鉛は「ヘムの工場」を止める―尿中δ-ALAで読み解く鉛健康診断
第102回医師国家試験 B問題 第28問
国試問題にチャレンジ
鉛健康診断の尿検査項目はどれか。
- a.馬尿酸
- b.マンデル酸
- c.トリクロロ酢酸
- d.δ-アミノレブリン酸
- e.β2-ミクログロブリン
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
鉛健康診断では、曝露指標である血中鉛量と、影響指標である尿中δ-アミノレブリン酸(δ-ALA)量が必須の検査項目です。鉛はヘム合成のδ-ALA脱水酵素を阻害するため基質のδ-ALAが蓄積して尿中に増え、さらにフェロケラターゼ阻害による赤血球プロトポルフィリンの増加も加わって貧血をきたします。尿中の生物学的モニタリング指標としては、トルエン→馬尿酸、キシレン→メチル馬尿酸、スチレン→マンデル酸、塩素系溶剤→トリクロロ酢酸の対応が重要で、β2-ミクログロブリンはカドミウムなどによる近位尿細管障害の指標です。鉛中毒では貧血・好塩基性斑点・鉛疝痛・下垂手が特徴であり、職業歴の聴取が診断の糸口になります。物質と指標の対応をヘム合成などの機序とあわせて理解することは、国試対策だけでなく産業保健の実務にも直結します。
解答・解説
正解はdです
有害物質を扱う労働者の健康診断では、体内に取り込まれた物質の量や、その物質による生体への影響を、血液・尿などの生体試料で評価する。これを生物学的モニタリングという。測定対象には、物質そのものやその代謝物を測る「曝露指標」と、物質が体に及ぼした変化を測る「影響指標」がある。 鉛業務に従事する労働者の健康診断(鉛健康診断)は鉛中毒予防規則に定められ、血液中の鉛の量(曝露指標)と、尿中のδ-アミノレブリン酸(δ-ALA)の量(影響指標)が必須の検査項目になっている。 尿中δ-ALAが指標になる理由は、ヘムの合成経路にある。ヘムはδ-ALAが2分子縮合してポルホビリノーゲンとなる段階から順に合成されるが、この縮合を担うδ-ALA脱水酵素(ALAD)は鉛によって強く阻害される。その結果、上流のδ-ALAが体内にたまり、尿中への排泄が増える。 ほかの選択肢は、有機溶剤の曝露指標となる尿中代謝物(馬尿酸、マンデル酸、トリクロロ酢酸)か、カドミウムなどによる腎尿細管障害の指標(β2-ミクログロブリン)である。「どの物質の健診で、どの尿中物質を測るか」の対応を覚えておくことが本問のポイントである。
選択肢考察
- ×a. 馬尿酸
誤り。馬尿酸はトルエンの尿中代謝物である。トルエンは体内で安息香酸に酸化され、グリシンと抱合して馬尿酸として尿へ排泄される。有機溶剤中毒予防規則に基づく健康診断で、トルエン曝露の指標として測定する。なお、キシレンの場合はメチル馬尿酸を測る。
- ×b. マンデル酸
誤り。マンデル酸はスチレンの尿中代謝物であり、フェニルグリオキシル酸とあわせてスチレン曝露の指標として測定する。スチレンは現在、特定化学物質障害予防規則(特化則)の「特別有機溶剤」として健康診断が行われている。
- ×c. トリクロロ酢酸
誤り。トリクロロ酢酸は、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタンといった塩素系有機溶剤の尿中代謝物で、これらの曝露指標として測定する(総三塩化物を測ることもある)。鉛健康診断の項目ではない。
- ○d. δ-アミノレブリン酸
正しい。鉛はヘム合成酵素のδ-ALA脱水酵素を阻害するため、その基質であるδ-ALAが蓄積し、尿中排泄量が増える。尿中δ-ALA量は鉛による生体影響を反映する指標として、血中鉛量とともに鉛中毒予防規則の鉛健康診断の必須項目に定められている。
- ×e. β2-ミクログロブリン
誤り。β2-ミクログロブリンは分子量約1万1800の低分子たんぱく質で、糸球体でろ過されたのち、ほとんどが近位尿細管で再吸収される。近位尿細管が障害されると再吸収されずに尿中へ多量に出てくるため、尿細管障害の指標となる。カドミウムの慢性曝露(イタイイタイ病)で上昇することが知られ、カドミウム関連の健康診断で用いられるが、鉛健康診断の必須項目ではない。
鉛がヘム合成に及ぼす影響
ヘム合成はグリシンとスクシニルCoAからδ-ALAがつくられることに始まり、ポルホビリノーゲン → ウロポルフィリノーゲン → コプロポルフィリノーゲン → プロトポルフィリン → ヘムと進む。鉛は主に次の酵素を阻害する。 ・δ-ALA脱水酵素:阻害されると血中・尿中のδ-ALAが増える。 ・コプロポルフィリノーゲン酸化酵素:阻害されると尿中コプロポルフィリンが増える。 ・フェロケラターゼ(プロトポルフィリンに鉄を入れる酵素):阻害されると赤血球中のプロトポルフィリンが増え、鉄の代わりに亜鉛が入った亜鉛プロトポルフィリンも増える。 これらの結果、ヘムの合成が低下して貧血となる。
鉛中毒の主な所見
・血液:貧血、赤血球の好塩基性斑点(ピリミジン5'-ヌクレオチダーゼの阻害による) ・消化器:鉛疝痛(強い腹痛)、便秘、歯肉の鉛縁 ・神経:伸筋の麻痺(橈骨神経麻痺による下垂手)、小児では鉛脳症 ・腎臓:慢性の尿細管・間質障害
鉛健康診断(鉛中毒予防規則第53条)
業務経歴の調査、既往歴の調査、自覚症状・他覚症状の検査に加え、血液中の鉛の量と尿中のδ-ALAの量を測定する。医師が必要と認めた場合には、赤血球中プロトポルフィリン量の検査、貧血検査、神経学的検査、腎機能検査などを追加する。原則として雇入れ時・配置替え時と、その後6か月以内ごとに1回実施する。
主な生物学的モニタリング指標(尿中)
・トルエン:馬尿酸 ・キシレン:メチル馬尿酸 ・スチレン:マンデル酸(+フェニルグリオキシル酸) ・トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,1,1-トリクロロエタン:トリクロロ酢酸または総三塩化物 ・ノルマルヘキサン:2,5-ヘキサンジオン ・N,N-ジメチルホルムアミド:N-メチルホルムアミド ・鉛:δ-アミノレブリン酸(血液では鉛そのもの) ・カドミウム:β2-ミクログロブリン(尿細管障害の指標)
POINT
・鉛健康診断の必須検査は「血中鉛量」と「尿中δ-アミノレブリン酸量」。 ・鉛はδ-ALA脱水酵素とフェロケラターゼを阻害し、尿中δ-ALA・尿中コプロポルフィリン・赤血球プロトポルフィリンが増え、貧血をきたす。 ・尿中代謝物の対応:トルエン→馬尿酸、キシレン→メチル馬尿酸、スチレン→マンデル酸、塩素系溶剤→トリクロロ酢酸、ノルマルヘキサン→2,5-ヘキサンジオン。 ・尿中β2-ミクログロブリンは近位尿細管障害の指標で、カドミウム中毒で上昇する。
