対する権利(診療録・レセプトの開示)、守秘・尊厳の尊重である(リスボン宣言)。 ・患者の権利は裏返せば医師・医療機関の義務である。 ・診療録は本人の請求で原則開示、レセプトは保険者に開示請求でき、明細書は医療機関が無料発行する。 ・疾病による収入減(逸失利益)の補償は医療機関の義務ではなく、傷病手当金・労災保険・民間保険などの制度で対応する。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。