StudyMed医師国家試験

「患者が望めば何でもあり」ではない―リスボン宣言で読み解く患者の権利の境界線

第101回医師国家試験 C問題 第5問

国試問題にチャレンジ

第101回 C問題 第5問

患者の権利でないのはどれか。

  1. a.自分の病状について家族に知らせないよう医師に求める権利
  2. b.医師が示した見解に対して他の医師の意見を求める権利
  3. c.診療録中の記載の誤りを医師に訂正するよう求める権利
  4. d.医学的に妥当でない治療でも医師から受ける権利
  5. e.真実を知ることを放棄する権利

対話形式の解説

ドクタードクター
今回は、患者の権利として認められるものと、そうでないものを見分ける問題だ。軸になるのは「患者の自律の尊重」と、その自律が「医学的に妥当な医療の範囲内」で行使されるという2点。この2つを意識して選択肢を眺めてみよう。
医学生医学生
患者の権利というと、医療倫理の講義で習ったリスボン宣言ですね。世界医師会が出したものだったと思います。
ドクタードクター
その通り。1981年に世界医師会が採択し、その後何度か修正されている。良質の医療を受ける権利、選択の自由、自己決定の権利、情報を得る権利、守秘義務に対する権利、尊厳への権利などが並んでいる。まず、自分の病状を家族に知らせないでほしいという希望はどうだろう。
医学生医学生
正直、家族には伝えるのが普通だと思っていました。臨床実習でも、家族同席で病状説明をする場面をよく見たので。
ドクタードクター
日本では家族に先に伝える慣行が根強かったから、そう感じるのも無理はないね。でも病状や診断、予後といった健康情報は患者本人に帰属する個人情報で、守秘の対象だ。開示できるのは、本人が同意した場合か法令で認められている場合に限られる。家族も例外ではないんだ。
医学生医学生
だから今は、最初に「どなたに説明してよいですか」と本人に確認するんですね。
ドクタードクター
そう。感染症法に基づく届出のような法令上の開示は別だけれど、原則は本人の意思優先だ。次に、他の医師の意見を求めることはどうかな。
医学生医学生
セカンドオピニオンですね。これは患者の権利として当然だと思います。
ドクタードクター
正解。リスボン宣言では「選択の自由の権利」の一部として位置づけられていて、どの治療段階でも他の医師の意見を求められる。担当医は妨げてはならず、診療情報提供書や検査データを用意して協力することが求められる。がんの治療方針を決めるときなどに特に重要だね。
医学生医学生
診療録の誤りの訂正を求めるのは、少し意外でした。カルテは医師が書くものというイメージがあって。
ドクタードクター
カルテは医療者が書くけれど、中身は患者の個人情報だ。リスボン宣言に直接の条文はないものの、日本の個人情報保護法では、保有個人データの内容が事実でないときに本人が訂正を求められると定められている。アレルギー歴の誤りなどは医療事故にもつながりうるから、患者が気づいて指摘してくれるのはむしろありがたいことだよ。
医学生医学生
訂正するときは、元の記載を消すのではなく、修正した経緯がわかるように残すんでしたね。
ドクタードクター
よく知っているね。電子カルテでも更新履歴が残る仕組みになっている。では、真実を知ることを放棄する権利はどうだろう。
医学生医学生
知る権利があるなら、知らないでいる権利もある、ということでしょうか。
ドクタードクター
まさにそう。リスボン宣言にも、明確な要求があれば情報を知らされない権利が明記されている。ただし、感染症の伝播防止など他者の生命を守るために必要な場合は例外になる。また本人が知らないことを選んだら、代わりに誰に説明し、誰が意思決定に関わるかを本人に確認しておくのが望ましい。
医学生医学生
となると、残る「医学的に妥当でない治療でも受ける権利」が患者の権利ではないものですね。自己決定権があるなら希望すれば受けられそうな気もしたんですが。
ドクタードクター
そこが今回の核心だ。自己決定権は、医師が提示する医学的に妥当な選択肢の中から選ぶ、あるいは提示された治療に同意・拒否する権利なんだ。判断能力があれば、生命にかかわる治療でも「拒否する」ことは認められる。でも、根拠のない治療や有害な治療を「要求する」権利まではない。
医学生医学生
医療倫理の4原則でいうと、自律尊重原則が無危害原則や善行原則とぶつかる場面ですね。
ドクタードクター
その整理で合っている。医師は専門職として、医学的に不適切な医療を行わない義務を負っている。患者の権利と医師の義務は表裏の関係で、その範囲を区切っているのが医学的妥当性なんだ。
医学生医学生
拒否はできるけれど要求はできない、という非対称性がポイントなんですね。OSCEの医療面接でも、患者さんの希望をそのまま受け入れるのではなく、理由を聴いて説明するよう指導されました。
ドクタードクター
いい経験だね。臨床では、患者さんが根拠の乏しい治療を強く希望することもある。そのときは頭ごなしに否定せず、なぜそれを望むのか、背景にある不安や期待を聴いたうえで、妥当な選択肢を丁寧に説明することが大切だ。インフォームド・コンセントも、提示する選択肢が医学的に妥当であることが前提になっている。

