拍動の「内側」、靱帯の「下」―大腿静脈穿刺の刺入点を体表から決める
第102回医師国家試験 C問題 第12問
国試問題にチャレンジ
右鼠径・大腿部の写真を別に示す。赤い線は拍動を触れる部位を示す。 大腿静脈から中心静脈カテーテルを挿入する際の刺入部位はどこか。

- a.①
- b.②
- c.③
- d.④
- e.⑤
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
鼠径部では外側から大腿神経・大腿動脈・大腿静脈の順に並ぶ(NAVEL)ため、大腿静脈は動脈の拍動を触れる点のすぐ内側を穿刺します。高さは鼠径靱帯より1〜2横指ほど尾側が目安で、靱帯より頭側では外腸骨血管の領域となり、出血しても圧迫止血ができず後腹膜血腫を招く危険があります。動脈の外側は神経損傷、動脈直上は動脈誤穿刺につながるため不適切です。大腿静脈ルートは気胸がなく緊急時に有用ですが、感染や深部静脈血栓症が多く、現在はどの経路でも超音波ガイド下穿刺が推奨されます。体表解剖から安全な刺入点を導く考え方は、エコーを用いる時代でも手技の安全性を支える基本です。
解答・解説
正解はdです
大腿静脈穿刺の刺入点を、体表の目印(鼠径靱帯と大腿動脈の拍動)から決められるかを問う問題である。
写真の向き
写真は右鼠径部で、上が頭側、左が外側(したがって右が内側)である。赤い線は大腿動脈の拍動を触れる部位を示す。番号の位置関係は、①が赤線より頭側、②が赤線の外側、③が赤線の上(動脈の直上)、④が赤線の内側でやや尾側、⑤が赤線の内側で④より頭側(鼠径靱帯付近)にある。
考え方
鼠径靱帯のすぐ下(大腿三角の上部)では、外側から内側へ向かって大腿神経・大腿動脈・大腿静脈の順に並ぶ。大腿静脈は大腿動脈のすぐ内側を並走しているので、まず動脈の拍動を指で確認し、その内側を穿刺する。また、高さは鼠径靱帯より下でなければならない。靱帯より頭側で穿刺すると、血管は外腸骨動静脈となって後腹膜腔に入るため、誤穿刺や出血を体表から圧迫止血できず、後腹膜血腫という重大な合併症を招く。 以上から、「拍動の内側」かつ「鼠径靱帯より1~2横指ほど尾側」の条件を満たす④が刺入部位となる。一般に目安とされるのは、鼠径靱帯のほぼ中央(内側1/3~1/2の範囲)で動脈拍動を触れる点から、内側へ約1 cm、尾側へ約2横指(2~3 cm)の位置である。
選択肢考察
- ×a. ①
動脈拍動部位の頭側、鼠径靱帯のあたり、あるいはそれより上方に位置する。この高さで穿刺すると、鼠径靱帯を越えて外腸骨静脈・外腸骨動脈の領域に達するおそれがある。そこでの出血は後腹膜腔に広がって圧迫止血ができず、後腹膜血腫を起こしうるため、刺入部位として不適切である。
- ×b. ②
大腿動脈の外側にあたる。鼠径部では外側から神経・動脈・静脈の順に並ぶので、動脈の外側には大腿神経が走行しており、大腿静脈は存在しない。ここを穿刺すると静脈に到達しないうえ、大腿神経を損傷するおそれがある。
- ×c. ③
拍動を触れる赤線の直上、すなわち大腿動脈そのものの位置である。ここを穿刺すると大腿動脈を誤穿刺し、血腫・仮性動脈瘤・動静脈瘻などの合併症を生じうる。動脈穿刺(血液ガス採取や動脈カテーテル挿入)の部位であり、静脈穿刺の部位ではない。
- ○d. ④
大腿動脈の拍動部位のすぐ内側にあり、しかも鼠径靱帯より尾側に位置する。大腿静脈は動脈の内側を並走するため、この点で穿刺すれば大腿静脈に到達できる。鼠径靱帯より下なので、万一出血しても体表から圧迫止血が可能である。右鼠径部で行う場合は、左手の指の腹で動脈の拍動を確かめ、動脈をわずかに外側へ寄せるように押さえながら、右手に持った穿刺針でその内側を穿刺する。
- ×e. ⑤
動脈の内側ではあるが、④より頭側の鼠径靱帯付近に位置する。鼠径靱帯上やそれより上で穿刺すると、①と同様に外腸骨静脈の領域に入り、出血時に圧迫止血ができず後腹膜血腫を招く危険がある。静脈穿刺は鼠径靱帯より十分下で行う必要がある。
鼠径部の解剖
大腿三角(スカルパ三角)は、上縁を鼠径靱帯、外側縁を縫工筋、内側縁を長内転筋とする領域である。その中を外側から内側へ、大腿神経(Nerve)・大腿動脈(Artery)・大腿静脈(Vein)・空隙(Empty space)・リンパ管/リンパ節(Lymphatics)の順に並び、頭文字をとって「NAVEL」と覚える。大腿動脈・大腿静脈・大腿管は大腿鞘に包まれる。
中心静脈とCVP
中心静脈とは解剖学的な名称ではなく、右心房近くの胸腔内にある上大静脈・下大静脈を指す。中心静脈圧(CVP:central venous pressure)はほぼ右房圧を反映し、右室の収縮能、静脈還流量(循環血液量)、容量血管の緊張度、胸腔内圧などの影響を受ける。基準値は3~10 cmH2O程度とされるが、1回の値よりも経時的な変化をみることが重要である。 ・CVP上昇:右心不全、心タンポナーデ、三尖弁逆流などの右心系の異常、輸液・輸血の過剰、陽圧換気(PEEP:呼気終末陽圧)や慢性閉塞性肺疾患(COPD)・気道狭窄などによる胸腔内圧上昇 ・CVP低下:輸液・輸血不足(循環血液量減少)、末梢血管の虚脱(血管拡張) 循環血液量減少と心不全のように、上昇・低下の因子が同時に存在すると、CVPが見かけ上正常範囲に収まることがある。
中心静脈カテーテルの挿入経路と特徴
・内頸静脈:超音波ガイド下で穿刺しやすく、現在よく用いられる。合併症として総頸動脈誤穿刺、気胸など。 ・鎖骨下静脈:固定しやすく感染リスクが比較的低いが、気胸や、圧迫止血が困難な鎖骨下動脈誤穿刺の危険がある。 ・大腿静脈:気胸の危険がなく、心肺蘇生中などの緊急時にも手技が行いやすい。一方で、カテーテル関連血流感染や深部静脈血栓症の頻度が高いとされ、長期留置には向かない。 ・末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC):上腕の尺側皮静脈などから挿入する。 いずれの部位でも、現在は超音波ガイド下穿刺が推奨されている。
POINT
・鼠径部では外側から神経・動脈・静脈の順(NAVEL)に並ぶ。 ・大腿静脈は、大腿動脈の拍動を触れる点のすぐ内側で、鼠径靱帯より1~2横指下を穿刺する。 ・鼠径靱帯より上で穿刺すると、圧迫止血できない後腹膜出血の危険がある。 ・動脈の外側は大腿神経、動脈直上は動脈誤穿刺となる。
