目を閉じた瞬間に崩れるバランス―Romberg試験が暴く「見えない感覚」の障害
第101回医師国家試験 D問題 第10問
国試問題にチャレンジ
65歳の男性。歩行時のふらつきを主訴に来院した。神経学的診察で両下肢に高度の位置覚の低下を認める。患者を立位で閉脚させた。 どのような指示をすると転倒するか。
- a.両手を水平挙上する。
- b.足元を見つめる。
- c.首を左右に振る。
- d.眼を閉じる。
- e.膝を曲げる。
対話形式の解説
ドクター
医学生
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医学生
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ドクターまとめ
立位のバランスは深部感覚・視覚・前庭覚の3系統の入力で保たれ、そのうち2系統が働けば多くの場合は立っていられます。両下肢の位置覚が高度に低下した患者は開眼時には視覚で姿勢を補正できますが、閉脚立位で閉眼させると代償が失われて大きく動揺・転倒し、これがRomberg徴候陽性です。この所見は脊髄後索や末梢神経の障害による感覚性運動失調を示し、開眼時から不安定で閉眼による増悪が乏しい小脳性運動失調との鑑別に役立ちます。上肢の水平挙上はBarré徴候、首を振らせるのはjolt accentuationと、それぞれの手技が何を評価しているかを整理しておくことが大切です。診察手技の背後にある生理学を理解しておけば、手技の暗記にとどまらず、ベッドサイドで所見を正しく解釈できるようになります。
解答・解説
正解はdです
所見の整理
65歳の男性で、主訴は歩行時のふらつきである。神経学的診察では両下肢に高度の位置覚(関節位置覚:手足の関節がどの位置・角度にあるかを目で見なくても感じ取る感覚)の低下がある。位置覚は振動覚とともに深部感覚(固有感覚)に属する。
病態の考え方
立位のバランスは、(1)深部感覚(足底・下肢関節からの位置情報)、(2)視覚、(3)前庭覚(内耳の平衡感覚)の3系統の入力を小脳などで統合して保たれている。このうち2系統が働いていれば、多くの場合は立っていられる。 本例では深部感覚の入力が大きく障害されており、ふらつきの原因は深部感覚障害による感覚性運動失調(脊髄後索性運動失調)と考えられる。深部感覚が失われても、開眼していれば視覚で自分の体の位置を確認し、傾きを補正できる。しかし閉眼して視覚の情報も絶たれると、残るのは前庭覚だけとなり、姿勢を保てずに大きく動揺して転倒する。
設問の考え方
問われているのは「閉脚立位で、どのような指示を出すと転倒するか」、すなわちRomberg試験の手技である。閉脚で立たせ、開眼時には安定しているのに閉眼で著しく動揺・転倒する場合をRomberg徴候陽性とする。深部感覚障害を示す代表的な所見であり、視覚による代償を取り除く操作(閉眼)が答えとなる。
選択肢考察
- ×a. 両手を水平挙上する。
両上肢を前方に水平に挙げた姿勢を保たせるのは、上肢の軽い麻痺を検出する上肢Barré(バレー)徴候の診察法である(手掌を上に向け、閉眼させて行うことが多い)。錐体路障害があると麻痺側の上肢が回内しながらゆっくり下がってくる。小脳障害でも上肢の偏位や回内がみられることがある。いずれも上肢の所見をみるもので、閉脚立位の安定性を崩す操作ではなく、この指示で転倒を誘発することはない。
- ×b. 足元を見つめる。
足元を見れば、自分の足や体の位置を視覚で確認できる。深部感覚障害の患者は視覚によって位置覚の欠落を補っているため、足元を見つめるとむしろ姿勢は安定しやすくなる。実際、深部感覚障害の患者は歩行時に足元を見ながら歩くことが多い。転倒を誘発する指示とはならない。
- ×c. 首を左右に振る。
頭部を水平方向に1秒間に2〜3回の速さで振らせ、頭痛が増強するかをみるのはjolt accentuation(頭痛の増強現象)であり、髄膜炎などの髄膜刺激徴候を評価する方法である。深部感覚障害による失調を評価する手技ではなく、立位での転倒を誘発する指示としては適切でない。
- ○d. 眼を閉じる。
Romberg試験の手技である。本例は両下肢の位置覚が高度に低下しており、開眼時は視覚で姿勢を補正して閉脚立位を保てている。閉眼させると視覚による代償が失われ、前庭覚のみでは身体の傾きを修正できないため、大きく動揺して転倒する(Romberg徴候陽性)。深部感覚障害による感覚性運動失調を示す所見である。
- ×e. 膝を曲げる。
閉脚立位で膝を曲げさせることは、位置覚障害や運動失調を評価する標準的な神経学的診察手技ではない。膝を曲げても視覚情報は保たれており、深部感覚障害を視覚で代償できる状態は変わらないため、転倒を誘発する指示にはならない。
Romberg試験の実際
両足のつま先とかかとをそろえた閉脚で立たせ、まず開眼で安定していることを確認してから閉眼させる。転倒に備え、検者は患者のすぐそばで支えられる位置に立つ。開眼時は安定しているのに閉眼で動揺が著しく増強し、転倒しそうになる場合を陽性とする。
Romberg徴候が陽性となる病態
・深部感覚障害(脊髄後索障害や末梢神経障害): 脊髄癆(神経梅毒)、亜急性連合性脊髄変性症(ビタミンB12欠乏)、Friedreich運動失調症、糖尿病性ニューロパチー、Guillain-Barré症候群、慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー(CIDP)など。 ・前庭障害でも閉眼で動揺が増強することがある。前庭障害では障害側へ倒れやすいという方向性がみられることが多い。
小脳性運動失調との違い
小脳性運動失調では、開眼の時点ですでに閉脚立位が不安定であり、閉眼しても動揺はそれほど増強しない。このため Romberg徴候は陰性と判定する。Romberg試験は、深部感覚性の失調と小脳性の失調を見分けるのに役立つ。
選択肢に出てきた他の診察法
・上肢Barré徴候: 手掌を上にして両上肢を前方水平に挙上させ、閉眼で保持させる。軽い錐体路障害では麻痺側が回内しながら下降する。 ・jolt accentuation: 頭部を水平方向に1秒間に2〜3回振らせ、頭痛の増強をみる。髄膜炎のスクリーニングに用いられる髄膜刺激徴候である。
深部感覚の伝導路
位置覚・振動覚は後根から脊髄に入り、同側の後索(薄束・楔状束)を上行して延髄の薄束核・楔状束核でニューロンを替え、交叉して内側毛帯を通り視床へ至る。
POINT
・閉脚立位で開眼時は立てるが、閉眼で動揺・転倒する=Romberg徴候陽性。 ・Romberg徴候陽性は深部感覚障害(脊髄後索・末梢神経)による感覚性運動失調を示唆する。 ・深部感覚障害は視覚で代償されるため、閉眼で症状が顕在化する。 ・小脳性運動失調では開眼時から不安定で、閉眼による増悪は乏しい(Romberg徴候陰性)。 ・上肢の水平挙上は上肢Barré徴候、首を左右に振るのはjolt accentuation(髄膜刺激徴候)。