まとめ

患者の権利の国際的な基本指針は、世界医師会が1981年に採択したリスボン宣言で、良質の医療を受ける権利、選択の自由(セカンドオピニオンを含む)、自己決定権、情報を得る権利と知らされない権利、守秘義務に対する権利などが含まれます。病状を家族に知らせないよう求めること、セカンドオピニオンを求めること、診療録の誤りの訂正を求めること(個人情報保護法に根拠)、真実を知ることを放棄することは、いずれも患者の正当な権利です。一方、自己決定権は医学的に妥当な選択肢の中で行使されるものであり、治療を拒否する権利はあっても、医学的に妥当でない治療を要求する権利はありません。患者の権利と医師の義務は表裏一体で、その境界を医学的妥当性が画しているという理解は、医療倫理の4原則やインフォームド・コンセントを実践するうえでの基盤となります。

解答・解説

正解はdです

本問は、患者の権利として認められる内容と、そうでない内容を見分ける問題である。 患者の権利の国際的な指針として代表的なのは、世界医師会(WMA: World Medical Association)が1981年に採択した「患者の権利に関するリスボン宣言」である(その後、1995年・2005年・2015年に修正)。この宣言は、良質の医療を受ける権利、選択の自由(セカンドオピニオンを含む)、自己決定の権利、情報を得る権利(および知らされない権利)、守秘義務に対する権利、尊厳への権利などを掲げている。 考え方の軸は次の二点である。 1. 患者の自律(autonomy)の尊重:患者は自分の情報をどう扱うか、どの治療を受けるかを自分で決められる。 2. その自律は「医学的に妥当な医療の範囲内」で行使される:自己決定権は、医師が提示する医学的に妥当な選択肢の中から選ぶ、あるいは同意・拒否する権利であり、医学的に不適切な医療を医師に要求できる権利ではない。 この二点に照らすと、選択肢a・b・c・eは患者の自律や情報に関する正当な権利にあたる。一方、医学的に妥当でない治療を求める権利は、医師の専門職としての責務(患者に害をなさない、医学的根拠に基づいて診療する)と衝突し、患者の権利としては認められない。

選択肢考察

  1. ×a.  自分の病状について家族に知らせないよう医師に求める権利

    患者の権利である。病状・診断・予後などの健康情報は患者本人に帰属する個人情報であり、守秘(プライバシー保護)の対象となる。リスボン宣言でも、患者の健康状態に関する情報は本人の死後も秘密が守られるべきとされ、開示できるのは患者本人が明確に同意した場合か、法律が明文で認めている場合に限られる。家族であっても例外ではない。日本の医療現場では家族にまず病状を伝える慣行が根強かったが、現在は本人の意思を優先し、誰に伝えるかを本人に確認するのが原則である(ただし感染症法上の届出など、法令に基づく開示は別である)。

  2. ×b.  医師が示した見解に対して他の医師の意見を求める権利

    患者の権利である。いわゆるセカンドオピニオンを求める権利で、リスボン宣言では「選択の自由の権利」の一部として、患者はどの治療段階でも他の医師の意見を求める権利を有すると定めている。担当医はこれを妨げてはならず、紹介状(診療情報提供書)や検査データを提供して協力することが求められる。重大な治療方針の決定(がんの治療選択など)で特に重要となる。

