「輸血はしないで」と言った人が、いま目の前で出血している―意識清明な患者にまず伝えるべきこと
第102回医師国家試験 C問題 第16問
国試問題にチャレンジ
36歳の初産婦。前置胎盤と診断され帝王切開分娩のため妊娠37週で入院した。インフォームドコンセントを得る際に,宗教上の理由から血液製剤の使用を拒否した。手術は,児の娩出までは順調に進行したが,子宮収縮が不良で出血量2,500mLを超えた。輸液を施行しているが脈拍132/分,整,血圧80/40mmHgであり,このままでは生命に危険が及ぶと判断した。意識は清明。 対応として適切なのはどれか。
- a.血小板を投与する。
- b.新鮮凍結血漿を投与する。
- c.夫に通告して輸血を施行する。
- d.生命の危険があることを本人に伝える。
- e.本人にわからないように輸血を施行する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生
ドクター
医学生まとめ
判断能力のある成人には、十分な説明を受けたうえで治療を拒否する権利(自己決定権)があり、宗教上の理由による輸血拒否もその一つとして尊重されます。術中に生命の危機が生じても、患者の意識が清明であれば、まず生命の危険があることと輸血の必要性を本人に伝え、改めて意思を確認することが最初の対応です。血小板製剤や新鮮凍結血漿も血液製剤であり、家族の同意で本人の意思を覆すことや本人に隠して輸血することは許されず、特に後者は重大な倫理違反です。2000年の最高裁判決が示すように、緊急時の方針を含めた術前の説明と、受け入れ可能な製剤・処置の具体的な確認が欠かせません。患者の価値観と救命のはざまでどう行動すべきかを学ぶことは、インフォームドコンセントの本質を理解し、信頼される臨床医になるための土台となります。
解答・解説
正解はdです
状況の整理
・36歳の成人女性(初産婦)。前置胎盤のため予定帝王切開となった。前置胎盤は胎盤が子宮下部に付着するため、児娩出後に胎盤剥離面からの出血が止まりにくく、もともと大量出血が予想される病態である。 ・術前のインフォームドコンセント(説明を受けたうえでの同意)の場で、宗教上の理由により血液製剤の使用を拒否している。 ・術中、子宮収縮不良(弛緩出血)により出血量が2,500mLを超え、輸液を行っても脈拍132/分、血圧80/40mmHgとショック状態にある。医師は生命の危険があると判断している。 ・一方で「意識は清明」と明記されている。帝王切開は脊髄くも膜下麻酔などの区域麻酔で行われることが多く、術中でも患者本人と会話し、意思を確認できる状況である。
何が問われているか
本問は医学的な治療選択ではなく、医療倫理、特に患者の自己決定権とインフォームドコンセントの問題を問うている。判断能力のある成人患者が、十分な説明を受けたうえで治療を拒否する権利は尊重されなければならない。術前の輸血拒否の意思表示は、「出血が2,500mLを超えショック状態になり、輸血しなければ命に関わる」という現在の状況を具体的に想定したうえでの決定であったとは限らない。
考え方
意識が清明で判断能力が保たれている以上、医師がまず行うべきことは、現在の状態が生命に危険の及ぶものであること、輸血をしなければ救命できない可能性が高いことを本人に正確に伝え、改めて本人の意思を確認することである。そのうえで本人が輸血に同意すれば輸血を行い、なお拒否するのであれば、その意思を尊重しつつ、輸血以外で可能な止血・救命手段(子宮収縮薬、子宮双手圧迫、子宮内バルーンタンポナーデ、子宮動脈塞栓術、子宮摘出など)を尽くすことになる。家族の同意で代えたり、本人に隠して輸血したりすることは、自己決定権の侵害となる。
選択肢考察
- ×a. 血小板を投与する。
血小板製剤(濃厚血小板)は献血由来の血液製剤であり、患者が拒否している「血液製剤」に含まれる。本人の意思を確認しないまま投与すれば、意思に反する医療行為となる。また医学的にみても、血小板輸血は血小板数の減少による出血傾向がある場合に適応となるもので、ショックの主因である循環血液量・赤血球の喪失を補う手段ではない。
- ×b. 新鮮凍結血漿を投与する。
