叱らない・変えない・簡潔に―認知症ケアの基本は「不安を減らすこと」
第102回医師国家試験 B問題 第20問
国試問題にチャレンジ
認知症の高齢者の介護で正しいのはどれか。2つ選べ。
- a.情報は簡潔に伝える。
- b.目を合わせないで話す。
- c.間違ったらその場で叱る。
- d.生活環境を大きく変える。
- e.規則正しい生活を指導する。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
認知症の症状は、脳の障害から直接生じる中核症状と、関わり方や環境によって増減するBPSD(行動・心理症状)に分けられ、介護の目標はBPSDを悪化させず本人の不安と混乱を減らすことにあります。そのため、情報は一度に一つずつ簡潔に伝え、起床・食事・就寝などの日課を一定に保って規則正しい生活リズムを整えることが適切です。一方、目を合わせずに話す、間違いを叱る、生活環境を大きく変えるといった対応は、不安や自尊心の低下、見当識障害の悪化を通じてBPSDやせん妄を招きます。BPSDが出現した際は身体的誘因の検索と非薬物的対応を優先し、抗精神病薬は死亡率上昇のリスクを踏まえて慎重に用います。認知症ケアの原則は、病棟や外来、在宅など、どの場でも高齢者を診る医師に欠かせない基本姿勢です。
解答・解説
正解はa, eです
認知症は、いったん正常に発達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障を来した状態である。症状は、脳の障害から直接生じる中核症状(記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能障害など)と、中核症状を背景に本人の性格や環境、身体状態、周囲の対応が影響して生じるBPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia:認知症の行動・心理症状。かつて周辺症状と呼ばれた。不安、抑うつ、興奮、暴言・暴力、徘徊、妄想、睡眠障害など)に分けられる。 中核症状を介護で治すことはできないが、BPSDは周囲の関わり方や環境によって大きく増減する。そのため介護の基本は、(1) 低下した記憶・理解力に合わせて伝え方を工夫すること、(2) 本人の言動を否定せず、自尊心を傷つけないこと、(3) 環境や日課をなるべく一定に保ち、不安や混乱を減らすこと、の3点に集約される。 この観点から選択肢をみると、情報を簡潔に伝えること((1)に該当)と、規則正しい生活を促すこと((3)に該当)が適切な対応である。目を合わせない、叱る、環境を大きく変えるといった対応は、いずれも不安や混乱を強めてBPSDを悪化させうる。
選択肢考察
- ○a. 情報は簡潔に伝える。
認知症では、新しいことを覚える力(記銘力)や、一度に保持・処理できる情報の量が低下しており、複数の内容を含む長い説明は理解しきれず混乱のもとになる。伝える内容は一度に一つに絞り、短い言葉でゆっくり、はっきり話し、必要に応じて繰り返したり、実物や身振りを示したりするのがよい。こうした工夫により本人の理解を助け、不安や失敗体験を減らすことができるため、正しい対応である。
- ×b. 目を合わせないで話す。
話しかけるときは正面から近づき、相手の目の高さに合わせて視線を合わせるのが原則である。視線を合わせることで、本人は自分に話しかけられていると認識しやすくなり、注意も向けやすくなる。認知症の人は視野や注意の範囲が狭くなっていることがあり、横や後ろから不意に声をかけると驚かせたり恐怖心を与えたりする。目を合わせずに話すのは、認知症に限らずコミュニケーションの基本に反する誤った対応である。
- ×c. 間違ったらその場で叱る。
認知症の人は、自分の誤りの原因である記憶障害や判断力低下を十分に自覚できないことが多く、叱られても行動を修正する学習にはつながりにくい。一方で、叱られたときの不快な感情は残りやすく、自尊心が傷つき、不安・怒り・抑うつ・介護拒否などBPSDの悪化を招く。本人の言動をまずは否定せずに受け止め、さりげなく話題を変えたり手助けしたりする対応が求められる。よって誤りである。
- ×d. 生活環境を大きく変える。
認知症の人は新しい環境に適応する力が低下しており、転居、入院・入所、家具の配置換えなど環境の大きな変化は、見当識障害を強めて混乱や不安を引き起こす。これがせん妄や徘徊、興奮などの誘因となることもある(環境変化をきっかけに症状が悪化する現象は「リロケーションダメージ」と呼ばれる)。住み慣れた環境や使い慣れた物をできるだけ維持し、やむを得ず変える場合も少しずつ行うのが望ましい。よって誤りである。
- ○e. 規則正しい生活を指導する。
起床・食事・活動・就寝などの日課を毎日ほぼ一定にすると、本人が次に何をするか予測しやすくなり、安心感が得られる。また、日中に光を浴び適度に活動することで睡眠・覚醒リズムが整い、昼夜逆転や夜間の不穏、せん妄の予防につながる。ただし一方的に押し付けるのではなく、本人のこれまでの生活習慣や好み、自主性を尊重しながら整えていくことが大切である。正しい対応である。
認知症の人への基本的な接し方
・驚かせない:正面から、目線の高さを合わせて声をかける。 ・急がせない:本人のペースに合わせ、返事を待つ。 ・自尊心を傷つけない:否定・叱責・子ども扱いを避け、できていることを認める。 ・簡潔に伝える:一度に一つの内容を、短くわかりやすい言葉で伝える。 ・環境を一定に保つ:住み慣れた環境、なじみの人・物・日課を維持する。 ・残存機能を生かす:できることは本人に任せ、役割をもってもらう。
BPSDへの対応
BPSDには、身体的な不調(便秘、脱水、疼痛、感染症、薬の副作用など)や、環境の変化、不適切な関わりといった誘因があることが多い。まず誘因を探して取り除き、非薬物的な対応(関わり方や環境の調整)を優先する。抗精神病薬などの薬物療法は、非薬物的対応で改善しない場合に限り、少量から慎重に用いる。高齢の認知症患者に抗精神病薬を用いると死亡率が上昇することが報告されているためである。
主な認知症の種類
・Alzheimer型認知症:最も多い。近時記憶障害で始まり、緩徐に進行する。 ・血管性認知症:脳血管障害に伴い、階段状の悪化やまだら状の認知機能低下を示すことがある。 ・Lewy小体型認知症:認知機能の変動、具体的な幻視、パーキンソニズム、レム睡眠行動異常症が特徴。抗精神病薬への過敏性に注意する。 ・前頭側頭型認知症(Pick病を含む):人格変化、脱抑制、常同行動が目立つ。 ・治療可能な認知症として、特発性正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症などを見逃さないことが重要である。
評価に用いる主な検査
改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMMSE(Mini-Mental State Examination)はいずれも30点満点のスクリーニング検査で、HDS-Rは20点以下、MMSEは23点以下で認知症が疑われる。FAST(Functional Assessment Staging)はAlzheimer型認知症の重症度を生活機能から評価する尺度、FAB(Frontal Assessment Battery)は前頭葉機能の評価に用いる。画像ではCT・MRI(萎縮や血管病変の評価)、脳血流SPECT などが用いられる。
POINT
・認知症の介護では、中核症状は変えられないが、BPSDは関わり方と環境で改善・悪化する。 ・正しい対応:情報は簡潔に一つずつ、目を合わせて正面から話す、否定・叱責しない、生活環境を変えない、規則正しい生活リズムを保つ。 ・叱る・環境を大きく変えるといった対応は不安と混乱を強め、BPSDやせん妄を誘発する。 ・BPSDの治療は誘因の除去と非薬物的対応が優先で、抗精神病薬は慎重に用いる。