  3. ×c.  診療録中の記載の誤りを医師に訂正するよう求める権利

    患者の権利である。患者は自分の診療録(カルテ)の開示を受けることができ、そこに事実と異なる記載(既往歴、アレルギー歴、生活歴など)を見つけた場合、訂正を求めることができる。リスボン宣言に直接の条文はないが、日本の個人情報保護法では、本人は保有個人データの内容が事実でないときに訂正・追加・削除を求めることができると定められている。誤った記載は診療上の不利益や医療事故にもつながりうるため、患者の医療への積極的な参加という観点からも当然認められる。なお、訂正は元の記載を消去するのではなく、訂正の経緯がわかる形で行うのが原則である。

  4. ○d.  医学的に妥当でない治療でも医師から受ける権利

    患者の権利ではないため、これが正解である。自己決定権は、医学的に妥当な複数の選択肢の中から選ぶ、あるいは提示された治療に同意・拒否するために用いられる権利である。患者が治療を「拒否する」権利は広く認められる(判断能力があれば、生命にかかわる治療でも拒否できる)が、医学的根拠のない治療や有害な治療を「要求する」権利は認められない。医師は専門職として、医学的に不適切な医療を行ってはならない義務を負っており(無危害原則、善行原則)、患者の求めであってもこれに応じるべきではない。患者の権利と医師の義務は表裏の関係にあり、その範囲は医学的妥当性によって画される。

  5. ×e.  真実を知ることを放棄する権利

    患者の権利である。患者は自分の病状について情報を得る権利(知る権利)を持つと同時に、本人が明確に希望する場合には知らされない権利(知らないでいる権利)も持つ。リスボン宣言でも、患者は明確な要求があれば情報を知らされない権利を有すると明記されている。ただし、他者の生命を守るために必要な場合(感染症の伝播防止など)は例外となる。また、本人が知らないことを選んだ場合でも、代わりに誰に説明し、誰が意思決定に関わるかを本人に確認しておくことが望ましい。

リスボン宣言(患者の権利に関するWMAリスボン宣言)の主な項目

1. 良質の医療を受ける権利 2. 選択の自由の権利(医師・医療機関を選ぶ権利、セカンドオピニオンを求める権利) 3. 自己決定の権利(判断能力のある患者は検査・治療に同意または拒否できる) 4. 意識のない患者(法定代理人の同意。代理人がいない緊急時は本人の意思を推定して処置可能) 5. 法的無能力の患者(未成年者など。可能な範囲で本人を意思決定に関与させる) 6. 患者の意思に反する処置(法律で認められ、医の倫理に合致する例外的な場合に限る) 7. 情報に対する権利(自分の診療記録の情報を得る権利。明確な要求があれば知らされない権利) 8. 守秘義務に対する権利 9. 健康教育を受ける権利 10. 尊厳に対する権利(苦痛緩和、人間的な終末期ケアを受ける権利を含む) 11. 宗教的支援に対する権利

医療倫理の4原則

自律尊重原則(患者の自己決定を尊重する)、無危害原則(害をなさない)、善行原則(患者の利益のために行動する)、正義原則(医療資源を公正に配分する)。患者の要求が無危害原則や善行原則と衝突する場合、医師は要求に応じる義務を負わない。

インフォームド・コンセント

医師が病状、検査・治療の目的・方法・利益・危険性・代替手段、何もしない場合の見通しを説明し、患者が理解・納得したうえで自発的に同意(または拒否)すること。提示される選択肢は、医学的に妥当なものであることが前提である。

日本の関連法規

医療法には、医療の担い手が適切な説明を行い、医療を受ける者の理解を得るよう努める旨が定められている。個人情報保護法に基づき、患者は診療録を含む保有個人データの開示、および内容が事実でない場合の訂正等を求めることができる。

POINT

・患者の権利の基本はリスボン宣言(WMA、1981年採択)。 ・守秘(家族にも知らせない)、セカンドオピニオン、診療録の開示・訂正、知る権利と知らされない権利はいずれも患者の権利である。 ・自己決定権は医学的に妥当な選択肢の中で行使される。治療を拒否する権利はあるが、医学的に妥当でない治療を要求する権利はない。 ・患者の権利と医師の義務は表裏一体であり、医学的妥当性の担保は医師の責務である。

※問題・正答は厚生労働省の公開資料をもとに掲載しています。