新鮮凍結血漿(FFP: fresh frozen plasma)も献血由来の血液製剤であり、本人が拒否しているものに該当する。意思確認をせずに投与することは許されない。なお、FFPは凝固因子が不足して出血傾向を来した場合(大量出血に伴う希釈性・消費性凝固障害など)にその補充目的で用いるものである。
- ×c. 夫に通告して輸血を施行する。
患者は意識清明で判断能力のある成人であり、治療に同意するか否かを決める権利は本人にある。夫などの家族は、本人が意思表示できない場合に本人の推定意思を伝える立場にとどまり、本人に代わって本人の明確な意思を覆す権限はない。本人が目の前で意思表示できる状況で、本人を差し置いて夫に通告し輸血することは、自己決定権の侵害である。
- ○d. 生命の危険があることを本人に伝える。
意識が清明であり、本人と直接意思疎通ができる状況である。術前の輸血拒否は、現在のような生命の危機を十分に想定したものではなかった可能性があるため、まず「このままでは命に関わる」「輸血をしなければ救命が困難である」という事実を本人に伝え、改めて輸血に同意するかどうかを本人に確認することが、インフォームドコンセントと自己決定権の尊重にかなう最初の対応である。その結果に応じて、輸血を行うか、無輸血での救命策を尽くすかを決める。
- ×e. 本人にわからないように輸血を施行する。
明確に拒否している本人に隠して輸血を行うことは、自己決定権を侵害するうえ、その事実を隠す点でも医師と患者の信頼関係を根本から損なう行為であり、倫理的に許されない(禁忌肢)。たとえ救命のためであっても、意識清明な患者に説明せずに意思に反する医療行為を行うことは正当化されない。
宗教的輸血拒否とは
代表例はエホバの証人の信者で、全血・赤血球・血小板・血漿の輸血を拒否することが多い。一方、アルブミン製剤や凝固因子製剤などの血漿分画製剤、自己血回収(術中回収式自己血輸血)などを受け入れるかどうかは個人によって異なる。したがって術前に「どの製剤・処置なら受け入れるか」を具体的に確認しておく必要がある。
判例
2000年の最高裁判決(いわゆるエホバの証人輸血拒否事件)では、輸血を拒否する意思を明確にしていた患者に対し、「救命のためほかに手段がなければ輸血する」という病院の方針を説明しないまま手術を行い輸血した医師側の責任が認められた。輸血を伴う医療行為を拒否する意思決定をする権利は人格権の一内容として尊重されるべきとされ、方針を説明して患者に手術を受けるかどうかの選択の機会を与えることが求められた。
宗教的輸血拒否に関するガイドライン(2008年、日本輸血・細胞治療学会などの合同委員会)の骨子
・当事者が18歳以上で医療に関する判断能力がある場合:本人の意思を尊重する。医療側が無輸血治療を最後まで貫く場合は、本人から免責証明書の提出を受ける。医療側が無輸血治療は困難と判断した場合は、早めに転院を勧告する。 ・18歳未満、特に15歳未満や判断能力がない場合:親権者が拒否しても、生命の危険があり輸血が必要と判断されれば、最終的に輸血を行う方向での対応が示されている(親権者の同意が得られない場合は医療ネグレクトとして児童相談所への通告や親権停止などの手続きも考慮される)。
無輸血で行いうる産科出血への対応の例
子宮収縮薬(オキシトシン、メチルエルゴメトリン、プロスタグランジン製剤)、双手圧迫、子宮内バルーンタンポナーデ、圧迫縫合、子宮動脈塞栓術、子宮摘出術、トラネキサム酸(抗線溶薬)の投与など。前置胎盤のように大量出血が予想される症例では、これらを含む方針を術前に十分話し合い、対応可能な施設で管理することが重要である。
POINT
・判断能力のある成人には治療を拒否する権利(自己決定権)があり、医師はそれを尊重しなければならない。 ・意識清明な患者の方針を変更する必要が生じたときは、まず本人に現状と危険性を説明し、改めて意思を確認する。 ・家族の同意で本人の意思を覆すこと、本人に隠して輸血することは許されない(後者は禁忌肢)。 ・血小板製剤・新鮮凍結血漿も血液製剤であり、輸血拒否の対象に含まれうる。 ・大量出血が予想される症例では、無輸血の範囲(受け入れ可能な製剤・処置)と緊急時の方針を術前に明確にしておく。
