挿管後にじわじわ下がるSpO2―乳児の「短い気管」が招く片肺挿管
第100回医師国家試験 I問題 第21問
国試問題にチャレンジ
4か月の乳児。鼠径ヘルニアの手術のため入院した。気管挿管による全身麻酔を開始したが,経皮的動脈血酸素飽和度〈SpO2〉が徐々に低下してきた。 原因として最も可能性が高いのはどれか。
- a.気胸
- b.肺水腫
- c.クループ
- d.片肺挿管
- e.肺塞栓症
対話形式の解説
ドクター
医学生
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ドクターまとめ
健康な乳児が気管挿管による全身麻酔の導入直後にSpO2の低下を来した場合、まず疑うべきは患者の病気ではなく、チューブの位置異常などの操作に伴うトラブルです。乳児は気管が約4〜5cmと短いため、チューブがわずかに深く入るだけで、太く分岐角度の小さい右主気管支に入る片肺挿管を起こしやすく、非換気側の肺がシャントとなってSpO2が徐々に低下します。換気がまったくできず呼気CO2も検出されない食道挿管では急速に低下する点が鑑別のポイントで、片肺挿管は呼吸音や胸郭運動の左右差で気づき、チューブを引き抜いて修正します。挿管中のクループは換気障害の原因にならず、気胸、肺水腫、肺塞栓症も健康な乳児の導入直後には考えにくい原因です。DOPE(位置異常・閉塞・気胸・機器不具合)に沿った系統的な確認と、小児気道の解剖学的特徴の理解は、安全な気道管理の基本となります。
解答・解説
正解はdです
状況の整理
・4か月の乳児で、鼠径ヘルニアという待機的手術のために入院している。呼吸器・循環器の基礎疾患や感染徴候の記載はなく、基本的に健康な児と考えられる。 ・気管挿管による全身麻酔を開始した「直後から」、経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2:パルスオキシメータで皮膚越しに測る動脈血の酸素飽和度)が「徐々に」低下している。
考え方
健康な乳児に、麻酔導入・挿管という操作を行った直後に起きた酸素化の悪化であるから、まず患者の病気よりも「操作に伴うトラブル」を疑う。挿管後の低酸素の原因は、チューブの位置異常(食道挿管、片肺挿管)、チューブの閉塞・屈曲、回路の外れ、気胸、気管支攣縮などを順に確認するのが基本である。 乳児は気管が非常に短い(新生児〜乳児で約4〜5cm)ため、チューブをわずかに深く進めただけで先端が気管分岐部を越え、一側(多くは右)の主気管支に入りやすい。片肺挿管になると、換気されない側の肺では血流があるのに換気がない状態(シャント)となり、酸素化が徐々に悪化する。また、頭部の前屈などの体位変換でもチューブ先端は移動し、挿管時は正しい位置でも途中から片肺挿管になることがある。 一方、食道挿管であれば換気がまったくできず、SpO2は急速に低下し、呼気CO2(カプノグラフィ)も検出されない。本例の「徐々に」という経過は、片側だけは換気されている片肺挿管に合致する。
選択肢考察
- ×a. 気胸
陽圧換気中に高い気道内圧がかかると肺胞が破れて気胸を起こすことはあり、低酸素の原因として鑑別には挙がる。しかし健康な乳児の挿管直後に起こる頻度は低く、本問では気道内圧の上昇、急激な血圧低下、呼吸音の左右差を伴う胸郭の膨隆などを示す記載もない。挿管チューブの位置異常の方がはるかに起こりやすく、最も可能性の高い原因とはいえない。
- ×b. 肺水腫
肺水腫は左心不全、過剰輸液、重症感染症(ARDS)、上気道閉塞に伴う陰圧性肺水腫などで起こる。基礎疾患のない乳児が待機的手術の麻酔導入直後に肺水腫を発症する背景は見当たらず、可能性は低い。
- ×c. クループ
クループ(喉頭気管気管支炎)はパラインフルエンザウイルスなどによる声門下の炎症性浮腫で、犬吠様咳嗽や吸気性喘鳴を来す。気管挿管されている状態では、チューブが声門下を通過して気道を確保しているため、声門下浮腫による閉塞は換気の障害にならない。なお、抜管後に挿管チューブの刺激による声門下浮腫(抜管後クループ)を起こすことはあるが、これは抜管した後の合併症であり、本問の状況とは異なる。
- ○d. 片肺挿管
乳児の気管は約4〜5cmと短く、チューブの先端位置の許容範囲が狭い。チューブが深く入ると、分岐角度が小さく太い右主気管支に入り込みやすい。片肺挿管では反対側の肺が換気されず、そこを流れる血液は酸素化されないまま左心系に戻る(シャント)ため、SpO2が徐々に低下する。確認は両側胸部の聴診(呼吸音の左右差)、胸郭の動きの左右差、胸部X線でのチューブ先端位置(気管分岐部より上)によって行い、見つかればチューブを少し引き抜いて位置を修正する。
- ×e. 肺塞栓症
肺塞栓症は多くが下肢深部静脈血栓に由来し、長期臥床、術後、悪性腫瘍、凝固異常、肥満などが危険因子となる。これらをもたない乳児で、しかも麻酔導入直後に肺塞栓症が起きることは極めてまれであり、最も可能性の高い原因とはいえない。
挿管後の低酸素血症の鑑別(DOPEの語呂)
人工呼吸中に急に酸素化が悪化した場合、次の順に確認する。 ・D(Displacement):チューブの位置異常(事故抜管、食道挿管、片肺挿管) ・O(Obstruction):チューブの閉塞(分泌物、屈曲) ・P(Pneumothorax):気胸 ・E(Equipment failure):機器・回路の不具合(回路の外れ、酸素供給の途絶)
乳児の気道の特徴
・気管が短く(約4〜5cm)、チューブ先端の位置が少しずれるだけで片肺挿管や事故抜管が起こる。 ・頭部を前屈させるとチューブは深く、後屈させると浅くなる。体位変換後は位置を再確認する。 ・喉頭の位置が高く(C3〜C4付近)、喉頭蓋が大きく軟らかい。 ・輪状軟骨部が気道の最狭部とされ、声門下浮腫による狭窄を来しやすい。 ・体重あたりの酸素消費量が大きく機能的残気量が小さいため、換気が途絶えると成人より速く低酸素血症になる。
挿管チューブの位置確認
・呼気終末二酸化炭素(カプノグラフィ)の検出:気管内にあることの確認(食道挿管の否定)に最も信頼性が高い。 ・両側胸部と心窩部の聴診、胸郭の上がりの左右差の確認:片肺挿管や食道挿管の検出。 ・胸部X線:チューブ先端が気管分岐部より上の適切な位置にあるかの確認。
右側に入りやすい理由
右主気管支は左主気管支に比べて太く短く、気管からの分岐角度が小さい(より垂直に近い)ため、チューブや誤嚥物は右側に入りやすい。
POINT
・健康な乳児の挿管後にSpO2が低下したら、まずチューブのトラブル(位置異常・閉塞・回路の外れ)を疑う。 ・乳児は気管が短く、片肺挿管(多くは右主気管支)を起こしやすい。 ・片肺挿管では片側の呼吸音減弱、胸郭運動の左右差がみられ、チューブを引き抜いて修正する。 ・食道挿管は急速な低酸素と呼気CO2非検出が特徴で、「徐々に」低下する経過とは異なる。 ・クループは挿管中には問題とならず、抜管後に声門下浮腫として起こりうる。
